FDや続編と思わせるタイトルですが、個人的には分割商法のイメージ。本編と本作を合わせて初めて『ハミダシクリエイティブ』は完結します。2作の総プレイ時間は50時間にも迫りますが、そのクオリティは名作と呼ばれるエロゲ達に勝るとも劣りません。エロゲとして完成度の高い、ボリュームのある、わかりやすい作品をお求めの方は是非。ただし本編でプレイを止めず、必ず凸までプレイしてください。(長文は本編感想を前提として書いています。)
■2作で1つの作品
「全般的に優秀だが特化要素に欠けるキャラゲー」だった本編の不満をほぼすべて
解決した「あらゆる面でクオリティの高い、欠点のない傑作エロゲ」ですねコレ。
エロゲのプレイ人口も販売本数も下がり続けるこのご時世に、ここまでの作品を
リリースしてくれたことに驚きと感動を覚えました。
一言感想で述べたとおり、ハミダシクリエイティブ凸(以下、凸)はFD・続編の
ような立ち位置でリリースされた実質的な本編の続き。つまり分割商法です。
本編だけでも完結していますしボリュームも十分なのですけどね。個人的な印象と
しては2本で1作であると思っています。
分割商法というと良いイメージはありませんが、本作に限ってはあえて本編の
終了タイミングで区切ったことが好転しています。というのも本作、本編で散見された
ネガティブなシーンがほとんどありません。というか実質なかった気がする。
生徒会を盛り上げているところに水を挿す陽キャ勢。事情が事情とはいえ
智宏に対し徹底的な害意を見せる詩桜。自らの義に殉じ攻撃的で、時には味方にも
害意を向ける華乃。アイドルが炎上した際の最も痛々しいシーンを見せつける
妃愛ルート。妹の稼いだ金でガチャを回すクソ主人公、等々。
読んで負の感情を覚える場面は本編へほぼ全て追いやり、課題難題もすべて解決し、
未来へ向けどのように生きていくかを模索する登場人物達を書いたのが凸です。
また本編を通して成長したということなのか、智宏・華乃・詩桜も本編で見られた
欠点がほぼすべて霧散した、気持ちの良い登場人物として表現されています。
ハミクリはキャラ萌え系作品の側面もあるエロゲです。読み手としてはやはり、
キャラゲーは嫌な気分になることなく気持ちよく読みたいもの。本編側にシナリオの
昏い表現を追いやったことで凸をキャラゲーとしても楽しめる後編とし、かつ
シナリオ側にも悪い影響を与えないよう調整していました。
わけても詩桜は顕著。彼女の本編個別は真相解明が大半を占めていて、
ヒロインとしての詩桜は他3人に比べ明らかに表現が不足していましたから。そこに
シナリオ上の憎まれ役・壁役として立ち回ることを余儀なくされ、挙句は妃愛の
兄に対する愛情の深さを測るための踏み台にすらされてしまいました。
しかしそんなネガティブな要素を本編で完結したからこそ、凸の詩桜は協調性も
理解もある、しかし過去の事件と衝突に今なお心を痛める魅力的なヒロインへと
昇華されています。脇役としての詩桜とヒロインとしての詩桜。双方の良さを
気持ちよく読むには、本編と凸の分断は必要不可欠であったように思います。
他にもアメリルートの構成など、分割したことによるメリットをとことん享受した
作品です。終わった後で振り返ってみれば本編で完結していないことがわかり、
要はブランドに騙されたわけですが、騙しただけのモノを凸では見せてくれました。
なので分割商法に関しては「よくやった!」といいたいですね。大変素晴らしい
ものを見せていただきました。
■妃愛
思えばハミクリの始まりは、妃愛の出席日数を補填するために智宏に会長職を
押し付ける、いわば和泉兄妹の物語として始まりました。結果、智宏は会長として
十二分な活躍を見せ「妹の金でガチャ回してた状況からまさかこうなるとは」と
読み手に思わせるまでが本編の流れでした。まぁこれは想定どおりです。
