毎日を生きるのが楽になる考え方を、登場人物の心理カウンセリングを通して教えてくれる作品。日々で抱くマイナス感情に対しどう向き合えばよいかを体系的に説明してくれるため、初めて知る方々であればとても有益な情報を得られるのではないでしょうか。一方でノベルゲーとしても非常に丁寧に作られており、物語を読む作品としても十分楽しむことが可能です。長文前半はネタバレ無し。
仕事に行くのが憂鬱で朝が辛い、学校や職場の人間関係が辛い、就職活動で自分に
会う仕事が見つからない等、いやーな気持ちを抱いて日々を生きている方は少なくない
と思います。
そんなあなたに『親愛なる孤独と苦悩へ』をオススメします。
嫌な気持ちを抱く理由は何なのか、なぜ嫌になるのか、なんでそれが好きなのか、
嫌いなのか、本当に自分はそう思っているのか、等と自分の内面を見つめなおす
ことで、ネガティブな感情と上手に付き合っていく方法を体系的に教えてくれます。
物語は心理カウンセリング受診者のケースに沿って進行するのですが、彼らが抱える
悩みを通して読み手がリアルで生きていく上で転用できるテクニックを多数紹介して
くれるわけです。専門用語も少なく平易なので、難しいことを知らなくても大半の
方は理解できるのではないでしょうか。
ただこれ、裏を返せばネガティブな悩みを持っていなかったり、既に対処法を
自分なりに確立している読み手の方ですと「何を今更」感が出てしまうかもしれません。
そんなときは素直に患者を主人公に見立てたノベルゲーとして読み進めれば楽しめる
のではないかなと。読み物としても十分良作ですので。
ということで非常にオススメなのですが、心理関連の説明も物語もテキストが
1から10まで説明しきってしまう作品である点にはご注意を。特に物語は読み手の
想像する余地がなく、事実だけを受け止めていく形になります。全てを明らかにしない
文章から自ら考えて答えを見出すタイプの作品ではありません。
あと本作はスクリプトにAdobe AIRを使用しているのですが、Ver32,33を使用
していると2話の終盤でフリーズします。なのでプレイするならVer31以前が
オススメです。ちょっとググればすぐ出てくると思いますが、Adobe AIR自体が
開発終了しているのでプレイするなら早めがいいかもしれません。
以上に留意さえすれば非常によく出来た同人ノベルゲーの傑作です。
同人らしく背景や音は素材を用いていますが、見せ方を工夫して商用作品に
勝るとも劣らないクオリティに仕上がっていますので。テーマに物語に見せ方に、
ノベルゲーを構成するすべてにおいて優秀な作品でした。
以下、ネタバレ感想
■ノベルゲーとして素晴らしかった点
まずBGMの使い方が実に的確でした。というか無音ですね。エロゲノベルゲーの
多くは常にBGMがかけられていますが、本作はむしろ無音シーンの方が多いぐらい
です。音が流れているのは当たり前と考える読み手の方であれば、一見これは
欠点に見えてしまうかもしれません。
ですが本作は基本的に、心理カウンセリングを受けている一般人の日常を眺め続ける
作品です。我々の生活する日常には当然BGMなど流れているわけがなく、むしろ
作品の方向性に合致した音の使い方であるように考えます。実際作風にも無音が
とても馴染みますしね。
また無音はこと同人ノベルゲーと相性のいいBGM起用法です。なぜなら同人ゲーの
音源はWeb素材を用いることが多く、曲を増やせば増やすほど他作品との曲の
バッティングが発生してしまい、読み手のプレイ履歴次第では作風を壊してしまう
可能性があるからです。
そして無音シーンが多いからこそ、BGMを流すシーンの印象がより強く残ります。
本作で一番流されるBGMは、まこちゃんと受診者がWeb会話で対話するシーンの
曲でしょう。心理カウンセリングにフォーカスを当てた作品ですから、その場面を
印象付けられるようにBGMを起用できていることは作品にとっての強みといえます。
クライマックスに流れる曲も印象的ですね。他に無音が多いからこそ、ここ一番で
流れる曲が心の琴線に触れる。感動的な場面に適した曲を流すのはノベルゲーの
常套手段ですが、無音の多用はその印象を殊更強く見せる方法でもあるわけです。
ビジュアル面を見てもノベルゲーならではの手法が多数用いられていました。
Case.1では妃紗希の激昂シーン、Case.2ではクライマックス準決勝、決勝の
シーンと最後の連続ブロッキング、Case.4では真琴の陰惨たる心理描写と
絵で見せることを意識した手法がふんだんに盛り込まれていました。
そして文が主体となるシーンでは絵音は裏方へと周り、文章だけで明確に伝えたい
ことを伝えています。受動的な文章が多いと上述しましたが決して悪いことばかり
