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aka_bekoさんのサクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-の長文感想

ユーザー
aka_beko
ゲーム
サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-
ブランド
得点
88
参照数
955

一言コメント

長い。しかし世界観にのめり込んだ。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

ちょこちょこやり直しながら追記・修正。


最初に攻略できる真琴と稟は物語全体のベースとなる話です。

真琴ルートは中村家の一族の話。
話として纏まっているのですが、伏せられた部分が多すぎてすっきりしない。
先を進めると分かるのですが、真琴の立ち位置は物語の核心的な部分からは遠いんですよね。
一族であっても本家側の人間なので、主人公の過去や一族の因縁との深い関わりはありません。
だから、他のルートを進めるごとに印象が薄くなるというか。当然見せ場はあるのですが、弱い。
妄想デッサンの乳首への拘りなんかは、好きでした。

稟ルートでは弓張という地についての話。
6年前の事件について一通りの伏線回収はされますが、これもあまりすっきりしない。
特に吹の伏線回収がかなり中途半端に終わる。父親との和解描写はもっと欲しかった。
覚醒稟(と私は呼んでいる)見た後だと、こっちの稟は天使ですねぇ。
それにしてもエロ漫画を拾い集める幼少時代とか闇が深すぎませんか…。

里奈ルートはこの2つをベースに、過去の中村家の話。
次の雫ルートに入るにあたっての導入部のような位置づけでしょうか。
このルートは毛色がちょっと違って、里奈・優美・直哉の3人視点の群像劇。
残念なのは、優美の視点がかなり多く直哉の視点が少ないということ。直哉と里奈の恋愛過程として見ると唐突です。
群像劇だから優美も主人公になり得る、のは分かるのですが。プレーヤーはこれまで殆ど直哉視点で物語を見てきたので混乱する。
百合ルートは無くても良かった。いきなり里奈の性格が変わって、ここでも混乱。
ただ優美が失恋して、過去に告白してきた相手と会話するシーンは好き。

雫ルートは健一郎生前時の話と、伏線回収。
過去の話がメインなので、これがこう繋がるのか!って部分が多い。
今まで断片的な登場だった健一郎がメイン級で出るのですが、これがいい男です。
病院抜け出して直哉の贋作をチェックして銘と印を入れるシーンは恰好いい。
死期が近づいて満身創痍の健一郎と、「死」がテーマの作品の続きを描くため筆を取る直哉の対比が良かった。

4章は健一郎視点で教師時代の話。
箸休めの番外編。水菜との出会いや藍を含めた交流が始める話。
視点は健一郎ですが、サクラノ詩の主人公はあくまで直哉です。水菜を魅力的に描写する必要はありません。
なので、サクサク進んでいくのは好印象だった。

5章は直哉が筆を再び取り、転機を迎えるまでの話。あと、藍の話。
吹の絵の実力は雫ルートでありそうなかったシーンなので満足。対決シーンは熱かった。
後半からは好みが分かれます。圭と吹の別れがあまりにもあっさりなのと、覚醒稟の突然の登場に直哉同様ポカーンとさせられた。
これまで辿ってきた話では、圭はムーア展に出品する作品を完成させられませんでした。
それは直哉を待っていたからで。ようやく揃って表舞台に出る山場を作ったかと思いきや、悲劇的な結果を迎えてしまう。
物語の山場に登ったところで突き落とすという、この展開にもやもやしてしまった。
メインキャラでありながら、これまで圭というキャラは自分からは多くを語ってはいません。
生まれ育ちが複雑なのは、真琴ルートでプレーヤーが知った事実に過ぎません。掘り下げの余地があるキャラクターなんですよね。
だからこそこの5章、物語をいいところで打ち切られたかのような気持ちにさせられてしまった。
「圭が助けた女の子」は次作での重要な位置づけになる気がしてならない。
次作での掘り下げに期待したいです。
その流れからの藍ルートですが、恋愛過程が薄すぎました。
藍が最後まで直哉を恋愛対象として意識しているようには見えなかったのは残念。
(藍の直哉への愛は『家族愛』である、という感想を見てすごくしっくりきました)


6章はそれから数年後。共通ルートからの問いかけへの回答編。物語のエピローグでありプロローグ。
最後の見せ方といい、実質的に5章と合せて藍ルートって印象。
序盤から立ち絵のあるちょいキャラがやけに多いなぁと思ってましたが、なるほどと納得。
 父親と同じ道を選んだ直哉。
 世界へと飛び出していった稟。
 美術雑誌の編集者となった真琴。
 直哉の傍へと帰ってきた藍。
 新しい櫻達の足跡。
 それから新たな弓張美術部。
櫻の芸術家の話はまだ終わらない。これは再び桜が咲く前の話。
救われてばかりだった夏目の人間の直哉への小さな恩返しは、その後の物語への予感を感じさせた。


総評とか
メインビジュアルで使われた通り、雫と稟が物語の中核的な存在だった。
こういう、プレイした人に後から気づかせる演出は好きです。
タイトルに使われるだけあって、全編通して桜の使い方や見せ方は上手いです。
里奈ルートで桜の絵を共作するシーンとか大好き。あんな風に最後の作品を捧げられたら、そりゃ惚れるよ。
それと同様に上手いのが月の使い方。作中でも解説が入りますが、ゴーギャンは月を夢と意味付けています。
雫との再会だったり。幼少期の稟が千年桜を描くシーンだったり。印象的なシーンではことごとく使われていた。
ただ、それは5章までの話。5章までは圭と直哉が共に夢を追った話だったから。
直哉の夢は5章で終わりを告げ、6章は夢を失った直哉の話。だから、月は出てこない。

最初の真琴ルートをプレイした印象では中村家と対立して直哉がアレコレ奮闘する話なのかと思っていた。
が、蓋を開けてみれば中身は別物。自己犠牲の結果打ちのめされた人間が立ち上がるまでの長い長い話だった。
中村家と夏目の一族の話は4章までで語られてしまっていた。5章、6章は物語を終わらせて始めるための話。
全体的にシナリオは高水準で纏まっていますし、伏線の回収も丁寧。
それでいてCGは大量で、音楽はOP曲筆頭に素晴らしかった。
5章と6章で再度貼られた細かい伏線は次作での解答待ですが、本筋はきちんと回収されています。
魅力的なキャラが多い中であえて1キャラ気になったキャラを挙げるなら長山でしょうか。
稟ルートで胸糞キャラだったのが、里奈ルートでは爽やかなストーカーと化し、
5章と6章では直哉に再び立ち上がらせるきっかけを与えるという、キーキャラっぷり。
進めていくごとに見方が代わるのは面白かったです。

OHPには載らないキャラもどれもいい味出してる。鳥谷校長とか健一郎とか琴子さんとか。まさかの生徒Cとか。

と、間違いなく面白かったのですが、この作品の不幸なところは、
期待値と製作側のハードルがあまりにも上がりすぎてしまったところ。そしてすば日々の出来が良すぎたこと。
もっとも、すば日々があれだけ売れてなきゃサクラノ詩は未だ世に出てなかった気がしますが…。



 「サクラノ詩は、立ち止まる人とその先を歩き続ける人々の物語。」



この1文はプレイ後に見ると色々と感慨深い1文。サクラノ刻を、楽しみにしています。