人は誰もが迷える子羊であり、誰かにとっての羊飼いになりうる。
丁寧に練り上げられた人物像と内面の掘り下げ。言動と心理描写の説得力に溢れる人間模様が素晴らしかった
小太刀とドラマを見る筧のモノローグで「視聴者だから、人物達の心の動きはわかるが、主人公にはわからないだろう」という一文があるが、この作品はまさにそこに特化している。”ある程度の推測はできても本当のところ何を考えているかわからない状態で接している”という『人と関わることのままならなさ』にフォーカスした人間模様・会話劇が本作最大の魅力といえる。
ヒロインはかなすけと小太刀が好き。鈴木佳奈という最高に面倒くさい感情抱えたヒロインに出会わせてくれただけでもこの作品に価値がある。
在学生5万人の超弩級マンモス校というぶっ飛んだ設定だが、大学のような授業形態によって学園ものでありながら時間に縛られない自由な場面作りを可能にし、生徒数に付随するメリットデメリットを活かした描写があって良い。強いてダメ出しするなら学園の全体像や施設などをもう少し見せて欲しかった。(つぐみ√の10万株の花など、学園を引きで見渡すような壮大な風景があればもっと達成感への感情移入が大きかったはず)
特に演出面は抜きんでている。場面・背景に合わせたライティングで変化する立ち絵の塗り、カットインテキスト、ニュースサイト等の小ネタの作り込み、些細な動作にもSEが行き届いていて臨場感がある。視覚的、聴覚的に飽きないように作り込まれている。
千莉√の『夜空のステアーズ』が流れるシーンは、イメージを壊すことを嫌って文章だけで済ませることも出来たのに、イメージに遜色ない楽曲と丸井ことのさんの歌唱力に震える本作屈指の名シーン。
筧は一見すると翳のあるダウナー系主人公だが、人間嫌いでも根暗でもない。空気を読むのが上手くて人当たりも良い。暗い過去を振りかざして悲劇のヒーローぶったり、曲がった振る舞いをすることがなくて非常に好感が持てた。
しかし。それは彼の処世術であり、常に一歩引いた位置に身を置いて観察しているだけで、本当の意味では人と関わることをしない”ネオ人間嫌い”。そんな彼が人と関わることを選択してどうなっていくのかというのがシナリオの主軸になっている。
本作における羊飼いというのは『羊飼い』という特殊な存在ではなく、人間そのものを指していると私は考えている。
ことの発端は『羊飼い見習い』の小太刀ではあったが、実際に主人公を含め登場人物たちを変えていったのは『羊飼い』ではなく普通の人間たちだった。誰かと関わることで自らを変えて、また自らも誰かに関わることで変えることができ、互いに導き合っていける。『人は誰もが迷える子羊であり、誰かにとっての羊飼いになりうる』ということである。