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amaginoboruさんの水の都の洋菓子店の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
水の都の洋菓子店
ブランド
すたじおちゃお
得点
80
参照数
496

一言コメント

ありふれた会話を鮮やかに魅せる軽妙洒脱なテキストは絶品の一言。テンポよく読みやすく、わかりやすく面白く。登場人物にも豊かな彩りを与えています。個別ルートもテキストの妙が手伝い上々なのですが、世界観やファンタジー要素から想起される内容とは大きく異なる代物で、コレジャナイ感を抱く方は少なくないかもしれません。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

表見だけなら実に凡庸な作品です。平凡なシナリオに平凡なヒロイン、主人公は妙に
ヘタレでグラもスタンダード。フルプライスなのに10時間強とやや短めでエッチも
特筆すべき点はなく。欠点もないが特色もない凡~良作と評されることと思います。
強いて見どころを上げるなら麻里シナリオの変則さでしょうか。

しかしテキストをブロック単位で追っていくと、その評価が誤りであることを実感
させられます。クセもなくわざとらしさもなく、なのに使い古されたも同然の駄洒落や
切り返しで笑いを取っていくテキスト。気付こうとしなければ「見たことある」で
スルーされてしまうような、しかしスマートな魅力を持った作品です。

誰でも思いつくようなネタが多く、単語単位・行単位で拾うと実にありきたりです。
パロディや時事ネタもレパートリーこそ多いものの目新しさはありません。キャラ個性を
使った笑いにも新鮮味はありません。だのに面白いのは、流れの作り方が巧妙だから
でしょう。

本作は時間が地続きではなく、キャラ選択やイベントで数日ジャンプするタイプの進行
です。ゆえに連続性がなくシーンごとに会話が切られているのですが、シーン内の流れは
実にスムーズで無理がありません。

ダジャレにしてもコント的な笑いにしても、話の流れに違和感を持たせることなく
乗せてくる。ポイントの前後に巧妙な仕込みがなされていて、二段三段とたたみかけて
くることもあれば、別の話へ流れを変えて、最後に流れを戻してオチを取ってきたりと、
どこまでもが流麗です。

そして会話の流れを重要視するだけに、笑いポイントを露見はしません。というか
正直わかり辛い。会話をブロック単位で捉えている人だけが楽しめるような表現です。
いうなれば「ここでボケて!」「ここで笑って!」の合図を一切見せない漫才。
演者も親切に教えてくれない、読み手が自発的に見つけることで楽しめる代物です。

同じようにウィットに富んだ言い回しも散見されるのですが、こちらは更に見つけ
づらい。ドヤ顔なんて一切見せてくれない、気付かなければただの会話としてスルー
されるほどに地味です。しかし発見できればそのクレバーな言葉回しに思わずニヤリ。
嘲笑ではなく素直に「だれうま」と称賛してしまうような、そんな言葉回しが用い
られています。

「このネタは見たことがある」「そのパロディはもう古い」「言い回し自体に目新しさ
がない」と単語や行だけ切り取って見る読み手には凡庸にしかなりません。全体の流れを
注視し、用途・タイミング・前後のテキストと合わせ読むことで妙の見い出せる、かなり
読み手頼みの特徴を持ったテキストです。


本作の特徴が見えてくるとキャラゲーとしてもより鮮やかな色合いを見せ始めます。
会話の端々から性格を読み取ることで、テンプレートだけではない生きたキャラ像が
見えてくるのです。

厨房組ともいえるエレーヌと乃梨子、主人公の純はお笑いに傾倒したキャラクター
です。個別ルートにしてもエレーヌと乃梨子はコメディ風味ですね。共通に近しいノリ
ながら、また一味違った面白さを堪能できます。純はお菓子への情熱と技術以外は
かなりダメダメなヘタレ系ですが、そこがかえって愛嬌となるタイプです。

