完成度が非常に高い。特異な題材でありながら欠点らしい欠点が見当たらず、その作りこみようは古今十把のエロゲを凌駕しています。物語も複雑難解そうな見た目とは裏腹にわかりやすく、文章もまた読みやすいため題材以外にアクの強さやクセを感じさせません。ただ性的描写は実用性より18禁要素としての必要性を重視しており、おかずとして使うのは難しいかも。エロゲではなく18禁アドベンチャーゲームと呼ぶにふさわしい、そんな作品です。
記憶喪失の主人公が自分を取り戻すため、童話のヒロインになりきってしまう病気
「御伽話症候群(フェアリーシンドローム)」の患者たちと交友をかわし、ひいては
彼女たちの過去や心傷を通して自身の本当を取り戻す、というのが本作のあらすじ。
「楽園」と呼ばれる病棟や胡散臭い医療スタッフの大人たち、一筋縄ではいかない
疾患者のヒロイン達と、とにかく謎と奇妙だらけの世界です。
題材からどうしても小難しい印象を受けますが、その実とても読みやすい作品です。
読み進めるにつれて謎が明確になっていくのに小難しさがまったくない。元来絵本は
単純明快に作られているものですが、本作も多聞に漏れずとても理解しやすいのです。
それでいて大人向けのメッセージ性や郷愁感がしっかりと込められていて、この
バランス感覚は素晴らしいですね。
ラプンツェルルートと一部他者視点だけは難解で婉曲な言い回しもされますが
(文体からして希氏?)、それがまた場面やヒロイン個性に合致していて、他ルート
にはない面白さを供出できていたように思えます。
またエンディングまでの風呂敷のたたみ方も秀逸です。あれだけ謎をばらまいて
おきながら回収できていない要素がほとんど見当たりません。整合性もしっかりとれて
いますし、とにかく完成度が高い。企画原案の海原望氏は比較的新人の方のようですが、
携わられた他の作品もプレイしたくなる見事な精度ですね。
この読みやすさが本作の最たる特徴でしょう。深く考えずともスルッと理解できる
明快さと、読後に伝わる簡単な、しかし大切なメッセージ性はまさに絵本やおとぎ話。
そこへ大人のエッセンス、例えば人間臭い陰惨な一面や性描写、夢の後の寂寥感などが
これまた絶妙な塩梅で割り振られていて、単純明快なおとぎ話に複雑な感情を想わせて
くれるのです。
◆グラフィック・音
グラフィックもまた上質。大石竜子氏の絵は独特ながらも秀麗で、絵の1枚1枚が
世界観を壊さず読み手を惹きつけるインパクトを持っています。ただ個人的にこの
良さは、サンプル絵からだと少々理解し辛いかな?とも。作中の絶妙なタイミングで
差し込まれるからこその良さがあったように思えます。
エロも通常CG同様綺麗でかつ淫靡なのですが、実用性にはやや欠ける美しさでして
おかずにはちょっと使いづらいです。ヒロイン次第ではモブおっさんにやられる場面も
少なからずあって、ヒロインとのイチャラブやエッチを望まれる方には不向きかも
しれません。物語に必要なエロ、という観点で良好な性的描写です。
そして音ですが、BGMは特にヒロインの各テーマが良かったです。いずれも作風と
個性に合致した旋律で、さすがのさっぽろももこ氏です。しかし更によかったのは
曲やSEの差し込み方ですね。欲しいところで曲を的確に切り替えてくれますし、
SEはライアー作品の使いまわしが大半なのにも関わらず、タイミングが絶妙でこれまた
素晴らしい仕事をしています。曲の精度だけでなく、使い方にも気を配られている
あたりは流石の老舗・ライアーソフトといったところ。
(声の仕事もまた素晴らしかったのですがネタバレ回避のため後述。)
◆ヒロインについて
アリスは脳天からつま先までどっぷり「不思議の国のアリス」に使っている典型的な
御伽話症候群の患者なのですが、従来の個性が天真爛漫というか人を惹きつける
魅力に溢れていて、見ているのがとても気持ちがいい。個別シナリオもその個性に沿った
もので、特にハッピーエンドは作中一番の爽快感があったように思います。もちろん
