「レシピ」と銘打たれるも料理要素は脇役で、統一感のないそれぞれの良さを持った個別ルートがメインディッシュ。わかりやすそうな見た目と異なり、読み手の懐の深さを要求するキャラゲーです。それだけに独特の妙があり、理解できれば白珠村ならではの雰囲気や個性を心地良く味わうことができます。長文前半はネタバレ少なめで作品紹介に努めたつもりです。
天涯孤独となった腹違い(?)の妹を守るため田舎暮らしを始めるお話。妹側の祖母が
経営していた大衆食堂を復興させながら地域住民との仲を深めていくお話です。
主人公は朴訥でお人よし。口数も少なく、賑やかしはヒロインや村住人が担当です。
それだけに相手側のテンションが高く、同じWillplus系列のエロゲ『ゆのはな』に
近しい雰囲気が感じ取れました。
食堂が舞台ということで様々な料理がCGで表現され、OHPやパッケもそれを喧伝して
いるのですが、正直私はCGで食欲を刺激されるようなことはありませんでした。
確かにパッと見は本物と見紛うほどのクオリティなのですが、再現されているのは
色や形だけ。温かさや水っ気、油っ気といったものが表現されておらず、レストランの
食品サンプルのように見えてしまったのです。
加えて料理そのものがシナリオに影響を与えることは少なく、同じ料理を題取った
ドラマや漫画のような流れを期待すれば間違いなく肩透かしを食らいます。メインは
田舎が舞台のキャラゲーで料理は添え物程度に見ておくのがいいでしょう。
例外として椋香ルートのみ、また異なった視線で食事の楽しさを味わえますので、
そこはちょっと期待していいかもしれません。私が最も楽しめた個別なので贔屓目は
否定できませんが、とても心地よいお話でしたので。
またタイトル通り夏のお話で、共通パート終了時点で年代ジャンプ。個別は必ず
一年後の夏から開始されます。秋から春まではスキップされて、夏に構築した関係の
地ならし期間として用いられるわけです。Silver Bulletの『夏雪』に近しい見せ方
ですね。ご存知の方は想像しやすいかなと。
以降はヒロイン次第で経年数は異なりますが、描写されるのは例外を除いて夏だけ。
一気に距離を詰めるのではなく、年を経てゆっくり縮めていく様が実に田舎らしい
スローライフを実感させます。構築した関係を安定させてから次に進む様子もまた
乙なもの。ワンシーズンのみの作品では味わえない妙がありました。
個別シナリオはまさに四者四様で統一感はありません。似た展開はおろかかすりも
しないので、ジャンルを限定してプレイされている方とは非常に相性が悪い。
雰囲気ゲーの側面を持ち合わせているのでそれ目的なら大外しはしないでしょうが、
気分を害すシナリオもあるかと思います。
逆に面白ければ何でもいい、新たな楽しさを見つけたい、と考える方とは好相性かなと。
すずな以外はかなり特徴的ですし、新しい発見を得られる好機になるやもしれません。
柚は特徴的というより見せ方の問題な気もしますが。
というのも柚がかなり難儀な個性、というか見せ方でして。共通パートは主にヒロイン
たちのコメディで進行するのですが、この柚がちょっとおつむ足りないんでないの?
