マリポ先輩のおっぱいが好きです。
ごく平凡なシナリオを、味わいがいある絵と文章とエロでもって仕上げた一品です。萌えゲーの主流からはやや外れてしまってる感触なのだけど、その微妙な "ずれ" にそこはかとない人間味をもちます。にへらっとこぼれ落ちそうな笑顔とか、やわらかく体軸のしなる立ち絵が、もういまにも動き出しそうです。それにともなうテキストもイメージをふんだんに含ませており、紋切り型にはならず読んでいて楽しい。アルファは本当においしそうにクレープ食べるから、こちらの頬がとろけそうです。
ただし、基本をちょっとずつ外してくるゆえ、一筋縄ではいかないところもある。比喩表現などが豊かすぎて、まどろっこしい場合もあるテキスト。エッチシーンのさなかに大事な話を織り交ぜてくること。ヒロインの柔肌をあっさり露出させ、ごく自然とソフトSMになってしまうような、まるだし変態性。これらがNGとなる人には向かないかもしれません。
ひるがえって、派手さはないもののユニークでお人好しなヒロインたちであったり、そのユニークさをはちきれんばかりに描き出したキャラ絵。そんな彼女たちの公にしがたいオタク趣味とかもしずしず受け容れてしまう優しい作風。このあたりに惹かれる人には楽しみどころが多かったように思います。
ときおりに『こころナビ』を懐かしみつつ、次のようなことを書きました。
1, シナリオ構成には難点が多いものの、シーンごとのテキストや絵がとても面白い。
2, 星歌の合成音声などから双子は対照的にあって、そこへ凛子を迎えるふうに見えた。
3, ヒロインの趣味をけっして笑うことなく、引け目を感じさせないのが優しい。
4, 世間がいう愛とは交ぜ合わさずに、それぞれなりのひとつの愛を肯定する作品だった。
──────────────────
1-1, とりとめないシナリオ
シナリオは、なべて読ませる力が弱めでした。あらすじを思い返してみても盛り上がりがないというか、これといったセールスポイントには欠けているような。シーン展開にまとまりがなくて、物語の流れがプレイヤー感情を支配してくれません。
序盤の構成はしっかり組まれていたものの、以降ではそれぞれのシーンをなんとなく積み重ねるふうになってしまったよう見えます。シナリオがどこへ向かってるのか分かりにくくて、進行している実感にも乏しかったです。
ぼやけた印象となる原因は、お話が束ねられてないため。テンプレからは外れぎみの共通ルートが長く続きますが、全員参加のドタバタコメディなりでまず場を暖めておくことをせず、ヒロインひとりひとりとの関係を少しずつ深めていきます。展開にわざとらしさがなく、また、それゆえ読みやすくもないストーリーです。なにしろ読むほうにしてみれば、最初から個別ルート六本が同時進行しはじめたかのような濃密さ。複雑な内容ではありませんが、プレイヤーのほうからも想像力を働かせてヒロインを知ろうとして、それぞれのストーリーラインの進捗を頭の片すみにとどめておかないと、何も記憶にひっかからないシナリオとなりそうです。
一般にエロゲでは、共通でドタバタ過ごすうちに少しずつ惹かれていたヒロインだからこそ、個別までにプレイヤーの前向きな姿勢が整っているものです。ところが本作では「わりゃあナオンどもといちゃついてナビ銭かせいでこんか~い」とコナッつぁんに背中をいきなり押されるシナリオ運び。やや勝手は違って、ワンテンポ早くからヒロインへののめり込みが望まれるかたちでした。
それにあたり、場の盛り上げを代理で担当することになったのがラウンダーたち。シナリオが軸足をすえる現実サイドを引き立てるために、Webサイドは夢のようなドタバタ劇となりました。したがってキャラも突き抜けていって、きわまるところペンペや魔ア子のような迷惑・不思議系キャラが駆けずり回って、ストーリーを転がしてくれる。ペンペが正義をふりかざしたり、魔ア子が猛牛に追われたりしながら各サイトをめぐってくれたゆえ、パンドーラー獲得クエストまでに各ラウンダーには横の面識がついてました。
ところが彼女たちの根っからのコミカルさは、いくつかのシナリオ終盤でのすわりの悪さをも引き起こしていたような。ラウンダーが充分に描き込まれてない状態で、ヒロインの親友ポジションにおさまって感動の別れとかをされても、それには乗りきれなかった。
特に、魔ア子、お前はダメだ。わたしがゲーム起動するたび、四連続でタイトルコールに出没しては「こぉこぉろぉおりすたぁ↓」呪いの文句を耳に残していきやがった死。ストーカーか何かでしょう禍? もう「こころリスタ」の文字を見るとお前のボイスで脳内再生されちゃう死。かわいい死。魔ア子かわいい夜。ら武。
私情はさておき、ネタキャラ要素満載だった魔ア子のことをメルチェが「ママみたいやのん……」とか惜しんでも、やはりちょっと感情はついていかないのです。さちが捕まったことを報せてきて出番の終わったペンペなんて、ひどく不完全燃焼でした。
その他方で、ヒロイン=ラウンダーだったアルファルートは、一本筋が通ってすっきり終わっています。最後の最後までキラリを除けておいて、ヒロインのほうから "夢のような世界" へと踏み入ることになった星歌ルートもまとまり良くて。ラウンダーとのつながりを残したままのシナリオ (アルファ+妹s) のほうが完成度は高めでしたが、そのあたり、現実とWebにある継ぎ目にシナリオが足を取られずにすんだことが一因であるかもしれません。
