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amaginoboruさんのさよならを教えて ~comment te dire adieu~の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
さよならを教えて ~comment te dire adieu~
ブランド
CRAFTWORK
得点
97
参照数
4803

一言コメント

グロやサイコ、トラウマ作品としてプレミアが付いたものと勘違いしていました。考察系シナリオゲーとして出色だからこその値段だったのですね。見所は2001年初出とは思えないほどの完成度と、ALLクリア後の周回と考察の余地。特に考察面は深く考えずとも理解できる明快さと有り余る想像・思考の余地という、相反する2要素を併せ持つ絶妙な構成でした。不理解に悩まされず深く入り込める稀有な作品です。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

◆ネタバレについて
よく「ネタバレ厳禁!」な注意喚起のあるエロゲですが、お話のいわゆるオチにあたる
部分は先に知っても致命傷にはなりません。むしろ制作陣は道中においてもオチを
隠そうとはしていません。そこが問題ではないとばかりに情報を投げてきますので。

その上で本作のネタバレ要素を挙げるならば、本作に関するあらゆる考察です。一遍
とおり作品を読み終えると納得と共に「ならあの娘はなんなのか?」「あのシーンの
意味は?」等、新たなる疑問が続出します。

追求しなくとも物語は完結しますし、そこで一応の満足は得られると思います。しかし
入り込めば入り込むほど端々が気になってしまい理由を追い求めたくなる。そんな構成に
なっています。

しかし多くの考察系エロゲがそうであるように、全ての疑問に答えが用意されている
わけではありません。むしろ答えが用意されている方が稀。提示された情報から想像と
推察で自分なりの解釈を立てることになります。

なのに事前に他考察を知ってたら思考が引きずられて面白くないですよね。ゆえに
ネタバレと述べた次第です。同じ理由で制作陣の見解も覗かない方が良いでしょう。
ALLクリアしてからではなく、自分の解釈をまとめてから設定資料集などを閲覧する
方がより楽しめると思います。



以下ネタバレ込みで色々と。










◆作品の一体性
先に述べたとおり、考察の好きな人嫌いな人の両方に対応した非常に稀有な作品です。
前者に対しては上述のとおりですが後者、つまり苦手な方に対してはノベルゲーの
あらゆる要素を使い、サイコでスピリチュアルな世界観を非常にわかりやすく演出
しています。


まずグラフィック。背景を夕暮れで統一しているのはいうまでもなく逢魔時が意識
されています。危ない世界を見せるなら危ない時間帯。視覚的にも夕暮れ時を好む
ユーザーは多いですし、雰囲気作りにも一役買っています。
またシナリオ面から見ても、現実と妄想の狭間を昼と夜の境界線に見立てています。
いつも夕暮れなのは広介が狭間で常に苛まれているからです。

人物画を見てみると長岡氏の特長が世界観にいいアクセントを加えています。以前
プレイした『おまえのなつやすみ』と同じく、肉と骨を非常に意識した造詣で描かれて
いました。特に顕著なのがこよりのアンバランスさ。グラマラスな体に反した手足の
細さは、彼女の特徴を絵で見事に捉えています。

望やまひるなど体躯の細いキャラは骨が顕著です。『おまえのなつやすみ』では細見
ヒロインのあばら骨が素敵でしたが、今回目についたのは肩甲骨や腰骨。骨ばった体が
やはり個々の特徴を捉えていますし、またグロ・サイコ方面でも少女性が増したことで
痛々しさが増幅されていました。

今どきの絵ではない上に内容が内容なので、エロゲとしてはやや使いづらいグラです。
しかし揉み掴んだ際の肉尻感など淫靡さは十分。そこへ設定上・シナリオ上必要な
情報を乗せた人物グラフィックは、考察系エロゲとして十全の仕事がなされています。
背景で世界を作り、人物画で物語を深く魅せているのが本作のグラフィックです。



次に音。作中で聴いたとき最も印象的だったのが音の振り方です。曲としてではなく、
雰囲気・世界観を作るためにわざとステレオを意識した音の割り振りがなされています。
時にエコーをこだまさせ、時にパンを振って読み手の意識を揺さぶります。

催眠音声などの常套手段ですが、音を左右不均一にすることで聴き手の意識を揺らす
目的の曲作りがなされています。曲単体ではなく、サイコな世界を見せるための曲です。
それでいて単体でもクオリティが高いあたり、さすがのさっぽろももこさんですね。

ヒロイン用BGMも同じく物語・世界観を重視。人物画と同じく個々を意識した曲調
でした。個人的にわかりやすかったのが睦月の「天使」と望の「カラス(風)」。
こよりは「人形」というより公介に対する役割を意識したかのような曲調で、更に
踏み込んでいた印象です。

