シナリオに世界観、演出にBGMと隙のない作品ですが、私が最も評価したいのは、ボイスレスのデメリットを最小限に抑え、かつメリットを最大限に享受した点。本作の素晴らしさはそこに全て集約されています。
右も左もわからないまま、いわく有りげな洋館の前に放り出されるプレイヤー。
館より出てくるは美しくも生気の色が無い、やはりいわく有りげな女中。
プレイヤーを「ご主人様」と呼ぶ彼女の手に連れられ、見せられるは4つの物語…。
冒頭こそ面食らいはするものの、プレイ後2時間せずに本作の構成は見えてくると
思います。
女中と共に覗き見る4つの世界はいずれも悲劇の物語。「呪いの館」の名に恥じない
破滅の展開ですが理不尽さはなく、ある種人間らしさの生んだ不幸ばかりです。
悩み苦しみ葛藤する登場人物たちはいずれも人臭く、そして実に生々しい。
この時点で読み手は、悲しみや絶望といった様々な感情に揺さぶられることでしょう。
物語の激しさもさることながら、人間臭さを前面に出した醜くも魅力的なキャラ達、
作品全体を包み込む陰鬱な雰囲気、背景・テキスト・立ち絵・SEを効果的に使った演出、
同人ノベルゲーとしては規格外の量と質を誇るBGM。そしてテンポの良さ。
その全てが超一級品で、同人ゲーはおろか商用作品と比べても最上位クラスです。
4つの物語を見終わったところで全体の2~3割なのですが、この時点で多くのノベルゲーを
圧倒できるほどのクオリティを誇ります。
しかし物語はここからが本番です。
物語それぞれのクオリティに圧倒されても、この館の実態、女中の正体、主人公の正体
などなど、オープニングより謎に包まれている事象についてはほとんど解明されていません。
それが以降の物語で明らかにされていくわけですが…。
冒頭で述べた「私が最も評価したい事」を除けば、本作で最も素晴らしいのはその
伏線のばら撒きと回収の美事さでしょう。
謎が1つ明かされるごとにプレイヤーは想定外の展開に驚嘆・混乱をきたすのですが、
同時にひっそりと新たな伏線の糸を張り巡らせているのが本作。
その自然さたるや空気の如くで、読み手に一切感づかせることはありません。
それでいて回収時にはこちらの予想を大きく上回ってくるわけで、少なくとも私は
終始製作者にしてやられっぱなしでした。
そこへ4つの物語においても十分な破壊力を誇っていた演出やBGM、キャラ個性や
読み引き込まれる悲劇の物語が「更なる苛烈さを以って」読み手に襲い掛かります。
麗しい場面での感動、不幸のどん底に叩き落される絶望、新事実への驚愕。
泣かされ凹まされ驚かされの連続でテンポも非常に速く、息をつく暇もありません。
プレイヤーは只々物語に翻弄されるばかりです。
そんな感じで作中人物同様ボロボロに打ちのめされるわけですが、最後は綺麗な伏線
回収と、悲しくも温かな展開が待っていて、読み手を感動とカタルシス、そして開放感で
包み込んでくれることでしょう。
その仔細はここで語るべきことではありません。まずはプレイしてみて下さい。
さて本作の総プレイ時間なのですが、早い方であれば20時間ほど。長くとも30時間強と
いったところでしょうか。
長編モノのエロゲ・ギャルゲーとしては標準的なプレイ時間かと思われます。
最近の大長編と呼ばれるゲームと比較すれば、少々短いぐらいですか。
ですが本作の内容を思い出して、20~30時間ほどのボリュームに感じた方はごく僅かでは
ないでしょうか。最序盤を除きいずれも圧倒的な密度をもってプレイヤーに襲い掛かる本作。
体感的には40時間にも50時間にも、あるいはそれ以上に思えたのでは。少なくとも私には
そう感じられました。
私が本作で最も評価している点はそこです。
芸術的な伏線の張り巡らせでも、圧倒的な質と量を誇る音楽でも、読み手の感性を
騙くらかす演出でも、耽美で秀麗な背景と人物画でもない。
読中読後に感じられた圧倒的な満足感という、非常にアブストラクトな要素です。
演出だの音だの物語だのは、抽象的な要素をわかりやすく評価するための、曖昧な評価。
確かに演出も音も物語も、それ単体で十分一級品を誇っているのは疑いようのない事実です。
ですが、本作の最も優れた点ではありません。
「圧倒的な満足感(小波感」「ガキじゃねーんだからw」と思われた方も多いでしょう。
もう少しわかりやすく伝えられるよう、ちょっと頑張ってみたいと思います。
本作の総プレイ時間を25時間と仮定して、25時間の中でノベルゲーとして25時間以上の内容を
ねじ込むことは可能でしょうか?
