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amaginoboruさんのこもれびに揺れる魂のこえの長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
こもれびに揺れる魂のこえ
ブランド
UNiSONSHIFT
得点
85
参照数
100

一言コメント

穏やかで温かみのある空間をメインとしつつも、不安な空気も常に隣り合わせで存在し続けているのが特徴的。しかし物語の起伏を作るためだけに昏い空気にするのではなく、主題を伝えるためにあえて不安を用いていたのがとても好印象でした。ただの雰囲気ゲーに留まらない、方向性をしっかりと据えた上で作られた良作です。長文は最初からネタバレ。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

優しい背景や穏やかな日常につい目が行ってしまいがちですが、冒頭から色々と
おかしいのですよね。苗字と名前は日本式なのに建築物や職業は欧風。主人公の
生業も神父と、日本では馴染みの薄い職業です。登場人物の名前がいずれも
カタカナ表記であることにも違和感を覚えました。

機械と無縁な世界観に見えるのに、電車にトラック電灯に風呂沸かし機、挙句の
果てには食洗機にスプリンクラーまで。近代ヨーロッパの空気を醸し出す画風とは
あまりにミスマッチな近代機器の数々からも歪な印象を受けました。物語的にも
各機器を意図してフィーチャーしたような節が見受けられましたし。

そして登場人物達を取り巻く雰囲気。日常こそ穏やかで優しい幸せな日々が続く
ものの、彼女たちが生活するための資金や、そもそも館が存在する理由。主人公が
館に招かれた理由に、そもそも出自が不明な少女達ととにかく謎だらけです。

BGMも同様。純粋に穏やかで優しいBGMも多数用意されていましたが、その中に
長調と単調を織り交ぜた、幸せと不安を同時に抱かせるような楽曲も少なからず
存在していました。
具体的には「心のうてな」と「刹那と沈黙と...」の2曲。幸せな気持ちだけにも、
不安な気持ちだけにもさせきらない、陰と陽の間を揺れ動くような楽曲は作品
テーマとの親和性と相まって印象に残っています。

そして何よりタイトルです。「こもれび」に「魂のこえ」ってこれ、明らかに雰囲気ゲーに
付けるタイトルではありませんよね。そもそもこの2つの単語が同居していること自体に
違和感があります。最初から最後まで、何から何までがミスマッチです。


温かみのある雰囲気ゲーとの評判を聞き本作を購入したのですが、共通ルートを
プレイして受ける印象はお世辞にも温かみだけではありませんでした。
確かに穏やかで幸せな日々は綴られています。しかし何かが常に不安の影を
見せては隠して、幸せ空間に浸りきらせてはくれません。真水の水滴を常に
背中にへ打たれ続けているような読中感でした。

これが雰囲気ゲーを目指して作られた作品であったなら、私も負の感情を呼び起こす
数々の要素に不満を漏らしていたことでしょう。せっかく暖かな気持ちになりたくて
購入したのに、エロゲあるあるだからと不用意に鬱要素を投入する作品は私も好み
ではありませんので。

しかし全ルートをプレイすることで、これらミスマッチな要素の数々が、本作に
なくてはならないものであることがわかります。
愛されることを知らなかった青年と少女達が共同生活を始め、愛されることを知り、
あるいは思い出したことで失うことを恐れるお話。

序盤の共同生活は何も知らずに陽の恩恵だけを一身に受けていた状態。だから
このいつ壊れてもおかしくない幸せな環境の良い面だけを主人公達は目にし続け、
しかし読み手は随所に姿を見せる不安要素を目にし続けることになります。

そうやって物語の導線がしっかりと記されているから、個別ルートの昏い展開にも
嫌悪感や違和感を抱くことはありませんでした。共通ルートで、そういう作品である
ことが隠喩的ながらも提示されていたからです。

幸せな生活が保障されているわけではないことを知り、不安を曝け出して自らの殻に
閉じこもりだす主人公や少女達。しかし最後は自らの望む世界を打ち明けて、
打ち明けられた側も特異な相手を認め受け入れることで、人を愛することで初めて
自身も愛されるのだと知る物語。こもれびから聞こえる、愛されたいと訴え続ける
魂のこえの物語。

その真実を知るまでは決して十全な幸せではないからこそ、本作は結末に
至るまで幸せにも不幸にも寄り切らせない、不安な心持ちを抱かせ続ける作りに
なっているのだと感じました。

何なら感情が定まりきらない物語すらありました。その最たるがアヤナルートの2つの
結末。ハッピーエンド自体は幸せに寄り切っているように見えて、ノーマルエンドで
主人公の墓前に立つアヤナの声が変わっていないことが、最後まで読み手の心に
陰を落とします。

声こそ明るめではありましたが、結局は1人になってしまうのですよね、アヤナは。
ハッピーエンドの最後で主人公がアヤナを見つけられず不安に圧し潰されそうに
なっていましたが、あの描写はアヤナが1人になってしまうことの隠喩でもある
ようにも受け取れました。

ツバキルートも主人公の決意により前向きに終わったように見えて、その解決までは
描写しません。その後を見せることなく読み手の想像に委ねる形です。
記憶を保持できない登場人物の物語は他のエロゲ作品でも幾度か遭遇しましたが、
結末を十全に語ることなく幕を閉じた作品は本作が初めてでした。


テーマソング『あなたに贈るプレゼント』の中には、このような歌詞があります。

 広がる虹のように 遠くて儚い夢でも
 いつか信じてれば叶う 諦めずに歩きつづけて

 どんなに寂しくても 生きようまだ見ぬ未来(あした)を
 きっと信じてれば叶う 諦めずに探し続けて


「信じていれば叶う」「諦めずに」
アヤナルート、ツバキルートの趣を表したかのような言葉です。
穏やかな旋律と暖かな言葉の中に潜む、どこか寂しげで儚い旋律と
未来を約束しない言葉。
幸せと不安を行き来する本作ならではの音色と言葉選びです。

雰囲気に特化した優しさだけの物語にするのではなく、他作に倣って無造作に負の
感情を取り入れたわけでもなく、愛することを終着点に幸せと不安の間を常に揺れ
動き続ける本作の独創性を、私は何より評価したいと思います。
穏やかさだけではない、様々な感情を与えてくれた作品でした。


このような感情を明確に抱いたのは「悲しみのお姫さま」のシーンだったように
記憶しています。暗いタイトルそのままの空気で歩み続ける物語。しかし最後は
楽師のお姫さまを想う心が呪いを打ち破り、2人が結ばれるハッピーエンド。
ですがBGM「悲しみのお姫さま」は最後まで短調の、悲しみだけを伝えます。
なぜハッピーエンドなのに悲しく彩るのか。

 「麻宮さん...愛するのと愛されるのって、違うんですか」
 「その答えは僕にもわかりません。よかったら一緒に探してみましょうか」

物語を最後まで読み通したことで、その真意を少し理解できたように思います。