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amaginoboruさんのキスよりさきに恋よりはやくの長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
キスよりさきに恋よりはやく
ブランド
SkyFish
得点
85
参照数
1230

一言コメント

時間モノならではの純愛物語やカタルシスを期待すればガッカリすること間違いなし。作品構成もアクロバティックで、共通・個別のお約束に馴染んだエロゲプレイヤーに酷く不親切ですが、「純愛・浮気両立の正当化」という作品主旨は十二分に書き通せており、濃厚多彩なエロシーンの効果も相まって、本妻と愛人を都合よく入れ替えながらも罪悪感薄く堪能できるエロゲに仕上げられています。スタンダードで良質な萌えゲーをご所望の方は要回避。その作品だから楽しめる、オンリーワンの萌えゲーをお求めの方にこそオススメしたい異端作です。ただ予備知識として、真っ当なタイムリープ・平行世界モノを最低1作品頭に入れておくといいかも。タイムラインの整理が容易になり、よりスムーズになるので。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

・誰を攻略しているかわからなくなる
・乙姫ルートしかなくて楽しめなかった
・誠実な面を被った浮気主人公が許せない
・タイムリープモノとしての設定が甘い
・有海が攻略できない!「有海たん可愛いよ有海たんハァハァ」ができない!
・まきいづみさんのアドリブ一分間トーク、グダグダすぎ

プレイ後の不満は大体こんなところでしょうか。なお私は乙姫派であり有海のは純然たる
印象です。最後の一文は否定しないけど。一番綺麗にまとまってたのはソルだったけど、
事実上take2だからずるい。とはいえソル以外でも瑠璃歌が一番綺麗にオチてたし、やっぱ
りんごさん優勝で。

いきなり脱線しましたが、おおよそスタンダードな萌えエロゲ的プレイングをすれば、
大体列記したような印象を受けるかと思われます。事実タイムラインのあっちこっちに
勝手に飛び移るわ、主人公の好きなヒロインはクルクル変わるわ、個別ルートがないわ、
なのに話終わって乙姫と結ばれても浮気するわ・・・とりわけエロゲ純愛に誠実さを
求める方には気分の悪いシナリオだったのでは。しかし本作のコンセプトは

「キスよりさきに、恋よりはやく始まる新婚生活・・・かーらーのー正当化された浮気」

であり、1on1なイチャラブ新婚生活も、時間移動の力で不幸なヒロインを助ける
カタルシスも、全ては正妻を持つ身上での都合いい浮気を書くためでしかありません。
右も左もわからない一週目でその辺を把握するのは少々難しくありますが、よくよく
シナリオを追ってみると、浮気にとても都合のいい展開ばかりであることが理解できます。

最初のルート「蝶のみる夢」で乙姫を淑やかで奥ゆかしい大和撫子としてのみ書いて
釘付けにし、「箱の中の猫」では彼女の別な一面を見せると同時にヤキモチラッシュで
妬かれる心地よさと面倒さを体験する。
と思ったら世界線があちこちに移動し他ヒロイン達ともいい関係になり、有海の説明で
「平行世界だから、嫁さん助けるためだからしょうがないね!」と理論武装(笑)して
浮気しまくり。更に乙姫が郁から絶対に離れられない理由をつけて、みんなの願い的な
何かで救い出してハッピーエンド。
最後「夢のつづき」でやっぱり「平行世界に興味あるよね、浮気じゃないよね、仕方ない
よね?」と言い訳して個別ルートへ。乙姫・有海の二股エッチ2×2連戦をこなしてから
乙姫ルートのエピローグ。他ヒロインを選べば勿論そちらの世界線でエピローグ。

浮気をしても平行世界のことだから浮気じゃないよ!という理由に加えて、星の記憶
集合体から乙姫を救い出したのを郁とすることで、いかな状況でも彼から離れられない
ようにして二重の予防。更に有海の立場を利用し彼女にも浮気を肯定させ三重の予防。
挙句に天女いつき様からも「浮気じゃないですよね。貴方は優しい(笑)だけ」と
言わせてフルコーティング。

他にも選ばれなかったヒロインがすべからく自然と諦めていたり、でも美万里エピローグは
乙姫の悲壮な吐露を見せることで、あぁこの娘は絶対に郁から離れられないんだな、と
意識付けたりと、兎角浮気に罪悪感を覚えさせない工夫がそこらかしこに張り巡らされて
いるんです。

とまぁここまで露骨な準備をされれば読み手も気付けそうなものなのですが、そこは
わかりづらい世界線移動をもって煙に巻いています。あまりにも慌しくタイムラインが
動くため状況を追うのに必死となり、結果正当化の準備に気付きづらくなっている。
平行世界ネタを浮気肯定の材料として使うと同時に、下準備を気取らせないための煙幕と
しても使っているわけです。(表現しきれなかっただけかもですがw)

