発売から5年経ったその日に、ついに開発凍結が宣言された本作。もし、更地となってそこに新たな庭が造られることがあったとしたら、そのときは大いに期待したいと思います。そう思うくらいには、まだ読みたいこと、知りたいことがありました。
1. 作品全体について
1.1. 複数ライター制による整合性の破綻
ライター間の連携が取れていないためか、ルート間あるいはエピソード単位での調和が
取れていない部分が散見されます。せめて、キャラクター同士の呼び方や語尾、学園の仕
組みくらいは統一して欲しいと思います。
物語自体は、幼なじみとの別れによって心に傷を負った主人公が絵里香達との触れ合い
によって癒やされていくのを垣間見るだけです。やや固めの文章で書かれるそれは、大き
な起伏も伏線を解き明かす楽しみもほとんどありません。お気に入りのヒロインだけ読み
進めれば良いかもしれません。
1.2. 幸せになれと願われた主人公
なかなか類を見ないほどにどん底な精神状態で登場するのが、本作の主人公こと神谷涼
くん。登場して今すぐにでも自殺してしまいそうな姿には、本当に何があったのか心配に
なるほど。涼くんは暖かい学園の仲間と共に理想の箱庭で幸せになる事を恐れながらも徐
々に前を向き始めます。
彼は異常なまでにヒロインたちに甘やかされ、多くの女性たちに慕われます。容姿が良
く運動も勉強もできるという理由だけ納得しなければならないので少々辛かったです。
1.3. 豊富な立ち絵グラフィックと単独で聴きたいBGM
全体的に幼い容姿の人物が多いです。淡い色遣いで描かれたヒロイン達は可愛く、とて
も暖かみがあります。年間を通してのお話であるためか、髪型や服装の変化があり、その
立ち絵のパターンはとても豊富です。
ヴォーカル曲はデモムービーで使用された『アイの庭』が秀逸であり、作品中で是非と
も流して欲しかったです。BGMもピアノを基調とした楽曲がたいへん素晴らしかったです。
惜しむらくは、日常シーンにおいてBGMの指定が場面に合っていない箇所が散見されたこ
とでしょうか。
1.4. ユーザーを騙すかのような
お話をまとめきれなくなり「作品の整合性を保つ」ために削除されてしまった姫宮瑠璃
と竜胆愛の物語。どのような仕様変更が行われたかは想像するしかないですし、CUFFS内
部で何があったのかは知る由もありません。ただ、1つ思うのは、発売までに様々なこと
が読者のために出来たのではないかということ。少なくとも、発売日の翌日にルート削除
を発表することよりは。
最後の修正(2010/01/22)で書き直された絵里香ルートには、次のような文章が冒頭に
追加されました。
>>>
それにしても、なんて惨めな光景だろう。
どんな事情でこんな扱いを受けているのかはわからない。
きちんと手入れさえすればさぞ美しい庭になるだろう、と同情を覚えさえする。
しかし事情はどうあれこの庭が既に役目を終えていることは明白。
もう死んでいるんだ。
さっさと更地にするか、それが嫌なら手入れをし蘇生させるとかすればいいものを、なん
だってこんな、無様な死骸をさらしたままにしておくような真似―
『絵里香ルート(Ver3.00)』
<<<
皮肉と自嘲に塗れたこの言葉こそが、すべてを自ら代弁しているような気がしてなりませ
ん。発売から5年経ったその日に、ついに開発凍結が宣言された本作。もし、更地となっ
てそこに新たな庭が造られることがあったとしたら、そのときは大いに期待したいと思い
ます。
2. 個別シナリオやヒロインについて
○この楽園は虚構か、それとも現実か
最愛の幼なじみを奪っていった理不尽で残酷な(現実)世界とは対称的に、主人公に抱
えられたこの箱庭は現実逃避としか思えないほど優しすぎました。ヒロイン達はみんな主
人公の一部分を写した鏡のようでありながら優しく接してくれます。彼女たちが心を許す
過程(描写)が乏しく、特に絵里香や瑠璃にいたっては初対面の段階で涼を異様なまで甘
やかしてくれます。この都合の良すぎる箱庭世界は、どうも説得力が欠けているのです。
すべては、彼を癒すために(誰かによって作られた)虚構なのかと疑ってしまうほどでした。
2.1. 星野 絵里香(7/10)/ 手に届く幸せ
「ですよん?」の語尾が可愛い絵里香。たとえ、両親の愛に触れられなくても、誰より
も愛してくれる涼の隣にいられればそれでいいよね、というお話でした。その過程で焦点
となるのが幼なじみからの決別です。
絵里香は、彩ちゃんでさえ動揺させるほどに千夏によく似ていました。絵里香は千夏の
代替物ではないと自他共に認めるまでの過程が色濃く描かれていて良かったです。「千夏
が死んでくれて良かった」と涼に言わせ、幸せに塗り替えさせてしまうほど絵里香が魅力
的だったのでしょう。特に、初えっち後に千夏の写真を見て、「絵里香とは別段似ている
わけでもない」と言い、その心変わりに涙する場面は印象的でした。
涼と絵里香の2人が両想いとなってからは、エピローグまでずっとバカップルでした。
人間離れしたいちゃつき振りや、恋の病で完全にネジが外れた涼のかっこ悪さは、いささ