そもそものところ、描くべきキャラが多いです。ヒロイン六名、かけることのラウンダー、さらには満を持して帰ってきた凛子をはじめ、サブキャラ勢までもがよく動いているという大盤ぶるまい。賑やかです。
これだけ多いと、どうしてもシナリオに噛み合っていけないキャラも出てくるようでして。仁兄がさちルート入るやいなや退場させられたのは交通事故みたいなものと嘆息するにせよ、せめてヤナ君には、アルファルートにおいて主人公の背を押すワンシーンとか用意してあげて欲しかった。おそらくシナリオ完成度のためには、現実側のサブキャラを存在感からもっと薄めさせ、そのぶんラウンダーに注力するのが正解だったとも考えます。ですが、シナリオ完成度なんかの犠牲にするなんて惜しいと思えてしまうほど、のびのびキャラが立っていまして悩ましいところ。
この雑然とした人だかりの賑やかさについては、主人公視点にしっかり落とし込まれてさえいれば、世の中は偶然の出来事や自分の知り得ないことで満ちあふれているという、オープンワールド的な広がりを感じられたことでしょう。また、おそらくそれを目指して書かれたシナリオでもあるのです。
ところが本作では、Web、コミュニケーション、オタク趣味、ゲームなどについて、たびたび制作者なりの熱い信念みたいなものが覗いてきます。そこでプレイヤーもまた問題意識をさそわれると、メタ視点はいくらか引き上がることになる。するとお話を俯瞰してしまい、シーン配置を漫然としてまとまらないものと見渡してしまう。このように物語設計からして弱点をもち、プレイヤーの視野をコントロールできていないところがあったと考えます。
結果として、それぞれのシーンのつなぎ、とりわけ現実とWebとの継ぎ目にはやや強引さが目立ってきます。歌賀キラリからの唐突な救援要請だったり、屋上でアルファを怒らせるとミューティのもとへ飛ばされる展開だったり、雪音がワンピを破かれてガチギレしたばかりなのに素知らぬ顔でパンドーラー獲得クエストには参加していたり。ひとつひとつのシーンには愛情を注ぎ込んで描いているものの、切るべきところを冷徹に切ってストーリーにまとまりをつける編集が不足しているように見えました。
1-2, 呉服屋さんのクレープ
シナリオはぐいぐい読ませる構成力に欠けていましたが、それでもわたしの場合、読みたいという気持ちは途切れませんでした。それはテキストの読み心地ゆえ。いくらか癖のあるテキストながら丁寧に書かれており、楽しみどころ多かったです。
一般的には丁寧なエロゲテキストといえば、粒ぞろいの文章。絵やボイスを邪魔することなくて、なめらかに仕上げられている安定感を指すものかと思います。しかし本作テキストについては、丁寧にバラバラな文章。エロゲテキストとしては標準規格からやや外れており、いかにもハンドメイドな手触りがひとつひとつ新しくある、わくわく感を呼び起こすものでした。
とりわけ地の文が、その役割としても量としてもやや多めなのが特徴となっています。場面にぴったりのオノマトペ (音) をひねり出してきて共感をさそったり、比喩によってイメージ (絵) を喚起させたりといった表現が多くある。SEやキャラ絵の領分までも横断しており、それゆえテキストが作品に統一感をつけています。裏を返せば、エロゲには冗長すぎるともいえ、小説表現をひきずっているともいえそう。味読するというほどではないにせよ、さくさく軽快に読み進めるには向かない文章ですし、そうしてしまうとシナリオはあっけない読感のまま終わりそうです。
例えばアルファルートにおいて、凛子さんのおごりでクレープをごちそうになる一幕。ここでは最高にかわいい一枚絵が亜方逸樹により描かれてるのですから、もう余計なことはせず、テキストは控えめにそえておくのが賢いエロゲ制作ではあると思います。そのほうが経済的です。だというのに、さらに倍率ドンとたたみかけてくるのが茉森晶テキスト。
>>
【アルファ】「……いただきます」
俺と凛子さんの顔を交互に見て、アルファはプラスチックのフォークとナイフをギュッと握りしめる。
チョコ・イチゴ・プレーン、色の違うクレープ各種が呉服屋さんで並べられる反物かのごとく華やかに広がっている。
どれから食べようか迷っているアルファの口からとうとう滴が落ち、テーブルがキラっと光る。
【凛子】「ほら、落ち着いて。途中で取り上げたりしないから」
<<
「呉服屋さん」ときましたよ。いまアルファの目に映ってるクレープは――あえて言うけども、そのたかがクレープたちは、ちょっと敷居の高いところで色とりどりな輝きを放ってしまっているのです。彼女がどれだけおっかなびっくり、大事なそれにプラスチックナイフを落とそうとしているのか目にも浮かんできます (……いやそれよりも先にヨダレが落ちちゃいそうというか落ちてますし落ち着けアルファww)。
ここには、子供の頃にデパートへ連れて行ってもらって食べたごちそうみたいな、スペッシャル感がまんてんです。ただ、そのスペッシャル感というのは、わたしなどにしてみれば実感というよりも昭和のイメージといったほうが近かったりはします。呉服屋の反物を選りすぐろうとして順番に延べてもらう光景にしたって、はたして実際に目のあたりにしたかも定かでないほど、すでに遠い、記憶の原風景です。