ってぐらいに非常識なんですね。人によっては結構な不快感を抱くことと思います。
実際私も最初はクソミソに貶してましたし。
けど全てを読み終わって冷静に振り返ってみると、彼女の思考や行動も仕方なかった
のかなーと。むしろ作風からして、そこが狙いだったのかなとすら考えたので。
深読みしすぎなのかもわかりませんが、少なくとも私にはそのように受け取れました。
説明・描写不足なのは確かで、それは書き手の落ち度です。ですがそこを理解あるいは
補いさえすれば実に本作らしいシナリオで、駄作と捨て置くにはもったいない代物です。
決して少なくない方が柚の言動に不快になるとは思いますが、彼女の来歴や年齢を鑑みて
改めて心情を汲み取って貰えれば幸いです。
以下ネタバレ感想です。
◆こごみ
厨房の片腕として働いて、柚の真実を盗み聞きするところまでは想定内の流れでした。
けどそこから甘やかし系で攻めてくるとは。気付いてもらえなくとも柚のように癇癪を
起こすわけでもなく、世話焼きのごり押しで岳史を落とす力技のシナリオでした。
エロゲとして最も楽しめるルートです。岳史の性格を考慮すると甘やかし系は相性
悪くも見えますが、そこはプレイヤーに向けていると考えれば。頭をなでてくれる
ロリ系女子学生に癒しを覚えた読み手もいらっしゃるでしょうしね。ただ属性が属性
なのでそっち方面で変化球ですが。
お話として見ると柚との友情物語とかもったいないなぁと。煮詰めれば二人の関係を
より深く書けたでしょうし、柚ルート側にも良い影響を与えられたと思うので。話だけ
聞くと親友ポジションに近いはずなのに、二人とも岳史しか見ていないのが惜しい。
唯一2年で終わりますし、3年使ってヒロイン間の関係進展も見せてほしかったです。
◆すずな
他3ルートは岳史が村へ受け入れられる流れですが、唯一ヒロインを迎え入れる側と
なるのがすずなシナリオ。受験勉強と見知らぬ土地への不安、両方を岳史にフォロー
させることで意識するのが2年目。上京し離れたことでお互いの恋愛感情を萌芽させる
のが3年目と、丁寧に手順が踏まれていました。
個別突入直後はふっつーのキャラゲーで微妙だったんですけどね。読んでいて惹かれる
ような個性やテキストはなかったものの、セオリーを抑えた作りが好印象でした。あとは
ギャグがもうちょい面白いか、すずな自身に魅力があればモアベターだったのですが。
特にパロネタは微妙すぎ。夕立のミスドレシートネタとか、15年半ばに出してもわかる
人ほとんどいなかったのでは。
とはいえその辺差し引いても良好なお話でした。癖の強い他3ルートと異なり正統派の
シナリオだったのもいい方へ作用したかなと。僅か4ヶ月離れただけで思いが強くなり、
我慢できなくなる辺りとかとても良かった。受験勉強の一幕での地味な積み重ねが
しっかり生きていたと思います。
◆柚
小さいころから親戚の家をたらい回しにされ、常にいらない子扱いを受けてきたで
あろう柚。転校も少なからずあったでしょうし、都会サイドの友達が出てこないこと
からも、コミュスキルが壊滅的なことがわかります。何の特技も持たないゆえ、人の
役にもたてません。
次にヒロイン1年目の満年齢を推察してみます。
すずな:2年目で受験勉強している→17歳。
こごみ:他ルートで「こごみはすずなの3つ年下」と発言→14歳。
椋香 :EXシーンで「あまり制服は見なかった」と岳史が述懐している=学生時代を
知っていて2年目時点で無職→18歳。
柚 :こごみが「柚の方が年上」と発言、かつ3年目で卒業後云々と発言→15~16歳。
留年なしが前提ですが大体確定しています。岳史はストレート卒業なら23ですね。
15歳で友達もなく、大人たちからろくな教育も受けず厄介扱いされていた少女が
まともな知識と会話能力、論理思考力を持っているでしょうか?答えはいうまでも
なくNOですね。ありえません。
共通ルート及び個別ルート前半で、柚はあまりにもあまりな知識のなさと拙い会話
能力を見せつけます。出会いの場面に始まり、メモを取れと言われたら会話全てを
記録したり、自分が悪いのになんでも岳史のせいにしたり、カレーの作られ方すら
知らなかったり。
プレイ中は冗談抜きで何かの障害を疑ったものですがそれもそのはず。彼女は比喩
抜きで何も知らなかったのですから。都会での生活がエピソードとして明るみに
されないのは作風を壊すからでしょうね。引っ越し前は間違いなくハブられてますね、
この娘。
序盤の酷すぎる柚の個性はそんな事情から成り立ったもの、とわかっていれば