だから整理のついた2週目だと惑わされることなく「あ、これ浮気ゲーじゃん」と
気付かされ、ここでようやく本作の楽しみ方を理解できる仕組みとなっています。
(もちろん私のように1週目で把握された方もいらっしゃるとは思いますが。)
しかし純愛・タイムリープものとして凡作駄作の印を押し、内容の再確認をせずに
終わってしまう方がほとんどだったのでは。ゆえに本質を見出されることなく埋もれて
しまったのかなと。

脱線しますが、更に言えばセールス戦略もまた微妙だったようで、古の和を彷彿とさせる
グラフィックと「キスよりさきに~」のキャッチコピーが、殊更本質を隠してしまった
模様。タイムリープという言葉はそれ自体がネタバレで、OHPの紹介にも一切振れられて
いません。「幼な妻新婚モノですよー → 実は時間モノでした!」とハメられた上で、
更に「 → 本当は明るく楽しい浮気モノでした!」とまで理解しろ、という方が無茶無理
難題というもの。読みきれないのも致し方ないところかなと。


プレイ済みの方の大半が語られている通り、純愛ゲーとしてはあまりにも浮気すぎですし、
タイムリープモノとしても説明が足らず、不整合な部分も多々見られてお世辞にもいい出来
とはいえない、やもすれば駄作の部類に入る作品です。

しかしながら浮気ゲーとして改めて俯瞰してみると、随所に浮気を正当化させる準備や
ギミックが用意されており、流れも違和感なく実にスムーズ。乙姫にせよ他ヒロインの
ルートにせよ、物語が本質を崩すことも一切ありません。
作品ポリシーに沿っている、プロットがしっかり練られ、ラインに沿って丁寧に作られた
エロゲであることが理解できます。そこにオリジナリティを加味すれば、名作といっても
差し支えないクオリティかと思われます。


「そうはいっても俺は純愛ゲー(時間モノ)を期待してたんだ!出来の良し悪しなんて関係
ない、期待通りのものを作れ!」とおっしゃる方もいるでしょう、というかそれが普通です。
焼肉食いにきたのに近海ホンマグロ出されても嬉しくない。ごもっともです。

ですが私としては、商用ながらも作品コンセプトを歪めることなくリリースした、その
職人気質な心意気を大きく評価したいところ。影響の少ない同人ゲーならまだしも、商用で
このような尖った作品を送り出したその意気は大事にされるべきものだと思うからです。
事実Skyfishは近年においてもその意気を失ってはいません。「キミに送る、ソラの花」が
その証左たる作品といえます。その系列たる本作は、主旨を違えずにプレイした際に覚える
妙も合わせ、改めて評価されてほしいところです。


加えて同人ゲー風味の良さを兼ね備えつつ、商用作品としてのメリットも存分に生かして
いるのもまた見事です。具体的にはエロシーン。エロくて濃厚なシーンのまぁ多いこと
多いこと。唐辛子ひでゆさんの原画にSkyfishの塗りをマージしたグラフィックは十分な
エロスを醸し出していますし、テキスト面での描写も十分なクオリティです。
(相変わらずの意地悪でSっ気全開な主人公は功罪アリかな?とは思いますけどw)

シーンの挿し込み方もまた手馴れたものです。序盤は乙姫との新婚イチャラブなシーンを
用意し、中盤は他ヒロインとの浮気を楽しむエッチを。そして最終盤では真っ当な浮気の
準備が整いきり、いざ世界線を飛び越え好き好きの女の子とイチャラブ。序・中・終盤と
満遍なく自然に、十分な量が用意されています。ここはエロゲとして本当によくできています。
(終盤にエロを詰めてハイおわり、な作品には見習っていただきたいところ。ケロ枕とか。)
エロ以外のグラ・音楽・演出も秀麗で、この辺も流石のSkyfish。マンパワーと資金のない
同人作品では妥協されがちな部分にも十分手が行き届いています。


とまぁ褒めちぎっているばかりのもアレなので欠点をば。といっても冒頭に列記した欠点の
大半はあくまで純愛・時間モノとしてであり、錯覚した読み手の落ち度。本作の落ち度では
ありません。
特にタイムラインは視点変更に惑わされるだけでその実単純なものです。YU-NOのADMS
よろしく各世界線を横棒で表記し、世界線を飛び越えるタイミングで橋を書いてください。
で、最後にそれを色変えてなぞれば一目瞭然。全然難しいことなんてありません。物理的に
書かずとも、脳内で意識するだけで随分と鮮明になるはずです。