彼女もトラウマ持ちで一筋縄ではいきませんが、そのあたりも含めて精度の高いシナリオ
ですね。
ゲルダはアリスと真逆で症状が軽めのヒロインです。それだけに幻想に浸ったままの
現状を危険視し、他ヒロインの目を覚まそうと促したり脱走を企てたりと、「楽園」の
謎に触れることの多い重要キャラでもあります。個別シナリオも主人公の謎に触れる
部分が多く、メインヒロインといっても差し支えないですね。ただ彼女の1枚グラで
最も印象的だったのが、他ヒロインのルートだったのはちょっと残念。
ロリキャラ担当ということでエロに痛々しいものが多めなグレーテル。楽園の危険性に
警鐘を鳴らす役割を多くあてられており、物理・役割の両面でちょっと可哀想な娘です。
それだけにご飯を目いっぱいに食べる日常シーンは可愛らしく、アリスと並ぶ癒し系担当
でもあります。彼女にはもうちょっとスポットを当ててあげてほしかったかも。
唯一のダブルヒロインであるオディール・オデットは序盤で最も謎の多いヒロインです。
原作である「白鳥の湖」と瓜二つの容姿が、二人の存在に疑問を持たせますから。また
オディールの先が読めない振る舞いには混乱させられることが多く、物語のかき回し役と
してもいい味を出していたと思います。あとオデットの登場シーンは本当に綺麗ですね。
あの1枚グラが私を作品へと引き寄せてくれました。
ラプンツェルの個別は全体的な作風が他5人と異なります。前述の婉曲で難字を多用する
文章も合わさって、静かな雰囲気が終始漂います。その拍子を外した内容は人を選び
ますが、他に比べ暗く重いシナリオの力も合わさって、本作中でも独自の面白さを持った
物語です。水純なな歩さんが得手とする淑女然とした声も良さを引き出しています。
◆気になった点
物語に絵に音にテーマにと非常に高い完成度を持つ作品ですが、シナリオに関して
いえばそこが欠点にもなり得そうです。というのも風呂敷を綺麗にたたみすぎていて、
想像の余地がほとんどないんですよね。
多くの作品は完成された中にも多少の穴が残されていて、そこを色々考察あるいは
妄想するのが余韻となりうるのですが、完結しきっているためそれができないのです。
ゆえに読み終わった後の余韻が弱く、ともすれば面白いけど心に残りづらい作品にも
なる。好みにもよるとは思いますが、プレイヤー次第では致命傷にもなりかねない
ため、記しておきます。
以上、色々謎の多い序盤ですが考察系ではありません。あくまで一つの読み物として
出来の良い作品であることにご注意ください。ライアーの旧作「Forest」と同系列と
勘違いして手を出すと痛い目を見ること間違いなしです。ノベルゲーで18禁要素を
含んだ、大人向けのおとぎ話を読みたい方にこそオススメできる作品といえます。
※以下ネタバレ含む感想とか。
◆アリスについて
アリス役の萌花ちょこさんは『この大空に、翼を広げて』のあげは役ぐらいしか
存じ上げなかったのですが、いい演技されるんですね。ころげての時から「あ、この人
上手いな」程度には感じていたのですが、いやーアリス凄かったです。平時と
トラウマを掘り起こした時の二面性が、声の抑揚で見事に演じられていました。
特に圧巻だったのが遊技場でトラウマの過去を目の当たりにしたとき。あの悲鳴は
本当に素晴らしい。絶望と拒絶が前面に出た見事な悲鳴でした。他のセリフも拒絶
全開で、どれだけ嫌がってるのかがひしひしと伝わってくる。思わぬ場所から飛び出た
名シーンでした。
その後描写される、例の木の下でラプンツェルに朗読してもらうシーンは更に素敵ですね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ラプンツェル「どうしたの、アリス」
アリス「………………。」
アリス「あぁ……お姉ちゃん、生きてたんだ。よかったぁ……。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2行目の3点リーダーに、アリスが微睡みつつふにゃっと笑う声が入るんですよね。