ですが凸の妃愛ルートでもう一度「あの状況からまさかこうなるとは」と思わされる
とは想像していませんでした。あの完璧超人の妃愛が兄を、家族としての愛情だけ
ではなく、目標とする兄として見なすとは。
凸妃愛ルートは新規のアメリルートに迫るボリュームがあり、他3ヒロインとは一線を
画す長尺なのですが、それは2つの要素を物語上で並走させたためです。
1つは兄妹→恋人となることによる感情の変遷。恋人として妃愛に接するうちに
家族としての距離感がおぼろげになってしまい、寂しさと切なさと名残惜しさを覚える
智宏の感情です。同時に恋人なのに兄妹としての感情に傾くことにも不安を覚えて
おり、本編とは異なる智宏の心の揺らぎが書き綴られています。
もう1つは新たな生徒会活動。新生徒会メンバーとして柑凪と伊々奈が加わり、
智宏は本編を含めた全ルート中で一番のモテ期を迎えます。最初は妃愛の嫉妬を
引き出すために用意されたと勘違いして読み進めていましたが、これモテ期が訪れた
原因は智宏の実績なんですよね。
既存メンバーからは文化祭までの活動で信頼を得て、新規メンバーからは文化祭以降の
活動から慕われ、詩桜も罪悪感以上に智宏の実力を認めて親しみを寄せたわけで。
実際凸の智宏は本編と違い、能力でダメな部分を見せることは詩桜ルートを除いて稀。
精力的に活動しメンバーにも十分配慮する、完全無欠の男子校生です。
ゆえに慕われるのですが、このうち恋心(モテ智宏)の描写はエロゲとしてのお約束
以上の意味はありません。しかし人間としての信頼を勝ち得て良好な関係を築いている
智宏の様は、妃愛に大きな影響を及ぼします。
それが終盤、智宏以外の仲間を作ると宣言するシーン。
本編のとおり、妃愛は仲間を作りません。絶対に自らを曝け出さず、兄との生活を
守るために、利害が一致する愛宕マネージャーと共に他の全てと戦う女の子です。
そんな妃愛が、初めて智宏以外に心を開こうとしたわけで。
その理由として挙げられたのが、智宏が自らの活動で信頼できる仲間を作っている
ことに憧れを覚えたこと。下校時の下駄箱で、仲良くハンバーガーを食べに行く
あすみ達1年組を見送っていた妃愛。生徒会メンバーと友誼を結ぶあすみを見て、
同じ壁を作る勢として寂しさもあったのでしょう。
これまで妃愛は智宏のために不安要素を増やすようなことはできませんでした。
他の人と仲良くすることで、智宏の心が離れてしまうのを恐れたからです。
しかし絶頂モテ期を迎えても智宏の心は妃愛から離れることなく、その上で恋慕を
向けられている生徒会メンバーに全幅の信頼を寄せ、手紙サプライズを決行して。
そんな本編終了時から更に変わった、初めて自分の先を行く兄を姿を見て
妃愛も変わろう、家の中から外に出ようと決意しました。それは本編から常に智宏と
ミリ先生が望んでいた、年頃の女の子として学生生活を謳歌する妃愛の姿です。
繰り返しますが本編の始まりは和泉兄妹の問題解決が発端です。
そして本編の最後では智宏が自身の問題を全て解決し、凸では妃愛が解決します。
2人とも部屋・家の外に出ます。
ハミダシクリエイティブの根幹は、外の世界に繋がりを求める一歩を踏み出す
兄妹の物語です。
キャラゲーではなくシナリオゲーなのですよね、妃愛ルートは。それも主人公と
メインヒロインの行く末を書いた、作品の根幹となるお話。もちろんイチャラブやエッチの
描写も十分ですが、それらもシナリオのために用意されたものが多数。わかりやすい
モノだとお風呂の一幕はシナリオ用のエッチです。
非常にキャラゲー然とした見た目ですし、実際他ルートはそのような構成もあります。
とはいえそこにシナリオゲーのヒロインが存在したとしても、そのクオリティが担保されて
いるのであれば何の問題もありません。兄妹/恋人として、変わるもの/変わらないものを
