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amaginoboruさんの天使のいない12月の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
天使のいない12月
ブランド
Leaf
得点
99
参照数
2446

一言コメント

何もできない、何も持たない、世の中を常に不快と意識する主人公。萌えゲーと対極にありながら現実味を感じさせないヒロイン。不完全で感覚的で、読み手に想像を促すテキスト。そしてセックスを必須としながらも、快楽用途に使わせる気のない性交描写・・・あらゆるセオリーを外して語られるのは、萌えゲーと根を同じとする、とてもありがちな恋愛物語であり、アイデンティティをぶつけ合う青春物語です。そして物語は全てを説明せず、解答を読み手へと委ねます。「彼は、彼女は、幸せな結末を迎えたのか?」以下、私の解答です。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

◆木田時紀
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「すねた目で世の中を見てるくせに、女の子ひとり傷つけたぐらいで、オタオタして」
「すぐにわかったわ。強がって、なんにも欲しがってないくせに、本当は・・・・・・」
「怯えてるんだ。傷つくことにも傷つけることにも」
                             ※明日菜シナリオより

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

人はいつかは死ぬ、死ねば全てがなくなる、だから全ては無意味。世の中の全てを
無意味とし距離を置き、不快に思い続ける時紀。その真実が上記の科白に篭められて
います。

人と繋がりを持ち、傷つけ傷つけられるのを恐れて世界を拒絶し、しかし寂しくて
ギブアンドテイクなどと誤魔化しめいた関係を築き、結局傷つき傷つけて罪悪感に
苛まれる子供。なんてことはない、ただの捻くれたガキンチョです。

付け加えるとすれば、能力を何も持っていない=何もできないことが無力感を加速させ、
くだらない諦観をより強固にしています。何もないなら、今からでも何か始めれば
全然間に合うのに、そこにすら思い至らない。始点がネガティブだから無気力。完全に
悪い方へ拗らせています。

だからこそ時紀の優しさは本当です。自分が傷つけ傷つきたくないから相手の傷にも
敏感で、一般人には些細なことでも大きく受け止めてしまう。悲しいのは、痛いのは嫌
だから、相手にもさせたくない。

そして弱くて何も持たないから、更に弱い存在を認識することで安心を求めます。
セックスの相手も同様。自分が上位でないと安心して寄り添うことができません。
だからあくまで体だけの付き合いとして割りきる。でないと、相手を傷つけてしまうから。
物語序盤で繰り広げられる透子とのセックスは条件を満たしていました。ゆえに満足が
得られたのです。その関係は一月も立たずに瓦解してしまうわけですが。

ひと時の温かさへと逃げてしまい、最後にしっぺ返しを食らう。ポイは必ず拾われ、
常に透子絡みで悩みつくす。ヒロインを傷つけるし、自分も傷つく。だから、自分には
人と繋がりを持つ資格がない。求める相手に対し、何もできない。

以上が木田時紀の行動原理です。ルート次第では多少ブレるものの、芯はここにあります。



◆麻生明日菜
前半は時紀の行動原理が丸裸にされるシナリオです。面倒くさい性格ゆえ繰り返しが
多くやや冗長。他シナリオに比べるとやや弛み気味です。ただし弛み≒萌えゲの日常
風味なので、その手のシーンが好きな人であれば退屈しないのかもしれません。本性を
見た瞬間は時紀と共に絶望しそうではありますが。

実際のところ、明日菜シナリオの前半は実質時紀シナリオです。捻くれた心を強調する
ことで、彼の特徴を浮き彫りにしています。ヒロインの事情や心理遷移を見せることなく
淡々とクソガキの更生物語が流されるのみ。本作に入れ込んだ人こそ垂涎モノの内容で
あれ、初プレイ時に選ぶと少々退屈かもわかりません。


一方で明日菜が豹変するシナリオ後半は、時紀の絶望も合わさり見事な悲壮感を漂わせて
います。惨めだった過去に決別し、今を肯定しようと鬼気迫る明日菜。時紀をお人形と
呼び、絶望を次々と突きつけてきます。

明日菜の豹変と急転するシナリオに気を取られてしまいがちですが、実はこの構図、
立場が逆なだけで全く同じ状況が存在します。バイト先にしのぶが訪れレイプを暴露
された時です。その時切り捨てたのは時紀でしたが

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

明日菜さんは何かを言いかけたけど、口をつぐみ、目をそらした。
もう、何も届かない。俺の方から切り捨ててしまったんだ。
明日菜さんも、それがわかったんだと思う。おしまいだった、なにもかも。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

と、感情から深い後悔と諦観が見て取れました。今回は明日菜が切り捨てたわけですが、
「それが答えじゃない・・・・・・」の言葉に乗せて見せる表情は、いつぞやの時紀と
同じ、悲しみとも諦めとも取れるものです。

過去に復讐を近い、幸せを求めて人形を欲したのは確かでしょう。ですがこの科白と
表情からは、それだけで求めたわけではないことが汲み取れます。
過去の自分と同類の時紀を放って置けず、救いたかったのも真実なのだと思います。
救いを待っても何も変わらなかった自分の代わりに、救いを差し伸べたいと。
代わりに上位に立ち、自らも幸せを享受するというだけで。

明日菜は「奪う」とあえて言葉を汚しますが、それは控えめに言ってもギブアンドテイクの
関係。時紀の求めるものを無条件で差し出すのですから、むしろ無償の奉仕といっても
差し支えはありません。少なくともそれまでの明日菜に時紀を苦しめ悩ませるような
発言・言動はなかった。だのに傀儡とする罪悪感から、あえて辛らつな言葉で拒絶します。
それは、罪悪感から透子を拒絶する時紀のそれと全く同じです。(こちらは完全なギブ
アンドテイクで、関係を始めた当初は何の罪悪感も持ち合わせていませんが。)