声のクライマックスはやはり、となえの二重音声でしょう。テキストとの連携ギミック
による韻の踏み方、そしてシンクロニティは心胆寒からしめるに十分な演出でした。
余談ですがこの音声、一発OKだったそうで。涼森ちさとさんの技量がうかがえます。

そしてSE。これは述べるまでもありませんね。チャイムの印象はプレイヤー全てに
焼き付いたかと思います。他にもトンボ・バケツ・ドアなど、音の一つ一つに配慮が
行き届いていました。特に矢を射るSEはタイミングも合わさって怖かったですね。

音関連の全てに共通しているのが世界観を優先している点です。単体での聞きごたえや
エロゲヒロインとしての魅力ではなく、作品全体を見据えた上で曲が作られていたり、
あるいは声や音が当てられています。絵や文との連携も見事なあたり、統括者が的確に
作品全体を俯瞰できていたことが見て取れます。



最後に文ですが、異常者の心理描写は語るに及ばず。加えて細かいギミックに感嘆
しました。前述のとなえ二重音声や御幸の1クリック2行送りなど、ただ文を見せる、
送るだけでない工夫が作品をより深くしています。コメディ作品でテキストダダ流れや
枠越えといった演出がありますが、あれがシリアス作品に巧く転用されています。
(むしろこちらが先かもですが)

しかしテキスト一番のポイントは、この異常極まりない世界が理解できるよう表現
されている点です。薬物中毒者や精神異常者の描写は往々にして煙に巻かれるものですが、
本作のそれは意識せずともプレイし通せば理解できるよう考慮されています。

異常な世界は理解できないから、異常な部分を楽しむしかない。ゆえに異常度は作品を
追うごとにインフレするものですが、理解できるものとして表現できるなら過激さだけに
頼らずとも物語を広げられます。それを本作は実現できているわけです。


パッケージのぶっ飛び具合のわりに異常性が抑えられているのは、生まれた時代も当然
あるでしょう。事実近年のサイコ作品の方が猟奇性・異常性ともに本作を超えています。

だのに長年プレミア化されていました。それはつまるところ、猟奇や異常性で値段が
跳ね上がったわけではないことを意味します。もちろん稀少性だけでもありません。
理由の一つは間違いなくわかりやすさ。異常な世界を十分理解できるよう綴られている
点にあると考えます。

精神病者の異常な世界を理解できるよう伝える。そんな難題を推して通せたのは、
文・絵・音の全てが同じ方向性で連携しているからこそでしょう。テキストだけでは
描写はおぼつかず、絵だけではインパクトが足りず異常性が伝わりきらない。個々の
長所と欠点をそれぞれ増幅補填したからこそ、ここまで理解しやすいのだと思います。


計算された異常なのに用意されたかのような陳腐さ味気なさを感じさせないのは
シナリオもまた妙を持ち得ているからでしょう。特にエンディングはこの上なくやるせ
ない。生きることも死ぬこともできない公介の無間地獄のような苦しみから、となえで
なくとも救いたくなります。

しかし生きたくも逝きたくもない彼は、こちらからはどうすることもできない。
それだけでも十分やるせないのに、睦月ルートでは一抹の希望を見せるのが実にタチが
悪い。救いがあるように見えて最も救えない、この上なく悲惨な結末でした。

「さよならを教えて」。何とさよならしたかったのか。それは家族であり姉であり、
教師であり後悔であり。しかしもっとも教えてほしかったのは、生と死からのさよなら。
しかし公介はどちらもできないし、教えても貰えない。生きることも死ぬこともできず、
夕暮れだけの世界で先生と呼ばれ地獄に居続けるのみ。

そんな切なさ苦しさやるせなさが切実に伝わる物語だったからこそ各要素も持ち味が
生きたのでしょうし、逆もまた真だったのでしょう。本当に隙の無い、ノベルゲーと
しては最高級ともいえる作品です。



◆考察系としての間口の広さ、手引きの周到さ
世界観がわかりやすいからこそ、疑問も実に明確です。妄想と現実が錯綜していたから
意味不明な場面が多かった。なら区分けをすればいい、と。何が本当で何が妄想
だったか?から始まり、区分けが終わったら次は妄想の意味を探りたくなる。例えば
貯水タンクの中に人がワープするわきゃないですからね。その意味を考えたくなる。

とこんな調子で興味を連鎖させることで「何このゲーム意味わかんね」「異常な世界
だからね仕方ないね」終わらせないよう誘導できているんです。これって何気に凄い
ことだと思います。