Web世界からこちらへ生まれ出たばかりのアルファにしてみれば、三色クレープ+三色アイスDXセットを "食べる" ことって、それくらい自分にふさわしからぬ場所での、もったいない望外の体験だったわけなのですよね。それで実際に口にしてみれば「これはこれで美味ですが……やはり、凛子のクレープの方がおいしいですね。あの自然な甘み……」となり、素朴な味のありがたみを再認識してたり。現実世界に生まれ出たばかりのとき、あのヒートポールの傍ではじめて食べ、くすんと泣いた、舌べろに刷り込まれちゃってる凛子オカンの味つけを思い出したりもする (アルファが最初に食べたものが凛子のクレープであったことは、本当に優しいのです)。
でも、品評の言葉とかよりも先に口からこぼれてしまっていた滴のキラキラ感というのも、やっぱりデパートのごちそうならではの体験でして。そういったアルファの遠くおぼろげな憧憬とか期待を、ほんの一文でもってよく味わわせてもらいました。
絵を引き立てる軽いテキストこそが (コストパフォーマンスも含めての) 最適解ではあり、近年のエロゲはそれによく応えております。しかしそれとはまた違った、遊びが多めな本作テキストというのもやはり滋味がありまして。とても好みのものでした。
1-3, 動く止め絵
キャラ絵もまた、味わいがいのあるもの。ヒロインごとの特徴を、構図やグラフィックによってくっきり表します。瞳の塗りとかはわりあい無機的なのですけれど、その一方では、眉や口もとの表情を左右非対称にたわめたり、身体を軸ごとひねったりしてキャラを生き生きと動かす。しかもお話との連携がよく取れており、ずっと見ていても飽きのこない絵でした。
グラフィック (塗り) については、ところどころ工程数が少ないのが見えており、やはり高クオリティとまではいえません。マンパワー不足を感じるところですが、むしろこのキャラ数なのに原画・グラフィックが亜方逸樹ひとりだそうでして、Q-Xってバカなの!?と感服したくなります (……してはいけないのですけど)。単純なベタ塗りがちらほらあったりもしますが、そこにさほど違和感を残さないのが巧みというか、プロだなという印象です。
例えば、メルチェの髪のリボンはほぼ単色でもって、輪郭線もまったく描き込まれてません。ちょっとチープではあるのですけど、背景へも自然と溶け込んでしまうその柔らかい色が、やけに彼女らしいとも感じてしまいます。褐色ヒロインというのは他の子たちよりも背景から浮き上がらずに、コントラストが弱い、目に痛くない色調になります。さらにまたエッチすれば、それはいっそう如実になる。エロゲの通例となっているのは女の白い肌と男の浅黒いちんこの対比で、侵していく悦びが際立つことになる配色です。ところがどっこい褐色ヒロインとは同じ色合いで融け合ってしまい、セックスがひとつの生きものとなって、おまんこは坩堝っぽく熱くなる。メルチェのリボンでの色づかいは、そのようにして融け込んでいく肌の印象ともうまくマッチしていたよう感じます。可愛い。
メルチェの立ち絵ポーズは常にこじんまりと脇をしめるので、彼女のたおやかさ、控えめな愛想よさがプレイヤーに印象づけられてゆくものでした。
これと対照的であるのが真理歩。腰に手をやり肘を外へと張るポーズがとても多いので、(本人は嫌がるでしょうけど) モデル体型はいっそう強調されて、その居丈高なふるまいもよく姿に出ています。ところがです。シナリオの進行とともに真理歩のしおらしい内面が覗けてくると、その姿がいかにも虚勢を張っているふうに見えてくるのが面白いところ。立ち絵の意味が転じる。つまり、真理歩のシナリオテーマによく対応してそれを裏打ちするポージングになっているのですよね。可愛い。
同様なのが、アルファが耳もとのベルをいじってる立ち絵。出会ったばかりの頃にそれを目にしたときには、爪を磨いてるとか、スマホをいじってるというたぐいの、「あなたには関心ありませんよ」という酷薄さを示す動作に感じられました。しかし、その立ち絵を何度も目にして慣れていくと、いつしかそれはアルファの癖になってる。シナリオを進めていき、彼女の関心がこちらに向けられている実感が確かになるにつれ、懸命に考え込むときのしるしとして察せられてくるのです。例えば、子猫の行く末を心配して「……再び捨ててしまったり、も、しないのです?」そう訊いてくるとき、彼女が耳もとのベルに手をやるから、考え過ぎな不安にさいなまれてるのが手に取るようにわかっちゃいます。一枚の静止画へと、お話の時間経過とともに意味が定着していって、すっかり愛着がついてしまう。可愛い。
棒立ちしているようなキャラ絵にはならず、手の表情とか髪の表情とかもよく動かすから、彼女たちはいつもバランスが崩れていって、重心が移り変わっており楽しいです。さちが横顔を見せると、すっきりしたうなじが露わになってスポーティーな性格をよく表したり。真理歩が前かがみになると長い髪がたらんと落ちて、ちょっと自虐的な印象がついたりします。