結局この3人は、明日菜が一歩先にいるだけの似たもの同士です。弱者ゆえ幸せを
待って求めるか、あえて強がり世間から距離を置くか、強者へ変わり弱者を食い物に
するか、その違い。2人の決別も後悔も諦観も、弱さゆえの優しさからくるもの。経験
からそれが自覚できるか、できないかの違い。

自覚する明日菜は時紀の拒絶にもめげず、翌日デートしに家へ押しかけ、時紀の望む
温かさを与えました。待つだけで何も救われなかった彼女は、救いを求めない時紀へ
想いを伝えます。たとえ自身を満足させるための欺瞞だとしても、時紀が救われた
ことは見て取れます。

しかし自覚できない時紀は明日菜の拒絶に絶望し、透子の存在へと逃げてしまいます。
「前だけは俺を見捨てないよな?」と、自身が明日菜にされたことをまんま求めている
事実に気付けません。更に酷いのが、妥協を選んだのは自分なのに、全く満たされて
いないこと。代用品としてすら使えないと宣告された透子。我慢は限界を向かえ、ビンタ
という形で発露します。

ドラスティックな見せ方が明日菜を悪女に見せますが、実際は時紀が明日菜と同じ
ステージへ立つための通過儀礼、成長です。文吾との会話で「明日菜さんはより上に
いて追いつけない」的なモノローグがありますが、それはそのまま時紀の成長度合いを
指しています。透子を傷つけ、ビンタと言葉で自分も傷ついて、ようやく同じ高さへと
登りつめる。そんな一連の流れです。

再び明日菜の家へと向かったのは明日菜と同じ高みに、過去に自分がして貰った
ことを、今度はしたいと思ったから。でも、何もできない。弱さを決して認めず
必ず強者であろうとする彼女を前に慰めることも、謝ることも、何もできない。
無力で無知で、愚かな上に無様で、世界で一番惨めな自分にできたことは

泣いて、後ろから抱きしめ、求めるだけ。許されることを、願うだけ。

今の自分を肯定し、過去の全てに復讐を誓う明日菜は、たとえ求め願われなくとも、
時が経てば立ち上がり、再び過去に立ち向かうはず。時紀は愛されていないといい、
明日菜も自らのスタンスを崩す素振りは見せません。だから時紀は弱者で、傀儡で
あろうとする。自分のアイデンティティを捨て去り、透子と同じ立場であろうとする。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ただ、あたしを抱き締めて」
「はじめは抱き締めてくれるなら誰でもよかった。でも、今は違うの」
「抱き締めてくれるのは時紀クンじゃなきゃダメなの。それだけは本当だから」
「ずっとずっと放さないでいて・・・・・」

―振り返ってはいけない気がした。振り返れば、なにかを知って、
 その代わりになにかを失ってしまいそうで・・・・・・。

 ただ受け入れよう。すべてを、いまここでのことを。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

過去を捨てられるわけではない。だから振り返っては、いけない。自分の願いは、
相手の心はどうであれ、ただ相手を求めるのみ。自分が自分である事を捨ててでも
欲する時紀。
最後のマフラーまで、明日菜の本当と嘘が言葉にされることはありません。しかし
読み手には、抱き締められた彼女の表情が見せられます。そこからただ、想像するのみ。


――優しさで守れるあしたなんか どこにもない

本作のもっとも有名なキャッチフレーズの一つであり、事実その通りなシナリオも
存在します。

何もできず涙を流した時紀は、求め、許しを願っただけかもしれません。しかしレイプの
件が暴露された際に優しさを与えてくれたように、最後のシーンの中に、優しさは確かに
入っていました。何も持たない時紀だけど、優しさだけは持っているから。

今後どうなるかはわかりません。しかし、優しさでお互いの明日は守れた。
私はそう解釈しています。



話変わって、明日菜シナリオもう1つの見所が透子との同一性です。
地味で身体を売り、愛情を求めていたところまでほとんどが一緒。明日菜の学生時代
描写こそありませんが、容易に想像が付きますね。おそらく透子そのままでしょう。
透子にはしのぶ、明日菜には巣鴨夫妻という「同情し慰めてくれる人」がいるのも
同一です。

透子シナリオで分かることですが、時紀と透子もまた似たり寄ったりなポジション。
(自ら求めるか、不快に意識し距離を置くかの違いはありますが。)だからこそ
明日菜は時紀の行動原理が手に取るように理解できた。透子と同一であれば、加えて
稀有な対人洞察力も持ち合わせているはず。なるほど手玉に取られるわけです。
先に透子を攻略していると、この辺の流れも見えて別の面白さがありますね。

勿論逆もまた真なり。加えて明日菜シナリオは時紀の本当もわかるため、透子シナリオの
副読本ともいえるぐらい情報がつまっています。故に感想でもトップバッターに据え置いて
みました。

そして透子は他シナリオ以上に救われません。当て馬にされ「明日菜さんの
代わりにもなれない!」とビンタされるシーンは、1枚CG効果もあり強烈な
インパクトがあります。
その後透子がどうなってしまうのかは勿論書かれません。が、代わりに明日菜の
激白が存在します。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あたしはいつも奪われる側だった」
「求めても求めても、あたしが本当に欲しいものは誰も与えてくれない」
「誰もあたしの心を満たしてくれなかった」
「時間も心も身体も・・・・・・削れて壊れていくだけだった!」