書き通した、大変素晴らしい実妹シナリオでした。
余談ですが、攻略ルートがないのに立ち絵が用意された柑凪と伊々奈について。
2人に立ち絵が用意されたのは妃愛のためですよね。智宏会長の生徒会と
妃愛会長の生徒会が絵として対になるよう、そして妃愛のこれから友誼を深める
親友としてイメージが湧くよう用意されたのでしょう。
■詩桜
シナリオゲーは主人公とヒロインだけで話が進むわけではありません。2人の裏で
話を彩る脇役達が良い働きをしてこそ、メインの2人もより輝きを増します。
本編における鎌倉詩桜は、主人公・智宏の乗り越えるべき障害として、水面下で
物語を動かす役として、ヒロインでありながらサブヒロインのミリ先生と共に動き続ける
脇役でもありました。
そんな彼女の凸ルートは本編の延長線。妃愛ルートでは語られない仕掛け人達の心情が
吐露されるお話でした。具体的には詩桜とミリ先生、それに妃愛からの印象ですが
愛宕マネージャーについて。愛宕さんについては凸妃愛ルートで本人からも聞けるので
両方合わせて、といった形。
担当ヒロインである詩桜は当然として、ここでミリ先生に出番を設けてくれたのが
個人的にとても嬉しかった。なぜ和泉兄妹の世話をここまで焼くのか、その理由は
納得のいくものでしたし、その真摯に説明してくれる姿勢もあって聞き入って
しまいました。主人公達を後ろから見守る、良い大人役でした。
またシナリオの裏側を明かすルートとして、凸妃愛ルートと対になるような構成も
散見されました。上記の愛宕マネージャーに関する情報に加え、詩桜も妃愛も
外の世界に足を踏み入れて物語が終わります。卒業式の描写は、詩桜ルートは
智宏の答辞によるミリさんへの感謝の言葉、妃愛ルートは送辞による智宏への
感謝の言葉で締めくくられます。
本編から凸に至るまで、シナリオの表裏であるこの2ルートは常に対なのですよね。
物語を支える陰の存在として、詩桜ルートはその役割を見事に真っ当していました。
一方で凸ルートでは、詩桜自身にも多くのスポットが当てられました。
大人達(和泉兄妹)の都合とはいえ智宏を無下に扱ってしまい、自らが智宏に課した
枷が原因で智宏に大怪我させて、大好きな妃愛の心にも大打撃を与えて、文化祭の
準備では華乃と大喧嘩をして。後悔を残したままで本編個別は終わってしまいました。
対して凸では、普段はその後悔を決して見せることなく、自らできることで生徒会の
皆に清算していました。
それは衝突の多かった華乃への譲歩であったり、智宏の怪我完治までのフォローで
あったり、妃愛を安心させるため和泉家に馴染むよう努力する姿勢であったり。
詩桜のやることなので、やり方や道理は一見スマートに見えます。しかしよく見れば
彼女の行動はいずれも、自身が罪と認識することに対する泥臭いまでの償いです。
プライドを捨て、周囲と足並みを揃えることを意識し、面倒事も自分の義に反する
ことでも率先して取り組む、とても真摯で泥臭い向き合い方でした。
そして詩桜はその努力をひけらかさないし見せようともしません。
智宏に「君に努力する姿を見せたくない」と語るとおり、償う相手に罪悪感を
意識させないよう、隠れて努力を続ける女性です。
考えてみればおかしな話なのです。詩桜は大人達の都合を押し付けられただけで、
和泉兄妹の件がなければ生徒会長を降ろされることもなく、智宏に強く当たる必要も
なかったわけで。完全に本件の被害者です。
しかし詩桜は、惚れた男と大事な仲間達のためとはいえ、被らなくてもいい罪の意識を
覚え、そこから逃げることなく1つずつ1つずつ向き合い、誠意と努力をもって償い、
そして仲間の輪に入ることを求めました。ホント良い娘なんですよね。なんなら妃愛と
比べても勝るとも劣らない人格者です。
(だから華乃を含む後輩達みんなが敬意をもって接しているのでしょうし。)