ラウンダーたちの描写とくると、いっそう動きも色づかいも大胆になって、その非現実感を視覚化しています。ペンペや魔ア子のわかりやすい大仰さもよいですが、ミューティ立ち絵がふんわり空気をまとっている様子には心をつかまれました。髪が広がってるのが綿あめのようで、大きくひらかれた両腕はいかにも甘やかしてくれそうで、手首のところでパフスリーブ状にふくらんだ衣装がこれまたやわらかい印象。それでもって全身がゆらりと傾いでいるから、思わずも手を差し伸べたくなってしまいます。尻尾、もふりたいっ。
他にも、キラリは目力がすごく強かったです。バレエメイクのように大胆にアイシャドーを使い、また輪郭をよく引き締めるふうで、きっちり化粧をのせた顔立ちになっている。彼女は、ステージの距離において映える顔というものをきっちり作っています。なので顔がアップになったりすると、アイラインの上へはみ出したピンクが真っ白な肌には過剰すぎて、本来ならステージ上で眺めるだけだったはずの人を間近にしているから驚くことになる。彼女の楽屋裏へと特別招待されてしまったようでドキドキしちゃいます。その顔には、歌賀キラリの役どころがよく塗り描かれていました。それゆえに世界樹に捕まったときの一枚絵ではまたいっそう艶姿を晒すこととなり、いつもの脳天気さが剥がれ落ちてしまったアイドルの裏の顔となって。前髪がしっとり色っぽく隠そうとしてるその表情には、しっぽり手籠めにしたい下心をぐへへへと誘われました。一晩、買い取りたいっ。
2-1, あっちの音とこっちの音
プロローグはよくまとまっていて、お話によく引き込んでもらいました。とりわけ、星歌をはじめとした合成音声のもつ遠さが、Web世界と現実世界での遠近感をつけたりそれを崩したり、てんやわんやに面白かったです。
開幕となるのは真理歩からの痴漢疑惑イベントですが、ぶっきらぼうなCVが、まず現実のそっけなさを聞かせてくれます。やがてギャルゲーの二次嫁になぐさめてもらってから、Webの中にいる蘭煌と話をはじめるので、しばらくは電話越しみたいに遠いボイス、合成音声を相手どるプレイ時間が続くことになる。しかし、こころリスタを手に入れると世界樹のたもとに飛ばされ「もう完全に……そこにいた」となり、アルファのささやき声がクリアに聞こえてくる。生声→合成音声→生声 (異常事態) といった流れのなか、音の遠近が、Web世界に入り込んでしまった臨場感を伝えます。
ここからが面白い。現実に帰ってきたのにアルファがついて来ており、そこへと星歌が怒鳴りこんでくる。お約束シーンです。ところが、かたやWebの中で出会った電波少女のウィスパーボイスは耳もとにいるのに、かたや実の妹がわざわざタブレットを通した合成音声で話しかけてくるという対比。なんだこれ。本来とはボイスの遠近感がさかさまです。おまけに、かたや生々しく色っぽい下着姿で、かたやふざけた着ぐるみ姿。現実とWebの境目はかき混ぜられてしまって、修羅場とかもうどうにでもなーれ。「普通に帰ります。リアルで」と真顔で退室するアルファさん(半裸) には、ちょっと待てや軽犯罪とツッコまざるをえない。良いつかみでした。
ここでなにより異彩を放っていたのが星歌ボイス。しばらく妹との会話をやりとりしながら思うのは、遠野そよぎCVに合成音声のマスクをかけると、没個性になってしまったという第一印象でした。正直もったいない。
なのですが、またその次のシーンでコナッつぁんに思わず笑ってしまいます。Web側キャラなのでこちら側では声が遠くなってるのですけど……まきいづみ、音声にマスクをかけられてもまるで負けてない。一発でわかる。まきいづみCVというのはやたらめっぽう "強い" のですね (苦手だというプレイヤーさんもいることでしょう)。むしろ一枚マスクのかかった音声のほうが、お話のナビゲーター役としては聴きやすい気すらもしてきたり。その他方では、「遠野そよぎヒロインは生声で聞きてぇ」と欲することになってしまうというふうに、印象が別れていくのが面白かったです。
2-2, 星歌ボイスの遠さ、雪音の卑近さ
そして、この星歌CVの合成音声の遠さがシナリオにはよく活かされました。子猫をかまいつける無愛想キャラというありきたりのシチュエーションだけど、思わず漏れてしまう生声のひとひねりで、これほど印象的になってしまうとは。
子猫受け入れイベントのすぐ後のところ、Webから現実へと、疲れて帰ってくると家の中がバタバタ騒がしくて。「おかー? あったかいタオルに包んだ状態で飲ませると、飲んでくれやすいって書いてあるー!」なんと、あの星歌が生声を張り上げるのが自室にまで響いてくる。テキストをいちいち追っかけなくても星歌のことはぜんぶ大丈夫に思えて、同じ屋根の下のどっかで流れてる、家族の話し声をBGMにしてウトウト眠ってしまえる。あったかいタオルに包まれる心地でした。(長沢家は防音素材でリフォームしてるらしいけど、『こころナビ』の頃と変わらぬまま壁が薄いマイホームですよね。)
合成音声ギミックは、そんな星歌との距離感を演出するのみならず、妹の生々しさをうまく脱臭してもいます。星歌はあけすけな物言いで遠慮なしだから、ときに真に迫った兄妹喧嘩に発展したりもするけど、合成音声の遠さのおかげで彼女の舌鋒はまるめられてプレイヤーの耳に届くことになってます。
また、星歌はあけすけエロトーク担当ヒロインでもあります。しかし合成音声であるゆえおどけた雰囲気が前に出てくるし、きれいな遠野そよぎCVがヨゴレないまま温存されるというメリットもあります。例えばこちら、はじめて合成音声から生声へと切り替わるシーン。
