放送と真摯に向き合っておらず、計の愉快さ以外に見所がない作品
あえて無視する君との未来 総評感想 ※ネタバレ注意
執筆者:やーみ @suxamethonium28
初めに書いておく。かなり辛辣な物言いになるので、この作品のファンはブラウザバックされることを推奨する。
私は放送(アナウンス、映像編集)に関しては一家言持っている。全国レベルを知っている。だからこそ「放送部」をテーマにしたエロゲがある、とのことで発売日に購入に踏み切ったのだ。
が、実態は酷いものだった。どのような点が酷かったのかを順に述べていく。
まず開幕のシーンである。夏真っ盛りの時期に鍋を室内で食べる、というシチュエーションであるが、この時点で呆れて溜め息しか出ない。多くの放送室には様々な電子機器が設置されている。例えば収録の際のマイクやBGMとして使うCDの音量を調節し、フェードイン(漸次的に音量が大きくなる演出のこと)などを行うことが出来る「ミキサー」。全校放送を行う上で、どの教室に放送を流すか設定できる「ブラックボックス(と筆者は呼んでいた)」。映像編集や効果音編集を行うPC。他にも過去の作品の記憶媒体や絵コンテなど、湿度に弱いものは無限にある。そんな部屋で鍋だと? 機械壊すぞ。紙が湿気るぞ。放送を舐めているのか?
他にも放送に対してこの作品が真摯に向き合っていない大きな要素がある。それは放送を行う上で最低限発信者がやるべきこと、発声練習だ。「アメンボ赤いなあいうえお」というフレーズが有名だが、これは「呂律」の訓練である(これは作中にあった)。もう一つあって、「自分を楽器にして声を通す」話し方を練習するのが発声練習だ。こっちはなかった。そして後者は全身運動であり、やるだけで汗をかくくらいには体が暑くなる。この程度、アナウンスの基礎本を買えば数ページ目に載っているような内容である。汗をかくことによる透けブラなどに繋げればエロゲでも充分入れられるエピソードであり、企画シナリオ者の下調べ不足を感じる他無い。
さて一般的な内容に移ろう。上に挙げた内容の他にも色々思うところはあるが、どれも「怠惰な部活」であることを主張するエピソードである。怠惰な部活それ自体を、私はかなり否定的に捉えたい。部活モノエロゲの魅力はその部活に熱心に取り組む様子であろう。私は至るところで取り上げるのだが、週刊少年ジャンプの法則に「友情、努力、勝利」がある。これらは物語の盛り上がりに必須であり、怠惰な部活からは少なくとも「努力」は出てこない。この時点でこの作品はコンセプトからして敗北している。そんなゆるい繋がりだった部員たちが、個別ルートのヒロインと主人公との逆境で手のひら返して助けに来たとしても、うすら寒い絵空事にしか見えない。
何故怠惰な部活になったか。多くの原因は部長である先輩に原因を求めることが出来る。部長と主人公はお互い別件で自棄になって一回過去に交わっているのだが、部長はその自棄を現在まで引きずっている。そんな「もぬけの殻」の人間が長を務めるからだろう。この部長、実際に本人のルート以外では全く活躍しない。なお本人のルートでも殴り合うのは主人公であり、部長は活躍しない。後述するがこの作品の数少ない長所であるシナリオのテンポをも、喋りが遅くボイスが聞き取りにくい部長の声で、ふいにしていた。ありとあらゆる要素で邪魔な存在だったと言える。「あえて無視する先輩それ自体」の方がまだマシだったのではないかと思う。
もう一つの大きなテーマ「未来視」であるが、これも全くシナリオに組み込めていない。爽花ルート以外では未来視自体が使われていない。七凪ルートでは七凪の罪悪感と主人公による救済だし、計ルートでは幼馴染み'sの三角関係、先輩ルートは主人公と理事長が殴り合って終わる。絡めようと思えば未来視設定をいくらでも絡められたであろうに、残念ながらそれはなかった。「あえて無視する未来視設定」をテーマにしてシナリオを書いたのでは、と思わされるほどだ。
ちなみに爽花ルートにおいては未来視が使われては居たものの「未来視それ自体があっても無くても結果は変わっていなかった」であろうことが容易に想像できる展開だった。「あえて無視する未来視の効果」である。君との未来以外にも色々無視しすぎだと思う。
一応この作品のよかった点を挙げておこう。誤字が少ない(物理教員の名前ミス1ヶ所のみ)、正常にプログラムが動く、計が絡む日常トークがテンポ良く面白い、以上3点である。つまりこの作品で真に評価されるべきは計の愉快さだけである。机に自慰を表明した後のシーンでは涙が出るほど笑ったのは事実だ。
この作品ははっきり言ってシナリオは話にならない。世紀の「オナガー」である真鍋計女史との華麗な漫才を見るためだけにある作品だった。非常にがっかりさせられた作品であった。