ではなく、読み手にわかりやすく理解してもらうための文字並びは見事でした。
文で伝わらない時は棒人間などの絵でフォローしていたりもしていましたね。
そうやって作り手がノベルゲーの強みを理解しているから、読み手の心を動かす方法を
知っているから、感動シーンに素直に感動できる。妃紗希と父の和解も、龍輔の
唯菜へ抱く想いからの逆転劇も、海の気持ちが尋へ伝わりきる場面も、まこちゃんとの
お別れにも、そのすべてに感動できたのでしょう。
ノベルゲーは文絵音の3つ全てを用いて表現するメディアです。その点を鑑みると
本作はノベルゲーの長所を十二分に引き出していたといっても過言ではありません。
心理カウンセリングをわかりやすく説明しドラマティックに物語を見せるために、
ノベルゲーだからできる様々な工夫を用いたことで統一性のあるユニークな作品へ
昇華できたのだと考えます。
■紹介されたワークに対する私の考え方
上述のとおり、「仕事に行くのが憂鬱で毎日が辛い」「学校や職場の人間関係が辛い」
「就職活動で自分に会う仕事が見つからない」といった悩みをお持ちの方は読んでみる
価値のある作品です。まこちゃんもいってましたが、その手の悩みを抱くか他の多くは
自分の内面、自分自身を深掘りしていくことができていない(ように見える)からです。
それは至極当然。人間は基本的に外部からの影響で自己を形成するからです。
「在るのが当たり前」の状況から人生が始まって、周りにあるものだけで世の中を
判断して自我が生まれます。別に自分自身がどう感じているかを意識しなくても、
その世界で生きていくことに何の疑問も抱けないからです。生きる道は他に存在
しない、って考えちゃいます。真琴や妃紗希はこのタイプですね。
だから未成年の挙措や思考は成年が見守り続ける必要があるのですが、大した
軋轢もなく運よく成年になれる人々もまた多数います。しかし行動範囲が広がって
様々な生活文化も経験して、社会人という今までとは明らかに違う世界で生きて
行く際に、今まで順調だった方々もネガティブな感情に覆われることもまたあります。
こちらは龍輔が該当でしょうか。
その悩める成年は、今まで生きてきた手段が新しい世界で生活するための手段と
して通用しないことを実感します。で、どうしようどうしようって焦ってしまう。周りを
見るとみんなは社会人への道を決めていて更に焦ってしまう。けど、どうしていいか
わからないんですよね。自分に聞く、自分で考えるって行為をしてこなかったから。
結局根っこは同じで、合わない世間に対して自分がどうすればいいかわからない。
その補助輪として心理カウンセラーが手を差し伸べるお話なのだと思います。
生きていてこれこれこういう不安や不快がある。じゃあその感情はどこから来るのか?
本当に抱き続けないとダメなのか?そうやって自分と対面する方法を教えてあげる
お話なわけですね。
なので、自己と向き合う方法を知っている方には心理カウンセリングの部分はちょっと
楽しめない可能性もありそうです。私はというと意識していましたしやっていましたけど、
体系的に整理したことはなかったので振り返るいい機会になりました。
私の場合は中学生の時に色々あって、親や周りの大人が様々な道を示してくれた
ことで理解できた記憶があります。その点でいえばだいぶ幸せな方かもしれません。
まぁあの地獄みたいな中学時代を幸せというのもアレなんですけど、導いてくださった
大人の方々には今でも感謝しています。
という感じで、心理カウンセリングが退屈だった読み手の方々には、私のように
「自分の時はどうだったかな?」「いつ頃にこういうことを覚えたんだろう?」
「今もちゃんとできているかな?」と振り返ってみると面白いかもしれませんね。
体系的に学習した方はごく稀だと思いますし、何か気づきがあるかもしれません。
一方で本作は心理カウンセリングで用いられた思考方法やワークの危険な点に
一切触れていない点にも留意が必要です。
まぁちょっと考えればわかるのですが、「観念」の考え方ってやり方次第では
いくらでも堕落できてしまうのですよね。
極論をいえば「働かなくてもいい」「垢の他人にいつでも迷惑をかけても良い」
「物を盗んでも良い」「人を殺してもいい」みたいな考え方ですら許容してしまう
わけですから。いやまぁ自分は自分ですのでやってもいいですが、それらを許容して
しまうことはその方も、我々同じ社会に住む人間も幸せになれないことが大半だと
思います。
だから観念というものは捨てられるだけ捨てた方がいい一方で、捨てられない
観念もほぼ確実に存在します。それはこの社会を生きていくために必要で、我々は
観念をどれだけ捨てられるかは考えた方が良いのだけれど、自分が辛いからとなんも