「壊れ果てて、ゴミのような人間になって、あたしはようやく気づいた」
「誰もあたしを救ってはくれない」
「だって・・・・・・あたしはいつも待っていたから」
「きっと誰かが・・・・・・あたしを救ってくれると信じてたから!」

「でも、誰も救ってはくれなかった」
「何人かは、バカなあたしを本当に憐れんでくれたわ。でも、バカな子供だった
 あたしを求めてはくれなかった」
「ただ・・・・・・同情して慰めてくれてただけ」
「バカな女は痛々しいけど、ずっとそばにいると、うっとおしいだけだもの」

「誰も救ってくれない・・・・・・。なら、自分で這い上がるしかないじゃない」
「あんなにもみじめなのは、あたしはバカだったから。弱かったから」
「弱いから、いつも奪われる」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

明日菜に僅かな幸せが降りると同時に、もう1人の明日菜が生み出される予感を残し、
物語は幕を閉じます。
透子に大きな傷とアザを作り、お互いも傷つけあい心をすり減らし、それでも残酷で
平坦な道を行く覚悟を決めた時紀と明日菜。いつかは愛しているといえる間柄になる
ことを願うばかりです。



◆栗原透子
拗らせた男女が主役の、とても普通な恋物語。体だけを求めていた男が、ライバル
ヒロインから気持ちを指摘され、世話焼きキャラのお節介で再開してキス。どう見ても
現代ラブロマンスです。リリース当時の更に15年前ぐらい前の内容。
ゆえにシナリオで語ることは特にありません。ラストの締め方がちゃんと他シナリオと
足並みを揃えているのは良いですね。

ここで見るべきはまず、先に挙げた2ヒロインの特徴です。しのぶは後述するとして、
ライバルヒロインとなる明日菜にしても、どんな気持ちで時紀を誘ったのかは明日菜
シナリオをなぞって初めて真意が汲み取れます。これは透子も一緒で、お互いの物語を
見終えた後に再プレイすると、1週目とは別の味わいがあります。

もう1つは多くのシナリオでキーパーソンとなる、透子のパーソナルです。
誰からも必要とされないバカな子と自嘲していますが、実は感情の動きに非常に敏感で
本質を捉えるのは非常に早い。ただそれを表に出すスキルが壊滅的で、現実世界で
長所として認められることはありません。

それでも本シナリオにおける「ごめん」の意味や明日菜シナリオのビンタなど、
感情の把握は常に時紀の先を行きます。トレードマークである丸眼鏡は相手を直視できず、
しかし肉体というフレーム越しで感情を見抜いてしまう透子の象徴でもあります。

ここから更に、同類である明日菜の洞察力にも説得力が付けられます。時紀の悩みや
望みを即座に理解したのは、元弱者であることに加え、やはり透子のように他人に敏感
だったのでしょう。類推ではありますが、主要人物の行動や文吾の発言からして大よそ
外してはいないと思います。

以上から透子と明日菜が過去と未来の鏡写しであることが、こちらのシナリオからも
伺い知ることができます。一方で物語の鏡写しとなるのがしのぶシナリオです。



◆榊しのぶ
時紀の臆病・優しさが最悪の形で作用するメインシナリオともいえる内容ですが、
親友おかずにオナった程度で取り乱すしのぶがいささか過剰演出。単体でプレイすると
無駄に不幸にしているようにしか見えません。
しかし透子シナリオを先にプレイすると、シノブの取り乱し様にも多少合点がいきます。

透子のためならケータイの盗難すら辞さない徹底した過保護ぶり。しかし時紀に取られて
しまい「どんなことだって、してあげられたのに!」と泣き叫び取り乱すしのぶ。
透子のため、というのも嘘ではありませんが、それ以上にしのぶが依存していることが
判ります。要求されればレズ行為も厭わなかったことでしょう。

全てを無条件で全てを差し出す無償の施し、といえば聞こえはいいですが、実際は
自己確立のために寄り掛かっている。その子のためだけに生きる、まるで母親のような
アイデンティティこそが、行動原理であり生きる理由。
ここを把握して初めて、しのぶシナリオの心情が追える構成となっています。


話を本線に戻します。
透子を侵した罪に苛まれ、罰を与えるよう願い乞うしのぶ。自分の罪にすら潔癖であり
完璧を求めるその様に共感を抱き、同時に弱さを見出した時紀は自然と彼女に惹かれ
行きます。

しかし、しのぶの見つめる先にあるのは透子のみ。時紀はあくまで利害関係が一致した
だけの、ギブアンドテイクな関係でしかありません。体を侵しても、後ろの穴を侵しても、
心を侵しても、スキと言われてすら、想いは届かない。

しのぶシナリオは最も進展性のないシナリオです。時紀と透子の関係がそのまま、しのぶと
時紀の関係になっただけ。求められる側から求める側になっただけ。透子にしてきたことを
考えれば、まさにしっぺ返しを食らった形です。

それでも最後のシーンからは、確かな共感を得たことが判ります。
いずれのヒロインにもそれは見て取れますが、自分を全て投げ棄てたしのぶが、
それが最も理解しやすいのではないでしょうか。
キャッチフレーズとの親和性、メインヒロイン二人の物語、そして共感。
やはりしのぶシナリオこそが本作の中核といえます。

