ErogameScape -エロゲー批評空間-

amaginoboruさんの神樹の館の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
神樹の館
ブランド
Meteor
得点
94
参照数
493

一言コメント

古風な伝奇物語をノベルゲーの妙で読みやすく仕立てた逸品。真骨頂こそ原案者執筆の最終ルートですが、筆風を寄せることで世界を乱すことなく綴ったサブルートもまた見事。複数ライターのメリットを享受できる、数少ない作品の1つでもありました。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

卒論作成のため由緒ある山麓の洋館へ赴き、様々な不可思議を体験する物語。
インターフェースこそオーソドックスなエロゲスタイルですが、内容は古式ゆかしい
伝奇もの。異形の残虐性や猟奇的な恐怖ではなく、右も左もわからない世界へ迷い
こんだがゆえの畏敬や美しさを重んじたお話です。

大よそ人間の常識では計り知れない、しかし西洋ハイファンタジーとも異なる独特な
奇妙に満ち溢れた空間。物語はかような世界へ酔い浸かることで初めて堪能できるよう
整えられており、話だけを追ってしまうと物足りなさを覚えるやも。シナリオと世界観を
併せ呑むことで本質の見える、そんな構成が取られています。

わけても原案ライター・希氏の書かれたテキストは顕著です。修飾華美ともいうべき
その文章は、話だけを追い求めたい読み手には遠回りかつ間怠こしいだけで、しかし
不可思議な世界を染み渡らせるかのごとく存分に伝え渡す、そんな代物。シンプルな
伝奇物語と趣深い情景を共に楽しめる、ノベルゲー界隈では稀有な筆力をお持ちの
ライターさんです。

それでも文字だけでは伝えきれない印象を補うのが各種グラフィックス。描き込みこそ
精緻とはいえませんが、空間を視覚から伝える役目を十二分に果たせています。単体の
妙を見せつけるのではなく、作品のベクトルを理解し寄り添ったがゆえの描法で、大変
素晴らしい仕事がなされています。麻子ルートや竜胆ルートは特に素晴らしかった。

人物画もエロゲの流行りを抑えつつ、かつ世界観を壊さない絶妙なラインでした。
が、やはり両者の衝突する場面は避けようがなく、ある場面ではエロゲを立たせ、
一方では雰囲気を重んじた結果、もう一方が切られていたことも少なくはなく。
そんな苦心も含め、これまた見事な仕事がなされていたように思います。

音まわりも秀逸でした。曲数をしぼり世界の調和に腐心したBGM。適切な音を適格な
タイミングで落とし、不可思議を彩るSE。共に存在意義を意識した運用がなされており、
ノベルゲーの妙を十二分に引き出しています。絵と同様、単体の精度より全体の調和を
重んじた作りです。


かようにノベルゲーの要点を押さえつつ文章を立たせた作品ではありますが、文章の
妙は1つではありません。サブライター陣もまた、本線とは異なる文章の面白さを引き
出していました。

双子ルートの田中ロミオ氏はとにかく読みやすいのが特徴。古語的な表現の多い
他のお二人に対し、ノベルゲーらしい現代文調で書かれているため頭に入ってきやすい。
それでいて古きを想わせる世界観と乖離していないのだから見事なものです。ゆえに
とっつきやすく初手に選びたいルート。ディープな他2ルートへの橋渡し役をも成して
います。

ですがテキストに氏の特徴が表れているとは思いません。むしろ『星空ぷらねっと』の
ようにテーマに合わせた文章を供している印象。それでいてここまで主題へ寄り添う
ことができているのだから凄い。

物語自体は表層部が中心で衒いもなく、それ目的で読めばやや物足りないルートでは
あります。しかしクセのある他ルートへいきなり飛ばされるより、理解しやすく
読みやすい文章から徐々に潜れる方が読み手としてはありがたいですよね。その辺りの
配慮が(意図していたかはさておき)嬉しく感じました。

単体では平凡ながら読み手を惹きこむ力に優れたテキスト。それが双子ルートの特徴です。


麻子ルート担当の茗荷屋甚六氏はロミオ氏と真逆の手法で空気を馴染ませていますね。
得手とする韻を踏んだ文章でもって『神樹の館』の世界へといざなってきます。
ただ全部が全部癖あるテキストというわけではなく、インパクトの重要な数シーンのみ。
あとは世界設定や背景の力を用いて異世界へと読み手を手繰り寄せています。

