ライターによって作風が大きく変わる泣きゲー。1つの作品として見るよりも、それぞれの長所を捉え別作品として読み進めるスタンスの方がより楽しめる気がします。クオリティ自体は15年以上たった今でも色褪せることなく、未だ良作として通用する内容です。
◆あゆ・栞・名雪ルート
童話・寓話の雰囲気を持った作品、という印象です。有名な「うぐぅ」口癖やたい焼き
騒動こそ突飛ではありますが、その他はぶっ飛んだキャラ付けもなく近年のエロゲ・
ギャルゲーに比べ大人しめ。文章も弾けっぷりのない、地味で穏やかな内容です。
代わりに個別ルートに入ると、人物個々の感情と同レベルで作風や冬の空気を語る、
断片的で詩的な文章が散見されます。グラフィックスも美少女ゲーム然とした塗りでは
なく神秘的で絵本風味な、人物より作品全体にフォーカスを当てた見せ方が主体です。
静的な1枚CGが多いのも特徴。連続して見せるのではなく絵本のように1枚1枚で完結
しているような、そんな見せ方です。
お話もあゆ・栞の両ルートは穏やかで優しさに包まれた内容です。抗えない壁を子供の
頃の「約束」で乗り越えるメルヘンファンタジー。ルートのメインとなる少女は主人公
と幸せな道を進む、いわゆるめでたしめでたしで幕を閉じます。
しかし選ばれなかった少女は恩恵を享受できずにこの世から消えます。そこへ思いを
馳せることができるよう構成されているあたりが、子供ではなく大人へ向けた作品で
あることを印象付けています。
優しい世界観ながらも二者択一という厳しい選択を強いる両ルートは非常に寓話的です。
しかし教訓を決して前面には出さず、風景・登場人物・音楽・物語全てを用いて優しい
世界を描くその作風は、絵本のそれにとても近しい構成です。人物の境遇や感情では
なく、作風や雰囲気で読み手の心を揺さぶる物語。それが久弥さんの見せる『Kanon』
でした。
一方で名雪は、本作で唯一美少女ゲームの体を成しているヒロインでした。祐一の力
だけで救えるヒロインは名雪だけ。「約束」に頼らず生きる力を勝ち得た唯一の物語
です。それを絵本調の見せ方はそのままでエロゲシナリオを広げているため、これは
これでユニークな作風へと仕上がっています。
◆真琴・舞ルート
上記3ルートと比べてヒロインに焦点を当てたいかにもKeyらしい作風。というのも
麻枝さんのシナリオは人物を中心に組み立てられているのが特色です。全てと同格に
捉え一つの作品として供した久弥さんの3ルートとは、同作品でありながら特長が
大きく異なります。
テキストにしても断片的な久弥さんに比べ、麻枝さんはヒロインの状況や心情を連ねる
ように書き綴っています。真琴であれば衰弱する描写と祐一に会いに来た背景。舞で
あれば麦畑以降の描写ほとんどが相当。前述3ルートの周囲や空気を意識したテキストとは
異なり、人物描写のみに注力された文章です。
動的な1枚絵の多さも特色です。真琴ルートならヴェールを纏い風を受けるシーンや
ラストの鈴を鳴らし続けるシーン。舞ルートは挙げるまでもなく。静的なグラフィックの
多かった前述3ルートと、ここでもまた対照的な表現で作品を作り上げています。
(正しくは久弥さんの文章に動きが少なすぎるのですが。)
◆本作の構成
また私はシナリオ上でも両ライターの展開を別個のものとして捉えています。全ての
難関を「約束」が取り払っているようにも見えますが真琴は妖狐の力、舞は自身の力が
戻ったことで栞のいうところの「奇跡」が発言したように見受けられます。というか
両ルートにおけるあゆとの離別が唐突すぎて、他ルートのように伏線として繋げる
ことに無理が見えるのですよね。
性格の異なるメインキャラも同じ物語と考えづらい一因です。例えば祐一の性格。
麻枝さんの彼は青々しい頑固さと非常識な悪戯心を持っていますが、久弥さんのルート
では名雪よりも常識的な好青年です。名雪にしてもぽやぽやスローリーながら本質は
理解している娘ですが、一方で真琴・舞ルートでは一般的で抜けたところのない性格を
しており、両者とも同一人物として結びつけづらいものがあります。
であれば、別の味を持った物語として楽しんだ方がいいのでは?と思った次第です。
久弥さんの作品そのものを大事にするような構成とテキスト。麻枝さんのヒロインを
大事にするアプローチ。どちらも心の琴線に触れる良さを、それぞれの形で見せて
くれますから。