ErogameScape -エロゲー批評空間-

andanteさんのシンフォニック=レイン 愛蔵版の長文感想

ユーザー
andante
ゲーム
シンフォニック=レイン 愛蔵版
ブランド
工画堂スタジオ
得点
98
参照数
2159

一言コメント

ミステリ的にも凄いと評価されている作品ですが、ミステリ的要素の解説をしている感想が見当たらなかったのでその解説です。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

一部レビューでシナリオが読めると書かれていますが、少なくともミステリ的にはかなり高レベルです。
ミステリとしてシナリオが読めると云っている人は理解出来ていないだけでしょう。

この作品の仕掛けとして言われているのは「叙述トリック」ですが
「正気だと思っていた主人公が実は狂っていた」
低評価の人はインパクトだけの一発ネタだと思っているのではないでしょうか

これは正確には「実在すると思われていた妖精は主人公の妄想であった」という解釈をすべきです。

前者に関しては正解に辿りつくには超閃きしかなく
(伏線が非常に弱いからです、いわゆる平凡な叙述トリックの伏線ですね)
既出のトリックなので敢えて評価する程の物でもないですが
後者の認識から前者へ行く場合、大胆な伏線、緻密なミスディレクションが用意されています。

この手の「主人公は狂っていた(=世界の認識を誤っていた)」というオチの場合、まず考えられる例として

「主人公を正常と思わせて、知人に狂人(と思わせた)を配置する」
「主人公を狂人にする」

の二つがあるかと思います。(他にもあるかも知れませんが)

前者がこれ系のトリックの元祖だと思われますが
この設定の欠点は伏線が弱すぎることです。

主人公がその知人の発言を「君には見えても、俺には見えるわけがない」と、読者に見逃させる手ですが
(この場合、狂人と思われていた男の言っていた事が真実、つまり主人公が間違っていたという伏線です。ミステリで主人公の認識をこのレベルで否定するのはおそらく前代未聞です。)
伏線はそれだけなので、絶賛する人とミステリでないと言う人とで二極化してしまっています。
(答えに辿り着くために直感に頼り過ぎるからです。それに主人公の認識を否定してしまえば世界全てが無意味になる脆さもあります。)

主人公の認識を否定し、そもそも謎なんか無かったと
ミステリを根幹からして否定しうるトリックでありながら
及第点レベルの伏線を持ちミステリとしても評価出来る歴史的な作品ですが
これはそのアイデアの斬新性で評価されるべきアンチミステリであり
本格ミステリとは違います。
(「シンフォニック=レイン」は他者の視点を利用することにより
 本格ミステリとしても評価出来る作品になっています。)

後者の「主人公を狂人にする」と云うのは
主人公が狂っているという事をそれとなく伏線に出し
「狂っている人間の見た世界」と云うように最後は世界を崩壊させます。
これはミステリでなくエロゲで使われていただけですし
上手い魅せ方もあるのかもしれませんが、私の見たゲームでは上手くなかったです。
もともとトリックメインの作品でもありませんでした。

長い前置きが終わって「シンフォニック=レイン」の場合ですが

「主人公を正常に思わせ、かつ知人も正常に思わせる」

これでは「伏線をどうするんだ?」と思えるのですが、この作品は魅せてくれます

主人公が狂っていると云うことをプレイヤーに気付かせないために嘘を語る人達を用意したのです
主人公の異常な所を他の人達が気付かせないようにフォローするワケですから
これで主人公=異常が分かりづらくなります

これが「正気だと思っていた主人公が実は狂っていた」を作り出すワケですが
叙述トリックだとした場合、他の人物が積極的に嘘をつくワケですからアンフェアの一言です
(この作品は全体を叙述トリックで覆っているのではなく、「フォーニ」の認識のみが叙述トリックです。他の部分は通常のトリックと見るべきで、アンフェアにならないように組まれたこの構成は本当に素晴らしく、その叙述トリック一つにより他の部分の解答にも辿り着くことが出来るのです。本格ミステリでは麻耶雄嵩の作品で見ましたが、そのハイレベルな仕掛けをギャルゲーでやっているのです。)
通常のトリックだとした場合も、この"周囲の人間が加担する"は既出です。
(クリスティの作品はフェアで本当に神がかっていますが、「シンフォニック=レイン」の場合はアンフェアとなっています。)

超閃きで、この真相に辿り着けた人も中にはいるでしょうが
ここで思考終了するのは非常にもったいないです。
(そもそもここで止まってしまっては価値がありません)

「SR」の本格ミステリとしての真価はこちら側です

「主人公は狂っている」と云う解答には
「フォーニは実在しない」から辿り着くのが正解だと思われます。

「フォーニは主人公にしか見えない」
アルの化身であるならばトルタには見えても良かったはずです

「何故フォルテールを弾くには魔力が必要なのか」
魔力でなくとも、才能のあるなしで棲み分けは出来たはずです
これは魔力という設定を出すことによりファンタジー色をより強くし
妖精の存在に疑問を懐かせないためだと考えられます。
ですから、フォルテールを弾くには魔力が必要なことが公の場で語られるのに対し
この世界に妖精がいるなどと言うことは誰も言わないのです。