ホール組の麻里・つぐみ・未果は恋愛重視。麻里・つぐみは主人公に寄りかかるだけで
なく、自分から幸せを掴もうと進むのが魅力的。属性だけでない、生きた彼女たちを
実感できる個別ルートでした。加えて麻里は初エッチ前後からが独特で、恋愛・家族もの
としても良好ですね。未果は唯一のファンタジーヒロインということもあり、説明が
多めでちょっと個性は薄いかも。粗暴ながら理解ある姉に食われ気味でしたし。

他にも洋菓子店ならではのエピソードなどが上乗せされて物語は進んでいきますが、
イベントだけを拾って読むとやはり薄味で上滑り。会話で肉付けられた個性を合わせ
読んで初めて本作のシナリオは輝きます。特にホール組はその度合いが顕著。まずは
会話を楽しみながら個性を見つけ、その上で各ヒロイン個別を読むのがいいでしょう。



以下ネタバレでヒロイン所感など色々と。









◆水と油な設定とシナリオ
洋菓子店が舞台で「お菓子で得られる幸せ」をしきりに語るあたり、主題はそこに
あるものと受け止めがち。しかしいずれの個別ルートでも目標は漠然としたままで、
物語は相方ヒロインとの個人的な幸せへ、今できる目先の幸せへと収束されていきます。

魔法の扱いにしてもそう。諸事情による未果の離脱や店舗拡張した際の対応などの
生々しいリスクを、職人の矜持以上に考慮して二の足を踏んでいます。他にも麻里・
つぐみ・乃梨子ルートにおける将来への悩みなど、ファンタジーパティスリーを舞台と
しているわりにどうにも生臭いお話です。

読み手としては「水上都市・洋菓子店・幸せになる魔法」辺りから連想される温かな
ファンタジーを期待していたはず。だのにヒロイン達は妙に現実的な見通しを語り、
目標も地に足の着いていて幻想世界ならではの都合いい優しさは見せません。設計図と
材料はお菓子の家なのに組み上がったのは木造モルタル住宅、的なきまりの悪さが
あります。

個別ルートに物足りなさを覚えるのは上記が原因なのかなと。パッケージから導入
までで連想される代物と中身にギャップがありすぎる、というか正反対なんです。
結果後半のリアル指向な流れを受け入れきれずに「雰囲気だけは良い作品」と評されて
しまうのでしょう。

ですが前半で述べたとおり、各エピソードでの会話と大半の個別ルートは結びついて
おり、決してクオリティが低いわけではありません。ちゃんと点を線で結び付けて話を
収束させていますし、中身もコメディにせよ恋愛にせよ上々の代物。読み手に余計な
先入観を持たせてしまったことが、作品としての本作の失敗かと考えます。

また余分と評したファンタジー設定は、ある程度プロットが固まってから追加された
ものと推測します。会話や話は面白くてもフルプライス商品として売り出すための
セールスポイントが何一つないからです。そこで洋菓子店と相性が良く見栄えする
ファクターを追加したのでしょう。

企画段階から設定とシナリオを分けるつもりだった、とするにはあまりにもちぐはぐ
なんですよね。これだけのテキストとシナリオを作れるライターさんですから、多少
質が落ちても設定に話を合わせることも容易だったはず。やはり後付されたと考える
方が腑に落ちます。


以下ヒロイン所感。純粋な洋菓子店のお話としての印象です。



◆未果
設定と同様に後付追加されたと推測します。会話を見ても彼女に絡んでいくのは純と
麻里が大半で、会話の少ない他ヒロインとの関係性には一線が引かれているように
見えます。個別ルートも厨房組・ホール組のいずれとも色合いが異なります。それも
話が固まった後に付け足されたのだとしたら合点も行きます。

結果会話での掘り下げが足りずに上滑りな個別シナリオになってしまったのかなと。
二人の物語に収束するでもなく、魔法のお菓子で幸せにするわけでもなく、ただ魔法
要素のみを綴ったお話からは妙を見出すことができませんでした。真面目キャラで
地味に見えるのも会話への参加が少なかったからでしょうね。単純に個性付けが足りて
いなかったかと。