とはいったものの、それでもやはり行き過ぎた感情の目立つ内容だったなと。
元より他愛ない悩みをドラスティックに見せるのが本作の趣旨であり手管です。
が、にしたってしのぶは度が過ぎる。リアルを考慮せずドラマと割り切って臨まないと
白けを覚えることでしょう。結びも強引さが目立ちますし、この辺の拙さが何とも
勿体ない作品です。


本シナリオもう1つの見所が、しのぶの呼び出しに応じず迎えるバッドエンド。
罰を与えるセックスを重ね続けて感覚が麻痺し、刹那の快楽のみを貪る2人。
しまいには透子すら巻き込んで3Pしようと言い出す始末。唯一バッドで回想の
手に入る展開でもあります。

堕ちきった風に見えるこのルート、得るものこそ快楽のみですが決して悪い結末では
ありません。唯一3人が足並みを揃える展開ですし。行き詰るまでを先送りにしただけ
ですが、これも1つの正解でしょう。
白とも黒ともいえない、グレーな結末。多くは語られませんが、トゥルーエンドとは
また違った納得がありました。



◆須磨寺雪緒
ペットロスが転じて自殺願望へ。やはりミクロスケールな問題で、物語としても
ありがちな展開です。ですが雪緒ルートの見所は別の要素にあります。

まずはグラフィックの素晴らしさと、絵・音・文章の親和性。元より著名な原画家を
起用した秀麗なCGの並ぶエロゲですが、雪緒のそれは圧倒的でした。
乾いた世界観にストリングメインのBGM、感情がギリギリ死なない程度に抑えられた
声と口調。危うさと神聖を兼ね備えた儚いキャラ造詣と、ツーテールから想起される
幼さのギャップ。

それら全てを夕焼けに溶け込ませ、一体化させたかのような統一感はまさに唯一無二。
本作以上のクオリティにお目にかかったことは未だありません。480*640なんて問題に
ならない程の親和性です。

中でも冒頭の屋上で出会うシーンが素晴らしい。秀麗な夕焼けをバックに、専用BGMの
「もういない誰かとあたし」に乗せ、淡々とした口調から発せられる、あまりにも
危うすぎるセリフ郡。ここで一気に引き込まれたプレイヤーは相当数に及ぶのではない
でしょうか。

ギターを爪弾くシーンも印象付け方が非常に上手い。ここで唸らされたのが、シーンを
見せるための仕込みです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「先輩は放課後、いっつも教室でひとりでギター弾いてるの」
「聴いたことのない凄く悲しい曲。その時の先輩はキレイだった」
「夕焼けのなかでね、先輩の髪が陽に照らされてキラキラ輝いて・・・・・・」
「まるで心がここにないみたいで、まるで人じゃないみたいで・・・・・・」
「すごくすごく惹き付けられた。まるで黄昏の中の天使みたい」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

と、恵美梨の評が前もって伝えられるこのシーン。多くの場合この手の仕込みは「そういう
シーンなのね」と意識して見る必要に強いられますが本作は違う。言葉通りの空気が、
そこにある。夕陽とギターと天使のような少女が、やはり儚いBGMに乗せて読み手へと
届けられます。

BGMは勿論「もういない誰かとあたし」。屋上でのインパクトを別の視点で改めて想起
できるように、同じ曲を使う。この時点で雪緒のテーマ曲はプレイヤーに刷り込まれます。
タイトルの「天使」とひっかけているのもポイント。雪緒の危うさもそれまでのシナリオ
とテキストから十分表現されていて、とにかく印象に残すための伏線と手法が凝らされて
います。それでいて各パーツは一級品ばかり。文句のつけようがありません。

単体で見ればより素晴らしいCGは数多に存在しますし、それは音もキャラも同様です。
しかし、それら全てが同じベクトルを向き、本作の乾いた世界観を見事に表現している。
ビジュアルノベルとしての完成度、という点においては他の追随を許しません。
いずれのシナリオにもいえることですが、極めて顕著なのが雪緒シナリオです。



見所の2つ目はやはり、時紀の動向と心の遷移です。冒頭での錯乱っぷりがいかにも
臆病で弱い彼の特徴を捉えていますが、雪緒の危うさに引きずられ、人生を転がり落ちて
行くのが本シナリオの特徴です。格下に見ていた透子に慰められ、しのぶと恵美梨には
死ね消えろとなじられ、店長にぶん殴られ、雪緒は変わらず死の臭いを付きまとわせ。

心をすり減らしつつ、同じ自殺願望を持つ雪緒へと惹かれ始めたところで露見する
ペットロスの真実。判明したその瞬間、それまでシナリオを牽引していた雪緒の神性は
失われますが、以降は本作のメインテーマが後を引き継ぎます。

嫌われるのが怖くて、誰にも接したくないから死を望む雪緒。あらゆる人々に否定され
続け、雪緒以外に生きる意味を失くしたから死を望む時紀。心が届いたわけではないけど、
時紀自身の勝手な都合で、一緒に死を選んでくれたのが嬉しかった雪緒。だから、屋上で
再開した際は「ありがとう。来て・・・・・・くれたんだ」と感謝の言葉を述べます。

心が繋がったわけではありません。時紀を求めていたわけではありません。しかし
強制ではなく、前向きに「自殺」という選択を、お互いの想いのみで選んだ。結果として
願いが同じだった。2人は共感していました。

とはいえ自殺するには何かが足りない。悩む時紀に向けられる雪緒からの提案は、
やはりセックス。しかし今までのと違い、お互いが快楽以外の繋がりを求めての、
刹那の幸せを想い出にするためのセックス。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「しよっか。セックス」
「最後の心残りがないようにもう一度だけ・・・・・・」
「最後だけ恋人みたいに・・・・・・」

