PITに功罪あり。20世紀ネットスラングやメインテキストとの連携で新たな笑いを供した一方、シナリオやキャラと衝突しないよう調整されたことで本編が味気ない代物となってしまっています。PITに影響されないルートほどキャラゲーとして味が出ているのが何ともはや困りもの。
PIT(Personal Identification Terminal)とは学園から支給される統合Web端末
ツールですが、ゲームシステムとしては学内SNSを模ったリアルタイム更新される
BBSです。メインテキストとは別枠でBBS内のやり取りが随時更新され、主人公や
ヒロインの行動を見たモブ達が外野でちゃちゃを入れるわけです。
イチャラブに対する「Uzeee!」「爆発しろ」などは日常茶飯事ですが、時には本編と
一切関係ないダベりが流れたり、時にはメインテキストと連携して笑いを取ってくる
ときも。基本二次元中継となり常に複数視点を楽しめるのが特徴です。十把な紙芝居
エロゲから一歩先に進んだ面白さがあり、PITを楽しむためだけに本作をプレイするのも
ありかなと。
ですがPITがキャラ萌えエロゲの本題であるイチャラブやエロに対してはほとんど貢献
していません。PIT内のやり取りに対し主人公やヒロインは全くといっていいほど
絡まないため、プラスに働くことはありません。特定のルートで僅かに用いられる程度
ですね。
むしろキャラゲーとしてはマイナスに働いているように伺えました。PIT≒SNSなわけで、
BBSの話題や行動と主人公の行動が衝突しないよう、作り手側で非常に丁寧な調整が
なされているのです。極端なところでいえば教室エッチしている際は騒がしかったPITが
沈黙を貫いたりとか、そんな感じです。
これがPIT側だけを抑制させたなら無問題だったのですが、BBSが不必要に炎上しない
よう、学園生活とモブ達の反応に矛盾が出ないよう主人公やヒロインの行動が調整
されてしまっています。
結果としてキャラの個性や挙措が淡泊なものに。イケメン万能で家事料理も抜群な
主人公や、学園で有名な橙子・穂海・愛姫などは個性も行動もテンプレート的で実に
味気ありません。新歓レクや校内放送などキャラゲーらしいぶっ飛びイベントが用意
されても、キャラがPITに縛られているためどこか息苦しさを覚えます。
この欠点は個別ルートにまで及び、11年リリースのキャラ萌えゲーヒロインとしては
杓子定規過ぎて全くに面白くありません。そこは作り手も意識していたのか橙子には
筋道だったシナリオが、穂海と愛姫には糖度全開なイチャラブが用意されておりそちら
方面で楽しめるようにはなっているのですが。
逆に学内でも有名ではない耶央やみかも、PITが大人しいサブヒロイン達は比較的
自由に振るまっているため、個々の魅力が存分に発揮されています。とはいえこちらは
こちらで別の問題もあったりでやはり万全ではないのですが。
以上から「好みのヒロインが狙い通りの挙措をしているか」がプレイヤーにとって
重要となります。例えば穂海に「学園生活を通して関係を育む恋愛模様」などを期待
すると肩透かしを食らいますが「理由はいいから穂海みたいな娘に愛されたい!」的な
用途であれば十二分に楽しめること受けあいです。
だからと橙子に同程度の愛されイチャを求めると全く違うものが出てきてガッカリする
かと。コンセプトが散漫でキャラごとに勘所が異なるので、そのあたりの情報収集が
重要な作品です。見た目から想像する萌えキャラゲーを全ヒロインに求めればまず失敗
するでしょう。「ヒロイン微妙だけどPIT面白かったから良し」な方はいらっしゃる
と思いますけどね。
以下ネタバレ感想。
◆PITについて
学内SNSといいつつノリは匿名掲示板で、現在(2018年)の学生プレイヤーなどが
遊んでもテンションの違いに戸惑いそう。「乙」「ゴルァ!」「イミフ」「kwsk」
などの古いネットスラングがレトロなノリなんですよね。同じ言葉でもツイやLINEなど
でのノリと全く違う。当時を知っている人ならではの連帯感が強く、なるほど2011年
リリースの作品だけあるな、と。
同じPITでもこれが近年の作品、例えば16年末リリースの「Amenity's Life」だと
ノリがより現代SNS風味で言葉も全体的に丸い。同じスラングでも殺伐とした印象が
薄いのです。(代わりに現代SNSは特定個人への集中砲火や正論からのマウント取りと
別の意味で殺意マシマシですが、アメズラでは当然のことながら除去されています。)
そんな匿名掲示板のノリと現代SNSによる集団監視の組み合わせは、プレイヤーに
よっては息苦しい代物であったことと推測します。つまり「イチャラブを見に来た
