主人公に難ありの作品であり、芯なんてものはどこかに置いてきたかのような奴であったが、それが逆に周りの人間を引き立てていたとも言えます。TS要素は勿論、ヒロインの魅力も光る非常に私好みな作品でした。
とびっきり可愛い彼女がいて、気を許せるオタク友達、サークル仲間たちもいる。そんな充実した学生生活を送る主人公がとある出来事から女の子へと性別転換してしまう所謂TSモノの作品。
導入部分を見る限りは至って普通のTSモノであり、ある日突然女の子になってしまった主人公が戸惑いながらも、女の生活に慣れていくまでが描かれている。嬉しかったのがすぐエッチなシーンを移行するわけではなく、きちんと女の子として過ごす日常に目を向けてくれている点。急な出来後に戸惑い、葛藤する主人公を描いてくれたのがとても良かったです。
主人公の響は元々男らしい性格ではなく、可愛らしい見た目も相俟って周りからは女みたいだと言われていたとか。そんな彼が本当に女の子になってしまったわけだ。しかも街行く人が振り返るほどの美少女に。
女の子になってからの響はさらに優柔不断な正確に磨きがかかって、周りに流されつつ女の子の生活を楽しむようになっていく…といった感じの作品なので芯のあるタイプの主人公でないと読むに堪えないという方なんかはこの時点で本作に対し負の感情を抱いてしまうかなと。
ただ、視点を変えると極めて女性的であり、性別転換を主軸とした本作に抜群にあった主人公だと思えてきます。言い訳をしながらも他人の視線に快感を覚えるようになり、ついにはナンパされることにも心地よさを...。ナンパされたら女の子はどんな気持ちになるのかと綾ン相談する場面は少し可笑しくて、綾の意見を聞き安堵する主人公はもう完全に女の子でした。
中盤以降はその流されやすい性格が災いしてずるずると性欲に溺れていくわけですが、そのシーンについてもただえっちなだけではなくて、女の子としての快楽に戸惑いながらも身を委ねていく主人公の心情の変移が非常に丁寧に書かれています。女性ライターさんだからこそ成せる業というか、本作は主人公に関する心理描写が抜群に良かったです。
ここから個別ルートごとに感想を綴っていきたいと思います。
●秀平ルート
TSを活かしたわかりやすいルートといった感じであり、以前から主人公の事を「女だったら」と呟いていた友人と沼に堕ちていくお話。終いには母親も乱入してきて3Pエンドを迎えたりと中々にぶっ飛んだ内容ではありますが、女としての魅力に目覚め、戸惑う親友を誘惑しまくる小悪魔主人公は必見。
個人的には秀平が主導権を握るルートよりも主人公が主導権を握るルートの方が好みで、罪の意識を自覚し委縮しつつも、下半身はビンビンな秀平は実にオタクらしくて良かったかなと。秀平がキモ男として猛威を振る方も悪くはないのですが、私の趣味とは少しかけ離れていました。キモ男に堕とされるお話を好むユーザーにはウケそうだなと思います。
●綾ルート
女の子になってしまった主人公に困惑しつつも、恋人として主人公のために尽くし続ける健気なヒロイン。序盤こそ容姿以外特に語ることのない女の子だと思っていましたが、主人公が女になってしまった事実を打ち明けてからはもう彼女のターンです。本当に良い子過ぎて時たま目が潤んでしまった。
彼女は啓一郎ルートで真価を発揮するため、本ルートでは詳しくは語らないものの、ルートの内容自体は悪くなかったと思います。主人公が男に戻ってからの流れは淡白且つ尺短めに感じましたが、レズエンドを見た後に再度見返すと、彼女の喜びの大きさが改めて分かります。女の子でも…と言っていた彼女ですが、やはり彼女の傍には彼が必要なのでしょう。
●啓一郎ルート
転生元である橙子の意志が強く反映されたお話であり、橙子の恋人の祖先である子孫である啓一郎との恋に落ちていく物語。啓一郎の気を引くために必死に行動を起こす主人公は恋する乙女そのものであり、少し関係が前進するたびに喜びの表情を浮かべる彼女が非常に愛らしかったです。
本ルートは失恋エンドと得恋エンドの二つが用意されているわけですが、これが本当に嬉しくて、よくぞ両方書いてくれたなと。どちらのエンドにも共通して言えるのはこれまでのルートとは違い本気の恋愛をしていた点。
恐らく、主人公にとっても初めての恋だったのではないでしょうか。転生することで本気で人を好きになり、好きな人のために奮闘することの喜びを知った。だからこそ、失恋エンドではあんなにも涙を流して、得恋エンドではあんなにも笑顔を浮かべたわけです。流されるままに生きてきた彼に「世界が終わっても~」とまで思わせたモノ。それはまさしく本物の恋でした。
そして、そんな主人公の恋愛を陰で支えてくれたのが綾なんですよね。想い人が違う方向を向いていても、黙ってそれを応援し続ける。例え主人公の臨む未来に自分はいないと分かってしまっても、迷わず彼の後押しをする。「なんて趣味が悪い女の子なんだ」と、そう思いながら自然と涙が零れてしまいました。どちらのエンドの彼女も最後まで本当に素晴らしくて、読後は軽く放心状態になったほどです。彼女というキャラクターに出逢えてよかった。
絶賛するほど良いシナリオが描かれているわけではないですし、ルートによっては単なる抜きゲー程度のクオリティで終わってしまっているものもある。ですが、その繊細な心理描写の数々とTSを活かしたラブストーリーには一見の価値があります。
本当に私の好きが詰まった素敵な作品でした。