多少の我儘や非常識にも理解が及びます。事実3年目からは非常識や幼さが鳴りを
潜め、できる範囲からステップアップする柚の成長が見て取れます。柚ルートは
そういった彼女の成長も見どころではないでしょうか。
同様に岳史の異常ともいえる過保護さや使命感にも合点がいきます。鍋に火をかけて
外出する子など信用できるわけがありません。一人で気負い夏風邪で無理を通すのも
合点がいきます。食堂が回らないどころか、家が崩壊しかねません。彼の頑固一徹な
使命感は、足元おぼつかない子を守る親の立場として至極まっとうなものです。
(荻野医師の批難は医者の観点としての正論で、家庭事情を詳しく知らない以上岳史を
否定できません。)
2年目灯篭流し後の仲違いも含め、柚最大の問題点は年齢に見合った経験を持たない
ことにあります。椋香に諭されたときは料理の話でしたが、大よそ全ての行動に関して
いえることです。できる範囲を考えず背伸びして失敗する様はまさに、経験値のない
幼児そのものです。
しかし年だけは重ねているから、こごみや椋香のようにできるべきだ、できなければ
いけないと空回りして失敗する。それを知ってるから岳史も任せられない。とはいえ
それまで生きるだけに精いっぱいだった柚を責められるわけもなく。
柚の知足らずな暴走を嫌う方も多いでしょう。岳史の頑固さに呆れ果てる方も少なく
ないはずです。ですが柚の過去と現状を冷静に振り返って、はたして2人の愚行を責め
られるでしょうか。作中では軽く流される彼女の過去をしっかり念頭に置いて読み
進めることが当該ルートを楽しむ要点なのです。
以上を踏まえて、柚の成長は裏テーマとして背景に流れているように思います。
しっちゃかめっちゃかな1年目、理想と現実に空回りする2年目、自分の範囲を認識し
できることを増やす3年目と段階を踏んで成長していきます。精神面も癇癪を起こす
だけの2年目までと、しっかり目標を捉えて歩む3年目で別人のように成長しています。
1年目を最も体験した岳史が2年目で全てを背負ってしまうのも、柚の成長を見て
周りが諭すのもスムーズです。ご都合でキャラが動くのではなく、流れを意識して
行動・成長するから不快も覚えません。料理というわかりやすい成長要素を添えて、
物語は穏やかにも真っすぐ歩んでいました。大変素晴らしいお話です。
ただやはり、柚の半生はもう少し序盤で振り返ってほしかったです。彼女のダメな
面ばかりがクローズアップされ、どうしても読み誤ってしまうように思います。
岳史も同様ですね。夏風邪の場面の頑固すぎる強行さに愚かさが見えてしまいます。
柚一人では危ないんだという危機感に説得力を持たせるためにも、やはり説明は必要
だったかなと。
美少女キャラを題材にしない作品であれば上記の配慮は無用です。ですが半ば業界の
常識としてダメヒロインのテンプレが蔓延している以上、読み手には「属性としての
知足らずキャラ」というバイアスがどうしてもかかってしまいます。理由もなしに
非常識行動をかます娘、当たり前のようにゴロゴロしてますからね。うぐぅ。
翻って柚はしっかり背景を整えられた、説得力のあるヒロインです。なのにテンプレと
処理されてしまうのはあまりにも惜しい。業界の悪しき慣例に翻弄されるのも業腹では
ありますが、美少女エロゲとして排出し、かつ丁寧にキャラを立てるには必要な暗さと
くどさかと考えます。
◆椋香
料理が最も生かされたシナリオでした。といってもCGの見た目やおいしさではなく、
食べる楽しみや作る楽しさに重点を置いたお話です。
最もわかりやすいのがデコ弁ですね。お弁当に工夫をこさえ食べる人を目で喜ばせて
います。それも渡すだけでなく今度は椋香からもデコ弁返しが。お互い蓋を開けて
これはこうした、あれはこう工夫したと会話しながら食べる様子は何ともおいしそう。
遠出した時のお弁当の楽しさがそのまま伝わってくるようなシーンです。
先に微妙と述べたCGも、ここでは見事に生かされていました。椋香の作った梟の
お弁当ですが、イナリが梟でブロッコリーが森なのは説明があった通り。でも南蛮漬けが
林間を流れる川を表しているのは、段重ね弁当箱のグラフィックがないと伝わりづらい
ですよね。確かテキストにもその辺説明なかったですし。ナイスフォローでした。
猪左夫に酒の席を用意する場面も見事です。飲量を考えた盃の大きさに始まり、出す
タイミングや順番、温度などにも気を配っています。料理自体もさることながら、
猪左夫が食を楽しめるよう配慮し、また岳史達も心地よい空気を堪能している描写が
何とも巧い。宴席の粋な心地よさを読み手も楽しめるよう綴られています。
