エロゲとしては何もかもが拙いのに、ノベルゲー・読み物として最も大切な部分だけは超一級品。ロケット制作を通じてモノづくりするために必要なこと、ひいては人生に必要なことを青臭い熱量で訴えてくるからこそ、読み手の心を動かし名作と評されているのでしょう。
青春モノの傑作と評されていますが、私が本作を高く評価している理由は
別のところにあります。というか、こんな破天荒極まりない物語を見て
「こんな青春を過ごしたかったなぁ」なんてまったく思いませんでした。
(理由は『ドコのドナタの感情経路』の感想で書いたので省略)
私が本作に惹かれたところ。それはモノづくりで必要なものと得られるものです。
本作はロケット制作の物語。プロローグでは仲間集め、共通ルートではロケット制作の
概要と部員の一体感を、個別ルートでは本格的なロケット制作において必要となる
各要素をそれぞれ語り、そして最終ルートで有佐ルート主題の続きが語られます。
(物語が連続している、という意味ではありません。あくまで主題のみです)
個別ルートではヒロイン達を各担当者に振り分けることで、ロケット作成において
重要となるパーツの解説が行われました。夏帆は電装、那津先輩は推進、
ほのかは機体。しかし有佐だけは唯一、ロケットパーツを制作する担当ではないため、
一見は異質のように見えます。
しかし有佐ルートもまたロケット作成の重要な、それも最重要といっていいパーツを
題材にした物語です。それは人の繋がり。有佐と明里先輩から部に連綿と、人づてに
伝わる過去の伝統を。乙矢と父親からは親から子へと伝えられる家族の想いを。
PM部門における有佐のプレゼンは語るまでもありません。
ロケットに関係ないように見える乙矢と父親・武蔵の関係も、武蔵の背中を見て
育った乙矢だからこそ理事長と交渉し、ビャッコメンバー5人を揃え、彼女たちの
モチベーションを鼓舞し続けてフォーセクション部門優勝を勝ち取れたわけで。
乙矢と武蔵の関係があったからこそロケットを打ち上げることができたのです。
大きな目標を達成するには一人では不可能。仲間を集め、敵対勢力と交渉しできるだけ
歩み寄って貰えるよう努力し、自分がロケット作成のため出来ることに限界を設けず、
常に最善を考えて走り続けた有佐と乙矢の物語。それがPM部門、有佐ルートにおける
ロケット制作の重要なパーツ作成でした。
その流れは最終ルート「LiftOff !!」にも引き継がれます。エロゲお約束のご都合な
お涙頂戴ではありますが、同時に有佐ルートとは異なる人の繋がりを書いた物語でも
あります。
有佐ルートは部員とOG、父親と息子、ビャッコと漁業組合やAXIPといった世代を
超える、縦の繋がりを書いた物語でした。
対する「LiftOff !!」は横の繋がり。同じ世代を生きる仲間との繋がりを書いた物語です。
それはマックスファイブでの奮闘を書いた共通ルートでも描写されていましたが、あちらは
1人1人がビャッコのために結束するOne for Allの物語です。
爆発事故とビャッコ初号機の解体により2名だけとなってしまったビャッコ。有佐の意志と
那津の愛情だけで支えられていたビャッコに、乙矢が切り開く力を、ほのかが悪ノリと
感性を、夏帆が知性をそれぞれもたらしました。それがマックスファイブで準優勝し、
フォーセクションで優勝したロケット開発部「ビャッコ」の今の姿です。
対して「LiftOff !!」はAll for Oneを書き綴っています。
ビャッコ3号機が緊急停止によって有佐が意識不明となってしまうも、彼女のために
ロケットを発射して心へと揺さぶりかける物語。仲間に対し何とかしたいと思う心が、
ひいては宇宙同好会やARCといった競い合っていた同世代の心をも巻き込んで。
学生の力だけでロケット発射を成し遂げようとしているビャッコ。そのビャッコのために
有佐がどれだけ腐心注力したか皆が知っている。プレゼンを、実績を、努力の足跡を
知っている。でもロケットが発射できても、それだけでは駄目なんだ。ビャッコの魂である
有佐がいないと、ビャッコ5人が揃わないとダメなんだ、という想い。
ビャッコの成功は全て、元を辿れば有佐によるもの。廃部寸前まで那津と支えたのも、
道を切り開く乙矢を引き入れたのも、プレゼンで数多の人の心を動かしたのも有佐です。
そんな彼女に対してだからこそ、他のビャッコメンバーも同世代のライバル達も力を貸し、
共に祈ってくれる。人事を尽くして天命を待ってくれる。
縦横無尽に人を繋ぎ、これまで人が成し得なかったものを見せてくれた有佐のために、
皆が1人のために全てを尽くしきる物語。それが「LiftOff !!」です。
正直なところをいえば、本作はエロゲとしても、ノベルゲーとしても欠点の多い作品です。
テーマを書くためにエロ要素の大半は不必要で、エロゲなのにエロを疎かにしている
側面があります。
またシナリオ全体を見渡すと問題点が乙矢の閃きで全て解決したり、物語のために
大人の責任が子供に擦り付けられたり、非常にご都合な展開も散見されました。
有佐や那津のヒロイン像にしても2010年代にしては古臭く、エロゲヒロインとして
見た場合は読み手に嫌われてしまうタイプです。
ですが有佐ルートからの「LiftOff !!」で得られる熱量と爽快感は、本作のあらゆる
欠点を帳消しにできるほどの素晴らしいものでした。私はその作品でしか見ることの
できない面白いものが見られるのであれば、多少の欠点は気にしません。
欠点のない作品が見たいのではなく、面白いと思える作品を見たいからです。
『あの晴れわたる空より高く』はロケット制作を通して人の繋がりを書いた物語。
そのメインテーマを十二分に表現しきったことから名作ノベルゲーと評したいと思います。
読み手の心を揺り動かす素晴らしい作品でした。