それはさておき、具体的には乙姫以外のヒロインシナリオです。まず誤解しないで
いただきたいのが、本作は一本道なだけで個別ルートは存在します。飛び飛びなだけ。
プレイ時系列でいうと、

乙姫BAD → 共通 → 美万里個別1 → 乙姫個別1 → 有海個別1 → 美万里個別2 or 瑠璃歌個別1
→ 乙姫個別2A or 2B → 瑠璃歌BAD or 有海個別2 → 乙姫個別3 → 美万里ハッピー or 瑠璃歌ハッピー
→ 有海エンド → 乙姫ハッピー → (乙姫・有海二股) → エピローグ

といった感じ。個別の見せ方が少々特殊で、タイトル画面に戻らないだけです。
(この辺を図的に明示したYU-NOはやはり凄いなぁとか、プレイしてて思いました。)

じゃあ何がダメなのかというと至極単純で、瑠璃歌のクオリティが著しく低いというか
レガシーすぎる。ギャルゲー最初期に出されたPC-FXのゲームかってぐらいベッタベタで
底が浅い。SDキャラでギャグにこそなっていましたが、ライバルに主婦対決で負ける→自信を
なくす→主人公慰めて復活の流れはまぁいいとしても、その表現があまりにもチープすぎ。
陳腐化された展開が08年のエロゲで見られるのは物珍しくはあります。が、やはり微妙
すぎる。

美万里シナリオもお世辞にも名作といえる内容ではありませんが、それでも当時のエロゲ
水準には届いているクオリティ。世界線の調整に手間取り時間を割けなかったのは理解
できなくもないですが、それを差し引いても瑠璃歌は何とかしてあげてほしかったです。

そして裏のメインである有海シナリオですが、正直なところ善しとも悪しとも取れる
展開で判断に困るところ。乙姫の世界線に残っちゃうのはご都合主義の極みとツッコミ
いれるとして、なら恋仲エンド作るまでご都合主義を通せよとも思うし、エピローグ
最後の1枚グラを見ると、これはこれで悪くないなとも。家族という裏テーマがあると
取れなくもないので、読み手の判断次第でしょうか。少なくとも有海目的でプレイした人に
とっては微妙な展開だったかなと。乙姫派の私としては綺麗な軟着陸という認識です。

なお乙姫に関しては序盤で釘付けにされちゃったので文句なしです。
淑やかな新妻との穏やかな前半、欠点が見え隠れするヤキモチな中盤といずれも可愛らしい、
和服が似合う黒髪ロングの大和撫子。全てが終わり浮気すら許容する終盤を差し引いても
素敵なヒロインでした。

加えて評価したい点として、まず家事スキル万能の描写が丁寧だったところ。家事が
上手いんだよーという言葉だけでなく、ちゃんと生活臭のある描写がしっかりなされて
いました。かまどで料理する1枚グラが印象的だったからかも。
二つめに立ち絵の表情豊かさ。「箱の中の猫」以降で見せてくれる眉の下がった悪い
笑みとか、むふふな表情とか、この辺をちゃんと用意してあるのが素晴らしい。顔芸に
ならない程度で子供らしさ、悪さをしっかり表現できていたと思います。
そして三つ目に洋装。これ超大事。髪をアップにして快活そうに見える乙姫がマジ天使。
ギャップ萌えって大事ですよね。開発陣よく判ってらっしゃる。よくやった。

最後に酷く個人的な見解なのですが、乙姫に関しては舞台設定の中心にいるにも
かかわらず、シナリオに動かされることなく個性をちゃんと持っていたように見えます。
さすがにやきもち妬きな性格はあざとさも見えますが、日常シーンの中に乙姫という
女の子をしっかり落とし込み、読み手に印象づけていたように思えました。だから
美万里エピローグの悲壮な吐露にも、浮気容認の儀式として以上に乙姫の弱さが見て取れた。
多分入れ込んだからだとは思うのですが、せっかくなので記しておきます。
(余談ですが、一方で瑠璃歌は設定とシナリオに振り回されて可哀想でしたね。ここを
クリアできていたら点数も大台に乗せたのですが・・・。)


以上、何やらグダグダ書いてしまいましたが、都合よく浮気して更に可愛らしい正妻との
イチャイチャを楽しめるエロゲとしては見事な完成度かと思われます。時間跳躍設定の
浅さなども適度ですし、浮気を楽しんでくださいね!というコンセプトのしっかり伝わる
エロゲでした。

こういう「クセも欠点もあるけど、やりたい事をしっかりと投げ込んでくれる作品」と
いうのはいつプレイしてもいいものですね。またそんな作品にめぐり合えることを願いつつ、
締めとさせていただきます。