「なぜフォーニはタオルを置かない日があるのか」
フォーニが置かないのではなく、クリスが置けなかったのです。

「フォーニがトルタ寄りの発言をするのは」
クリスが心の根の部分でアルを否定しているからだと思われます。
本来彼女は諦めなければならないのですから

非常に単純ですが、トリックなんてものは単純であればあるほど
騙されたときの衝撃は大きいものです。

この作品はギャルゲーという媒体ということも十分に利用しており
(ギャルゲーに妖精が出てきても私は何の違和感も感じません、某「Ever17」にも言える事ですが)
ただのギャルゲーという認識でプレイした人の何%がこれに気付けるでしょうか?

既出のトリックを芸術的に組み合わせた、この作品は
トリックではなく、構成の巧みさを味わうゲームなのです。
ミステリとしての評価が「Ever17」と比べると低いのは
フェアやアンフェアを気にしない人達がユーザだからであって
本格ミステリが好きな人達が対象ならば断トツで一位になるのでは
(この作品には解答編が存在しない、と云うのも大きな要因でしょう)

次は「何故最後が曖昧な終わり方なのか」です

「シンフォニック=レイン」のラストは
結局彼女がアルなのかトルタなのか分からないまま終わってしまいます。

これも一見一発ネタに見えますが、実際は全体のシナリオが伏線となっています。

このゲームはひたすら人の認識というものの脆さを訴えかけてきます

主人公が狂っているという真相は、あくまでも他者の視点で「見せられた」事実により明らかになることであり
クリスの視点では彼は正常なのです。

ファルがクリスの認識していたような出来過ぎた完璧な人間などでは無く
精神的に壊れているとも言える人物だと分かるのは、その事実を「見せられた」からです

リセシナリオがオブラートに包まれ一つだけ浮いた物となっているのは
何も「見せられていない」からです。このシナリオでは何も分かりません。
(主人公が狂っているかどうかさえ分からないことに注目してください。)

アルだと思っていた人物がトルタだと分かるシナリオがありますが
これは何故分かったのでしょうか?

クリスの視点では彼女はアルだったのに、
トルタの視点では彼女はトルタでした
それは、トルタの視点でその事実を「見せられた」からなのです

これはチャチな双子トリック等ではなく
(平凡な双子トリックはミスディレクションにすらなりえません、何か理由があるはずです)
認識そのものを裏切る代表的なトリックとしての伏線だと言うことです。

レベルの高い叙述トリックも、低レベルの双子トリックも結局は
(双子トリックが低レベルというワケではありません、低レベルな双子トリックです)
「○○だと思っていたら○○だった」という認識の違いをつくことには変わりはないのですから

両者に共通するのは作者が種明かしをしない限り、世界は決してひっくり返らないのです。
(本格ミステリと呼べるような叙述トリックも極一部ありますが、大抵は上記のように二通りの解釈が可能なので)
つまり常に曖昧に描かれていく叙述トリックは世界を二通り解釈することになり
一つの世界を確定させることは出来ません。

前述のアルがトルタだったと言うのはトルタの視点で「見せられた」から決定した事実であり
最後まで決して「見せられることのなかった」彼女の正体は謎というのが正解だと思われます。
(某中澤氏が「Remember11」で失敗していることを成功させているのがこの作品です。あれはアンフェアであり、「夏と冬の奏鳴曲」「Ever17」の劣化コピーですから)

解釈はもちろん二つあります。

一つは主人公が狂ったままだと言う解釈です。
クリスが「正常に戻った」というのは決して「事実」ではありません。
それがプレイヤの間違った認識だった場合
「痩せこけたアルが元に戻るのに半年」かかろうが
「唄が上手くない」だろうが
全く問題ありません。
この解釈ではアル=トルタ説を(おそらく)矛盾なく説明できます。
と言うよりも、アル=トルタ説は主人公が狂っていなければ機能しません。
正常に戻った人間を半年?とは言え、騙し続けるのは現実的ではありません。
生活費の問題も出てきますし、間違いなく誰かに頼っているはずです。
たしかパン屋をやっていたと思いますが、そのお金はどうしたのでしょうか?
アル=トルタを親族が認めるとは思えず、実際はゴタゴタしていたと思います。
実際の所はリハビリを兼ねた生活をクリスが自身の都合の良いように脚色していたのでしょう。

二つ目は主人公は正常に戻ったという解釈です。
上記で述べた通り、正常に戻った人間を半年以上あのシチュエーションで騙し続けるのは非現実的です
そうであるならば、必然最後の彼女はアル本人なのでしょう。

この作品が目指した物は
「『彼女』はアルなのか、トルタなのか」
等と言う論争になるような話ではなく
「『彼女』はアルであり、トルタでもある」
そしてミステリであり、ギャルゲーでもある。
アンチミステリならぬ、アンチギャルゲーなのです。