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amaginoboruさんのサクラの空と、君のコト ~Sweet Petals For My Dear~の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
サクラの空と、君のコト ~Sweet Petals For My Dear~
ブランド
ひよこソフト(2008年~)(株式会社トゥインクルクリエイト)
得点
91
参照数
507

一言コメント

学園キャラ萌えゲーとしては良質といえませんが、シナリオゲーとしては旧来の名作に勝るとも劣らぬクオリティです。共通ルートや一部個別はお世辞にも良い出来ではありませんが、完成されたテキストを求める読み手なら、それを乗り越えてでも触れる価値のある作品かと。埋もれていますね。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

将来有望な天才画家の卵が主人公で、病気で入院しているヒロインのために絵を描く
お話です。美術部に所属しており、廃部の危機に晒されて云々の二本立てで共通ルートは
進みます。よくある学園モノの恋愛キャラゲーですね。

4人いるヒロインの個別は2人のライターさんが半々で担当されており、病弱の
佳奈多と後輩の千春は普通のキャラゲーです。あらすじから大体予想のつく個別
ルートが用意されているのですが、こちらは物足りなさを覚えるかも。

話の整合性は取れていますし別段大きな欠点もないのですが、よくあるお話の
テンプレートだけで作られたような内容で中身は薄め。多少なり美少女ノベルゲー
を経験された方なら「あ、この話知ってる」と思われることでしょう。

共通ルートもまた大半(全部?)が上記ライターさんの手によるもの。一時的に
テキストが厚みを増し、書き手が変わったような印象も受けましたが、この時点では
区別がつきませんでした。つまり共通ほぼ全部と2ルートが凡庸なわけで、人に
よっては読むのが辛いレベルかもしれません。

そんな作品に高得点をつけたのは、怜那・彩の両ルートがシナリオゲーとして見事な
出来栄えだったからです。他2ルートと同じような普遍的テーマを、独自の持ち味を
持って書き起こしています。わけても彩ルートの出来栄えは素晴らしく、旧来のシナリオ系
エロゲと呼ばれる作品群に勝るとも劣らない内容でした。

何がすごいのかと問われればやはりテキストでしょうね。ストレートな言葉で具体的に
表現するのではなく、それこそ心を象ったかのような抽象的な表現で物語を綴り、しかし
伝えるべきことはしっかりと伝わってくる。ストーリーも王道をなぞっているようで
最後は独特かつ綺麗にまとまっており、粗を探すのが難しいほどです。

私も様々な名作エロゲをプレイしましたが、ここまで完成されたテキストを拝見した
のは2~3度目ぐらいですね。他要素を合わせたなら更なる作品も多々ありますが、
ことテキストに限っては比肩しうる作品すら滅多に見受けられない。それほどの筆力を
もったライターさんでした。

だのに全く名が知られていないのはいくつか理由があります。まず上述のとおり、
佳奈多・千春ルートが凡庸であること。それと怜那・彩ルートが学園恋愛キャラゲーの
空気とミスマッチなのですよね。可愛いヒロインとイチャラブしたくて購入された方
してみれば、いくら中身が良くとも肩透かしだったでしょうし。

そして少々ネタバレになってしまうのですが、彩ルート後半のとあるイベントが、大変
有名なエロゲの終盤と同じ入り方をするのですよね。テーマは全く異なりますし、過程も
一切被りなく何の問題もないのですが、事実だけを切り取って「パクりだ!」と非難
された読み手の方は決して少なくなかったことと思われます。

物語だけを追えばこの上ないほどの名ルートなのに、様々なバイアスがかかったことで
見向きされなくなってしまった、正に埋もれてしまった名作です。シナリオゲーを好まれる
方にはぜひ一読いただきたいですね。ともすればワンコインで購入できる作品ですので、
是非。

