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amaginoboruさんの佐倉ユウナの上京の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
佐倉ユウナの上京
ブランド
超水道
得点
92
参照数
615

一言コメント

選択に悩み葛藤する、とある大学生の泥臭くも輝かしい一年の物語。普遍的なテーマ、簡潔なテキスト、シンプルな音楽と挿絵。必要最低限の要素で構成された本作は終始落ち着いた空気で進むも、ここ一番でシンクロする文と音の演出が静かに、しかし確実に読み手の心へ懐かしい、あるいは共感できる何かを染み渡らせてくれます。栞を挟み少しずつ読み進めることもできますが、十分な時間と穏やかな環境を用意し、ゆったり1~2日掛けて読み進めるのがオススメ。落ち着いた空気と物語の題材が、読み手を忙しい日常から心を安らげ、同時に明日への活力を与えてくれることでしょう。長文のうち前半はネタバレ無しで本作の特徴を書いています。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

受験に失敗し、滑り止めの大学へ進学して1年。駅構内で財布をなくしたことに気づき、
探し回ったところ、ベンチの上に発見。しかし中を確認してみると、どうも自分のもの
ではないっぽい。詳しく調べようとした直後、後ろから声が。

「――あの、すみません!それ、うちのサイフなんやけど?」
そこにいたのは高校時代の後輩、佐倉ユウナだった。


後輩との再会から始まる大学生の青春物語。それが「佐倉ユウナの上京」です。



◆ノベルスフィアについて
お手軽にデジタルノベルの作成および閲覧の出来るサイト、と解釈しています。
Google Chromeなら問題なく閲覧できるそうですが、Firefoxでも問題ない模様
(・・・のはずですが、何故かウチのFirefoxでは本作のみ閲覧できませんでした。
他作はいけたのですが。)
スマホやAndroidからでも閲覧可能ですので、PCがダメっぽい方はそちらも試して
みてはいかがでしょうか。

作品構成は縦書きの文章が主体。選択肢はなく、時折1枚絵や音楽が挿し込まれる
いたってシンプルなもの。こう聞くとRaiLsoftのV=Rシステムや各種ビジュアル
ノベルを連想しがちですが、「ライトノベルに音楽がついた」という表現がより的確
かなと。

セーブは可能ですが、確か専用アカウントの取得が必要だったはず(読むだけなら
不要)。4部構成、1部あたり2.5~3時間ほどで、一気に読み進めるかセーブ機能を
使うかは好みよるところ。私的には一言感想にて明記したとおり、時間と場所を確保
し1~2日で読みきってしまうのをオススメします。



◆登場人物
ひたすらに男臭いです。ユウナ以外の女性はごく僅か。男にしても学生だけではなく、
オッサンやらガタイのいい強面やらと、実に多彩です。

で、コイツらがまたイイんですよね。主人公が困っているときにも常に手を差し伸べて
くれたり、時には叱りつけてくれたり。もう男臭い友情がプンプンです。
大人は大人でまた渋カッコいいですし、ホント魅力的なヤツらばかり。
エロゲギャルゲをお求めの方には微妙かもしれませんが、この辺も見所の一つとして
オススメしたいところです。

ヒロインであるユウナとの関係も見所ではあるのですが、その辺はまぁ見てのお楽しみ
ということで。関係ないけど博多弁の女の子って何で可愛いんですかね、ホント。



◆音楽
真島こころ氏によるピアノオンリーのBGMが印象的。テキストとシンクロによる演出が
見事というほかありません。
音楽による演出はノベルゲーにおいて特段珍しいものではありませんが、全てが地味な
本作におけるピアノの繊細な旋律は、殊更読み手へ情感を伝えてきます。
作風にあった素晴らしい楽曲、そしてテキストとの連携です。



◆作品の特徴
とにかく地味です。挿絵や音楽は必要なシーンにのみ挿し込まれ、他はすべて縦書きの
テキストのみ。その文章も装飾がほとんどなく、必要な情報のみ伝える簡潔な表現です。
物語も終始落ち着いた雰囲気で、派手さを求める方には不向きかも。

しかし淡白なわけではありません。ここ一番のシーンでは簡潔だったテキストが躍動し、
情感誘う音楽とシンクロして心に残る何かを伝えてきます。特に後半の「秋」「冬」は
シナリオによる演出とピアノの旋律が素晴らしく、静かで穏やかなのに胸にこみ上げて
くるような熱い感情を次々と与えてくれます。
起伏は少なく、落ち着いた空気の中強く訴えてくるような作品をお望みの方に、是非
オススメです。

それと「春」は登場人物および地理紹介に終始してしまうため、物足りなさを感じる
かも。本格的に面白くなるのは「夏」から。ややスロースタートな作品です。
序盤が微妙だからと切らずに、できれば夏の終わりまではプレイしてみて下さい。


物語としては大学生の悩みと葛藤が主軸。爽やかさよりも泥臭さ・生々しさを感じさせる
内容です。自分なりに考え、同級生・友人達のアドバイスもあり決めた道。しかし現実は
決して思うようには進んでくれず、自らの拙さも手伝いひたすら迷走する。
人との関係に、集団生活での行動に、そして自分の将来に悩み苦しみ、みっともない姿を
見せても必死にもがき、道を見出す鷹司の物語です。