か直視するのが辛いレベルでした。
ただ、愛し合う場面に心を動かされる場面が多かったです。まさに、愛を確かめるえっ
ち(愛の証明としてのセックス)であり、初えっちの予約、えっち前のお風呂、初えっち
の一連のエピソードは非常に良かったと思います。
○姫宮瑠璃
仕様変更によりいくら手を伸ばしても届かない星となってしまったもう1人のメインヒ
ロイン。ふふー、と笑っている影で、何か重大なことを知っていそうです。それこそ、千
夏の再現として、絵里香を夢として見せているのではないかと疑ってしまうくらいには。
○柊彩花
「女の人の裸に興味があるなら自分に言ってくれれば」と、弟のために避妊具おび避妊
薬を常備している本作中最強のお姉様。先を見通して秀英学園を進学先に選ぶ辺り、占い
師としての才能(勘)も絶大なものがあります。
○青葉千夏
大通りでトラックに轢かれる事故に遭ってしまう。即死だったのか、治療の過程で絶望
し自殺したのかは不明。妹の明穂がいるはずなのですが、何故か本編には一切登場しませ
ん。千夏のお墓が荒れ果てていることから、青葉家の皆が事故にあったのかもしれません。
○残された設定
主人公である涼は強く意識した先を予想する力を持っています。これは、単に勘が良い
と言うだけにはとどまらず、相手が飲み込んだ言葉や心の言葉を聞くことが出来ます。こ
れは、先を見通す彩ちゃんや、絵里香の勘の良さ、人の心が読める瑠璃とも密接に関連し
ていると思われます。当初はどのように収束をつけるつもりだったのか気になる所です。
2.2. 音川 小夜(7/10)/ 鳴かないカナリアの価値は
事故により両親を失い、歌うことが出来なくなってしまった小夜。才能を発揮できなく
なった彼女は無価値として扱われます。涼の立ち位置との重ね合わせや対比は面白かった
のですが、物語の着地点はよく分かりませんでした。最後に涼の前で、涼のためだけに歌
ったのでしょうか。
加えて、物語を通して一切話さず、常に笑顔を崩さなかった理由が気になります。えっ
ちしーんで嬌声が漏れていることから、失語症は精神的な(意識的な)もののように感じ
ます。安易に声を取り戻してハッピーエンドで片付けられても困りますが、2人がもはや
声が必要ないほどにコミュニケーションが取れている事も不思議です。
2.3. 鈴村 あざみ(6/10)/ やりたいことを見つけよう
妹想いで愛くるしいあざみん。その可愛さは、しっかりした小学2年生と間違われるほ
ど。クラス委員として準特待生として日々努力していて、涼とは絵里香達に対して怒りよ
りも呆れや諦めが上回る似た者同士です。
このルートは全体的に他ルートとの整合性が怪しく、諸設定だけでなく人間関係がメイ
ンルートと大きく齟齬があるため、違和感に苛まれ続けました。互いの呼び名、立ち位置
、性格くらいは合わせて欲しいと思いますし、諸設定を考えれば絶対に言わないであろう
セリフが多数存在します。特に、絵里香が地雷を悪気なく踏み抜き不快にさせ、瑠璃がア
ホの子ではなく単なるお馬鹿な子になっていました。2人とも心が読め、勘が良いはずで
はなかったのでしょうか。あざみと恋人になる時の雰囲気や姉妹愛にあふれたシーンはそ
れなりに良かっただけにとても残念です。
2.4. 春日 桜子(7/10)/ 遅咲きの桜は、その実健気でもあり
妹の嫌がらせにより精神を病んで休学してしまった「さっきゅん」こと桜子。罪の殻に
閉じこもりたい彼女と涼は、誰にも触れられず自分だけを抱えて生きていくことを望んで
いました。しかし、涼は(旧校舎の庭での出会いに想う所でもあったのか)図書委員会や
天文部の活動を通じて桜子に干渉し、彼女を悲しみの庭から抜け出させようとします。全
体としては、千夏の代わりに走る理由になれるかというテーマを大事にしつつ、双子姉妹
の物語をよく描けていると思います。
2.5. 春日 撫子(7/10)/ 素が見えると、とても可愛いですよ
撫でられるのが大好きな「なーこちゃん」こと撫子。秀才であった彼女は、天才である
姉に子どもの頃から負けっぱなしでした。そして、何より彼女のプライドを傷つけたのは、
すべてを姉から(妹を溺愛するが故に)譲られ続けたことでした。彼女の内面を知るよう
になってからは彼女の心情に惹かれ、性格の悪い素振りがすべて(涼に対しての)虚勢に
見えて可愛く見えるようになります。
2.6. 竜胆 愛(7/10)/ 好き→キス→好き……のエンドレス・ループ
発売から半年たって追加された愛ちゃんルート。羊の愛先生と「しりとり」だけで、よ
くもここまで押し切ったと思います。どちらが夢で現実か、何も告げずに去った親友など、
過去作を匂わせるようなタームもありますが、基本はただただ甘いだけの空間です。
涼の最大の枷であった走ることを乗り越えたのがこのルートでした。体育祭のリレーで
千夏の過去を振り切るシーンは、この作品最大の名場面だと思います。スタート地点にて
笑顔で手を振る絵里香に千夏を重ねて、涙をこらえて手を振り返す涼にとても感動しました。