愛と演劇の話
以下、8割の要約と2割の考察
■台本
その日の獣には、
両思いであるのにも関わらず、実らない悲恋の物語
(A)少女の想い
①獣と結ばれたい、愛
②獣に幸せになってほしいという願い
(B)獣の想い
③少女と結ばれたい、愛
④村の元へ帰りたいという願い
■クロガネと主人公母(結子)の二人はなぜ結ばれなかったのか
お互いに演劇を優先しており、また他方が演劇に心を捧げていたことを知っていたため。
クロガネの不在を理由に台本の存在を消したことと、その台本が演じられることを欲していたことからも、お互いを意識して演劇に励んでいたことが推測される。
■主人公母はどういう人物か
クロガネと同様、演劇に愛情も捧げていた人物であるが、想いも愛も果たされることはなかった。
■主人公母の変遷
「処女作以降の作品は、楽しむように筆を走らせていた」という母。
そこから推測されるのは、大きな変化か。
つまり、願い[①]ばかりを優先してしまった結果、彼を不幸たらしめた自分の行いが過ちであることに気づいたという点。
作品中では主人公ら兄妹への愛もあったということから、この②>①という優先順位を改めたと考えるのが適切に見える。
こういった経緯があっても、それでも台本を書くことを辞めなかった、この理由はまたクロガネと果たせなかった幸福な結末を実践するためか。
「読点をつけて物語に結末を与えなかった」ということからもまた類推される。
■クロガネの固執
死して幻の台本の演劇の実現を求めたクロガネ。
しかしそこに代償をもたらしたのは、彼が愛を封じ演劇に魂を捧げんとしたことがそのまま繋がっている。
つまり、「愛捧げなくして演劇の完成は無し」という彼の生前抱えていた悩みが歪んだ形で契約を成していたのだ。
また、力を与える相手の「獣を呼び起こす」という文からも、契約する相手には獣、つまり自分自身を映しだしていたのだろう。
演じる力を得て、愛する力を失う、その悲しい姿を。
■なぜ無償で力を与えたのか
祈莉には台本を、舞雪には魅了の力を、代償なくして与えた。
それは二人の「演劇を成功させるため」という自己犠牲の心が、生前愛した彼女の姿を連想させたためか。
■瑠奈
過去を捨て、魅了の力を得たが、失った過去に演劇の理由があることを思い出した瑠奈は、その力を捨てた。
女優になろうとする、彼女の心の底には主人公への愛があった。
クロガネが獣と見出した欲望のそれは、愛だけでなく願いにもつながっていた。
■舞雪
魅了の力を持って、演劇と主人公との恋愛、双方を成就することができたのだ、というクロガネ。
ここには、「自分は(主人公母にとって)演劇の中で重要な存在であり、恋慕の対象ではないのだ」という意志があるようにも見える。
自分は愛されていたのだ、と主張しないクロガネの心情には、演劇に愛情を持ち込まんとする強情な意志が伝わってくる。
また、瑠奈と祈莉に対して記憶を奪う契約に対し、舞雪へ求めた代償は愛情そのもの。
それは、愛情を抑え一歩下がり良き友達であろうとした舞雪の姿が、まさに主人公母のそれと重なったためであろうか。
その彼女が台本を読んだ際の解釈、「少女は獣に一緒にいてほしいと言われたかったのではないか」という一文はより深く刺さる。
■祈莉
台本、それに演者の魅了する力を得た彼女は、代償として自身を取り巻く者たちの記憶を要求される。
クロガネは、「一番大事なもの」と称して代償をヒロインそれぞれで変えている。
瑠奈は、最高の演者であろうとする理由たる「主人公」の記憶を。
舞雪は、主人公に求められている恋人である自身の恋愛感情を。
瑠奈と舞雪は直接的に、愛に最も親しいモノを求められているが、祈莉の場合は違う。
なぜか。ここには、祈莉がヒロインに感情移入できていない点が理由に挙げられる。
祈莉は、友達とはなにであるかを考えつつも、主人公と恋仲になった。
つまり、獣が抱えていたはずの願い(④)を理解しておらず、また少女の想いのうち、願い(②)を理解できていなかったのではないだろうか。
実らない恋、それを追い続けることの意味を、祈莉は考えていた。
終わりあるからこそ美しい、その解釈を否定し、永遠を選ぶことの尊さを説いた。
友達の意味、友達を失いたくない、ずっと友達でいる。
「友達」にある永遠性を、そしてその友情の中で咲く恋も永遠になりうるということを、クロガネが悟ったのはいつだろうか。
じゅうぶんな、はずだった。
いつか求めていたそれよりも多くを求めてしまう愚かさと、自身の想いに気づく尊さに迫る、よい主題の作品だった。