思いがけない誘い。だけど、妙に納得してしまう。
いま、ここで自分たちにできる一番のこと。それはセックスなのだから。
これでよかった・・・・・・。
たかがセックスかもしれないけど、これがきっと最初で最後の想い出になる。

須磨寺の心が戻ったせいなんだろうか、いつものような表情の固さはなかった。
ほんのりと頬を染め、恥じらいの色を浮かべている。
そして、俺自身も須磨寺にはすがりつくようなセックスばかり求めていたので、
こんな風に触れ合うことはなかった。

ようやく、俺は須磨寺の本当の愛らしさに出会えたんだと思った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

その後飛び降りるも躊躇してしまい、自殺は失敗に終わります。
「ずっとこのままならって思ってしまったから・・・」
直前で未練を持ってしまった雪緒。しかし時紀が死ぬ理由は雪緒がいないから。
雪緒が生きる理由を見つけたのであれば、二人とも死ぬ必要はありません。

別に時紀の願いを叶えたわけではありません。雪緒の酷く利己的な判断です。
しかし結果として時紀の想い・願いは相手の心と一致します。想いが同じ方向を
向いています。やはり共感しています。

そして泣いてくれる人を想って涙を流し「死ぬのはもうたくさん」と生きることを
決意する2人。ここでも共感しています。



◆「心のつながり」の否定と共感
個別シナリオの大半において「心のつながり」は否定されます。人間は常に一人で
自らの想いが相手に届くことは絶対にない。特に透子・真帆シナリオでは明確に
宣言されています。では心をつなげられないヒロイン達は、もう恋愛ができないの
でしょうか?時紀を初めに色々拗らせた面々ですら、幸せを実感している瞬間は
存在しています。

結局彼ら彼女らは恋愛に幻想を抱いているだけ。心がつながった恋愛なんて存在
しません。自分の想いが届くことなんてありえないんです。誰しも少しでも心が
つながったように錯覚しようと、努力をしているだけです。

言い方を変えます。心がつながる=想いが届く=自分の望みが相手に伝わり、かつ
理解を得る事とします。異論はありますが、少なくとも作中ではそういう扱いです。
であれば、いかな過程を踏もうとも自分と相手、双方の望みが一致したのであれば、
それは心がつながったのと同義、ということです。

雪緒シナリオを振り返ってみます。彼女は大事な人をもう失いたくない、心をなくしたい
から自殺を決意します。時紀は雪緒がいない世界に意味を見出せなくなったから自殺を
決意します。時紀の行動原理は、雪緒の望みと一致していません。お前が死ぬなら
俺も死ぬよ、ってだけ。しかし結果として、2人の願いが一致する。想いが届く。心が
つながったと錯覚できます。

自殺失敗時も一緒。雪緒が時紀に未練を持ったから、自殺は失敗した。ですが時紀に
しても、元より雪緒を求めていたからこその自殺です。雪緒が生きて2人で感じた幸せの
気持ちを、永遠に感じていたいと思うなら、時紀に死ぬ理由がなくなります。2人とも
生きたいと願います。想いが一致し、心がつながります。
2人が流す涙の意味もやはり同じです。嬉しくて泣いている。やはり心がつながります。

しかしそれは一時のもの。作中人物が望むような永遠のものではありません。だから、
人々は錯覚を得ようと努力する。相手の想い・望みを知ろうとする。錯覚しようと努力を
するのです。先に述べた共感とはこのことです。
そして本作における恋愛とは、共感という点を繋ぎ線にすることを指しています。


他ヒロインのシナリオも全く一緒です。明日菜が必要でかつ救いたいと願ったから、
泣いて許しを願って「人形」になろうとした。透子を自分のものにしたいと願ったから
キスをした。結果、時紀とヒロインは共感します。
各シナリオ道中に書かれる透子とのギブアンドテイクなセックスも、お互いの利害が
一致、つまり共感しているからこそ恋愛めいた満足感が得られます。結果透子の願いが
高じてバランスが崩れるのですが。

しのぶシナリオでさえ例外ではありません。最後のセックス直前、透子を自分勝手な
間違えた優しさで接してしまった、傷つけてしまったことをまず共感し、結果しのぶは
心まで侵されることを、つまり時紀を受け入れようとします。結果、時紀の想いと共感
します。

共感した状態でセックスするから、時紀もしのぶも非常に乗り気です。「榊が自分の
ものになったと錯覚しそうになる」というモノローグはそのまま事実。心がつながったと
錯覚しているに過ぎません。しのぶのよがりっぷりに「この表情、どこかで・・・?」と
思い出しかけるのは、満足のいくセックスができていた時の透子の表情。つまりしのぶも
時紀に満足している、ということです。

ラストのシーンにしても、お互いがお互いを求めていると共感した状態ですので、
指が少し触る程度の温もりが酷く愛しい。なのにお互いその程度で自重しているのは、
それ以上言葉や行動にしてしまえば、透子を傷つけた罪悪感を思い出さずには
いられないから。浮気/寝取りめいたことをした挙句、共感の材料にすらしてしまった
わけですから。

「願ったのは束の間の安らぎ」とは、透子を踏みにじって得た共感。
「叶ったのは永遠という贖罪」とは、共感するたびに思い出す透子への罪悪感。
共感への怯えから生まれた「優しさで守れるあしたなんか どこにもない」

