ErogameScape -エロゲー批評空間-

amaginoboruさんのSessions!! ~少女を監禁する事情~の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
Sessions!! ~少女を監禁する事情~
ブランド
Loser/s
得点
75
参照数
69

一言コメント

自らの価値観を間違えない人々が紡ぐオムニバスラブストーリー。普遍的な価値観に惑わされることなく自らを貫いたからこそ感動するし、イチャラブシーンも愛おしい。そんな物語の「当たり前」を再認識させてくれたお話でした。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

作中で散々語られた、ごく当たり前の話をします。

宗谷もひばりも養老青葉も正義葵も、自分達はクズだ最低だ底辺だと言い放ちます。
実際、別れさせ屋として男女の関係を踏みにじり、探偵として暴かなくても良い真実を暴き、
普遍的な日本人の価値観からすると大よそ真っ当とはいえない所業をしでかしています。

しかし彼らは自虐的に自らをクズだ底辺だとは言いません。
前作主人公の枯草ですら、前作中でこそ苦悶していましたが、自分の特性と闘う場合(祈ルート)でも、
迷い続けるルート(踊ルート)でも、自らがどのように生きるかを決心している風に
見受けられました。結果、踊ルートでは〇学生とヤっちゃった上に開き直る最低っぷりを見せるわけですが。

この「クズ」「最低」「底辺」という比較は、現代日本人の普遍的な価値観と比べたものです。
別れさせ屋などという人を弄ぶ職業をしているからクズ。
ゆく先々で必ず殺人事件が発生する=いると必ず人が死ぬから最低。
人間社会の発展に寄与するどころか人を不幸に陥れる存在であるため底辺。
そんな価値観です。

しかしクズだの酷い言葉で侮蔑していますが、日本人の価値観というものは
そんなにご立派なものなのでしょうか。

例えば企業に勤める社会人であれば、社の利益を出すために敵対企業より優秀な
プレゼンをして案件を獲得します。そうしたら敵対企業の社員は当然自らにダメージを
負います。自分が仕事をすることで、人を傷つけています。
食料生産者であれば、他の生産者より良質で安価な食料を提供することで相手のシェアを
奪い取ります。やはり人を傷つけて仕事をしています。

社会人も食料生産者も、他の人のためになるから立派であるというなら、
別れさせ屋だって依頼者の願いを聞き届ける、人のためになる仕事です。
必ず死者を出す探偵だって、解決することで人間社会の治安向上に貢献していますし、
名探偵という名前そのものが抑止力にすらなります。
クズと言われる職業も、真っ当と称賛される職業も、結局は他人を蹴落として自らの
利益を上げる行為です。そこに貴賎はありません。

何も職業だけではなく、生活においても同様です。人々の社会で生きるなら衝突は必ず
発生し、何かしらの方法で衝突に対し回避、突破、妥協することで我々は生きています。
逆に他者との利害が一致することで共に行動した結果、他社へ利益をもたらすこともあります。
殺人を犯した結果、誰かが救われることだって当然あるわけで。

本作の登場人物は押しなべて自らを下に評価しますが、読み手がそれに乗じて侮蔑の言葉を
投げつけるのはちょっと違う。自分達だって汚いことや人を蹴落とすことを沢山やってますし、
そのことに気付けないのは人として非常に危険です。クズ・最低・底辺と蔑んでいいのは、
彼らに人生を狂わされた人々のみです。

ならモラルはいらないのか?と言われたらそれは別問題。
モラルというのは実践することで周囲が快適になり、より多くの人間が実施することで
人間社会の幸福度が(総合的には)向上する行為です。
宗谷もお年寄りに席は譲るし、ゴミは拾うといっていましたがそういうことです。

ですが宗谷は公衆の面前でタバコは吸おうとします。(吸いませんでしたが)
タバコを喫煙ゾーン以外で吸わないというモラルは、本作が発売された2014年には
世間に浸透していました。何故守るモラルと守らないモラルがあるのか。
なぜ底辺と認識されていることを理解した上で、そのような職業についているか。

それは自らのやりたいことと反するから。やりたくないことだから。
企業勤めなんて仕事は自分にはできない。けれど飯のタネは作らなければいけない。
自らのやりたいことをやりたい。だから人を弄ぶ別れさせ屋なんて仕事に就く。
タバコを吸いたいから吸う。それだけです。

自分の利害と一致するなら、できるだけ人のためになることをする。
一致しないならやらないし、人を傷つけた方が利益になるなら(その後のリスクを考えた上で)
人を傷つける。実際我々もそうやって生きているはずです。完全に利他的に生きている
人間だって、そうしたいからそうしているだけです。

また本作の登場人物はもう一つ、大きな枷を背負っています。
宗谷の狂客、枯草(青葉)の探偵、朝顔の笛などの特性的なものもあれば、
ジンやひばり、羊子のような生まれや出自が特異で価値観が酷く歪んでいる人も。

ですがこれもスケールが違うだけで、我々一般人と背負うものは同じです。
スケールが違うだけで。
出自による価値観の歪みはもちろん、その人が持つ宿命みたいなものも
見えないだけで誰しもが背負っています。


本作は、当たり前に見えるもの在るものに対して疑念を抱けるか、
自分と異なる価値観に理解を及ぼせるか、理解に努めた上で自らの利害を優先付けし、
比較して損得勘定で動けるか、常に問いかけてきました。

本作登場人物と我々一般人の差異を自覚できるか否か。
無意識に認識・遂行している行動規範に自覚的か否か。
自らのやりたいことと、社会規範や倫理観と区別しているか否か。
『HAPPYEND STORY』のHAPPYENDを「幸せな終わり方」と捉えるか否か。
『もえる御伽草子・壱』のお爺さんやお婆さん、桃太郎や鬼の顛末を見て、
こんな桃太郎があってたまるかと一笑に付すか、彼らの境遇や損得勘定に理解を及ばせるか。
みんな生きてやりたいこと守りたいものがあって、やるために守るために他人を蹴落として
やりとおせるか、守り通そうとするか。
他人が不幸にしてでも、自らの求めるものを手に入れられるか。

その結果、彼らは自らの望みに迷うことなく

獅童宗谷は自らの性格や特性を難儀なものとしつつ、その上で宇佐美兎子を1番とし、
友人達を2番とし、兎子に依存して生きる事とした。
宇佐美兎子は獅童宗谷にに依存して生きる事とした。
立木ひばりは獅童宗谷に恋し敗れ、砕けない雪結晶の花を求めた。
ジンはジュリアを失うと同時に他人の幸せを簒奪し続けた罪の意識に苛まれ、撃たれた。
桐原龍平と民樹洋子はお互いを自らの人生に求めた。
小崎白狼は目的のために、利害の一致する志賀と交戦した。
養老枯草は他人の幸せを簒奪し続けた罪を踏まえた上で道を選んだ。
佐藤八千代は強盗を、椎名宗吾は娼婦を相方として教祖に挑み、自らの居場所を築いた。

私が作風も世界観も空気もバラバラな物語と登場人物達から統一感を感じ、
彼らを肯定したくなったのはそのような理由なのだと考えます。
「当たり前を自覚して書かれたラブストーリー。」私は本作をそのように評します。