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amaginoboruさんのアトラク=ナクアの長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
アトラク=ナクア
ブランド
ALICESOFT
得点
97
参照数
1630

一言コメント

「比良坂初音」を生み出した物語。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

不良学生を葬り去ったのは、その情景が醜いものだったから。
猪口は醜い下等の存在でありながら、彼女を見下し蔑んだ。ゆえに圧倒的な力を見せつ
け、侮蔑と怒りの言葉を投げつけた。
醜いものを見たくなかったから。腹が立ったから。ただそれだけ。


奏子が助かったのは処女を失い、かつ初音の気まぐれに乗じただけのこと。
贄に沙千保を選んだのも、あるいは代わりに美由紀を食らうのも、鷹弘やつぐみの生殺
与奪も、全ては初音が「そうしたいと思ったから」という気まぐれ一つ。人が食事に味
や香りを求めるように、初音もまた気分一つで嗜好を変えたまで。
しかし捕食される側にとって、彼女は気まぐれ・残忍としか映らない。


和久へ向けられたのは明らかな憎悪。
食事・玩具でしかない彼を憎んだ理由は、自分の玩具である奏子を奪われかけたから。
いわゆる嫉妬。
初音は平時の余裕を失い、問答無用で和久を殺そうとするも、奏子の懇願により贄とし
て生かすことにした。殺してしまえば、玩具が壊れてしまうから。

奏子が和久の元へ走った時はそれまでのこと。壊してしまえばいい。
壊しても得など無いが、理屈ではなく感情でのみ初音は動く。


銀へ向けられたのは愛と憎しみ。兄様と呼び一途に愛し、捨てられたがゆえの憎しみ。
彼を討つためだけに400年生き永らえた初音は、瀕死の重症を追いつつも打倒する。
しかし残った僅かな力は、奏子だけでなく燐へをも向けられる。食事でしかない存在に
何故癒しの力を向けたのか?
それは彼女が銀の子孫だから。
身を焦がすような憎しみを抱きつつも、初音は最後まで銀を愛していた。


そして奏子。最初はただの気まぐれだった。醜い存在をこの世から消した後、食事とす
るには不味いものが残った。だから傍におき、姉様と呼ばせてみた。それだけのこと。
奏子は好意を寄せてきた。まるで初音から拒絶が世界の終わりであるかのように。
飼い犬のようでもある。しかし同時に重なる、在りし日における自らの面影。

死の真際。
想い人に捨てられた初音と先立たれてしまう奏子に、どれだけの差があろうか。ゆえに
零れる、最初で最後の謝罪の言葉。
自らと似た境遇だからこそ特別な存在とし、一途に想ってくれたからこそ応えたかった。
子種を渡して逝くことが、残される奏子にとって幸か不幸かはわからない。
しかし少しでも救われると思ったから。「そうしたかったから」そうした。
まるで母が子に、無上の愛を降り注ぐかのように。


醜きを嫌い、気分で他者を翻弄し、容赦なく害し、嫉妬に狂い、想い人を憎み、
同時に愛し、そして近しい存在に慈悲を与えた。全て理屈でなく、感情。

比良坂初音。彼女はどこまでも女だった。










普段と少し切り口を変えてみました。後悔する気もしますが、そのぐらい入れ込んだ大
好きな主人公なんです、姉様は。

以下、いつも通りの駄文。



本作は初音を魅せるためだけの物語です。その他全ては彼女の踏み台でしかありません。
文字通り「贄」です。
登場人物も同様。不良や猪口が初音の力を見せる踏み台でしかないように、沙千保の恋
心も、つぐみの悲しみも、鷹弘の怒りも、全ては気まぐれ・残忍さを見せるための踏み
台にすぎません。銀はおろか、奏子の想いですらその例外ではありません。

作中で展開される全ての様相は、彼ら彼女らを魅せるために書かれていません。
ガチョウの肝をより美味にするため太らせるのと同じで、脇役は文章・絵・音楽という
餌で肥やされ、そして初音に食らわせるためだけに書かれています。


登場人物と同じく、初音の存在を確固たるものとしているのが音楽です。
その旋律は名曲として親しまれ、楽曲によっては15年経った今なお評価されていますが、
真に評価されるべきは別個の精度ではなく、主人公との親和性です。

中でも世間で注目を浴びたのが「Red tint」と「Atlach_nacha」の4曲。単体としても
著名な楽曲ですが、初音を魅せる曲である事に相違はありません。
「Voluptuous lips」「Luring to insanity」「Throwing into the banquet」なども、
彼女の艶しさ・荒々しさを十二分に表現しています。

一方で「Calm time」「Running Clouds」「Passing moment」といった、主に脇役達の
見せ場で使用される楽曲郡も、作品への貢献度は他曲に勝るとも劣りません。
脇役を彩ることで、結果として食らう側を惹き立てているのがこれら楽曲群だからです。

幕引きを担う「Memorial day」を除き、全ての曲が「初音を魅せる」という役割を成し
たからこそ、本作の楽曲群は名曲として評価されているのです。別個の出来は目的を達
するための過程でしかありません。

名曲もまた贄の一つ。それ以上でもそれ以下でもない。
人物も、音楽も、全て初音を創り出すために用意された贄でしかありません。


元来18禁指定の作品における主人公は、遊び手が自らを投影するために存在します。
ゆえにその人格形成には、多くの場合「遊び」が作られます。
表情を隠し、声を付けず、時には名前変更をも可能にすることで、個性に揺らぎを持た
せ、投影の余地を広くしています。
また攻略対象や脇役を魅せるため、あえて主人公を安く扱うことも少なくありません。
楽曲も同様で、主人公以外を惹き立てるためにも当然ながら使用されています。

対して本作は一切遊びを持たせず、完全な一個性として形成し、かつ引き立てるために
全てを礎としています。
主人公が他要素の踏み台とはなり得ない。それどころか独立して存在する事も許されない。
初音の「女」を魅せる。徹頭徹尾、それだけのために全てを糧に変えているのです。



物語としての面白さを、脇役達の魅力を、秀麗な絵や音楽を。
作中のあらゆる要素を糧にして生み出された主人公。
母が子に、初音が奏子に無上の愛を注ぐように、製作者達が
全てを注いで創り出された、とても人間くさい蜘蛛の化身。

「アトラク=ナクア」は比良坂初音という、最高の主人公を生み出した物語。
私は本作をそのように評します。