こちらはライアーの『Forest』『セブンブリッジ』などを彷彿とさせます。かの物語達も
言い回しやテンポ、韻の踏み方に配慮した、声に出して読んでも楽しめる文章でした。
それを世界観は『神樹の館』へと置き換えて供した形。希氏の表現技法とは異なるものの、
こちらもまた異界を強烈に印象づける文字並びでした。

当然ながらシナリオにも力点・要点というものがあり、テキストの特徴も大半はそこで
発揮されます。しかし同一ライターの場合、物語を進めるごとに力の入れどころ、入れ方が
感覚的にわかってしまい、マンネリを生む要因にもなり得ます。

ですが別ライターが同程度以上の表現技法を持っているなら、それぞれの持ち味で
同じ結果を生み出せるため、読み手に新鮮な印象を与えることができます。世界観に
寄り添いつつも異なるテクニックで新鮮な物語を楽しませてくれたこと。それが麻子
ルートといえるでしょう。

唯一難点を上げるなら、妙がテキスト技法であり物語上にはない点でしょうか。
麻子ルートも内容はやはりシンプルで、文章に面白さを見いだせなければやや退屈を
覚えるやもしれません。終盤こそ不可思議空間で場を包み込むものの、そこまでの
過程は平坦。双子ルートと同じく、物語だけで全てを断ずるのが惜しいルートです。


繰り返しになりますが、希氏担当の紫織・竜胆ルートも含めた本作の物語は実に
シンプル。代わりに異世界の妙を詰め込み、ライターさん各々の筆力で魅せているのが
特長といえます。エロゲ・ノベルゲーで語られがちな伏線や異能バトル、猟奇表現で
魅せる「伝奇」とは同じジャンル名ながらも勘所が大きく異なります。

ゆえに物語だけを追ってしまうと正直やや弱い。真珠邸という舞台をどう表現して
いるか、読み手にどう伝えようとしているか、文章で何をしているかを意識的に汲み
取ることで、本作の魅力はさらに輝きを増すことでしょう。(私個人としては物語
だけでも十分楽しめたのですけどね。この手の作品大好きなので。)

同時にサブライターの面白さが最も楽しめるノベルゲーの1つでもあります。
素晴らしくも異なる筆力をお持ちの御三方が、それぞれの持ち味で1つの物語を
紡ぎ出す妙は滅多に味わえるものではありません。著名ライターを起用しても
大抵はコンセプトに合わせず、ご自身の持ち味だけで勝負されていますから。

それが悪いとは言いませんし1つの見せ方ですが、作品に寄り添うことを第一義とし、
その上で個々の面白さを見せてくれるノベルゲーとなると実に貴重です。同じ作品で
バラバラの良さを見せるのではなく、コンセプトは同じにそれぞれの良さを見せる。
要は優先順位の違いで大差がないように聞こえますが、その差を味わうに最も適した
作品の1つであると私は評します。


以上を踏まえて注文を出すとしたらインターフェースでしょうか。希氏の文は小説の
ように複数行~一頁を俯瞰することで楽しめる代物です。3行しか表示されない本作の
UIですと、その味が殺されてしまうのです。レイルソフトのV=Rや、せめてビジュアル
ノベル形式であれば、より良さが引き立ったのでしょうが。

しかし3行UIをなくせば今度は双子ルートが読みづらくなるでしょう。エロゲライクな
作りだからこそ読みやすくとっつきやすかったのに、ビジュアルノベル形式では堅さが
残り、こちらの持ち味が殺されてしまいます。ましてやV=Rをや。麻子ルートもどちらか
といえばエロゲ風味なのでこちら寄りかも。

いっそルート毎にUIを変えてしまえば、と思わなくもないですね。前座3ルートは
現在の形をそのままに、最終ルートだけビジュアルノベル形式に。雰囲気も洋風から
和風に変えて、などと工夫すれば見た目でも楽しめそう。『天使のいない12月』の
ように、場面々々で切り替えるのも面白そうです。