天才でもない限り「ある程度のレベルまでは可能だが、圧倒的な差をつけることはできない」
というのが答えになるでしょう。
ではどうすればいいか?不要なものを削ればいいのです。
さて問題です。
ほぼ全ての傑作エロゲー・ギャルゲーにはあって、ファタモルガーナにはないもの。なんでしょうか?
答えは簡単ですね。音声です。声優さんによる声の吹き込みが、本作には存在しません。
そうです。音声が展開される時間を削ることで、空きスペースに文章や演出を詰め込んで
いるのです。
「フルボイス聞いているからプレイ時間が長い」とか、その逆を皆さん耳にしたことは
あると思います。それを製作側で実践したというわけですね。
皆さんもご存知の通り、現在のエロゲやノベルゲーにおいて音声は感情を表現
するための、非常に重要なファクターの1つです。無いだけでキャラ個性が薄れ、どこか
薄っぺらいモノとなってしまいます。
ゆえに(特に商用においては)音声は入っていて当たり前、入らない場合は欠点と
見なされます。
ですが発想を逆転させてみましょう。音声以外の要素でテキストと平行してキャラ個性、
場の空気や間を表現できるなら、時間をロストするだけの「声」は必要ありません。
だったら声の代わりになるものを作ればいいわけで。
そんなものどこにあるのか?
テキスト?演出?伏線?違います。テキストと平行して流せるもの、それも可能なら
テキストとノータイムで併走できる要素でなくてはいけません。
なら声と同じ性質の物を使うのが理想でしょう。つまり=BGMとSEです。
CD4枚組みに及ぶ量と、場を圧倒する存在感を持った音楽。それが本作では
「声」のメリットを肩代わりしているのです。
そのクオリティは皆さんもご存知の通り。
場面に合わせた的確な起用方法、BGMに歌、SEに声を積極的に取り入れることで
表現可能となった臨場感、計算されつくされた演出・テキストとSEのシンクロ二ティ。
これらは従来音が担う要素を担当すると同時に、ノーボイスによるデメリットを
最大限の努力を持って軽減していることが鮮明に伝わってきます。
だから本作の音楽は凄い。質や量も勿論上質ですが、本質はそこではありません。
音と声の一人二役を、無理なくこなしているから凄いのです。
勿論音だけの力ではありません。他のファクターにおいても埋め合わせを全力で
行っています。ですが中心となって動けるのは声と同じ「音」であるSEとBGMだけ
なのです。
そして声がなくなったことで開いたスペースに、テキストや演出を更に詰め込むことで、
より膨大なボリュームを作り出す。そうして完成したのがファタモルガーナの館。
本作がプレイヤーへ与える、圧倒的な満足感なのです。
「じゃあ音楽が凄い、っていえばいいじゃんw」と思うかもしれませんが、それは本質では
有りません。
音を声の代わりにするという発想と、それを成すために実行された他要素における努力と
センスが素晴らしいわけですから。
でなければ月姫やひぐらし、ひまわりなど無音声ゲーはどれも凄いことになっちゃいますし、
変わりに詰め込んだ要素も適当でいいって話になっちゃいます。
詰め込まれたのが本作の芸術的な伏線だったり、人臭く魅力的なキャラ個性だったり、
あるいはプレイヤーの感情を揺さぶる演出だったからこその素晴らしさなのです。
後は少々蛇足をば。
気になるのが、声が用意できなかったから音を用意したのか、あるいは初めから声を
用意する気はなかったのか、という点。
同人と聞けばどうしても前者を想定しますが、これだけの作品です。狙ってやったと
言われても不思議はありませんね。
それと私個人として「声」を否定するつもりは毛頭ありません。
ご存知の通り、声による演出は音や分では表現できない妙が沢山ありますから。
ただ本作は手法が違っただけのことです。
更なる蛇足ですが、私のマストエロゲで評価している点の一つは「声」です。
どうでもいいですね。でも「レイプされて殺される少女A」はホント凄かったんですよ。
そしてこの手法、何気に20世紀で既に使われています。正確には使われていた
のではなく、音声を展開する手法がメジャーではなく、また圧倒的なクオリティを誇る
音楽が主張しすぎた結果、生まれたんですけどね。
最高の音楽と最高の主人公がハレーションを起こしたとんでもない作品でしたが、
あちらはプレイ時間10時間ほどですし、主人公以外の要素の大半は本作に大きく劣ります。
特に脇役の扱いにおいては圧倒的差がありますね。まぁ私的には姉様さえいれば十分
なんですが。
以上
「ボイスレスのデメリットを最小限に抑え、メリットを最大限に駆使したことで生まれたノベルゲーの傑作」
というのが私の本作への評です。
製作期間4年という長さも頷ける、商用と同人の枠を超えた最高のノベルゲームでした。