己の意志で戦い続けた戦闘機乗り。無為に死に逝く学徒兵の様。戦争の落着点として捨てられる元英雄。兵隊とは異なる形で戦う者たち。そして国家という単位を超越した経済・政治・社会論。様々な角度から見る戦争を通して語られたのはたった一つ「彼ら彼女らが、なんのために戦ったのか」。硝煙に血煙、陰謀に政治。あらゆる要素を用い、かつ揺らぐことなくテーマを貫きとおした製作者陣の技量と意志は、それだけでも賞賛に値します。
◆若菜
戦争の口火となった学者の息子、萩野社の物語。負けの見えている戦争の中、任務や
戦友・若菜との交友交際を通じて戦いの意義を見出し、父親の理想を目指す物語です。
航空戦の最も多いルートで主人公とヒロインの関係性も非常にわかりやすく、個別
ルートの中では最も楽しめました。
◆加奈子
無為に死んでいく学徒兵の哀れな最期を書き続けた物語。主役はタツやク-に代表
される名無しを含んだ予備生徒達でした。戦いに意味を見いだせないまま前線へと
駆り出され成す術もなく死んでゆく彼ら彼女らは、本ルートでは犠牲者として書かれ、
同時にテーマにおける具体的な問題の一例としています。
補足すると、社は途中離脱した結果若菜ルートのように戦争に大儀的な意味を見い
だせず、加奈子を守るためという最もミクロで手前な幸せを意味とします。兄の
呪縛から抜け出せない彼女もまた同様です。代理や逃げ場といったおおよそ男女間の
恋愛とは程遠い関係。土壇場ゆえの吊り橋効果です。
そして予備生徒達は、そんな二人を本当に生き残らせたかったのではなく、戦いの
意味が最早そこにしか見いだせなかっただけ。残されたわずかな選択肢から二人を
逃がす道を選んだまでです。トシに至っては散った先輩たちのために、加奈子の傍に
居続けた感すらあります。
また私は、加奈子ルートこそが本作の最たるミスリードであると考えます。
凄惨で救いがないからこそ読み手は悲劇の中の幸福を望んでしまい、あるいは悲劇の
描写に満足してしまい、結果主題は脇へと追いやられてしまったような。
ただ制作者の狙いではなく、それこそが読み手が本作に望む最大公約数だった、と
考えるのが自然でしょう。ですが最後までプレイすれば悲劇を通じて問題提起して
いるのは一目瞭然です。ましてや非戦をや。本作はむしろ戦争を迎合している節すら
あります。
◆美紀
戦争の落とし所にされる生贄羊。全てを失う彼女を通して伝えられるのは戦争の暗部。
加奈子ルートのような目に見える悲劇ではなく、一部の利権屋によって世の中が捻じ
曲げられている現状を提示しています。ただし美紀も元を質せば予備生徒。テーマは
上述2ルートと同じです。
美紀は他二人と異なり、メインヒロインでありながらどこまでも墜とされる被害者と
して書かれています。恋人を失い、プライドを棄てるよう強要され、最後は勘違いから
相棒にすら見放され、ついには空と死に場所さえ失ってしまう。最終ルートの扱いも
含めて不遇なヒロインという印象は拭えません。
◆前半3ルートの共通点
いうまでもなく「戦争に翻弄された予備生徒」です。理想を信じ戦争へ身を投じるも
現実とのギャップに苦悩し、戦う意味を求める若者達を書いています。
このような流れになったのは、本作が負け戦を書いているからでしょう。全てを失うと
わかっている戦いだからこそ意味を見いだせず苦しむわけで。勝利サイドの関西軍も
無意味な戦いに苦悩しているのは最終ルートを見れば瞭然ですが、最初の取っ掛かりと
してより理解しやすいのはやはり負けの戦いを強いられる関東軍。こうして意味に悩む
予備生徒たちをまず見せてから次に、別の方法で戦い続ける人々を物語は綴ります。
◆夕紀・圭子
強い者と弱い者の戦争・システムに対する持論。視点がドンパチ(予備生徒)から一歩
引き、戦争参加者(非軍属)へと移ります。当2ルートにおける社は二人からテーマを
引き出すためのストーリーテラーでしかありません。ゆえの唐突なBL要素だったのかも
しれませんね。影が薄くなっちゃうので。
従軍記者の夕紀と円経済圏論の原理主義者である圭子は、同じ非軍属でありながら
正反対の人物像として書かれています。夕紀は自身を確立してから戦争を経験し、また
成すべきことを確固たるものとした、何にも左右されない強いものとして。圭子は
多感な時期に戦争へ身を投じた、自己が揺らいだままの弱い者として。
前半でも強い者・弱い者は書かれていますが当ルート、特に圭子ルートではその二極性
をこの上なく強調しています。圭子の「揺らぎない心を持てない弱い者は国家という
システムにすがって生きるしかない」という訴えはまさに荻野健二や藤谷教授が看過
できてない問題の立脚点です。情報量が膨大なため忘れられがちですが、最終ルートの
伏線がこの時点で仕掛けられていることがわかります。
◆最終ルート
視点をさらに俯瞰させ世界情勢からイデオロギー論、果ては万年を超える未来を据えた