>>
【星歌】「ふーん…………まー、頼まれたってフェラとかしませんけどー」
【雪音】「星歌ッ! ちょっと黙んなさい! ほんと怒るよッ!?」
雪音はギアを一気に上げ、星歌に凄む。
まさしくオカンのひと声。星歌はビクッと肩を震わせ、拗ねたように口を尖らせる。
【雪音】「学校の前で兄妹3人わちゃわちゃやってるコレ! 恥ずかしいと思ってくれなきゃ困るんだけど!?」
【星歌】「ご、ごめん、雪ねーさん……もーしない、しないから」
雪音の光る眼鏡に上目遣いで懇願する星歌。
たまーに出る貴重な生声。星歌のふざけたキャラを見ていると、ちょっと吹き出しそうになる。
<<
「フェラ」だの「オナホ」だのさんざん憎まれ口を叩いていた星歌なのですけど、謝るところの生声がいきなり可愛すぎるから、それだけでもうゆるしちゃいますよ。遠野そよぎ、スゴイ。わたし、チョロイ。
そして雪音、コワイ。ここではむしろオカンのひと声がマジ怖いです。まして、子猫にワンピを破かれてキレるシーンなんてもう、聴いてるこちらの胃にビリビリくるほど音圧があった。普段が何を言ってても愛らしいだけに、びっくりさせられます。ところどころ、雪音役・上原あおいはブレーキをかけない痛切なお芝居をも見せてきました。
雪音はいつも周りのためにと働きまわっている普通にいい子です。星歌ルートでふたりを祝福しきってみせたのがほとんど神がかってたり、アルファルートをも遠巻きに支えていたりと、他ルートへの貢献までも多いヒロインとなっている。そんなふうにいつも世話をかけてしまってる子だからこそ、我をむき出しにして怒鳴りまくる様子はよほどこたえます。
>>
【雪音】「そういう『わかってるだろ』みたいなのが……一番イヤなのよ! バカァッ!!」
【悠斗】「え、い、いや、口に出しても言ってるだろ? たまに……さ」
【雪音】「たまに言うだけで、伝えた気になってるんでしょ!? 私がどれくらい感じてるかなんて考えもせず、自己満足よっ!」
(…引用中略…)
【雪音】「私、そんな聖人じゃない! 人に親切にするのは、自分が好かれたいからだもの!!」
バカ正直に叫ぶ雪音。なんだか申し訳ない気分になってくる。
<<
それでも子猫に怒りをぶつけるのはやはり叱るべきなのだけど、負い目があるだけに叱ってあげられずに居心地悪くて、そんな自分がふがいなくてまた感情を引っ張られる。ずっと昔から主人公を想ってきた女の子だから、ルートから外れるたびに未練を押しこめる様子が見えてしまったりもして。なんとも重みのある、面倒くささも愛情もこびりついた実妹キャラとなっていたのが雪音でした。
なので、もうひとりの実妹でありながら、合成音声などによってつくられていた星歌とのふわふわした関係がいっそう際立ってきます。エッチシーンにおいても、合成音声と生声を使い分けるから妙に距離感が狂うところがありまして。挿入されてもまだ「別にぼくは……」ふてぶてしい声を出していたかと思えば、一転、心細くなった妹の子宮がキュッと抱きついてきちゃう生々しいあえぎ声。そこにある落差にハマり込んでしまいそうな、不可思議な感触が彼女にはついていたよう思います。
ミューティやキラリたちラウンダーは、ヒロイン像をあやふやに自由にしてくれていました。セルフ状態なのか否かが確定しきらないタイミングは多いですし、ヒロインと融合したあやふやな存在としてミューティ(雪音) がオナってたり、キラリ(星歌) がゆきずりに誘惑してきたりと、ヒロインが別の一面を見せることへの制約をすり抜けさせてくれるギミックです。
星歌の合成音声ギミックにもそれと似たような働きがありまして、下ネタとかトゲトゲしい言葉にマスクをかけると、どこかユーモラスな響きに変えてしまいます。いったん合成音声をはさんだことで彼女本来の声へのあやふやな間合いを感じると、星歌の現実味はふわりと和らげられ、ラウンダーともうまく合わさっていくように調律されたみたい。そうしてキラリとの夢のユニットを組み、ついにアイドルデビューまでしてしまうルートエンドへと、すんなりした流れが生まれてました。
このとき星歌をスカウトしたのは前作ヒロインの父親であり、その前作ヒロインからラウンダーを受け継いでいたのが雪音。そんな奇妙な縁ではつながりながらも、対照的なあり方となった双子ヒロインズでした。
2-3, クール妹ふたり、オカン妹ふたり
いきなりですが、ここで凛子のことを少し。
わたしは『こころナビ』に愛着をもっていたプレイヤーなのですが、前作ヒロイン・凛子が登場して、主人公と出会ったシーンにはちょっと意表をつかれました。
>>
すごい……この俺が、こんなに普通の会話ができるなんて! いや、ほぼ向こうのお陰だけど。
近寄りがたい雰囲気だと思ってたのに、なんて自然な会話をする人なんだろう。コンビニ店員を長いことやっていれば……当然か。
<<
……え。この気さくなお姉さん、誰ですかっ。わたしの知ってる凛子じゃない! メルチェの歓迎パーティーでは場をなごやかに仕切ってくれますし、一人称「ボク」も (それは星歌に譲ってしまうと) ごく普通に変えてきた。主人公が「こんなデキた妹なら、俺だって仲よく協力してたのに。」その人当たり良さを羨んでいるのには、へそで茶が沸いちゃいます。彼女は、だいぶ角がとれたのですね。
