読んでいて和む心地いい掛け合いの数々に加え、胸を打つようなお話もしっかりと用意されている。本当に幸せな時間だった。
前作から53年の月日が経った初音島を舞台しているということで、登場人物はガラッと変わっているのだが、さくらの立ち位置や前作と同じように枯れない桜がキーになっているなど、共通している部分もいくつかある。しかしながら話の出来はまるで違っていたなぁと。前作とは比べ物にならないほどに胸を振るわせ、余韻を残してくれる話が揃っていた。
構成も中々凝っていて、クリスマスに至るまでの一部と、冬休み期間中の出来事を綴った二部、そして各ヒロインの個別ルートへと派生する三部に区切られていた。まあ言ってしまえばかなり共通部分が長い作品なのだが、こうやって区切ってくれるのは嬉しくて、全く飽きが来なかったとは言い難いものの、読みやすかったのは事実。
また、個別ルートに関してもただただヒロインとくっつき甘い日常を送るというわけでもなく、どちらかというと少しシリアスめな内容になっていくのも自分好みだった。BGMやヒロインの語り口調など、細かい部分がしっかりとお話の緩急に合わせていた点も良い。前作と同じように「学園恋愛」をメインに楽しみたかった層からは拒否反応は出そうではあるが、私は良い方向に舵を切ってくれたなと思う。
で、ここから個別ルートに関して語っていくのだが、全てのルートに触れるのではなく、好きまたは印象的なルートについてのみ語っていく。ただ、絞ったとしてもその辺のエロゲ全ルート分は語ることになってしまうので...それくらいには良いお話が揃っていた。
以下ルートごとの感想。
●まひる
大きなリボンがチャーミングポイントな幽霊の女の子。「D.C.II」には登場しなかった新規追加のヒロインという事で、正直な事を言えばそこまで過度な期待はよせていなかったのだが…泣かされてしまった。
元々、幽霊ヒロインを用いたお話に弱いのもあったが、このお話は回想の使い方がとても上手で、話の合間合間に挟まれるミキの回想を見守るだけでも涙腺が緩んだ。いつも元気なミキが次第に本音を吐露していくようになるのも良いし、それに対し深い喜びを覚える真昼もまた素敵だ。
そして、義之とのやりとりはもう...。「始まる前から終わっている恋」なことはわかっていたけれど、それでも精一杯恋人の時間を楽しもうとしている二人を見て涙が出ないはずもなかったし、別れ際は本当に辛かった。彼女の言葉を借りるならば「そりゃ泣きますよ、泣くに決まってるじゃないですか」に尽きる。
最後の二人のやりとりといい、奇跡なんて起こらない点といい本当に素晴らしい。話自体はそれほど凝った作りではないが、小鳥遊まひるという女の子を好きになったら最後、泣くしかない物語だった。
●美夏
目を引く容姿をしているだけでなく、実はロボットだったというから驚き。しかもよくある従順なタイプではなく、人間嫌いの敵対心剥き出しのロボット娘。まるでネタみたいなキャラクターだったが、それ故に好きになってしまった。
シナリオもよくできており、はじめは義之に対して厳しい態度を取っていた彼女が、彼をはじめとした周りの人間たちの優しさに触れることで、彼だけでなく人間そのものを好きになっていくのは読んでいてとても気持ちが良かった。ロボット主軸の世界を作り出すのではなく共存を望むと、そう語る彼女の表情は凄く穏やかで、また素敵なヒロインに出逢ってしまったなぁと。
加えてロボットモノには珍しい初めから感情を獲得しているという特色も上手く活かされていて、普段はツンツンしている彼女だからこそ、デレ始めた時はとんでもなかったし、終盤は涙を誘ってきた。涙を見せまいと帽子を深く被る仕草が実に人間らしくて良い。
●ななか
学園のアイドル的存在で、何か既視感があるなと思ったらあの白河ことりちゃんの遠い親戚さんだという。これはまずいな…と読み始めから警戒しつつ読んでいたのだが、どうすることもできなかった。何故私は白河の姓を持つ者に惹かれてしまうのだろうか、気付いた時には既に彼女にぞっこん状態だった。
彼女もまたことりと似たように手に触れた相手の心が読める力を持っており、それを人間関係に上手く利用していた。過剰に見えたスキンシップの数々もこの能力のためだったのかと思うと、すごく納得がいく。ただ、ルートの中身に関してはこの能力が~というよりはもっと純粋で難しい問題を主として扱っていた。
主人公に対する想いから仲の良い小恋と距離を置くことになってしまい、それが原因でせっかく組んだバンドが解散の危機に瀕してしまう。話としては凄く単純な作りなのだが、その中で描かれる人物の心の動きがとても目を引いた。
