全ての要素がベクトルを合わせ目的を成し遂げている数少ない作品の一つ。単体でも十分魅力のあるテキストが、脇役たちとのシナジー効果を得て更なる高みへと登りつめた、ビジュアルノベルの名作と呼ぶにふさわしい物語です。陰鬱・グロ・狂気・恐怖・♂×♂と遊び手を選ぶジャンルですが、後味も悪くありませんし、耐性のある方は是非。
これはいいサイコホラーですね。開幕直後はシーンが飛び飛びで面食らいますが、
テキストから伝わる狂気と恐怖が読み手を掴んで離しません。わけがわからなくとも
読み続けてしまうほどの魅力を持っています。
とはいえ構成は決して難解ではなく、Chapter3あたりで大まかな時系列は把握できます。
ループモノや考察モノに不慣れな方は少々苦戦すると思われますが、それでもクリア後に
解禁される時系列を見て再プレイすれば、大体の流れは掴めるかと。
本作で真にキツイのは、ホラー要素・メンタル面の両方からくる恐怖でしょう。
ビックリギミックはタイトル筆頭に容赦なく仕込まれていますし、作中は終始陰鬱な
静けさに包まれています。
精神的な狂気も随所に現れていて、CGもグロに狂気にインパクトのあるものばかり。
挙句の果てには♂×♂まで用意されていて、まさに恐怖・嫌悪のオンパレード。
この手の雰囲気が苦手な人は回避推奨です。
とはいえサイコホラーとしては比較的読みやすい方じゃないかなと。
本作のエンディングはトゥルー・ハッピーの2つ(とバッド多数)用意されている
のですが、誰でも楽しめるよう様々な読み手のニーズにうまく応えています。
最初に見せられるエンディング「ED13:最も妥当な結末」はその名の通り、本作の
締め方としては最も妥当な終わり方といえるでしょう。
兎だった自分が、とある相手にとっては狼だった。被害者と加害者。弟の所業。
「狼は殺されるべきだ。そうだろ?」。町中の兎。切り裂きジャックは兎か狼か。
屋上に追い詰められる真人。迫り来る兎。そして「僕は、兎に殺される。」
救いようのない後日談とEDもあわせ、完璧で綺麗な幕引きでした。
私はこちらの方が好みです。
一方ED13の後に解禁される「ED20:さよなら」は、妥当な結末を見て後味の悪さを
感じたプレイヤーへの救済。そして作者の最も書きたかった部分かと思われます。
こちらのルートでは兎に対する解釈が異なります。
兎は断罪する存在ではないのでは?そう気付いた真人が、兎を正面から受け止める
ことで展開される救いの道。弟と向かいあい、真紀と向かいあった結果知ることが
できた、母との悲しすぎるすれ違い。
どちらも兎であり狼だった。お互い許して貰いたかったが、その機会は永遠に訪れない。
だが同じ過ちは繰り返さない。真紀を受け入れ、外へと旅立つ真人。
そして最後に、自分の全てだった自宅へ一言「さよなら」。
中盤の縫い目に関する一文やCG差分で、オチや泣かしどころは予想できたにも関わらず
泣けました。あまりにも切なすぎて。
こちらのルートではホラー要素は成りを潜め、こだわっていた「家族」に決着をつけ
外の世界へ目を向ける真人の様子が書かれています。
八方手詰まりだった状況からは予想もつかない、前向きで爽やかなエンディング。
後味の悪さなど微塵も感じさせません。
(「家族の食卓」着火役の顛末には不満が残るかもしれませんが。)
さてこの2つのエンディング、トゥルーEDはホラーを求めた方が望んだ結末で、
最後まで恐怖・狂気を残し、スタッフロールも容赦ない作りとなっています。
反面非常に後味が悪く、このルートだけなら不満に思う方も多数いたことでしょう。
そんな方のために用意されたのがハッピーED。家族をテーマに後腐れなく爽やかに
締めくくられたエンディングは、終始陰鬱だった本作からは想像もつかないほど、
晴れやかな気分で作品を終えることが出来るでしょう。
しかしあまりにもご都合主義な終わり方に、首を傾げる方もいるはずです。