考察系作品が低評価を受ける最たる理由は「話がよく分からない」です。意味不明な
エンディングを見せられたり、過程を説明されないまま物語が終わったりと、話も
意味不明だし何が分からないのかすら分からない。アニメですが『新世紀エヴァン
ゲリオン』のありがとうエンディングが好例ですね。

エロゲも同様です。『Sense off』や『Forest』などは積極的に情報を、それこそ
作品外からも収集しないと納得のいく理解ができません。そこが面白いのですが、
苦手な読み手からすれば情報の足りない欠陥作品でしかありません。


対して本作は、考えずとも物語としては納得できる結論が出ます。その上でわかり
やすく考察要素が提示され、簡単に推察できる答えも用意されています。妄想ヒロインの
正体なんかは非常にわかりやすいですよね。そこを取っ掛かりにさせて、作者は徐々に
奥へ手を引いていきます。

しかし最後までは十分な答えを用意していません。そもそもの疑問である「どこまでが
現実?」は線引きしきれず、睦月の発言に関しても現実/妄想の判断はしきれません。
他にも姉弟で苗字が違う理由など、具体的な問題にも答えが用意されていなかったり。
推測や想像で止まるよう上手くコントロールされています。

遊びの部分を残しておくのもまた考察ゲーの楽しみの一つです。感覚的には答えが理解
できるよう示唆されていればなお良し。引いてきた手の離し方もまたジャストタイミング
だと思います。



◆とっつきやすい考察系エロゲ
わかりやすい物語を土台に見つけやすい疑問を提示し、そこから徐々に探らせていく
見せ方は実に巧妙で、同時に丁寧なユーザへの配慮が見て取れます。考察ゲーは大体
ユーザを突き放して「あとは好きに楽しんで」みたいな風潮ですが、一見様お断りな
見た目とは裏腹に、多くの方にとっつき易いのが本作の特色といえます。

各要素を巧みに連携させて見せるサイコ世界で刺激を与え、前後の繋がらない意味
不明な展開で混乱させ、しかし最後でタネを明かして全てを納得させる。そこから新たな
疑問を生じさせ、探り考える楽しさを提供する。しかし全ては詳らかにせず、余韻も
大事にする。とにかく手が行き届いています。

私は本作をプレイして、サービスレベルの高い高級レストランを想起しました。
食材の優良さや味は当然として、入店時の対応に店内の視覚的な空間、耳に届く音にも
気を配り、食事も飲み物との相性などあらゆるコンディションを見て提供する。必要と
あらば料理や食材、飲み物のエピソードなどを披露し、想像や余韻でも食事を楽し
ませる。

メインだけでなく、メインを楽しませるために副次要素にも配慮し連携させ気を配る
非常にレベルの高いサービス。本作のそれと全く同じ性質に感じられました。一見様
お断りな外見なのに、ドアを叩いてみれば客を楽しませることだけに腐心しているあたり
までもが似通っています。


加えて嬉しかったのが、とっつきづらい考察ゲーでその難題に挑戦して結果を出し、
その上で従来のプレイヤーも楽しめるよう作られていること。「わかりやすい=熟練
プレイヤーには物足りない」のテンプレ式が成り立っていません。どんな立場の読み手
でも楽しめるように、特に演出面での工夫が見て取れます。

唯一の欠点がレトロゲーゆえのシステム面の弱さだったのですが、DL版発売にあたり
改良されたようで、既読スキップやバックログはもちろんジャンプ機能まで搭載済み。
さすがに現代エロゲレベルとはいきませんが、ストレスを感じず遊べるほどにまでは
改善されています。


以上から「考察系の入門に適したエロゲ」と評します。全てがハイレベルな本作から
手を付けてしまうのは勿体ない気もしますが、それ以上に考察ゲーの楽しみ方が理解
しやすい点を評価します。そこから長所の尖った名作エロゲへと手を広げた方が楽しみ
方もわかって良いかなと。

それほどに理解しやすいんですよね。わかりやすくて面白いという名作の基本を考察
ゲーという難しいジャンルで成立させている。その偉業さはいかなる面白い作品も成し
得ていないことからも理解できます。
というか成立させたエロゲがあるなんて夢にも思いませんでした。なるほどプレミアが
つくわけですね。高いお金を払ってでもプレイする価値があります。

初回プレイこそ5~6時間かかりますが、以降は1周1~1.5時間で読めるので時間のない
人でも大丈夫。ボリュームは確認するための周回と考える時間を足せばそこら辺の長編
エロゲぐらいには長く遊べます。兎にも角にも隙のない、完成度の高い作品でした。
DL版をリリースしていただけて本当に良かったです。