また舞台が大学なのも、ノベルゲーでは珍しい特徴のひとつですね。高校生ほど青臭く
未来を信じられるわけではなく、しかし社会人ほど割り切れるわけでもない年頃。
そんな立場の狭間で揺れ動く彼らは、やはり高校生よりは割り切れていて、でも大人に
比べると青臭さが残っていて。

加えて大学生は「将来」を決めるまでの時間がほとんどないんですよね。高校生みたいに
「大学行ってから決める」という逃げが打てない。期限はもうそこまで来ている。そんな
状況下で見つける彼らなりの答えとは。


本作において最も評価したいのが「大学生」という立場ゆえの悩み・葛藤が的確に表現
されている点です。ただ綺麗ごとで流すのではなく、適度な現実味を以って生々しく
書かれています。
高校生よりは割り切れていて、しかし社会人よりは青臭く。学生というオンリーワンの
立場を、適度なリアルとファンタジーを織り交ぜて読み手へと伝えるその筆力は、多少の
欠点を吹き飛ばすほどの魅力に溢れています。

年配の方が読めば、おそらくノスタルジーめいた何かを感じることができるでしょう。
それは経験から共感できる適度なリアルさと、過ぎ去った日々を美しく魅せるファンタジー
要素が、黄金比で配分されているからです。

逆に同年代の方が読めば、その泥臭い生々しさに「わかるわかる」と共感できるでしょう。
一方で苦々しさだけではなく、物語ゆえの熱く温かな、そして美しい展開に爽快感めいた
想いもまた感じ取れるはずです。

ここまで「大学生」を物語として表現できている作品は、紙媒体では決して少なくは
ありません。反面ノベルゲームにおいては実に希少です。そこを付いたのが本作。
小説独自の良さを輸入しゲームの良さ、つまり音楽による演出でアレンジングし、
一方で紙媒体の魅力である「落ち着いた空気」には手をつけず、そのまま供した結果
ノベルゲームとしてオンリーワンの良さを持った作品。それが特徴なのかなと思う次第です。



以下ネタバレ含む所感。凄まじくグダグダです。









小説とノベルゲームのいいとこ取りが出来ている作品だなぁと感嘆させられました。

普通のエロゲギャルゲであれば、日常シーンはそれこそ2倍も3倍もあるはずなんですが、
本作は実に簡素。完全オミットしているのがとても好印象でした。
小説形式だからシーンを読み手の想像力に委ねられるんですよね。だから無くても何の
違和感もない。ユウナとの恋愛物語が副次要素なのも、テンポの良さを助長する一因ですね。

とはいえ見せるべきシーンは、ちゃんと感情に訴える形で丁寧に見せてくれます。
例えば夏の「咲間、俺と一緒に戦ってくれ」のシーン。音楽の演出もさながら、言葉の
重みがホント凄い。直前で緒方の現状や心境、そして鷹司への想いを丁寧に書いている
からこそ、このセリフが殊更響くんですよね。あまりにも緒方がいいヤツすぎて、ここは
ちょっと泣けました。


一方で冬終盤の演出ラッシュは、いずれもノベルゲームとしての良さを駆使した展開でした。
正直なところ、紙媒体の小説でこのシーンを書いたら白けるんじゃないでしょうか。
あまりにもクサく現実離れしすぎていて、場面がイマイチ想像できない気がするんです。

真冬の川に飛び込む鷹司とサブ。自ら「神様」と称してユウナを公園に連れ出す鷹司。
それまでの地に足のついた、それこそ泥臭く生々しい展開と異なり、どこかフィクション
めいた展開ばかり。この辺は文章だけでは表現できなかったと思います。
桜を下から見上げて「冬でも花は咲くんだね」的な表現なんて、その最たるものですね。

そして合格発表と春の帰郷シーンでは、再び小説的な表現で最後の締めを見せてくれる。
でもBGMはやっぱりいい仕事をしてて、こちらの気持ちを更に温かくしてくれる。
「あーもうちっくしょホント文と音の使い方上手いなぁ」とw
小説の見せ方とノベルゲームの見せ方、両方を的確に使い分けた見事な物語でした。


あと個人的に嬉しかったのが、そんな作品を終始落ち着いた空気で見せてくれたこと。
夏の合宿シーンや秋の転げ落ちるような展開、冬のユウナとのやり取りは、やりように
よっては更にドラマティックにできると思うんです。ノベルゲームが得手とする見せ方
ですし、受けもそっちのが良いはずです。

しかしあえて主体はノベル調で、必要以上に感情を揺さぶってきません。必要とされる
見せ場にのみノベルゲームの手法を用いて、他は静かに進行するそのスタンスがとても
自分好みでした。

派手な展開ってインパクトがある反面、喉元すぎると忘れてしまいがちなんですよね。
対して静かにじわじわ染み入るような見せ方は、読了直後こそ相応の満足で終わっても、
後から徐々に気持ちがこみ上げてきて、良かったなぁと思わされる。
「佐倉ユウナの上京」はまさにそんな物語です。

正直なところシナリオゲー好みでも、エロゲギャルゲをプレイしている方には簡素で
物足りない作品に映るかもしれません。ですが、地味ゆえの良さを本作は存分に教えて
くれます。
心に長く残る、大学生の青春物語をお望みの方に是非オススメしたい作品です。