話に。並行して敵側である関西軍の苦悩や現状を取り巻く問題も貴子を通して垣間見る
ことができます。加えて予備生徒の実情、弱い者を救済するシステムなどなど様々な
要素が入り乱れる難解なルートですが、最後の演説を内容を一言で示すなら
「常に自分のために戦え」
だと思います。
弱い者はシステムにすがって生きるしかない。現行システムに歪みがあるから不幸が
生まれる。であれば新しいシステムを構築すべし。それには戦争は不可避。有史以来
システム交代は戦争と共にある。そもそもシステムを変えようとする世界の時流に、
人や組織が介入はできない。それでも人は流れを変えようと必死に抗う。なぜか?幸せに
なりたいから。では幸せとは何か?幸せの形は千差万別で人それぞれだし状況にもよる。
時流に飲まれて相対的に不幸な選択肢しか残らない場合もある。そんなときどうすれば
いい?その場その場で自分のために動け。思想や理想、他人の声などを気にせずに。
言葉足らずで穴だらけですが、理屈を羅列するとこんな感じでしょうか。
以下、私なりの物語後半の解釈です。
決起集会にて社は「俺を信じず荻野健二を信じる者はここから去れ。上で実際に動く
人間までが過去の理想を信じていては新しいシステムも長くは保たない。」と
賛同者に喝を入れます。自身の不確かな弱い者のために神輿は存在する。実際にこれ
からの世界を運営するアンタ達が自身で判断できないんじゃ困る、ってことですね。
同時に社は強き者の看過できていない穴を見出します。前述したとおり弱い者のことを
真に理解できていない点です。彼ら彼女らは強くなれないから、依存するシステムや
理想を用意しないといけない。しかしそれだけでは足りない。その考えが最後の演説に
繋がっていきます。すなわち、弱い者へ対する社の問いかけであり働きかけ。
「今一度問いましょう。私達は、なんのために戦っていたのでしょうか?」
何故そんな問いかけをしたのか?少なくとも意識させないと、納得した上で行動を
起こせないから。つまり、幸福を得られないから。つまり、納得して死ねないからです。
幸福な生とは突き詰めれば死に方へ帰結します。それは戦場で散る士官や予備生徒達
にもいえること。逆にいえば納得できない=どこか自分に嘘をついて行動している
ことになります。それは関東独立の思想だったり、他者との幸福度の優劣比較で
あったり様々です。世間がどう他人がどうをまず取っ払いゼロクリアし、現状で自分が
何をしたいのかを起点とする。そこから始めないと納得なんてできない、ってことです。
ゆえに死ぬために戦うことを社の演説は否定しません。自分の死がひいては納得できる
ものであれば、それは他者に何と言われても引けるものではないでしょう。若菜ルートの
社や夕紀の姿勢が最もわかりやすいといえます。加奈子ルートのタツやトシ達の行動
でさえ、悲劇ではありますが土壇場で自身が納得しての行動ですから誰にも文句はいえ
ませんし、自身も納得しているはずです。それが死者のためというどこまでも後ろ向きな
ものだとしても。
補足ですが加奈子ルートを問題提起と述べたのは、怖さに逃げ出した結果爆死した
予備生徒(和田でしたっけ?)のような、理想や周りに流され行動に納得できていない
兵隊達の現状を指しています。そんな彼ら彼女らが納得できるような社会を理想とした
からこその演説です。
一方で自分の信じる社を信じたのが演説中戦い続ける人々の姿です。死を恐れず社の
演説を「いらない放送」と一蹴し、眼前の障害を取り除くこと執心する姿勢はまさに
納得したものの姿です。戦後インタビューで聡美が語る「まるで熱病にでも浮かされた
ように」という言葉も同じ意味。だから一兵卒の立場で「私達が作り上げた戦後」と
自負断言できたのでしょう。
戦う彼ら彼女らのように、自身が納得して指導者の提示する新システムに賛同して
くれる、それが自身の幸せにつながると判断した人々の集合体で新システムを動かして
いかねばならない。それが社の考えた弱い者への働きかけであり、先達が見落として
いたもの。以上が荻野社の演説の意味です。
演説最後の一言を直前に銃声爆音は消え失せ、社の声のみが響き渡ります。それはつまり、
戦争が終わったことを意味します。同時にその一言には戦争を抑止する効果はなかった
と解釈します。というか演説自体が以後の世界を支えるためのものであり、戦争終結の
主要素であったとは考えていません。少なからず効果はあったと思いますが、あくまで
それまでの根回しや砲火を交えた人々、後方支援や政治工作に尽くした人々、自決した
吉原司令のような一部敵方の理解があってこそでしょう。
ではなぜ、あのような尻切れトンボの終わり方なのか。明白です。本作が社や登場人物の
物語ではないからです。ましてや作中世界の行先でもありません。主題が「なんのために
