吸い込まれるような文体だけでなく、物語にもしっかりと魅力がある。本筋は勿論のこと、それ以外で凄く自分好みのお話が用意されていたのがとても嬉しかった。
raiL-soft…というかシナリオ担当の希さんの作品という事もあり、思っていた通り全体を通して古風で物語的なテキストが印象的。氏のことを全く知らない者からすれば読みにくいだとか、くどいだとかそういった意見もあるかもしれないが、私としてはこういった文体に期待して読み始めたのもあり、序盤から夢中になって読み進めてしまった。
本作の舞台となるのは、内部が多種多様な部屋・空間に満ち満ち、水路まで流れている迷宮の如き大きな旅籠。そんな得体の知れない小世界で、記憶喪失の主人公が様座な女性と知り合い、恋に落ちていく。
ルート構成としては3ルート+TRUEルートとなっており、三人のヒロインを攻略することで旅籠の謎、それから主人公の記憶喪失に迫っていくシナリオとなっている。最終ルートを本筋とするのであれば、前の三つのお話は言わば前座にすぎないわけだが、だからといって手抜きなんてことはない。ここのところ終わり良ければ全て良しな作品ばかりやっていたのもあり、個人的にはこれが凄く嬉しかったし、しかも中にはとても私好みのシナリオも用意されていた。ここからはその三つのルートについて感想を述べていこうと思う。
○令嬢
年子の娘に見えて陰のあるヒロイン…だと踏んでいたのだが全然違った。確かに黒い部分はあるし、自分を利用しようとするニゴリたちに対する態度は、普段の彼女とは明らかに違うものだった。
けれど、主人公に対する想いはひたすらに真っ直ぐであり、彼女が鬼のような形相を浮かべる時は決まって自身の血筋を憎む時か、主人公に危害が加えられた場合だった。中盤にて監禁した理由が明らかになる時には彼女から目が離せなくなっていた。
そんな逞しさばかりが目に映る彼女だが、そんな彼女だからこそ終盤に見せる乙女な姿が脳裏に突き刺さる。自分がいることで想い人に迷惑をかける。それが彼女にとってはとても嫌で、だけど嬉しかったわけだ。
「いつまでも、こうして背負ってもらいたくなりますよ?」
「今は軽くたって、そのうち重荷になるかも知れない。おろしてしまいたくなったって、もう私の方が、降りるの、厭って言うようになるのかも」
「それでも、いいんですか?」
これぞ本当の萌えだなぁと。絵だけで愛らしさを表現するのではなく、文体で彼女の心情を繊細に映し出すことで、読み手を唸らせる。読点を使うことで躊躇いを表現している感じが素敵だった。物語としては普通の出来だが、ヒロインをよく立てたシナリオだったなと思う。
○司書
図書館に住み着く名前通りの女性。彼女について、はじめは見た目が全く好みではなかったという矮小な理由からそんなに期待はしていなかったのだが、描かれているシナリオが私の好みど真ん中だったために、気付けば本作で最もお気に入りのルートになっていた。
周りからも散々言われて言う通り、彼女の正体は鬼であり、彼女と肉体関係を重ねることで主人公は彼女に惹かれていく。けれど主人公は人で、彼女は人ならざる者。決して共に生きることは出来ないし、彼女もそれを望んではいなかった。であればと、主人公が一つの選択をしてくれる。これがもう本当に自分好みだった。他作品でよく見られる逃げの選択ではない、実に彼女の想いに応えた回答を選んでくれたと思う。
「貴方が初めてだった。ただ私に食べられるだけでなく、その先の人外の場所まで、踏み出してくれた人は」
ラストシーンのあのおだやかな表情を見れば、誰もがこの結末に納得するだろう。
素晴らしい物語だった。
○琵琶法師
精霊のように見える少女。終盤まで正体は明かされず、話運びもいあっまでのルートと比較するとやや単調に感じた。正体が明かされても、思ったよりは衝撃がなく、またそれによって彼女に対する情が湧くことはなかった。
けれども他ルート同様、主人公はこれまた惚れ込んでしまうような選択をしてくれるわけで、結末についてはとても良かったように感じる。人を超えた存在になるよりも、人のままあがき続けることを慈しむ。とても主人公らしくて、彼女の幸せに直結するものを見せてくれたと思う。
本筋だけでは終わらない、全てのルートで主人公の選択に惚れ惚れしてしまうような、実に気持ちの良い作品であった。氏の作品はまだまだ未プレイなものが残っているため、たまのご褒美としてこつこつとやっていきたいものだ。