◆麻里
お調子者で感情的のように見えて打算的。常に冷静なもう一人の自分が傍にいる
タイプです。初エッチ前のあの状況で「熱に浮かれているから(エッチしたら)後で
後悔しそう」と一考できるのは凄い。普通のエロゲヒロインなら感動パワーに流され
考えもせずエロに突入するところです。ここでまず「お?」と思わされました。

その後告白の回答を保留する麻里ですが、思考がなんとも打算的で自分本位。兄妹と
恋人、どちらがより幸せになれるかで揺れているんですよね。ここが面白い。正しくは
兄妹でもありたいし恋人でもありたい我儘なのですが、そこに純の意志はなく自分の
気持ちだけで悩んでいるのが好印象でした。

そしてラスト、純パパへ結婚報告へ行こうと画策するシーンからは恋人になると決めた
以上は全力で幸せになる、そのためには純にも幸せになって貰う、という彼女の意志と
行動力が見て取れます。冷静に悩んで、決めた後はアクセル全開!なのが実に麻里らしい
といいますか。

エッチも同じなんですよね。1回目は先の打算があるから結ばれたい気持ち以上に
後のことを考えて身が入らない。そこに純のヘタレさと初体験の拙さが加わってムードも
何もあったもんじゃない。純視点で見ればためらい気味な麻里に自分の想いと性欲を
ぶつけているだけですし。「とりあえずヤった」な初エッチは以後のシナリオを綺麗に
なぞらえていました。

対してオーラルを1回挟んでからのエッチは恋人宣言してからのもの。幸せになろう
という想いがそのまま現れたかのようなイチャラブ全開のシーンでした。選択には
十分な時間と慎重を期して、選んだら後は振り向かず全力で、という彼女の生き様は
実に潔くそして魅力的でした。

他者の思いや判断に流されないのですよね、麻里は。まずは自分のベストを選んで、
その道で取りうる相方最大の幸せを考えている。主人公ありきで未来を決めていない
んです。その冷静さと強靭な意志、そして決めた後に引っぱり上げてくれる力強さが
麻里の真骨頂です。

その背景には天涯孤独の身であることも手伝っているのでしょう。育ての両親がいる
とはいえ、やはり誰もいない寂しさはあったからこそ、血の繋がった決して縁の切れない
「兄妹」に憧れたのでしょうし。その後ろ髪を断ち切って恋仲になったわけですから、
幸せに貪欲なのも納得です。その辺含めて実に上手く掘り下げられたヒロインだったと
思います。



◆つぐみ
上辺だけでは進路相談に終始するシナリオで微妙っぽいですが、実は麻里シナリオの
対極にあるヒロイン。というのもつぐみの場合、何するにもまずは純ありきです。
自分のやりたいことが自分のベストではない、純の望む立ち位置にいることがベスト
とする姿勢は、自分ありきな麻里とは正反対です。

かといって数多のエロゲヒロイン宜しく主人公に依存するのではなく、望まれた
立ち位置で全力を尽くそうとするのがつぐみ。「わかった、じゃあMBA取るね」と
晩御飯を作るかのごとくに答えちゃうのが凄い。できるできないではなく、望まれた
からやる、という鉄の意志がそこに見出せます。

それにお願いされたからと二つ返事では承諾しません。「MBAとっても世界規模で商売
しないなら意味ないよ」と建設的な指摘もバッチリ。ただ言われるがままではなく、
意見も出して二人が幸せになれる道を主人公に任すことなく一緒に捜してくれる、とても
頼りがいのある恋人です。

つぐみの立脚点は「与えられるだけでなく、与える側になりたい」という、お人形や
お姫様に例えられ続けた彼女ならではのものです。今までは純から与えられるだけ
だったから、恋人になった以上は支える側にもなりたいという想い。当たり前のようで
エロゲで実践できているヒロインは存外に少ない。一方的に与えるだけ、与えられる
だけのヒロインなら沢山いますけどね。