のに24/365厳しく監視されていて楽しめない」。強い口調で常に監視されるわけで、
さもありなんです。
作り手としては獲得層を広げようと新旧のいいとこ取りをしたのでしょうが、共に
毒々しい要素がフィーチャーされたことでSNS特有の息苦しさが増してしまった感は
否めません。第一放送部のブラックな新企画がそっぽを向かれたように、本作のPITも
(アプデ前の使いづらいインターフェースも合わさって)一部プレイヤーに嫌厭されて
しまったのではないでしょうか。
なにより本作は萌えキャラゲーであり、学内SNSが主ではありません。だのに
新システムへの注力がされすぎて本分が疎かになっている。最新有名ゲームみたいな
矛盾を含んだエロゲでした。それでもエロシーンがいずれも秀逸で、より本分である
エロがぶれていなかったのは見事なのですけどね。
前述した主要人物の淡泊さも含め諸問題のあるPITですが、私個人としては存分に
楽しませてもらいました。後期作品では本作での問題点も大方改善されていて、独自の
システムを見事成長・昇華させたなと。扱いの難しい代物ですが、これからも積極的に
起用していただきたい限りです。
◆愛姫
武闘派ヒロインのテンプレそのままでシナリオは一切味気なし。せっかくの色彩豊かな
グラフィックが生かされることもなく、パニック症で甘えたがりな面だけでゴリ押したな
という印象です。あとエロムチボディ。糖度が高すぎたこともあり私的には微妙でしたが、
木村あやかさんの「ダーリン」だけは破壊力高くて満足。他ルートもですが練達の
声優さんにも救われたエロゲですね。
◆穂海
タイムスリップギミックが主のようで好感度MAXの理由としてしか機能しておらず、
よくもまぁ割り切ったなぁと。愛姫もですがシナリオのブン投げっぷりには潔さすら
感じました。まぁPITによる縛りが強ければこうなるよなぁ、というのが本音です。
イチャとエロだけのルートその2でした。エロはどれも良かったけどお兄ちゃんプレイが
なかったので大減点。何のためのたんぽぽだよ!
◆橙子
唯一シナリオが丁寧に組まれた個別で、イチャラブがシナリオに阻害されるまであって
正直驚きました。他4人の糖度が高めなのに、人気ありそうなセンターヒロインでイチャ
ブロックとはまた冒険したなぁと。とはいえ放送部バトルは定番ながら面白く書かれて
いましたし話の筋も通っていました。杏仁ちゃんの使い方も秀逸で良質だなーと思って
いました。そこまでは。
で、なんでラスト大乱闘になるんですかね...QQQ信者が助けてくれるのかと思いきや
まさかの敵方に。そこへ脈絡なしに現れる鹿南寮メンバー達。寮生の結束力的なエロゲの
お約束に則ったぽいですけど、それまでの流れ台なしになってましたね。どうしてこう
なった。ふつーにぽっぽがみんなの助けで放送室へ、で綺麗に収まるじゃんっていう。
ですが上記はキャラエロゲとしての最適解。PITシステムを主として見れば、最後の
大乱闘は匿名掲示板の煽りあい殴り合いを再現したもの。相談にスレ立てした>>1を
よそに住人だけがヒートアップし、主役を無視して煽り殴り始めるあのノリです。
事実橙子の放送、途中からだーれも聞いてませんよね。テラワロス。
私が本作を「PITが主でキャラ萌えが副」とする最たる事例です。ヒロインや主人公の
ためではなく、システムで盛り上げるために山場を用いたとしか思えない橙子ルートは、
本作の方向性を決定づけるに十分足るものでした。
というかですね。キャラ立てを主とするなら杏仁ちゃんをダシに愚痴るなど言語道断
なのですよ。「私の発言でQQQが終わっちゃう、橙子を傷つけた」ってなるじゃない
ですか常識的に考えて。橙子が我が身可愛さに杏仁ちゃんを犠牲した風にしか見えない。
萌えキャラゲーであるなら、このような展開は許されるべきものではありません。
道中にしたってそう。橙子本人も認知していますが、彼女はキャラゲーヒロインと
しては非常に面倒くさい。現実ならよくいるタイプですし納得もしますが、ガチで嫉妬
したり自らを貶めて気を引こうとするのは、プレイヤーにとって大変に都合が悪い。
「読み手に都合のいいヒロイン」が浸透したテン年代にあるまじき旧式ヒロインです。
そんな当たり前をHOOKがわかっていないわけがない。であればなぜそうなったのか、
と考えるとPITにたどり着くわけです。新システムの楽しさを供出するためにダシと
なったセンターヒロイン。それが日和橙子であると私は考えます。
◆みかも
風紀委員絡みのシナリオ本線はツッコみどころだらけですが、今更キャラゲーにそんな