何人も殺っておきながら、捜査の網を潜りのうのうと生活できるのか、という
当然の疑問をはじめ、不整合な部分が多々見受けられます。
それゆえ、ED20はトゥルーではなくハッピーエンド。妥当な結末ではないからこそ、
読み手に都合よく終わる、本作の最も幸せな結末を書いているのです。
方や、サイコホラー及び整合性を求めた方への真のエンディング。
方や、後腐れなく晴れやかな気分で読了できる、幸せなエンディング。
使い古された手法ながら、どちらのニーズにも応えた見事な締め方でした。
以下、本作の評価点について。
本作をプレイして最も目を惹くであろう要素は、おそらくテキストでしょう。
読み手に恐怖・狂気を見せながらもストーリーに引き込むその力強さは、同人作品ながら
下手な商用ゲームなど足元にも及ばないほどのクオリティを誇ります。
ですが本作において最も評価されるべきは、主役のテキストを脇役がバックアップ
することで生み出された、完成度の高さではないでしょうか。
各パーツは個々の秀逸さもさることながら、それら全てが主役を生かすために
使われているのが特徴。
ランダムな時系列で物語を見せ、読み手の混乱を煽るシナリオ。
不安をかき立てる、おどろおどろしい音楽。妙に生々しい音を立てるSE。
そして繊細で柔らかいタッチながら読み手に衝撃を与えるCG。
全てがテキストの持つ表情に、より深く印象的な陰影をつけています。
ハッピーEDにおける切り替えも見事です。
混乱と恐怖を煽るシナリオは切なくも温かく前向きな内容変わり、BGMも
柔らかく温かなものに。
CGも陰鬱・インパクト中心だったのが、光あふれる柔らかなタッチに。
テキストが雰囲気を変えるのと同時に、号令で回れ右をしたかのように
脇役たちも空気を一新させています。
全ての脇役が的確に、かつ全力で引き立てているからこそ、主役そして作品自体が
ワンランク上のレベルへ昇華しているのです。
大抵の作品は売りの一点のみが傑出していたり、あるいはファクター同士が干渉せず、
それぞれ別個のセールスポイントとして製作されています。
一方でいくつかの要素は足並みを揃えるも、一部が明後日を向いている作品もあります。
総合力は高くとも、どこか違和感を憶えるゲームはその傾向が強めです。
ですがそれは、ある種仕方のないことでもあります。商用作品で複数要素を1人で
取り仕切るのは稀ですから。大抵は分業です。
その点同人作品はサークル規模にもよりますが、少数精鋭で製作するため、諸要素の
ベクトルを合わせやすい。同人ゆえのメリットが最大限に生きた作品といえます。
反面規模が小さい、ボリュームが薄いというデメリットも同時に享受しています。
人数の少なさもさることながら、ファクター自体も非常に少ない。商用であれば
BGM・SE・CGに加えて声が当然含まれ、シナリオも増量されたことでしょう。
それは同人ゆえの限界とも取れますし、あえて使用する素材を絞り込むことで
全体のクオリティを高めた、とも解釈できます。
以上、本作の評価は
「小規模ながら、全てが主役を中心にまとまった、完成度の高いビジュアルノベル」
というのが妥当でしょう。
サイコホラー・家族ものとしての面白さは勿論のこと、その完成度の高さに触れる
という点においても、プレイする価値のある作品です。
ヤオイ描写ゆえ敬遠されてしまいがちではありますが、ビジュアルノベルが好きな
方にこそ是非触れてもらいたい物語ですね。
蛇足
本作の総合力を私は評価しましたが、決して一点売りの作品が劣るわけではありません。
例えば「SWAN SONG」などは、瀬戸口氏の圧倒的な筆力が売りの物語で、あれほど凄絶な
描写を文のみで表現した作品は、エロゲ内において他に類を見ません。
ただ私としては、せっかくのビジュアルノベルなのだから、そのメディアのみでしか見ることの
できない作品にこそ出会いたいと常々思っています。その点で本作は、ハイレベルかつ私好
みな作品だったといえます。