やや複雑なのが義之、ななか、小恋の三角関係で終わらず、そこに渉が入り込んでいる点で、それによりさらに険悪なムードになっていた。しかし、だからこそより面白いシナリオになったのだと私は思う。
渉は立ち位置で言えば外に位置する人間であり、小恋が振られることで彼が義之に腹を立てるのはお門違いなのだが、他人のためにあれほど怒れる彼の事を私は素敵だと感じた。しかも親友とも呼べる相手に対してだからなおさら。ただまあ、彼の真価が発揮されるのは小恋ルートなので、彼については後の小恋ルートに詳しく触れるとする。
義之は渉と、ななかは小恋と。お互いが親友と向き合う事でようやっと蟠りが解け、再びバンドとして活動できるようになる。予想はできるし、単純な構造のお話だったが、とても熱を感じる物語だった。
●小恋
ななかと同じく幼馴染であり、素直で純粋な性格が印象的な少女。上記のななかルートの感想でも触れた通り、このシナリオでもまた主人公を巡り四人の仲が拗れていくのだが、ななかルートほどギスギスした雰囲気にはならない。ただ、だからといって円満な関係のままというわけでもなく、例によって渉と義之はぶつかることになる。
このルートの渉と義之のやりとりは本当に魅力そのものであり、そう感じたのは序盤の屋上でのやりとりがあったからだ。義之が自分も小恋の事を好きになってしまったと言った時、渉はどんな反応をしたか。驚くことに彼は笑っていたのだ。そして、笑顔のまま互いに好きな小恋の話をしながら下校する。この光景を見て別に悲しくないのに涙が出てきた。なんだよこれは、まさしく青春じゃないかと。夕日がバックなのもすごく良い。
そして、それを経て同じ屋上で対立するものだから、もう感情の波がうねってうねって。ななかルートとは違い、渉が後押しする立場だという点も涙を誘う。その後に一人で雄叫びを上げる点も含めて大好きだ。親友のために、想い人のために進んで後押し役に努めた彼は間違いなく最高の親友だった。
そして、もう一人の後押し役であるところのななかもまた素敵な立ち回りをしていたなと。二回も振られたにもかかわらず、笑って彼を送り出す。その優しく逞しい心を持つ彼女を見て改めて好きになった。
終わり方も四人の友情を感じさせる爽やかなもので、読後感も非常に良かった。迷うところではあるが、恐らくはこの話が作中で一番好み。
●音姫
学園の生徒会長であり、義之のお姉ちゃん的なポジションにあたるヒロイン。彼女「弟くん」予備は非常に印象的で、過剰ともいえるほどに義之を甘やかす彼女は実に魅力的だった。
共通で弟に甘々なお姉ちゃんといった感じであったが、彼女のルートに分岐すると実は物語上でかなり重要な存在だという事がわかる。それこそさくらと義之の次くらいに。彼女が桜を枯らすことに葛藤する場面は大きな見所であり、彼女の義之を想う気持ちを考えれば考えるほどに私自身も辛くなっていった。
このルートでは最終的に桜を枯らし、義之とも別れることになるのだが、上記の葛藤があった分、切なさもひとしおといった感じで涙なしには見られない。罪悪感と喪失感を持ったまま、それでも監視役としての務め果たさなければならない彼女の心情を考えると、冷静でいられるはずもなかった。一枚絵とED曲「if… ~I wish~」の歌詞も相性もすごく良い。
音姫ルート及び由夢ルートはda capo編で救済とも言える結末を迎えることができるのだが、個人的には各ルートで迎えるノーマルエンドの方が好きかなと。
●由夢
音姫の妹であり、主人公の事を「兄さん」と呼ぶ彼女。見た目の時点でまあ可愛いのだが、魔性の女とでも言うべきか、物語が進むについて更に愛らしく、愛おしくなっていく。可愛いを突き詰めた彼女はまさにメインヒロインだった。
義之に好意を寄せながら、音姫ほどベタベタはせず、かといってツンツンするわけでもない。本当に距離感の保ち方が絶妙で、それが彼女の最大にして最強の武器になっていたかなと。本当に単純な可愛さで勝負をした時、彼女以上のヒロインは作中では存在しなかった。
彼女のルートもまた音姫と同じく、義之との別れに向けた切ない作りになっている。しかしながら焼きまわしというわけではなく、きちんと彼女のキャラクターに合わせたものが用意されていた。
辛いのは自分だけじゃないと、そうやって我慢し続けた彼女だからこそ、最後に零した本音は効いた。あれを見てああ、本当にこの子は義之の事が大好きだったんだなぁと強く実感した。幼いころから一緒にいて、共に長い時間を過ごしてきた。恋人として以上に家族として辛かったんだろうなぁと。無論、これは音姫も同じ。
●総括
色々と思い返しながら書き綴ってみて、改めて本作の事が大好きな事に気付かされた。恋愛だけでなく、家族や友人との関係性についても描き切ってくれたこの作品に深く感謝したい。