凛子というキャラクターは、Q-Xブランドにとってなにかと大きな存在であり、あけすけな言い方をすればグッズ展開などでも稼ぎ頭のヒロインでした。今作の人気投票でも凛子はかなり得票を集めてしまったようですし、ソフマップ店舗特典なんて凛子抱き枕なわけで。そのあたり、生みの親のQ-Xとしては複雑な思いもあったのではとか、つい邪推してしまいます。
しかし、そういった事情をもちながらも、凛子というキャラは年月のぶんだけしっかり成長した大人の女性となって『こころリスタ』に再登場してきました。一世を風靡した子役やアイドル歌手などが、腕の良いプロモーターや、熱心に応援するファンにとりまかれ "成長させてもらえない" ことはよくあります。「これはわたしの知ってる○○じゃない!」という。そういった息苦しさを凛子に味わわせなかったのには、制作者なりの矜恃がかいま見えるような気がして、個人的にはとても好感を抱きました。
もちろん、Webの話題になったとたんニヤリと喰いついてくる姿は懐かしいものですし、若い子に走って追いつこうとするも「あ、あたしだってメルチェくらいの歳だったら……! い、いや、もっとダメだったけど……」相変わらずの運動不足。アルファルートでは冷ややかな指摘を親身になって投げてくれて、歳下にはバカ正直に優しいあたり、本質的なところではそのまんまな彼女です。『こころリスタ』はアルファの生みの親としての物語的な役目を担わせることで、かつての妹ヒロイン・凛子を、ごく自然な流れでもって成長させてくれました。
さてここで、"オカン妹" としての共通項をもつ本作ヒロインなのが雪音。アルファルートに入ってからは、家に帰るたびに雪音が主人公を迎えてくれています (星歌や母親は登場しない)。「女にうつつ抜かして外泊するようになんかなってみなさい、ご近所のイイ笑いものですからね」「何よ色々って……問題でも抱えてるなら家族に相談しなさい? 別に頭ごなしに怒らないわよ」雪音オカンがまいど面倒くさいほどあったかいです。また、このルートにおいては「凛子さんや雪音」「蘭煌もミューティも、」といったふうに、さりげなくふたりが並べられたりもしていまして。
ボクっ子やひきこもりなどなど前作での凛子のクール妹の性質を多く引き継いだのが星歌ならば、今作の凛子のオカン妹としての姿へ近づこうとするのが雪音でした。どうも双子ヒロインズがふたりがかりで大先輩たる妹ヒロインを迎え入れるような感もあり、そうして凛子は『こころリスタ』にもよく居場所がつくられている。とても大切にされたキャラの、しあわせに年月を経ている変貌ぶりは、前作ファンのひとりとして嬉しく思うところでございました。
3-1, マリポ先輩の偽乳
ヒロインたちは甲乙つけがたく可愛かった。メルチェは、人との出会いへの憧れをよく受けとめると、微笑みをたやさず物語中盤を回してくれました。アルファも期待を軽々と超えるほど輝いて、降る雪をスカートでひらって集めようとする姿にはただただ感無量 (そこでアイノの便りまで伝えてくれて)。
そんななか、わたしにとって完全にダークホースだったのが真理歩です。人を寄せつけまいと尊大ぶるも、どうにも脇が甘くて、なれなれしい後輩たちからはマリポだパリコレだとかたなしの先輩。休みの日に遭遇したりすると、つい警戒態勢をとってしまうおっきな小動物。ゲームショップで母親を交えて話しているときの学校とは違う声音とか、憧れだった背伸びしてのキスだとか、おりおりに印象的でした。
とりわけ強烈だったのが、アルファ持ち込みの蜂蜜酒から突発することになる偽乳発覚イベント。あのときの混迷っぷりにはもう大笑いしました。アルコールのちからを借りて、しょんぼり泣き言をもらしたと思えば、いきなり眉毛をつり上げて勇ましくわめきだしたマリポ先輩! ぶはっ、いやこの人ほんともうマジ情けなさすぎて、ひっどいww やけくそになって偽乳の片方だけこっち投げつけてくるとか、ありえないですしwww ご自慢の偽乳が左胸だけにひっついててホンモノみたく見えるから、なんかもう身体のバランスだとかも崩れきってて、ほんと酷いありさまなんですよ彼女ww わたしとか、ちんこ仮性で左曲がりなんすけどもうすっげ親近感wwwwwww
ところが、『こころリスタ』って彼女のいびつさを笑ったりしないのですよね。決して。
やがて初エッチにあたり、必死の覚悟でもって偽乳は取り外されました。しかし蜂蜜酒イベントでその秘密をすでに知っていたから主人公はテンパったすえ、真面目くさって「す、すごく……エロくて…………さ、触りたい……です」。これには、さぞびっくりしたと思うのですよ、真理歩。彼女のついてた嘘がなぜか問題にすらされない、計算外のなりゆきです。
少し時間を巻き戻しまして、冤罪からはじまって痴漢から真理歩を助けることになるイベント。このふたりの話し合いでは、嘘をつかずに、打算とか下心までもさらしあって、ありのままの自分を見つめることが重要視されてました。
>>
【真理歩】「な、なんだよ……さっきの言葉って」
【悠斗】「助けなきゃ、ってそれだけ考えて……って偉そうに言いましたけど、そうじゃありませんでした」
【悠斗】「先輩に……少しは見直してもらえるかなって、そんな付加価値を考えなかったかというと嘘ですよね」
【真理歩】「…………そう」
うう……正直に言ったのは、マリポ先輩にとってよくなかっただろうか?