しのぶシナリオがキャッチフレーズを体現しているとは、こういうことです。



◆葉月真帆
おそらく多くのプレイヤーにバッドエンド扱いされているであろう真帆シナリオ。
その主因は「いびつな恋愛感から幸せになれるとは思えない」か「主人公とカップリング
成立しない」のいずれかではないでしょうか。しかしハッピーエンド・・・とまでは
行かなくとも、先のある終わり方なことがわかります。

まず前述の通り「心をつなげたい」と思っている時点でダウトです。それが最重要では
なく最優先事項、つまり恋愛はスキという心が伝わりあわないとダメと、思い込んで
しまっています。ゆえに、スキが伝わらないとセックスは意味がないと誤認している。
このことがヤりたい盛りの功を苦しめています。

ただセックスへの嫌悪感は持ち合わせていません。年頃の少女程度の恥じらいこそあれど、
時紀の性交談義やセクハラ発言も適切に受け止めますし、オナニーもしています。何より
問題が解決していない段階でセックスしている事実があります。純粋にスキの気持ちを
先に繋げたいだけ。真帆がそこまでスキにこだわる理由は、主に序盤で語られています。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あたし、自分でも子供っぽいって思うんです。心も体も子供っぽい」
「いつかはキレイっていわれたい。明日菜さんみたいに・・・・・・」
「あたし、大人になれるのかな?功センパイが大人にしてくれるんですか?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

思春期の女の子が憧れる、大人への願望。大人のような恋愛関係が作れればキレイに、
大人になれるかもしれない、という幻想です。だから、ヤりたいだけのセックスという
子供じみた行為は受け入れられない。
功がスキというものの、実際は彼を求めているわけではありません。恋愛をして大人に
して欲しいだけ。だから「大人にしてくれるんですか?」なんて発言が出る。


つまるところ2人の行為は自分の押し付け合い。恋愛ではなく、恋でしかない。
スキを理由にセックスしたい功と、スキを理由に大人にして欲しい真帆。それだけです。
だから時紀は「いくらでも妥協できるさ」と即時回答します。それ以外に答えはないと
ばかりに。相手を受け入れればスキが手に入る、といわんばかりに。

同様に真帆も、時紀と透子のすれ違う理由に気付いています。時紀がスキを認めるか、
透子がスキを諦めればいいと理解している。だから無理繰りくっつけようとします。
練習試合後のおんぶシーンでも真理をついて、時紀を絶句させます。「人と関わりあい
たくないなんてウソ。じゃないとセックスできない」と。

こちらの2人は表裏一体です。功とはセックスしないと真帆の欲しいスキは手に
入らないし、時紀は人の温もりを求めているのに体だけと突っぱねる。他ルートでは
透子とのセックスが味気なくなり気付いたりもするのですが、真帆シナリオでは
そこに気付く素振りもありません。


しかし2人とも自分を曲げようとはしません。折れたら負けだといわんばかりに。
お互い事情がわかっていて、どうすればいいかは理解していてアドバイスも送ります。
同時に妥協をできないのもわかるから、理解するしかできないことも理解しています。
つまり現時点一番の悩みにおいて、時紀と真帆は共感しています。だから真っ先に
相談するし、相手が呼べば最優先します。恋人やセックスできる相方を放り投げて。

そして功と透子が嫉妬し始めます。浮気に気付けない真帆の恋愛オンチっぷりが実に
酷い。功に問い詰められて逆ギレです。
「木田センパイは功センパイより、ずっと大人でステキな人です!」
ハイ、大人いただきました。どう見ても振ってます。更にセックスの提案と、完全に
気持ちが傾いています。

時紀はスキになってからセックスしたいという自分をわかってくれる、とても大人。
セックスしても、そのままスキをぶつけることができる。何も変わらない。だから
抱かれたい。ということ。心のつながりを期待して抱かれたのではなく、心が
つながったと錯覚し満足したから、繋ぎとめるために相手の望む体を差し出したのです。

しかし時紀は拒絶します。「俺は真帆ちゃんのなにもわかってないよ」しかしそれは
真帆を想ってではなく、何もできない自分が相手を傷つけるのを怖がったから。
かといって透子に好きを伝えるわけでもありません。「これ以上の関係になろうと
したとき、俺は俺でなくなってしまう。」透子を傷つけるのが怖いから。自分が傷つく
のが怖いから。アイデンティティの崩壊を恐れるから。

明日菜シナリオで指摘された、時紀の本性が露呈します。しかし雪緒シナリオ同様、
発破をかけてくれる人が存在しないため、行動を起こさずドツボの恒例パターンです。
透子の我慢が限界に達し、自分の気持ちを押し付けてしまい二人の関係が終焉を
迎えます。


真帆シナリオの突入条件は2つ。冒頭で「それでもこの快楽は本当だ」を選ぶか、身体だけの
関係を作るために透子を彼女にするか。つまり身体だけの関係を絶対とすると、真帆シナリオへ
入ります。
他シナリオのように透子とのセックスが淡白にならないのは、時紀のアイデンティティが
より強固だから。ゆえに身体だけの関係以外は拒絶するし、自分が上位に立てる透子との
セックス以外には幸せを感じない。他シナリオみたいにブれないのです。

真帆は真帆で、時紀がスキなのもホント半分ウソ半分。拒絶する時紀の言葉は言い訳
じみているようで、あながち的外れではありません。
「俺たち、そんな簡単にセックスしていい関係じゃないだろう?」という言葉に絶句し
引き下がる辺り、暴走していたのもまた事実です。