そんなシナリオの裏を支え続けた詩桜の結末が、シナリオの表である凸妃愛の結末と
同じ、自らの縛りを捨てて部屋・家の外に踏み出す物語で締められているのは
もうほんと見事としか云えません。作品の表と裏であることが最後の最後まで意識
された、詩桜と妃愛の凸個別ルートでした。
その上でエッチシーンも詩桜らしい内容でエロく表現され、日常の掛け合いも
詩桜と智宏でしか見られないモノばかり。イチャラブもシナリオに差しさわりの出ない
レベルでふんだんに盛り込まれて完璧な個別ルートでしたね。本当によくできています。
凸では詩桜ルートに最も注目していたので大変嬉しかったです。
■華乃
開幕土下座からの即エッチで察しました。
「あぁ今回もイチャラブとエロ担当なのね」とw
ということで外を意識した妃愛・詩桜とは反対の、閉じた世界で語られる
華乃の凸個別です。1枚グラは最後の合格発表を除きすべて新居となる愛の巣。
ひたすらに華乃と智宏の1対1で進むエロゲです。
内側メインで話が進むのはあすみルートも同じですが、彼女にだって
Vtuberイベントや外デートなど、外へ繰り出すシーンが少なからず用意されていました。
アメリとの絡みも主にアメリルート側で表現されていましたし、閉じた世界であることを
殊更に強調した個別でした。
それゆえ華乃の生活に言及するシーンも多分に用意されていました。
具体的には生徒会や同人活動ではない、企業相手の仕事に対する
取り組み方と姿勢ですね。
冷静にスケジュールを切り、企業側の相手に斟酌した対応を考え、
絵に取り組むその姿勢は同じく仕事シーンの描写があったあすみルートよりも濃く、
そしてカッコよく書かれていました。華乃がカッコいいんですよね今回。
とはいえ本命はやはりイチャラブからのエロ。地雷スイッチに脅えた本編個別から
一転、華乃のエロゲらしさ溢れる可愛さのみを享受できる話立てでした。
凸全体を見ても地雷を踏む描写がほぼ存在せず、常に安心して見続けられた点も
イチャラブに専念できて良かったです。
エロ特化ルートなのでグラにも言及すると、本編も凸も下半身を柔らかく見せる
ことに意識が置かれていたように思います。三浦大根先輩は勿論、モデル体型の
妃愛やアメリも、果てはあすみに至るまで下半身を厚く見せていたように思います。
2000年代以降のエロゲが胸を盛りまくるかのように。
これは令和に入ってから需要の高まった足回り、太もも回りの強調を意識した
ように受け取れました。ネットで最も見かけたのは『ライザのアトリエ』の太もも
ですが、このような表現が受けることが判明したことで、本作も下半身の肉付きを
意識したような画と塗りになったのかなと。時代のニーズにしっかりアジャストして
いたように思います。
そんなエログラを、華乃が持つエロゲヒロインらしい可愛らしさを添えて見せて
くれるわけで、文句のつけどころがありません。イチャラブヒロインとして他4人には
ないエロゲの良さを供してくれました。
唯一気になったのが、そんな安心甘々なルートに差し込まれた和泉家の無音シーン。
妃愛も資正もいない、智宏も近い将来出て行ってしまう自宅の空虚感は、常に家庭的な
BGMが流れていた背景だからこそ、無音であることが殊更刺さりました。
華乃ルートは全ヒロイン中、最も妃愛の関係性が薄いルートです。
本編個別ではヒロイン3人のうち、妃愛の居場所に関する表現に最も欠けたルート
でした。そして凸においても(アフターのないアメリはさて置き)妃愛とルート担当
ヒロインの関係が最も遠いのが華乃です。智宏が家を出ていきますからね。
2人のイチャラブ世界にのめり込みすぎた展開で見せられる、家族のだれもいない
無音の空間は、本作の主題が和泉兄妹であることを考えると寂しいことこの上なく、
間違えた選択をしてしまったような気にすらなってしまいます。