かんも投げ捨ててはいけない気がする。
実際、本作でカウンセリングを受けた3人はいずれも積極的な姿勢を持って人生を
生きようとしています。自分で進む道を決めて、やりたいことを見つけて社会貢献を
しようとしていて本当に素晴らしいですよね。そんな3人だからこそ、観念の考え方を
提供できたし、考える過程で道を外すようなこともありませんでした。
一方で可能な限り我がままに生きたい、楽して生きたい、衝動を抑えられないって
方も多数いますよね。そんな方々には観念の他に別のワークが必要なのかも
しれません。
例えば「どうしても人を殺したい」という殺人衝動を持った方。実際に存在される
そうで、このような方には穏当に社会で生き抜くために、心理カウンセリングの他に
取り組むべきワークが存在するのでしょう。
なのでとても素晴らしい考え方なのですが盲信は良くないとも考えています。
「観念の考え方は本当に実践していいのか?どこまで実践していいのか」
といった具合に、ちゃんと自分で調べて考えたり、専門家の方に伺ってみたり
することはとても大事だと思います。
その上で本作で紹介されたワークを実践するのは有意義ですね。ネガティブな感情を
抱えている方はもちろん、日常生活に大きな不満がない方でも実践してみると
新たな気付きがあるかもしれません。
実践した結果「自殺してもいい」「殺人してもいい」みたいな結論に至ってしまう
可能性もゼロではないのですが、それはそれで自分の向き合うべき問題が明確に
なるはずです。少なくとも理由もわからず苦しむよりはよほど楽になれると思います。
■評価について
私が本作にかなりの高得点を付けた理由は以上の2点です。まとめると
「ノベルゲーとして見せたいものを提示するために、ノベルゲーの強みを十二分に
発揮した結果、心理カウンセリングの考え方と感動的な物語の両方を高いレベルで
提示できているため。」です。
カウンセリング部分は自分の考え方を整理するいい機会になりましたし、物語の方も
全ケースの終盤でウルっときていましたから。特に最後のお別れシーンは本当にずるい。
あ、これ絶対に来るなってわかってたのにやられちゃいましたもんw
本当によく考えられて作られた作品だなぁと思います。
実のところをいえば私は本作のような1から10までをすべて教えてくれる受け身な
作品よりも、漠然と提示されたテーマに対し自分で考えていくスタイルの方が好みでは
あるのですが、その上でこの点数をつけたくなったので本当に凄いノベルゲーだなと。
大変すばらしい作品でした。巡り合えたことに感謝したいですね。
■蛇足:心理カウンセリングのワークと自分の好きなことについて
Case.2、つまり龍輔君の時に提示された
「なぜ自分はそれが好きなのか?」「なぜ自分はそれが嫌いなのか?」
「本当に自分にそれは合っていないのか?」という自問ワークですが、私はこれを
エロゲノベルゲーの感想を書くときに用いています。
どの作品も読んでいて心が気持ちよくなったり不快になったりするのですけど、
昔は「面白かった!」「つまんなかった!」「感動した!」「嫌い!」で終わっていた
のですよね。本当に昔の話ですけど。
けれどいつの頃からか、少なくとも批評空間に感想を書き始めた頃には既に
読み終わった作品に対して好きな理由、嫌いな理由、本当にそうなのかという
自問を繰り返すようになりました。その方が作品をより楽しめるのですよ。
時には欠点の多い作品に愛着が湧いちゃったりもしますw
あと自分の好き嫌いに明確な理由をつけられるから、次にプレイする作品の
指標にもなります。自分の好きなタイプが続いたから今度は少し毛色を変えて
みよう、苦手な作品が続いたからポジティブになれそうな作品に手を付けよう、
みたいな感じですね。
同じくCase.2にはモチベーションの維持する方法についても説明がありました。
これもやはり好きなことへ対するモチベーションのマネジメント方法として転用が
効きますね。無闇に取り組むのでなく、好きでいられるように心を整えておくことは
とても大事だと感じています。
そうして得たものを、今度は点数という形で自分の好みや作品クオリティを視覚化し
その詳細を感想へ落とし込むことで、自分がどんな作品を好むのか、嫌いなのか、
どんなジャンルに手を付けていないのか等を体系的に理解することができました。
私がそれなりの文量で感想を書き続けるのはそんな理由だったりします。
まぁ感想を考えて書く分プレイ時間は相対的に減ってしまうのですけど、それが私の
やりたいエロゲノベルゲーの遊び方、というわけです。
完全に自分語りですが、そんな感じでワークは自分の好きなことにも転用できるよ
という話でした。