戦ったのか」だからです。それを書き通せた以上、戦争の結末は蛇足でしかありません。
思えば本作は常に戦いの意味を問うています。全ルートあらゆる場面で、あらゆる人達が
悩み考えています。そして何がしかの答えを出す人もいれば、悩みを抱いたまま流され
消える人もいます。戦闘も、英雄も、悲劇も、非戦も、恋愛も、作中の人物たちが納得
して、あるいは納得せず行動した結果の物語でした。その全てを見せての最終ルート、
そして社の演説なのです。
以上が冒頭で「語られたのは、彼ら彼女らがなんのために戦ったのか」と述べた理由です。
◆その他感想
早狩さんが書かれたテキストはおそらく初めてだったのですが、素晴らしいライターさん
ですね。あらゆる面でハイレベルで驚きました。名が伝わっているのにも納得です。
まず作品構成。これだけ話が四散しながらも、伝えたいことは最後まで揺らがないのが
凄い。キャラの個々を掘り下げたり、よりドラマティックに見せたりという誘惑に
捉われず、最後までテーマに沿った作品に仕上がっていました。内容を許諾した制作
会社やプロデューサー以下スタッフもまた見事ですね。目指すベクトルが同じだった
のか上位者がうまく取りまとめたのか。いずれにせよ素晴らしい制作姿勢です。
次にテキスト。非常に読みやすくスラスラ進めます。群像劇ゆえ深く掘り下げなかった
のもあるのでしょうが、冗長だったりくどい場面が一切ありません。ほぼ全てが必要な
シーンでした。
物語の入り方も秀逸ですよね。開幕20分で戦時らしいやり取りと本作シンボルとなる
グリペンを見せ、そのまま美麗なCGのOPへ。直後に世界情勢を把握できるレベルで
上辺だけ説明して本編へ。この間わずか1時間ほど。不要な掛け合いは後回しに必要な
情報だけを渡して物語へと入り込ませる鮮やかな見せ方でした。
そして世界背景の深さと各種知識の深さ。情報収集が十二分におこなわれているのも
そうですが、これ取材に相当時間かかってますよね。そう思えるぐらいに戦闘シーンの
通信や行動指針に信憑性がありますし、取材してなかったとしたらそれはそれで凄い
知識と情報収集力です。トンデモ理論とはいえ政治や世界情勢も嘘くさくない、ありえ
そうと思えるレベルで見せていますし。
エロゲに戦争や経済、政治などのジャンルが少ない理由って、ユーザー受けが悪いのと
同時にそれを書けるライターさんの知識量と情報収集力や、制作会社の取材を許せる
資金と時間がそれぞれ不足しているからだと思うのですよね。対して氾濫する学園モノや
フィクション全開のファンタジーはネタがそこらかしこに転がっているし、何より
リアリティを要求されませんから。その難題を十分以上のレベルでクリアしているだけ
を見ても、本作は評価されるに値するのではないでしょうか。
業界事情からして、同レベルの作品はもう二度と現れないでしょうね。月並み発言ですが、
ホントそう思います。
シナリオというかテーマについてですが、訓示とか訴えとかそういうのではないですね。
社の演説はあくまで作中の人達に訴えられたもので、ユーザーに対し云々という作品
ではなく戦争を題材にしたエンタメと見るのが妥当かなと。娯楽作品にしては要求される
知識がちと多めですけどね。
で、これだけテーマ指向なのにエロがしっかり書かれているんですよ。ここがホント
凄い。戦時下ゆえの吊り橋効果とはいえ恋愛模様も書かれていますし、読み手が使える
ようエロエロしていたのも嬉しい誤算でした。若菜の初めてを失敗→お風呂→リトライの
流れが特に好き。グラもお風呂で髪をまとめてくれていたのがナイスですね。他の
ヒロインも丁寧で実用的な文と絵でしたし、ホント隙のない作品です。
あえて注文を付けるなら音楽でしょうか。ボリュームのわりにはちょっと曲数が少ない
かも。それでも重要な場面での曲は他要素とマッチしていましたし、なによりOPED曲が
素敵すぎですね。どちらも曲だけは知っていましたが、内容プレイしてからでは印象が
ガラっと変わりますね。作品と連携できているこれまた見事な楽曲でした。
とまぁベタ褒めしまくっていますが、正直ちょっと贔屓は入っていると思っています。
というのも、テーマの先にある「常に自分のために戦え」という考えがとても共感
できるのですよね。
だから社やヒロイン、予備生徒たちが悩み苦しむ姿にもまた共感できました。大人の
事情に流された結果命を落とす人達も、各々納得して逝く場面が多いから悲しさは
あっても理解はできましたし、逆に納得できなかった人々の無念にも理解を及ばせる
ことができました。最後に社が目指したものを見せて貰った後も、感無量の思いで
ゲームウインドウを閉じることができました。
これらを戦争という舞台を使って揺らぐことなく伝えきった本作。嫌いになれるわけが
ありません。本当に素晴らしい作品でした。生み出してくれた制作スタッフに感謝です。
ありがとうございました。