更にいえば真帆は大変ビッチです。自身に都合のいい方に乗り換え、時紀が乗り気で
ないと見るや遊園地でトラップを仕掛け、観覧車イベントで妥協を引き出して一時的な
関係を作っている。自分に正直すぎて実に小癪。実に子供。実に青臭い。
大人になりたいからステキな恋愛がしたいのに、子供のように場当たりで、底の浅い
手段をとっています。このゲームに相応しいヒロインです。


そして、一時的に共感を得たとはいえ、お互いの我侭でそれを断ち切ってしまい、線に
ならないまま2人はセックスしてしまいます。真帆との性行為に何も沸きあがらない時紀は
真帆に比べ醒めています。わかりきっていたことだから。

しかし真帆は、最後の望みにさえ裏切られてしまいます。セックスしてもつながらない心。
時紀の気持ちもわからないし、自分の気持ちだってわからない。人間はいつでも一人だと。
スキって気持ちをお互いに求めても、それは幻でしかない。セックスをしても何もないし、
セックスしなくても、何もない。
大人に憧れ恋をしていた真帆は、恋から絶望を突きつけられてようやく、少しだけ大人に
なります。

そして維納夜曲でのワンシーン。どのシナリオでも常に子供っぽかった恵美梨が、真帆
よ一歩先へと進んでいたことがわかります。「子供だから、大人になるのを待つの」と
いうセリフからは、がむしゃらな真帆よりもよほど大人を感じさせます。
「自分が子供だとわかってしまえば、後は大人になるしかない」という時紀のモノローグ。
誰の事を指しているかは、語るまでもありません。


気遣いや信念から見落としてしまいがちですが、本作で最も幼いのは真帆です。精神的
にも、勿論年齢的にも。その彼女が恋に散々いたぶられ、ちょっとだけ大人になるのが
真帆シナリオ。時紀は物語の主眼ではありますが、主人公ではありません。ここが
他の個別シナリオと決定的に異なる点です。

ゆえにアイデンティティは最も強固で揺るぎません。他と同様に時紀の成長物語として
しまうと真帆と結びついてしまい、彼女の成長を阻害してしまうからです。共感が点で
終わり線とならないのも同様。点ができた瞬間、見つけたと錯覚した真帆が焦ってしまい
自ら線となる術を消してしまうから、功は当然として時紀とも結ばれずに終わります。

しかしバッドエンドではありません。物語のテーマは真帆の成長であり、時紀の成長や
恋愛の成就ではないのだから。功と別れ涙を流して得た実感・経験こそが、以後の彼女を
素敵な恋愛へと導いてくれるはず。そういう終わり方なのです。

そして、最後に時紀は真帆を抱き締めようとして我慢します。我慢しているのです。
つまり感情を理性で抑えています。それまで梃子でも動かなかった時紀が、ほんの
少し揺れ動いた。ですが真帆は悲しみに暮れ、それに気付く風はありません。
ここの見せ方が素晴らしいですね。あ、何か上手くいきそうだなと思わせてくれる
嬉しい演出です。

この抱擁を我慢する様子は「それでも抱いてあげられない悲しみ」と取れなくない
のですが、真帆を主人公として見ると希望に見えるんですよね。まだ機会はあるぞと
教えてくれるような。勿論簡単ではないだろうし、何とかなる補償もありません。同じ
方法でアプローチしても同じ失敗を繰り返すだけでしょう。でも失敗を糧に頑張れば、
あるいは恵美梨のように、時を待ち大人になってから挑めば。そう思わせてくれる
シーンでした。


元より恋愛モノとしてトリッキーな作品ではありますが、真帆シナリオは輪をかけて
アクロバティックで、そのことが無駄に各物語を難解にさせています。特に時紀の
アイデンティティが崩壊しないのは反則の域。主人公が成長し結ばれてエンドが当然と
思っている我々には酷く読みづらく、それが他シナリオの時紀に違和感を抱かせ、
パーソナルの固定を阻害します。あるいは「真帆シナリオは成長できなかったバッド
エンド」と捉えてしまうことでしょう。

加えて本作は全てを言葉にせず、感覚的な認識を読み手に求め、あるいは想像による
補完を善しとしています。わけても共感は言語化が難しく、完成された物語に慣れた
読み手を苦しませます。そこへヒロイン側が主人公の真帆シナリオが混ざり、何を
いってんのかよくわからん物語に見えてしまっているのです。
忌憚なくいわせて貰うと非常に不親切な構成で、読み手にとても優しくありません。
どのシナリオもいいたいことは纏まっている以上、不完全とはいいませんが。

その分読み解けると斬新さが心地良く、全個別の中で最も面白かったのですが、
ちょっと人にはオススメできません。プレイ前に「真帆は別個で考えて」といいたく
なるような、そんなシナリオでした。



◆各シナリオを前向きな終わり方と解釈した理由
完全に結ばれずに終わる真帆に限ったことではなく、先行き不安な結末の多い本作。
透子は一時の共感に身を委ね、しのぶは贖罪を代価に共感を得る。明日菜や雪緒はその場は
一端の解決を得たものの、関係の持続性に大きな不安が残る。その薄氷の上を行くかの
ような結末に悲劇を想起した方も多いのでは。

ですが私としては関係持続の有無にかかわらず、時紀やヒロイン達は幸せな結果を得たと
思っています。


本作の登場人物たちは相手に対し、常に自らの理想を投影しようとします。
透子は身体だけじゃない恋仲を。明日菜は人形を。しのぶは透子へ都合のいい幼なじみ、
時紀へ罰の印を。雪緒は世界の拒絶を。真帆は大人を。時紀は上位でいられる身体
だけの関係を。功は身体を通して心を。

