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Suxamethonium28さんの見上げてごらん、夜空の星をの長文感想

ユーザー
Suxamethonium28
ゲーム
見上げてごらん、夜空の星を
ブランド
PULLTOP
得点
96
参照数
800

一言コメント

巧みな演出と丁寧な描写による臨場感と没入感は圧倒されるものがある。非常に良質なゲームであった。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

見上げてごらん、夜空の星を 総評感想 ※ネタバレ注意 執筆者:やーみ @suxamethonium28

萌えゲーアワード2015 2位のゲームである。巧みな演出と丁寧な描写による臨場感と没入感は圧倒されるものがある。前評判に違わぬ非常に良質なゲームであった。
この物語のシナリオの根幹はルートである程度異なる。織姫ルートでのコアは「支え合う」ことであろう。織姫にとっては暁斗は不安になる気持ちを受け止めて支えてくれる恩人であろうし、暁斗にとっては織姫に星を見ていくきっかけを作ってくれた人だ。織姫「織姫は暁人の、暁斗は織姫のよき北極星」であった、と作中に出てくる。
この物語の良い所は「暁斗と織姫が支え合う」物語だけでなく、「卒業していく先輩と吉岡の支えあい」も描けていたところだろう。先輩の卒業が近づくに連れて、良き指導者の織姫を目指して努力する吉岡。先輩を失いながらも、新たに得た後輩のころなや、むつらぼしの会で「支え合い」を続けていける、という筋書きは非常に巧みであった。世界は主人公とヒロインだけが生きているのではない。それ以外の登場人物も自分なりの信念をもって一生懸命に活動しているというある種当たり前の事実を表現できていた。
このルートにおいて「失恋」した沙夜の「様々な感情がごちゃまぜになっていながらも、暁斗へ思いが成就したことへの祝詞を言う」シーンは胸に圧迫感を与えるほどココロに響く。幼馴染み好きにとっては指折りの名シーンであるので、同好の諸氏は是非見て欲しいと思う。
ころなルートでのテーマは「自分探し」にあった。「暁斗への恋慕」以外の自発的な感情がなかったころなが、暁人に進学含め様々なことを相談してく過程で進んでいく。このシナリオの巧みだった事柄は「ころなが自らやりたいことを見つけ、それに向かって努力する姿」が描けていたことだろう。沙夜の代わりに暁斗のそばにいるだけではない。流星電波観測という目標が設定されてからのイキイキとしたころなは「元気な後輩」というキャラの魅力を充分に引き出せていた。
沙夜ルートは昔話が絡み少し複雑である。みかづき天文クラブ関係の時系列を整理してみよう。まずみかづき天文クラブが発足した。その後沙夜が暁斗に懸想し、ひかりに相談した。ひかりは沙夜と暁斗をくっつけるためにわざと「飽きた」と言い天文クラブを去った。ひかりと仲違いした暁斗は星を見なくなった。沙夜の恋文はひかりに託されたものの、ひかりからの恋文と勘違いした暁斗はそれを読まなかった。ひかりはこのタイミングで引っ越した。返事をもらえなかった沙夜は振られたと思い、暁斗と距離を取った。こうしてみかづき天文クラブは事実上の解散となった。その後も「楽しかった暁斗とひかりとの思い出を星空の中に見出すために」沙夜は週1回天体観測を行い、その様子をスケッチに残していた。そのまま二人共中学に入った。本編開始2年前に暁斗の祖父が逝去した。落ち込んでいる暁斗を見て、居ても立ってもいられずに沙夜が暁斗に声をかけた。2年かけて少しづつブランクを取り戻していき、沙夜が「通い妻」を出来るくらいにぎこちなさがなくなっていった。むつらぼしの会として活動していく過程で、沙夜の想いが暁斗に露呈した。沙夜は暁斗に懸想を抱き続けていた一方で、「昔、暁斗の大切なもの(=星と、ひかりとの友情)を奪ったのは自分の恋心だから、今回も暁斗に恋心を抱く資格はない」と考え続けていた。この間に家出騒動が起こった。暁斗は「大切なモノを無くしたくはない」として沙夜に自らの想いを告げ、二人は正式に結ばれた。
このシナリオの何が良かったか。それは2つある。1つは「沙夜の逡巡をプレイヤーに納得させた」ことである。ルートの要約は上述した通りだが、特に昔話に関して、どれか一つでも要素が説明不足になったら、沙夜の心情はプレイヤーに理解されずに、「デモデモダッテ」ちゃんで処理されていただろう。「好きだけど、好きになってはいけない」という二律背反の中で擦り切れていく沙夜。重厚なプレイ時間の中で蓄積されていったこれらの要素が解放される家出騒動やダムのシーンは、強いカタルシスを生む事に成功していた。2つ目は「5年間の観測スケッチブック」というギミックをシナリオに落とし込み、むつらぼしの会としての活動も描けていたことである。プロジェクト・スターライトによる消灯の瞬間の盛り上がり、そして暁斗と沙夜の恋路を後押しする構図。後悔の象徴とも言える沙夜のスケッチブックがプロジェクト・スターライトの突破口になっていたり、気持ち(=手紙)を落としたのが橋(フられたと思い込んだ場所)という象徴的表現といいい、大変に美しい物語であった。