現実に照らし合わせて考えれば、華乃ルートの関係が最も健全なのですけどね。
その表現は恋愛にお熱になっている華乃と智宏に対する、ハミクリという作品からの
刺し水であるようにも受け取れました。私は凸にネガティブ表現がほぼないことを
上述しましたが、唯一ネガティブ要素のあるシーンがここです。
本作のライターさんは各キャラの言動に対する説明を都度入れる、わかりやすさを
重視したライティングです。(その分ちょっとくどい時もありますが)
なので基本的に行間を読まずとも理解のできる作品です。そのハミクリにおける
数少ない、行間を読まされるシーンでもあります。
なぜ自宅に帰る描写をテキストだけで表現しなかったのか。なぜ無音にしたのか。
なぜ華乃ルートなのか。考えさせられた場面でした。
■あすみ
華乃と同じく世界の内側を中心に表現された個別ルートでした。
とはいえイルミネーションを見るデートにV5イベントなど、華乃に比べれば外側の
話も多分に用意されており、内側特化のルートというわけではありません。
凸あすみルートの妃愛が言及したとおり、あすみは音楽エリートの両親を持つ
サラブレッドです。それが市民階級的な意識なのか、あるいは創作センスに言及した
ものかは判断しかねますが、大よそ一般人とは異なる常識や、対人関係の意識を
もった娘です。
外部と関係を持ったのも音楽のためであり、自分のやりたいことに対する欲でしか
なく、人間としての意識改革を欲した妃愛・詩桜とは目的が異なります。
自分の知る限り最も人間ランクの高い智宏(と生徒会メンバー)との関係だけ
あれば良いという考えはあすみの性格によるところなのか、はたまた1年生で
先を見なくていいからなのか。
そんな私の勝手な推測に応えることなく、物語はあすみと智宏の穏やかな日々に
専心していました。華乃がイチャラブエロを重視したキャラゲーなら、あすみルートは
穏やかな日常の中にある非日常を書いた、メリハリのはっきりしたキャラゲー
シナリオといえます。肉まんの天使は唄い、肉まんを半分こできればそれでいいのです。
とまぁ他ヒロインに比べると地味なあすみルートですが、一方で文章以外の
画や音に関しては圧倒的に優遇されています。
まず1枚CGの用途。他4ヒロインは日常ベースの1枚グラであるのに対し、
あすみだけ非日常の鮮やかな1枚グラで彩られています。
(あすみ以外だとアメリルートの花火ぐらいではないでしょうか)
配色を見ても他ヒロインは日常的なCGが多数なのに対し、あすみは
青と白のイルミネーション、アリスカラーの髪色に対照的なサンタ帽、
電子空間を表現した雪景シキの歌唱シーン、桜と髪色の対比と、
魅せることを意識した色の当て方が徹底されています。
音楽に関しても新テーマ曲『あなたと観る景色』は電子空間を意識した
音選びがなされ、何より挿入歌が今回も用意されています。
エロゲを構成する大事な要素である音楽。そしてエロとしての絵ではなく、
ノベルゲーとして見せるグラフィックが殊更意識された個別ルートです。
エロゲはその性質上、どうしてもイチャラブとエログラフィックが重視されます。
またシナリオ系エロゲなどという言葉があるとおりテキストも重視されます。
しかし凸あすみルートで重視されたのはそのいずれでもなく、ノベルゲーとしての
画と音であったように思います。
■アメリ
プレイ前は「凸で追加されたヒロインだから他ヒロインに比べると特色が薄いのかな」
といらぬ心配をしていたのですが、蓋を開けてみたら心配は杞憂に終わりました。
本編がないからこそできた展開ですね。
アメリルートは作中の最後でも語られるとおり、教室で相談を受け、それをきっかけに
生徒会で共に活動し、恋をして告白をした平凡な恋の物語。そこに和泉兄妹の問題や
大人達の画策、先輩や不登校仲間の都合は一切関係ありません。本当の本当に、