もの求めちゃいません。常識的な矛盾はさておき、難題課題を乗り越えることでお互いを
知り距離が近くなる、恋愛キャラゲーのお約束が丁寧に書かれていますね。ドジや不幸と
いうレッテルではでなく「青兎みかも」が十分に表現されていました。
グラフィック面においても耶央と並び、色彩鮮やかに表現されています。制服時は
赤リボンでワンポイントを作り、私服はパステルな寒色を中心にグラデーションを
創出しており実に見目麗しい。肩出しニットも豊満な他ヒロインとは異なる色気が
あってグッド。丁寧な外見デザインがなされていたように思います。
イチャラブも質量ともに十分。とはいえ無条件で相手から好き好き光線される愛姫や
穂海と異なり、関係の発展が書かれた上でのイチャなのが嬉しい。私のように過程を
重視するプレイヤーはみかもや耶央ルートが楽しめたのではないでしょうか。
そして前述したとおり、みかもは学内認知度が低くPITの制限をあまり受けないのが
グッド。風紀委員としての制約はあれど、システムと独立してシナリオが進行していた
ことが、結果としてキャラゲーとしての質を高めていたように思います。それでいて
PITの面白さは変わらずでしたからね。キャラゲーとPIT両方を余すことなく、また
衝突することなく楽しめました。最も好みのルートですね。
◆耶央(からの主人公について)
みかもと被りますが、1枚グラの色彩はみかもと同レベルで良好。やはり私服を
淡色でまとめることで色彩を豊かなものとしていました。地味で目立たない性格が
PITと相性よかったのもみかもルート同様。加えて性格や行動の読めなさが主人公との
距離感をコントロールしていますね。徐々に相手を知ってツーカーになる過程は
やはり良いものです。
シナリオはあってないような代物ですがイチャラブの邪魔にもなりませんし、むしろ
良い方に作用していた気がします。ただしラストでぽっぽが「間違える」シーンだけ
には大きな違和感がありました。
主人公・羽戸晴太郎は万能男子として終始キャラ立てされています。彼が間違える
ことは(弄られ役のオチとして以外は)なく、常に最適解を引き当てる主人公力を
持っています。そこへヒロイン達は惚れて鹿南寮はハーレム状態に。個別ルートでも
間違えることなく的確にヒロインを自らの元へ引き寄せます。
そんなぽっぽが「優しさからヒロイン望む答えを出せない」流れに違和感を覚えます。
どちらを選んでも大勢に影響はなく、同じ結末を迎えるであろうことは想像に難く
ありません。であれば主人公のパーソナルをあえて壊す理由はありません。
どうしてそうなったのか。理由は3つほど考えられます。1つはクライマックスのCG
(泣き崩れるぽっぽを耶央が抱きしめるアレ)がシナリオより先に上がっていた可能性。
2つ目は耶央の見せ場を作るため。この辺は割と理由としてありそうです。特に2番目。
そして3つ目ですが、複数ライターの可能性を疑っています。というのも本作、わずか
ではありますが登場人物の性格が縦割りで異なるシーンが見受けられます。
もっともわかりやすいのがぽっぽと愛姫の関係。基本は愛姫の思い込みに弱気なぽっぽが
下目線からツッコみを入れるのですが、橙子ルートではテンパる愛姫へ同目線で反論
しています。セリフ自体もややワイルドで、その落差におや?と。関係が進展した愛姫
ルート内なら納得もできるのですが。
他にも万能優しいぽっぽとワイルドで男気なぽっぽがシーン別で存在し、どうにも
個性がブレていたような。もちろんPITの件もありますから、衝突を避けたことで
主人公がわりを食った可能性もあります。とはいえギャグパートも雪仁さんらしからぬ
寒い展開が散見されたり、と思ったらいつものキレある笑いだったりでやはりブツ切り。
そんな違和感を抱かせるに耶央ルートのラストは十分足るものでした。お話の流れ
自体は自然でルートの欠点とかではないのですけどね。耶央個別そのものはみかもと
同じぐらい堪能することができました。
◆サブヒロイン
いずれのヒロインもPITの強制力に捉われることなく魅力満点に書かれていました。
クオリティでいえば橙子・穂海・愛姫よりはよほど良好だったかと。中でも上級生
女子Cは耶央・みかもにも引けを取らない内容でしたし、すずめは穂海・愛姫よりも
「長年温め続けた想い」が上質に表現されていてなんだかなーとw
とはいえサブヒロインゆえ尺は短く物足りなさは否めません。一方で十把のキャラ
萌えエロゲをこれだけ丁寧に書けるのだから、メインシナリオの歪さはやはりPITが
原因なんじゃないかとも。「システムを前に出しすぎた作品」という評価を確固
たるものとしたサブルート群でした。