でもってここ、CGは一切ないんですよね。全てがテキストと立ち絵だけ。なのに
温かな雰囲気と共に、日本酒の香りや焼き味噌の香ばしさが伝わってくるかのよう。
それだけ表現が豊かなんですよね。未プレイの方にここだけピンポイントで見せたい
ぐらいに良かったです。
締めも粋な計らいをしてくれます。椋香が話を切り出そうとしたとき、普通のエロゲ
なら主人公も同席すると思うんですよね。でもって誰かのカッコいいシーンを見せて
印象付けるところです。しかし岳史は雰囲気を慮って中座。読み物としての見所より
席の空気を選ぶんです。ここホント大好き。エロゲらしからぬベストシーンでした。
夜食の3シーンもどれも楽しそうですよね。カップ麺やおにぎり、袋ラーメンなのに
楽しそうに調理して美味しそうに食べる。夜食べる背徳感みたいなのもあって、そこに
いない誰かさんへのごめんなさいもスパイスになってたり。お酒もおいしそうに飲む
んですわまた。グラなんてほとんどないのにホントお腹すきます、このルート。
椋香ルートは「料理がおいしそう」以上に「食事が楽しそう」なんですよね。味だけ
じゃなくて雰囲気や相手に思いを寄せた料理ばかりで、その場に居たい!一緒にご飯を
食べたい!と思わせてくれる。それも大半は料理グラフィックがなくて、いつも通りの
文画音で表現されている。掛け値なしに最高の仕事です。
レシピと銘打たれた本作に「味と見た目」を期待した方は多いと思います。ですが
誰かと食べる、一緒に楽しむといった観点でここまで楽しませてくれるとは誰が予想
したでしょうか。穏やかな山村で大切な人たちと一緒に過ごすひと時を、食を絡めて
見事に伝えてくれた素晴らしい仕事でした。
いくら料理と場を丁寧に表現しても、それらを堪能するのはやはり人。その辺も椋香
ルートは抜かりありません。個性にも十分な配慮が行き届いており、登場人物が生き
生きとして見えました。作ってる時や食べてるときは当然ながら、他に細々とキャラを
立たせています。
グラフィックから見ると、椋香がお弁当を持ってきた際の1枚CG。中身だけではなく
包み布も梟なんですよね。そこまでにこだわる彼女の細やかさと可愛いもの好きが
地味ながらも仕込まれたワンシーンです。テーマが梟とわかるのはCGも終わり中身が
判明してからなのもニクい。こっそりと仕込むいぶし銀的な仕事です。
テキストなら夜食ラーメンのシーンが心にぶっ刺さりました。
(以下、一部抜粋です)
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椋香「悪い子だから、ひとつしかないたまごはいただく」
岳史「なっ、ずるいぞ椋香」
椋香「んふ、黄身がちょうど半熟とろとろ。さすが岳史」
岳史「半分くれ、頼む」
椋香「しょうがない、半分あげる」
箸に持った食べかけのたまごをそのまま差し出された。
岳史「いいのか?」
俺の問いで椋香も気付いたらしく、かあっと頬が赤らんでいく。
椋香「いい。食べて、岳史」
岳史「うまいな、やっぱり」
椋香「ありがと」
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「ありがと」ってなんだよ!なんで食べられてお礼言うんよバンバン!(机を叩く音)
この後のラーメンアーチで完全にノックアウトされましたよええ。マジ爆発しろっ!
今思い出してもこっぱずかしくなる名シーンですが、「ありがと」という短い言葉に
ありったけの想いを込めるのが無口な椋香なんですよね。二人とも無口ゆえかこの手の
やり取りが富に2年目は多く、先の料理シーンとはまた別の独特な味わいがありました。
岳史も椋香も、猪左夫や柚にもその人ならではの一言が用意されていて、キャラゲーと
して本当によくできていました。食事シーンを丁寧に書き綴ったからこそのシナジー効果
なのかもしれません。
◆まとめ
感想書いていると、改めて方向性のバラバラなキャラゲーだと実感しますね。甘やかしの
こごみ。待つ側となるすずな。ドタバタと成長物語の柚。食事と雰囲気の椋香。作中では
ついに登場しなかったクワトロピザのようなキャラゲーでした。
ですが夏のみを取りあげ関係を落ち着かせる期間があるのは全ルート共通です。
ひと夏の思い出ではなく、白珠村に根付いていくからこそのゆったりとした変化はとても
心地よく、いずれの物語でも堪能することができました。その点では雰囲気ゲーとして
大成功ですね。いずれのルートも水準以上のクオリティですし、地味ながらも名作と
評するに十分な作品でした。