 ひかりルートでは若干毛色が変わって、みかづき天文クラブの三角関係を物語の基礎にはしているが、プロジェクト・スターライトにおける困難をメインに据えていくシナリオになる。「光害」防止のために街中の電灯を消そう、という提案であるが、現実的にそれを行おうとした場合、作中の森田氏の指摘は充分に想像されうる。このような批判的な論調が間に一回挟まることにより、このルートにおける「プロジェクト・スターライト」は沙夜ルートのそれよりもリアリティがあったように感じた。予想される批判を予め気が付かせるための同好の士による指摘である以上、その指摘は内容としてはかなり甘い指摘であったのだが。
 なお「光害」というテーマは何も天文に限った話ではない。Discover,vol.24,no.7(July 2003)の"Turn Down the Lights"という記事において、移動していく蛾が暗闇の「島」に取り残されたり、夜勤女性は乳癌発症率が高い(30年夜勤継続でで30%以上の上昇。メラトニンというホルモンの関与が指摘されている)という事実が指摘されている。この文献には光害の対応法として光のスペクトラムを抑えた明かりを使う、などが紹介されているので興味の有る方は是非読まれたい。というか私は全文読んでいたので、森田氏の指摘にその場で回答を呈示することが出来てしまった。
 閑話休題、感想総評に話を戻そう。ひかりルートでは沙夜ルートで明らかになる過去話に加えて、幼少期のひかりも暁斗に懸想を抱いていたことが明らかになる。沙夜の「二人が大好きだから、会いに行ってはいけない」という心情はここでも遺憾なく発揮され、沙夜は天岩戸に隠れてしまう。ここで懸念されるべきことは、三角関係の部分がひかりルートと沙夜ルートで鏡合わせにならないか、ということである。この懸念は半分当たり、半分外れた。結局のところ「この胸の痛みと共に生きていく。一生消えることのない傷を抱いて、それでも前へ進んでいく(Clover Day's 杏鈴ルート章間モノローグより引用)」というのが解決法であった。ここは予想通りで肩透かし感があった。興味深かったことは、ひかりルートにおいてはみかづき天文クラブのメンバーの「役割分担」を明確にすることで解決への根拠としたことであった。アイディアマンのひかり、実行動の暁斗、サポート役の沙夜、なるほど嵌り役であり、「3人」でなければ出来ない行動だろう。ひかりルートエピローグで沙夜が登場したが、沙夜ルートエピローグでひかりが登場しなかったのはそれのメタファーだろうか? 方向性は同じながら若干引っ張り方が違ったので、デジャブ感少なく読めたのは良かった。
 なお引用に使ったClover Day'sでは双子の妹の片割れ「杏鈴」は「兄への恋心を自覚していない」、もう一人の「杏璃」は「自覚している」と分けていたので、全く別のテーマでシナリオを引っ張ることが出来た。三角関係は大体この2パターンのどちらかで押し切るしか無いのだろうな、とも思えてしまう。
 なお脇役の森田館長の性格が「星への熱い情熱を持ち続けてはいるが、感情論のみには絆されず、そこに客観的な理論を求める」というモノで織姫ルート、沙夜ルート、ひかりルートで統一されていたことは特筆に値する。他にもわざと片側でしか再生しない音声、プロジェクト・スターライト時の背景の街灯カバーなど。こういう細かいところへの演出、配慮が行き届いていたのも好印象であった。
 このゲームを語る上で外せないのは、美麗な星空や背景、BGMであろう。特に序盤に星空の美しさを表現することを前面に持ってきた構成にしたことはこのゲーム最大の勝利とも言える。「天文に魅せられた」人たちを動かしてシナリオを組むならば、それを追体験する立場にあるプレイヤーにも「天文の魅力」を示せなければいけない。背景が実際に光って星座の紹介をしてくれていたり、望遠鏡を覗き込んで見えた冬のアルビレオだったり、美しくも印象的なシーンを連続で持ってきたことで、シナリオへの没入感を強く生み出せていた。要所要所でかかるBGMも「盛り上がりポイント」を明確に示唆出来ており、没入感の形成に重要な役割を果たせていた。シナリオ読了後、所在無さげにそわそわしてしまうような胸の昂ぶりを与えてくれるような作品になったのは、シナリオだけの力ではない。このように光る演出のおかげでもあるのだ。
 全編通して非常に満足な出来であったが、一点苦言を呈そう。特に沙夜が顕著だったが、セリフの音量が全体的にバラバラであった。ひかりルートにおける一回目の「いい加減にしてよ」の音量が小さいのは別に演出で構わない。が、恥ずかしがりながら何かを言う時とコタロウに絡みつかれた時との音量の差が顕著であった。PC付属のスピーカーでプレイした場合、前者に合わせると後者は爆音になり(隣の部屋にも聞こえるレベル)、後者に合わせると前者が全く聞き取れない。音量を調節しながらプレイするのは結構面倒であったことを指摘しておく。演出で音量を調整したのはわかるが、もう少しノーマラーズドされていて欲しかった。
 全体として大変満足な出来であり、今すぐにでも同時に購入したFD(本編同梱版を購入した)をプレイしたいと思わさせられた。三角関係が苦手でない場合には、大手を振ってオススメできるクオリティであったと思う。