で、その直後のセリフ。声から伝わる安堵感がもう本当に半端じゃない。更に状況が
「不思議の国のアリス」のエンディングと一緒なんですよね。そしてアリスの3つ目の
セリフですよ。自然にホロリと涙出ました。
いい仕事をしたのは声だけではありません。ここぞとばかりに穏やかで温かな
1枚グラを入れていますし、BGMも場の雰囲気にそぐあう穏やかな1曲。風が草木を
鳴らすSEもやはり穏やかで。
そして直前までの絶望と拒絶にあふれるアリスの過去と絶叫、そして慟哭。楽園の
状況も含め、あらゆる要素がこの1枚ワンシーンのために用意されているんです。
元よりすべての要素が同じ方向を向いた素晴らしいノベルゲーですが、特にここは
凄かった。ブルっと来ました。この感覚を味わったのは久方振りですね。
ハッピーエンドの締め方といい、アリスルートはレベルの高い本作の中でも特に秀逸で、
その主たる要因の一つに萌花さんの演技があったことは明白です。大変素晴らしい仕事
でした。これからも追いかけたい声優さんのお一人ですね。
◆声について
その他も演技巧者の揃った本作。オディールオデット役のかわしまりのさんも
相変わらず上手いですね。前述のようなここ一番での演技はもちろんのこと、何気
ないシーンの一言に複数の感情を入れるのが上手いんですよね、しまりのさんは。
もちろん他ゲーも同じなのですが、全体的なレベルが高い本作においてはその良さが
更にブーストアップされていたように思います。特にオディールはお見事でした。
他のメンバーもベテランの方が多く、声のレベルも非常に高いですね。その煽りを
受けてしまったのがゲルダ。決して下手などではなく十分だったのですが、悲鳴の
シーンがアリスのそれと比べてしまったことで残念な感じに。ちょっとプレイ順を
間違えてしまいました。
◆完成度の高さ
声の他にも絵・音・文と全てにおいてハイレベルではありますが、ただ精度が高い
だけではここまで面白い作品にはならなかったでしょう。絵本という基幹テーマを
据え置き、それぞれのファクターがテーマに基づいて創り出したからこその素晴らしさ
だと思います。
言い換えるといずれかの要素が足並みを外していたら、例えばBGMが単体としては
上質でも作風に馴染んでいなかったり、あるいは文章が意味深で難読だったなら
ここまでの一体性は感じられなかったことでしょう。
文章は基本わかりやすく明快に、ただし必要であればキャラに最適な文体で整え、
結末は絵本然とした締めで、かつほんのりメッセージを残して。グラフィックは
「楽園」の雰囲気を作る主体となり、重要な場面では秀麗な1枚絵で読み手の心を
惹きつけて。音は絵とともに雰囲気を作り、曲やSEの差し込むタイミングにも配慮を
行き届かせ、声も虚構の寓話ヒロインと現実の疾患者を的確に使い分け。
原作を知らない方のためにすべてのあらすじが読めるよう配慮されていて、エロ要素
ですら実用性を犠牲に作風・シナリオのために存在させている。ありとあらゆる要素が
『フェアリーテイル・レクイエム』の世界構築のために作られているのです。
それが如実に表れているのが先に述べたアリスのワンシーンであり、またはオディールが
湖に落ちる場面、グレーテルルートで見られるゲルダと教会のシーンなどでしょうか。
私はこの長所を何よりも評価したいと思います。いずれかが傑出した作品は多々あれど、
全体の精度が高いレベル足並みを揃えているのは稀ですから。商用作品ともなれば
なおさらです。更に題材自体が実にニッチ。とても貴重なエロゲではないでしょうか。
同じ題材を用いて本作以上のクオリティを叩き出すのは至難の業かと。
余韻の薄さなどまったく欠点がないわけではありませんが、それらを考慮してもなお
名作としたい、そんな18禁ゲームでした。最近の作品でこれだけのものが作られた
こともまた嬉しいですね。エロゲも当面は楽しめそうで何よりです。