い、いや、俺のイメージの問題とかではなくさ。本人がガッカリして気分よくないのかな、とかそういう……。
<<
>>
勇気を出して、助けてよかった。他人に関わること……やってみるもんだ。
【真理歩】「まあ……出来過ぎだとも思ったんだけどな」
【悠斗】「え……そ、そこまで疑われますか。いや、それだけ怖い目に遭ってたんですもんね……」
【真理歩】「いや、それはあたしの性格。疑って……悪かったと思ってる、今は」
【真理歩】「とにかく……君って人は、男の中でもマシな方なんだと思う。だから、あたしも避けないようにしようと思うんだ」
<<
このふたりのコミュ障はどちらも人間不信。だから、なによりも自身への不信感が根深くて、そこから打算的な理由を掘り起こしては開示しておこうとします。「ほら私はこんなにも汚い人間ですよ (※もう言ったかんなー、それでも付き合うなら私やあんたの自己責任だかんなー)」。そうやって後ろめたい計算を分別しながら、真実のコミュニケーションとやらを追求しているうちに、口ごもって会話のタイミングを逃してしまうわけでして。主人公の "考え込む癖" ですね。
(エロスケの話にたとえてみるならば、ウン年前のエロゲにウン万字の感想文を書く人とかいますでしょう。あれ、反応にはやや困ったりするところがあるのです。いっぱい考え込んだのかもしれないけど、そんな急にわっと言われても、もう覚えてないよっていうww コミュニケーションのやり取りにおいて重要なのは、やはり、まずもって適切な長さとタイミングです。)
さて、偽乳を外しながらその恥ずかしい大嘘をなんとか謝ろうとした真理歩でした。彼女からしてみれば偽乳には当然それなりの責めを負うべきで、なんとか帳尻を合わせなくちゃいけなくて。ところが、そんな真理歩の打算はとっくに知っていた主人公なので、いまさらもう責めるでもなく許すでもなくて本乳を攻めにいってしまう。しかもこのエロ猿くん、蜂蜜酒イベントというカラクリのことは伏せてしまいました。くどくどしゃべり過ぎることなく、真理歩のおっぱいを可愛い、これが好きだって猿みたいに繰り返す。とてもコミュニケーション上手になったと思うのです。真理歩からしてみれば、完全にななめ上をいく反応によってまるごと肯定されちゃったわけで、嘘つきの自分にはふさわしからぬ厚意にびっくりして、ちょっと涙ぐんだりもしてしまう。
ある厚意が受け取って当然のものであるときには、それはすでに厚意でなく支払いです。痴漢から助けたときのようにして、これこれの疑い・リスク・付加価値があったとプラス・マイナスを計算し尽くそうというのは無理筋ですし、それは厚意を支払いに変えてもしまう。借り方に100の恩が計上されていて、貸し方には50の義理が計上されているから差し引き……とかやりだしたら、それはもう経済活動になってしまってるのですよね。いやもちろん経済活動は生きていく上でなにより優先度が高いのですが、ときたまには別のプラスアルファも欲しくなるわけでして等価交換だとかはクソ喰らえ。貸し借りのバランスがいびつになっていてもかまわないような、支払いではない、厚意が欲しく (贈りたく) なっちゃいます。
アルファの蜂蜜酒による事前情報があったのだから、主人公がそれを黙ったままでいたことには真実が欠けており、ずるっこい打算も混じることになりました。でも虚をつかれた真理歩が乳首を攻められながら安心しきって、イジメの過去話までもストンと語りきってしまえたのだから、これで良かった。なんとも、ものすごいエロシーンでした。そんなふうにして劣情とも混ぜ合わせながら、真理歩の偽乳のことすら笑わないで受け容れてしまったのが、この物語なりの優しさであるように思います。
3-2, 『こころリスタ』は笑わない
このあたりでの奇妙な実直さというか、ヒロインたちを嘲笑うことを決してしないスタンスが、本作には通底していたように見えました。わたしなりに本作からテーマを感じてみたら "リスタートする人のことを笑わない" となるようで。『こころリスタ』は、アルファみたいに真顔なんです。
例えば、真理歩が好きな乙女ゲー『ギターのプリンス様』のことも、主人公はがんばって研究します。
>>
【悠斗】「君のその……自然と男の目を引きつける魅力にヤキモチを焼いてしまったんだ」
【悠斗】「君がもし……誰もが付け狙う剣の達人だとしたら、誰かに倒される前に、私が君を倒したい……」
【悠斗】「…………ふぅ……」
あらためて、大導寺舞人はすごい男だ。すごい、変な男だ。
<<
さすがは乙女ゲーでございまして、音楽ものなのに剣で倒すだの倒されるだのと、明らかに変ですよww
なのに、そのセリフを読み上げた主人公はといえば直球で感服してしまいます。さらには、この独演会を聞きつけて兄の頭を心配しにきた雪音までもが「ああ……わかるわ、私もやったことある。まさに非モテの発想よね……」となって兄妹しみじみ。ネタにしません。乙女ゲーとかはネタにしてしまったほうが何かとオイシイはずなのだけど、彼ら自身はいたって真剣なのです。
あるいは星歌が合成音声をかたくなに使っているときも、それを止めるようになったときも、誰ひとり茶化したりツッコんだりせず自然と受け容れています。
(先述もしたように) わたしは星歌の合成音声がシナリオ上どうこうと理屈をつけてありがたがっておりましたが、個別ルートに入って年を越すあたりから、星歌は生声に切り替えはじめます。そこでテキストから理由を拾いだしてみれば「現実で端末無しの会話もできるようになったし、リハビリとしては役目を終えた」など、こころリスタの効果があったんだと書かれておりまして。しゃらくせえのです。いっしょに行った年越しライブであれだけ声出しすれば、その帰りの電車のなかでも、話したいなにかは堰を切ってわきあがっちゃいますよね。もう、いちいち合成音声を打つような雰囲気でなくなっています。
ライブはお祭りだから、星歌がジャニーズアイドルに黄色い声あげてるときのキャラ崩壊っぷりはすさまじくて。彼女がいつもかぶっていた殻の崩壊していく熱を浴びせかけられると、やはり好きなものを前にして叫びたい気持ちには逆らえないのがわかってしまう。これじゃ合成音声との対比がどうのこうの考えてきたわたし、バカみたいじゃないですか! 星歌もバカみたいにピョンピョン跳びはねて声を張り上げちゃってもう、むせるな、むせるなww ほんとイイ笑顔してました。