仔細は違えど、自らのアイデンティティをぶつけ合い心を磨り減らすまで、すべからくが
同じです。あるいは利害一致した時に感じられた幸福を求め、更に相手へと要求して
しまいます。そして心が磨り減る。雪緒ですら心を閉ざしたと世の中の全てに拒絶を
求め、結果として心を痛めています。

しかし見返りを求めない行動、あるいは見返りが翻って相手の損とならない場合は
それが共感を呼び、お互いを心地よく思える関係へと発展します。繰り返しになりますが、
そんな共感という点を連続させ線とすることで続く関係が、本作の恋愛。
色々難しいことを言っているようで、そんな当たり前の実感を綴っただけの物語なのです。


どのヒロインとラストを迎えても、その瞬間感じたものは点で線には繋がらず、また
繋がる兆しも薄く、読み手は後の行方に不安を覚えます。この恋愛は上手くいかない
かもしれない。いや、実は上手くいくのかもしれない、と。

しかし結末がどうであれ、その経験は間違いなく彼らを一歩だけ成長させます。
彼らは学生でまだ先があります。この度の件にしても傷ついたとはいえ、人が死んだり
世界が滅亡したわけでもありません。この恋が終わっても、また新しくはじめることは
できます。

その時、失敗を糧にしてどんな振る舞いをするのか。また失敗するかもしれないし、
今度は上手く行くかもしれない。しかしいずれにせよ、前回の件があったからこそ、
より前向きで建設的な恋愛となることでしょう。

だから製作陣は後のインタビューで「10年後の彼らを想像して欲しい」と語ります。
様々なものを代価に得た経験で、以後どんな恋愛をして、どんな結果となったかを。
だからEDテーマ「ヒトリ」は相手を偲ぶ歌詞で、恋が終わった後を歌います。
「子供のような恋はもう、したくはないの」と。

それが結末を前向きとする理由です。



以上。
子供だから恋しかできず、お互いの心をすり減らし、少しだけ大人になり、愛を僅か
ながらに知る物語。自分の全てを受け入れてくれる天使なんて存在しない、そんな恋愛を
綴った12月の物語。それが本作です。

繰り返しになりますが何ということはない、当たり前を綴った作品です。しかしただの
恋愛物語で、これほど恋の結末を読み手の判断に委ね、かつ登場人物の未来を想像させる
作品はエロゲでは稀。しかし他メディアには多く存在します。
それをLeafという一大エロゲブランドが総力を上げて、心をすり減らす彼らにふさわしい
世界観を、絵・音・文で完全なまでに仕上げた。結果、エロゲとしてオンリーワンと
呼べる至高の作品になり得ました。

より面白いテキストもシナリオも、より洗練されたグラフィックもサウンドも数多にあり
ます。テキストを中心につたない部分も多々見受けられます。
しかし恋愛という当たり前の題材を、エロゲのセオリーと対極の方法で、エロゲゆえ表現
できる手法で書き上げた作品は他にありません。

ゆえに私は「天使のいない12月」を未だ傑作と評します。
この壁を突き破る恋愛エロゲが世に輩出されることを、切に願います。





蛇足1
判りづらい部分に関しては、AcaciaSoftの「夏めろ」をプレイするとより鮮明に理解
できるかもしれません。夏休みに快活な学生達の明るい恋物語と、本作とはまるで対極に
ありながら結末に恋の終焉を匂わせたり、繋ぎとめる手段のなさを実感させるなど、
テーマに共通性が見られる作品です。他にも

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「でも、フランス映画って、だいたいなんかヘンよ。おしゃれにヘン」
「娯楽作品でもね、ハリウッド映画とは違うの。人生悲喜こもごもって感じがしてね」
「悲喜劇ってやつ?そこがスキ。うまくいくだけが人生じゃないものね」

                     ※天使のいない12月 明日菜ルートより

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「そうですねー、エンターテイメントと違って、基本的にルールがないですからね」
「例えば推理小説だったら、最初に事件が起こって、最後に解決するっていう
 決まりがあるじゃないですか」
「それはそれでトリックの面白さとかあるんでしょうけど、でも私はやっぱり、
 現代文学のルールのない感じが好きなんです」

                          ※夏めろ 水上秋ルートより

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と、お約束やハッピーエンドより先の読めない展開を肯定し、それを作品へ反映されて
いるあたりまでが同じだったりします。
わけても興味深いのが、学生の恋物語を扱いながらも主人公の失恋を起点としており、
手痛い恋愛を経験した後の話として本作と共通のテーマを語っている点です。
意中の娘と恋仲になり幸福をかみ締める一方で、繋ぎとめられないことに不安を持つ、
そんなお話。ちょっとエロが変態入っていますが、興味があれば是非プレイを。



蛇足2
時紀があんな拗れている理由は、大よそ家庭にあるのかなと。24-365で働き、学費や
ローンを捻出するだけの日々を送る両親。衣食住の何一つ不自由しない生活。家族の
日々安寧を保つために働く親が、時紀には平凡を維持するだけの日々を消費する
くだらない人生に見えたのかもしれません。

仕事に埋没するにせよ、家族を思い身を削るにせよ、それは自身が望んでやっていること。
嫌なら自分がしなければいいだけなのに、時紀はそれが自らのレールに見えてしまい、結果
間違えた厭世観を獲得してしまった。裕福だからこその拗らせ方です。甘ちゃんですね。
推測ですが大よそ正解だと思っています。でなければ理由が明記されるはずですから。