なおプレイ順ですが、設定や作品テーマを順に追うのであれば「佳奈多→怜那→彩」と
プレイするのを推奨します。千春は大勢に影響を与えないお話なのでどこでも。



以下、本格的なネタバレ感想。









作品テーマに対し様々な角度からアプローチをかけ、結末で全て集約し、一切の齟齬を
見せず、具体的な表現を避け抽象的に、しかしわかりやすく読み手に伝える。彩ルートは
文章で読ませる物語の、おおよそ全ての要件を満たしていました。構成力や発想も見事
ですが、それらを綺麗にまとめ上げた筆力に、私は何より惹かれました。


ルート前半の彩が悩みを語る時点では、こんな結末になるなんて予想だにしていません
でした。言葉が伝達方法として劣化が激しいとか記憶は曖昧とか『Senseoff』のような
ヒューマンインターフェース/デバイスの話になるのかなーとか予想していましたから。

そこへ「記憶は曖昧だから他者が補っても問題ないよね」「なら記憶を48時間しか保て
なくても、誰かが教えてあげれば無問題!」ときたもんだ。そう繋がるのか...!と
目から鱗状態だったのは私だけでしょうか。

加えてこの状況、涼になりたいという彩の望みそのままなのですよね。記憶を保持
できない涼の代わりに記憶を保つ、イコール彼の一部になるということですから。
怜那ルートからのお題目でもあった「芸事を続ける意味」にしても、彩は望みを達成
したことで開花し、一方で涼は絵を止めざるを得なくなっても別の幸せを手に入れる
形で答えを出しています。

涼と添い遂げる。涼になる。絵を続ける。全てを捨てずに手に入れた彩は「何も
捨てない」道を選択します。それは自分そのものである久我家と涼の二択を迫られ、
家を捨てた怜那ルートの真逆とも取れる回答です。
しかしその目的は2人とも涼と添い遂げること、ひいては「1人にならないこと」
でした。すなわち、エピローグで語られた「幸せのカタチ」です。

言葉も、記憶も、絵も、家も、自分も。幸せであるならば、一般的に不幸とされる
カタチでも捨てることができるし、逆に全てを手に入れることで幸せになるケースも
ある。取捨選択は目的でしかなく、自分が幸せになるためにはどうすればいいのかを
考える。幸せという見えない怖いものに対し、1人ではなく2人で立ち向かうこと。

ヒューマンデバイス、記憶能力の喪失、取捨選択など様々な要素を収束して語られた
のは、「幸せのカタチ」という数多の作品で語られ尽くした、ごくごく普遍で普通の
テーマでした。


...という流れを、テキストだけで簡潔に伝えているから素晴らしいのですよ。お題が
あっちへこっちへと飛散するのに、終わってみれば全てが綺麗に収束して、しかも
齟齬や矛盾がほとんど発生していません。語られ尽くしたテーマですが、その答えは
独特かつ説得力に溢れるものでした。

というかこの内容で説得力を持っているのが凄い。だって記憶を保持できない状態に
なり、唯一の才である絵も描けなくなったのに、主人公を幸せだと思えるのですから。
一般論からすれば確かに不幸な状態ですが、結果として彩の望みが全て叶い、かつ
添い遂げることができたわけで、そんな涼を不幸だとは思えませんでした。

そう認識できたのは構成力もさることながら、やはり文章の表現力によるところが
大きかったように思います。どんなに構成が秀逸だとしても、事実だけを並べて納得
できるのであれば、佳奈多やわんこのお話だって十全に楽しめたはず。しかし
そうはならず、怜那ルートを経た彩ルートにだけ満足感が得られたわけで。

答えのない問いに対する揺れるような言い回しで地の文を繋ぎ、かと思えばシンプルで
ストレートな答えで読み手を頷かせ。時系列のあやふやな世界でも論理的な解を用意し、
しかし感覚的にも何が起こったのかわかるように表現して。

ともすれば難解すぎて書き手の自己満足で終わってしまいそうな物語を、万人にわかる
よう丁寧に、しかし持ち味を損ねることなく表現した作品。過不足なく、ほぼ完全な
調和をもって紡ぎきった創作物として、私は彩ルートを評価したく思います。