アメリと智宏だけのお話です。
だからアメリルートに至るまでのあらすじは80秒ちょいで流してしまって良いし、
他ヒロインのように本編に配慮したシナリオ展開とする必要もありません。
本編に邪魔されない、学園アイドル級の陽キャとカースト底辺の陰キャが、ふとした
きっかけで会話を交わすことから始まる、ごくごく普通のよくある物語です。
その道中も全く突飛なことはしていません。デートに誘い関係が少し近くなり、
共通の友達にお互いの事情を話し相談して、学校行事に一緒に取り組んで、
お互い相手への告白をためらっているところに軽い事件が起きて、それがきっかけで
告白して恋仲になってエッチして。
アメリの性格も実にストレートです。現代っ娘らしい陽キャヒロインではありますが
礼儀正しく、間違っていることには不快を示すけどグループの関係を壊したくないから
我慢して、でも怒るときは怒るし、好きな人に対しては人懐っこく寄り添ってくる。
これ以上ないほどの良い娘、いってしまえば非常にエロゲヒロインらしい娘です。
一方の智宏も冴えない陰キャだけど、やるときはやって決める時は決める、決して
コミュは得意じゃないけれど誠実さを持った男子。やはりエロゲテンプレ主人公の
型の1つです。
だから本当に普通の恋愛エロゲなのですよね。只々「ハミダシクリエイティブ」の
世界を借りただけの、恋愛ADV。教室内のグループからハミダシて
いることや、文化祭やモデル稼業の創作要素をタイトルに絡めてはいますが、それは
本編ヒロイン達とはまた異なる絡め方ですし。
ハミクリの世界を舞台に書かれる普通の恋物語。それがアメリルートです。
しかし本編と全くの無関係ではなく、物語の最後は本編OP直前と同じ、
椅子の上で抱き合う形で終わるのがこれまたエモい。細やかな演出も忘れない
細部にまで手の行き届いた新個別ルートでした。
以上を踏まえて見てみると、まぁアメリは人気出ますよね。本当に嫌みなところなく
個性が書かれていますし、足りていないコミュ力を努力で改善するひたむきさも
持ち合わせていて。そして何より懐っこい。懐き系ヒロインが大好きな方であれば、
あすみとはまた異なる親しみの寄せ方を楽しめるかと思います。私も大好きです。
加えて華乃との友情も良かった。この二人の仲の良さは見ていて本当に気持ちが
いいですよね。ハミクリらしくどうしてお互いがお互いを良く思うのか、丁寧に説明して
くれるから道理にも納得が行きますし。
更にアメリルートにおける智宏と華乃の友情も大好きでして。なんなら華乃個別より
常磐、和泉で呼び合うこの関係の方が別の親しみがあって大好きだったり。生徒会の
関係に加えてアメリという、それぞれ大事にしたい人のために共鳴する二人の関係は
恋人関係では得られない良さがあったように思います。
華乃の「もし智宏とアメリがケンカしたら、たとえ智宏が9割正しくても
私はアメリの味方をする」ってセリフ、いやもう義を貴ぶ常磐華乃の言葉ですよね。
本編ではネガティブな側面もあった華乃の面倒くさい性格が、アメリルートに至っては
絶対に裏切らない親友の証としてひと際輝いていました。
華乃が智宏にかわいいを連呼されて大声出しちゃうところも超大好き。智宏を良く
思っているからこそ、アメリを裏切れないからこそ大声で拒絶するんですよね。
親友の彼氏を盗らなきゃいけない状況になったら自害する女ですよ、かのちんはw
ほんとアメリルートの華乃は2人の友人として素晴らしい立ち回りを見せてくれました。
新川も混ざった4人のグループが形成されることで、智宏は学校でのあらゆる立場を
手に入れることになるのですよね。彼女ができて学校生活も楽しくなりましたって
それなんてエロゲ。そんな使い古されたエロゲ主人公のお話を、2022年末の
この時代に、最高のクオリティをもって表現してくれた本作に感謝です。