ここでも星歌のジャニオタっぷりは真正面から描ききられるし、跳びはねていた彼女がふと我にかえって後ろめたそうに反応をうかがうと、主人公は呆気にとられながらも安心させてあげる。星歌が思いきり楽しみきれるようにという一心で、やはり、ヒロインの好きなものを茶化したりしません。
雪音が赤いワンピにしまい込んだ想い出のみならず、つんつるてんになってまでそれを着ている姿をも優しく思いなします。外国人であるメルチェの変な言葉づかいは愛らしい響きとなってるし、たまに出るスペイン語をいちいち訊き返したりもせず会話は続けられていき、ソロモンがしゃべり出せばなにげなく答えてしまう。さちのヒーロー活動にすらも頭ごなしの常識を突きつけたりはせず、彼女の安全を案じるほうに話をふります。
熱心すぎるあまりおふざけに見えたとしても、人の愛好するものを笑うことが決してない。ヤナ君の変態性すらも笑わずに、むしろ本作そのものがヤナ君みたいにして、愛の奇々怪々なかたちは笑おうとせずに超真剣だから、こっちはドン引きするか笑い出すしかないんです。
なんといいますか、ガチなのです。一から十まで真面目にやろうとするコミュ障たちだから、趣味にしても恋愛にしてもバカな真似をやらかしてしまい、その滑稽なすがたでプレイヤーだけを笑わせてくれる。アルファみたいにして、いっつも真顔のままで。猫のよう。
>>
伸びをして、体をひねったアルファがビクッと縮こまる。
【悠斗】「ど、どうかした?」
【アルファ】「……ああ、性器の裂傷がまだ痛むのですね。忘れていたので、少しビックリしたのです」
【悠斗】「う……ご、ごめんね……」
【アルファ】「悠斗が謝ることではないですし。こんな構造の人体を作った神様とやらが謝るというなら……1杯おごってもらうのですが」
【悠斗】「え……アルファ、神様って信じるの?」
【アルファ】「……ジョークです、人間ジョーク。人間らしくないです?」
<<
アルファ渾身の一発。わたしこれ、めちゃくちゃ笑いました。彼女の声で、彼女のキャラなればこその可笑しみがはてしなくて。『こころリスタ』はアルファのごとく本気であり、作品内でもって自己完結するジョークというものがなく、自分のことを失笑したりはしませんでした。
"リスタート" しようとしてる人を指して笑うことはなりません。善意とか道徳うんぬんといった話ではなく、ブレストのとき否定してはいけないのと同じような運用上のルールとして、"リスタート" しようとしてる人を笑うことは益体ないように思います。
その点でアルファがまとった雰囲気、『こころリスタ』の作風というのは適っています。主人公がいまさら変わっていったり、真理歩がいまさら偽乳を外したりといった、ともすると本人が尻込みしてしまうような時期を、何食わぬ顔でじっと見守ってくれていました。彼らは滑稽なほどバカ正直だからふざけたやりとりになってしまうのだけど、それをけっして笑おうとはしないのが、本作なりの愛情の注ぎ方であった気がしています。
4, i^2は計算しないで
『こころリスタ』はなんとも古典的な見方でもって現実(real) と非現実(imaginary) をとらえる、気楽なお話でした。わたしも古典的なおふざけでもって愛の事情のことを話して、感想を終えることにします。
アルファのお話は、彼女がついに愛を得るまでの物語なのだけど、そのはじまりや終わりがとり行われたのが世界樹のたもと。ネット世界のはざまにあって他の平行世界にもつながってる、虚数空間とでも呼びたくなる不思議なあの場所。そこに立ったアルファは、自分の中にあるうまく解けない感情を疑うと、それがプラスなものであるのかマイナスなものであるのか計算しようと苦心してました。
>>
【アルファ】「アルファにとって、君は必要な存在。マイナスになるようなことはしないです。です」
<<
>>
今まで、触れないようにしていた自分の中にある疑問に……立ち向かいたい。そうすれば、私の中にプラスが生まれる気がする。
<<
>>
【アルファ】「アルファが……必要? 何のために?」
【悠斗】「何のため、じゃないよ。もしもマイナスがあったとしても、アルファと一緒に生きたいんだ」
ダメだ。理解できない。私の思考パターンに……照らし合わせるものがない。
けど……行きたい。このラウンダーの世界へ行ってみたい。
<<
「自分の中にある疑問」。アイと呼ばれている、存在しないはずの感情。それは計算したり解析をかけたりしてみても、いっそうもつれてしまうものです。それぞれのかたちで生まれてきた i なのに、それを理屈だとか世間だとかが定義している別の i と交じり合わせれば、マイナスとなってしまいます (i^2=-1)。「近親相姦は高リスクだからダメ」「法律で決まってるからダメ」これらの事情からはとてもわかり易い答えが出てきますけど、その次元で考えてしまえばどうにもマイナスなんです。
こころリスタみたいな、中身のよく解らないブラックボックスで非現実のものからこそ、真実の恋は導かれました。
だから、i はもうそのままに受け入れちゃいましょう。すると "Mazeki Alpha" は "Imazeki Alpha" になる。これで彼女は、晴れて今関凛子の娘としての出自をもち、"私" をもって現実世界で暮らせそうです。
なにせ凄腕ハッカーたる凛子オカンの年の功をもってすれば、戸籍データの問題とかもなんてことはない。そんでそんで、今関アルファが「先にお嫁へ行く不幸をおゆるしください」だとか三つ指ついてオカンを苦笑いさせる日なんてのも遠からず訪れて。ひとつの愛をそのまま受け入れた彼女は、長沢家のゲームショップ「プラスアルファ」にいて、猫といっしょに穏やかに店番をしているんです―――
……あ。でも小姑がふたり付いてきてマイナスになるわ (Imouto^2=-1)
コナッつぁんかんばーっく! こなごなにすりつぶしてバージョンダウンさせてくださいましっ (コナII→コナ + i^2)
山あり谷あり和気あいあいのまま、これにてピョンとハネ!