共通でも人形に例えられればヘソを曲げ、お世話になった人のためにバイトを始め、
姉のためにケーキを用意して。告白にしても恋心以上に純の手伝いがしたい気持ちの
方が伝わってくるほど。麻里と対極にありながらも同程度の強い自分を持った素敵な
ヒロインです。地味ながらもテーマが明確な見事な物語でした。



◆エレーヌ
コメディルートその1。けど大体イザベルのせい。ウザキャラをウザく書けているのも
お見事でした。ショートケーキの研鑚など最もパティシエとしての活躍が見られるルート
かと思いきや、エレーヌのスパルタ教育やら何やらですっかりコメディ方面に。まぁ
笑って満足するルートだったかなと。

立ち位置的に最も遠くにいそうな第一印象でしたが、終わってみればグイグイ中へと
切り込んでくるタイプでしたね。いいたいことをはっきり言って、良いときは素直に
良いと褒める割り切った性格。他のヒロインが遠慮してたとは微塵にも思いませんが、
エレーヌには一流職人ゆえの力強さが見て取れました。



◆乃梨子
コメディルートその2。後半のマザコンネタにはさすがにドン引き。甘やかしはわかる
けどヒロインにお母さん求めちゃうのはなぁ。ついていけませんでしたw

そんな鈍君が最もヘタレたルートですが、共通のノリをそのまま持ってきたような
コメディ調はそれはそれで楽しめました。元より乃梨子がギャグ要因でしたからね。
違和感なく読み進められました。どちらかといえば脇役で輝く娘かも。

彼女も麻里やつぐみと同じで、自分を冷静に分析できているのですよね。ショコラ
ティエになりたいと立ち上がるも、ある程度経ってからとはいえ落ち着いて見直せて
いるのが面白い。良くいえば沈着で未来を見ていますし、悪くいうなら若さがない。
手に職を持っているエレーヌも含め、本作のヒロインは基本冷静ですよね。

ただ乃梨子の場合は純と同じヘタレ属性で、ここ一番でネガティブ入って強く出られ
ないのが特徴ですかね。自分に自信が持てずに諦めちゃう、みたいな。そこを純が
告白兼ねてフォローしてて「お、珍しくカッコいいじゃん」と思ったのに...やっぱ
マザコン設定はいらなかったと思うの。いやまぁ面白かったですけどねw



◆まとめ
以上、センスあふれるテキストにキャラ個性をしっかり乗せた本作は、多くの読み手が
楽しめる良作に仕上がっているかと思います。個別のバランスも恋愛重視に笑い
重視とバランスもいいですし。上述の通りテキストの妙が少々わかりづらいのは難点
ですが、それゆえの独特な良さもありますからね。善し悪しかなと。

そんな本作をケーキに例えるとしたらやはりショートケーキかなと。他レビュアーさん
もおっしゃっていましたが、地味で素朴な良さがあって手を出しやすいという意味で
ピッタリだと思います。ド派手な感動や劇的なクライマックスはありませんが、地に足の
着いた日々を書いた物語として秀逸な作品でした。

ですが、そのショートケーキの包装は豪華絢爛です。センス溢れるデザインが描かれた
箱は立体物としても目をみはる代物。ラッピングリボンも箱の調和を取りながら自らを
主張してくどさがない。中身にも夢を期待できそうな、そんな外見です。

しかし開けてみれば中にあるのはショートケーキ。確かに美味しい。けれど外見から
想像してたのとは違うコレジャナイ感。それが本作の姿そのままではないでしょうか。
雰囲気やファンタジー要素に期待されていた方はガッカリしたことと思います。

なので外は外、中は中と切り分けて楽しむのが一番ですね。水上都市や幸せの魔法に
期待せず、洋菓子店の日々を綴った物語としてのみ楽しむ。それが本作を堪能する
一番の方法です。