■『ハミダシクリエイティブ』が評価される理由
個人的な都合から2018年~2023年2月頃までエロゲがプレイできずにいたの
ですが、復帰した際に目についたのが本作でして。アニメ化のクラファンまで始まって
凄まじい勢いで、どれだけ凄い作品なのか興味が湧いてプレイした次第でして。
で、凸まで見終わった時点で「なるほどこれは世代を代表するエロゲだな」と。
何が凄かったか考えてみたのですが、まず文字どおりエロゲの良いとこ取りをした
作品だなと。各ルートの特徴と感想を述べてきましたが、まとめると
妃愛:ストーリー重視(表側。メインヒロイン)
詩桜:ストーリー重視(裏側。サブヒロイン、脇役)
華乃:イチャラブ、エロ重視のキャラゲー
あすみ:穏やか系キャラゲー、音楽、グラフィック
アメリ:王道ラブコメエロゲ
と、ヒロインそれぞれにエロゲとして大事な要素を1つ、強みとして割り振っています。
そのいずれもがハイクオリティな上に、どのルートも浮いていないのですよね。
逆に全ルート一本調子ということもなく、5ルートとも別個のコンセプトで作られて
いるのに統一感があるのですよね。どれもが『ハミダシクリエイティブ』らしいんです。
ここまでコンセプトバラバラなのに個別のいずれもがハイレベルで、更に1つの作品として
まとまっているエロゲやノベルゲー、果たしてどれだけあるでしょうか。
(私の知っている作品だと全年齢向けですが、『オレは少女漫画家』ぐらいでしょうか)
地味にとんでもないことをしている作品です。
またヒロインの口調にも細やかな配慮が行き届いているなと。ヒロインの個性をつけても
ライターの癖が出て一本調子になってしまったり、あるいはテンプレ属性を付与しただけに
なってしまいがちなのですが、本作ヒロイン達はそれが徹底されています。
妃愛はフランクな中に硬い表現や言い回しを混ぜて、詩桜は硬質で丁寧な中に
相手によっては攻撃的な表現が多々。華乃はオタ属性と併せて全キャラ1可愛らしい
表現が多いですし、あすみは穏やかを好む大人しさの中に、頑固さや世間ずれを思わせる
発言が特徴的。アメリは陽キャ・健気・真面目な性格がしっかり押し出されています。
こうして口調やシナリオでしっかり個性づけられたヒロイン達が、主人公と1対1の関係
だけではなく、ヒロイン同士の絡みも丁寧に表現している点も秀逸です。
妃愛はルート次第ながら詩桜やあすみとよく絡み、詩桜は他にも華乃と衝突した後に
良い関係を築いていました。あすみは妃愛とふざけ合う仲の良さを見せますし、
華乃とアメリは今更語るまでもありません。
この他にも大なり小なり全員が全員と絡みますし、ちゃんと人間関係の矢印が見て
取れる。サブキャラとの関係も書かれていて、キャラ1人1人が丁寧に書き起こされて
いることがわかります。
その関係性や登場人物の思惑を、本作のライターさんである甲木さんは文字数を
惜しまず表現されるのですよね。なので時には説明がくどいこともありますが、その分
各人の思惑がとても分かりやすく、行間を読まされることがほとんどありません。
それでいて隠すべき部分、語るべきではない部分にも配慮が行き届いていましたし。
これらテキストが宇都宮つみれさんの可愛らしいキャラグラフィックに乗せられて、
2022年の技術で制作されているわけです。そりゃあ人気も出るってもんです。
2000年代、2010年代の名作傑作と呼ばれるエロゲ達に勝るとも劣りません。
2000年代の頃からすると現在はエロゲの販売作数、販売本数が大幅に減じて
しまっています。しかしクオリティは昔の名作と方向性は違えど、エロゲを作りたいと
思っている人たちが、過去と今の技術を結集させて今なお名作を生み続けています。
本作『ハミダシクリエイティブ凸』はその証左とするに相応しい、令和を代表する
エロゲでした。末永く語り継いでいただきたい作品です。