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UzeraphrさんのBLACK SHEEP TOWNの長文感想

ユーザー
Uzeraphr
ゲーム
BLACK SHEEP TOWN
ブランド
BA-KU
得点
94
参照数
1476

一言コメント

残酷な世界で生きる人々の、信念と命の煌めき(少し追記)

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 クリア時間は約20~30時間です。発売日時点でDL販売のみですが、いつかパッケージ版と副読本とサントラを出してくださいお願いします。

 現代日本の架空の地域"Y地区"で繰り広げられる、血と暴力と性と陰謀に彩られた群像劇。
この世界の人々の体質はそれぞれ、ノーマル・タイプA・タイプB、そして不死の肉体を持つ特殊型に分けられます。
一般的に存在を認知されているのはノーマル・タイプA・タイプBのみです。
この中で特に物語に大きな影響を与えるのは、精神症状発症のリスクを抱えるために差別の対象となるタイプBと、この物語の発端ともいえる特殊型です。

『BLACK SHEEP TOWN』は、"ある一件"をきっかけにY地区を統べる権力を得たギャング組織"YS"と、タイプBの保護と救済を掲げながらクスリを売る”八龍会”、謎の連続殺人事件の犯人"コシチェイ"を主軸として、それらに関わる、或いは巻き込まれていく人々の、価値観や死生観、生き様を描いた作品です。
 登場人物一人一人の個性が強く、またとても魅力的です。だからこそ、彼らの信念や独白、決断、登場人物同士の奇妙な縁、そして彼ら彼女らが迎える結末のひとつひとつに、読者は胸を締め付けられることになると思います。

 自分が特に好きなのは道夫関連と太刀川関連のエピソード全般と、若い頃のクリス・ツェー達が奮闘した過去の事件の章、瀬戸口廉也らしさが詰まったヒロイン松子の回想、そしてY地区の子供達――特に謝亮と道夫の関係性に焦点を当てた章です。
僕の場合、道夫と太刀川と双子にどうしても思い入れが片寄ってしまいますね。前者二人の最期は哀しくも、彼らの心情的には比較的穏やかなものだったのがせめてもの救いであり、瀬戸口廉也の優しさだったのかなと考えてます。

 自分としては大好きな瀬戸口廉也の、自分好みの世界観。読み進める手が止まりませんでしたが、過去の瀬戸口廉也名義作品を読破済みだったためか、最後の亮と松子の再会は正直なところピンと来ませんでした。二人にとってはハッピーエンドでしたが、何だか瀬戸口先生らしくない感じがして……(どちらかと言えば別名義での唐辺先生の『ドッペルゲンガーの恋人』に寄ってるかな?)。この終わり方は過去作に手をのばすファン層になればなるほど賛否が別れるのではないかと思っています。
 その点にのみ若干モヤモヤしつつも、全体的にビジュアルBGM、シナリオ共にハイクオリティでしたので買って損はないです。特にシナリオは最初から最期まで緊張感があり、登場人物の一挙一動から目が離せません。
 メッセージ性は各章にちりばめられていますが、終盤の謝亮視点回想章でのあの台詞に全てが詰まっていると感じてます。
 作者特有の、醜くて残酷な世界の中で微かな希望を感じさせる手腕は過去作から劣っていません。是非多くのプレイヤーに遊んでもらいたい一作です。


 余談ですが、この『BLACK SHEEP TOWN 』の物語を思い返す度に、Y地区の子供達が殺し合うことなく、皆であの街を良くしていこうと協力する"もしも"を空想せずにはいられません。
『SWAN SONG』の"諦めてしまう人"である田能村の選択によって分岐するEDのことを思い出します。
『SWANSONG』のED1を通ったからこそ、本来の彼なら選べない世界線であるED2が幻想のようなハッピーエンドに見える、あの感覚です。
『BLACK SHEEP TOWN 』も、もしかしたらボタンの掛け違えひとつで全く別の結末に向かったかもしれない。太刀川の後悔、解放軍幹部によるB棟での虐殺、もし亮と道夫が序盤で再びつるむことを選んでいたら、等々。
 けれど今作は一本道のシナリオです。某章で語られていたように、「もしも」に意味はない。全ては必然の積み重ねによる結末。
 登場人物達の視点を借りた一読者に過ぎない自分の無力さを痛感しながらも、目を瞑りたいほど残酷なのに微かに射し込む光にすがってしまう。彼の描く人々の誇りはなんて愚直で清冽で、痛みを感じるほどに眩しいのだろうと、脱帽せずにはいられません。


↓2022.09.19追記
 いくつかの章やTIPSを再読すると、クリア後に読み直してやっと読者にも真意が分かる言動や伏線、時を越えた人物の思想の繋がり、各人物のその後の話が色々と明らかになるので面白いです。
 推測も含めますが、いくつかのことを書き残しておきたいと思います。失礼します。

・この『BLACK SHEEP TOWN』という物語とTIPSは、作中の重要人物の一人である路地さん執筆のノンフィクション小説です。
 体験版のプロローグ時点で「この"私""著者"は登場人物の誰かなのだろうな」と感付いてはいましたが、TIPSもそうだったことには驚きました。路地さんのTIPSの最後の文がまたニクくて良い。
 その場合、視点がある章は各人物の実際の心情でもあり、また路地さんが執筆した想像でもあるのですかね?
 太刀川先生の今際の際に微笑みかけたミアオの幻、道夫が薄れゆく意識の中で花束を顔に寄せた際の独白。
 プレイヤーが死に際の彼らの心情を、きちんと"本人の視点"という形で知れたのはこの二つだけのはずです。章題で読者に死を確信させたのも。(他に見落としがあったらすみません)
 あれらも路地さんが執筆したのだとしたら、ミアオの幻という救いも、道夫が花束に穏やかな最期を見出だせたのも、路地さんの想像、或いは「そうであって欲しい」という祈りなのかもしれませんね。『SWANSONG』の白鳥の伝説を思い出しました。

・道夫暗殺計画について、謝亮は掴んでいた上で龍頭としての決断で静観を決めていたとしたら、二人の結末はとても切ないなぁ、と感じます。あの章によって解放される数々のエピソードもまた、過去・現在・未来において重要な章ばかりで、彼の死は終盤における最重要なトリガーだったんでしょうね。
 龍頭謝亮も死因は至近距離からの二発の凶弾による暗殺。道夫とほぼ同じなんですね。やはり実行犯はヒロミとエリオットなのだろうな。そうだとするなら、とても因果な話ですね。

・灰上姉妹について。
 最初は彼女達はあまり幼馴染み達に対して愛着はないのだと勘違いをしていました。
 回想章『Y地区の子供たち』や、終盤の謝亮との取引、道夫との会話や彼の死を知った時のあの反応、松子の遺体に涙を流す場面。
 兄の一件をきっかけとした、謝亮への天邪鬼な好意。
 懐いていて、かつ"コシチェイとちょっと似ている"道夫に対する親しみと一種の畏怖。
 謝亮なら松子を再生できるだろうから二人で幸せに生きて欲しいという、願い。
 表に現れた言動はそれぞれ異なっていても、確かに彼女達は幼馴染み達を愛していたのだと痛い程に伝わりました。 
 そんな子供たちのかつてのエピソードや、本編軸での彼らの何気ないやり取りをもっともっと見たかったな、と何度も想いを馳せてしまいます。