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Roofieさんの猫撫ディストーションの長文感想

ユーザー
Roofie
ゲーム
猫撫ディストーション
ブランド
WHITESOFT
得点
90
参照数
616

一言コメント

長い年月を経てもキレが変わっていなくて安心しました。一言で言えば、ごく当たり前の事を別の(およそ恋愛SLGらしくない)切り口で言い換えたお話。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

猫撫ディストーション。
数年ぶりに元長氏の名前を検索して見つけました。
思えば十数年前、sense offをプレイして強い衝撃を受け、
それは当時○学生だった私にとって、大げさに言えば人生を変えるようなゲームでした。

そういう何かを期待していた訳では無いのですが、
もう十年近くほとんどエロゲという媒体から離れていた私に、久しぶりに
「プレイしてみよう」と思わせる名前でした。

シナリオのもうお一方を軽視しているような表現で申し訳ありませんが……


とりあえず各ルートの印象。プレイ順で。
(以下、「エンディング」という言葉は5枚のセピア色のCG以降のシーンを指しています)

・結衣ルート:「なんだこのユーザーフレンドリーな説明は!」
マクスウェルの悪魔という表現はどうも筋が通っていないように思えましたが、
えいえんのせかいの再解釈? といった印象を受けます。
ラスト付近からエンディングにかけての説明ラッシュはやや冗長とも取れましたが、
この辺はよりメッセージを伝えることを重要視して入れたのかなと感じました。
やっぱり時間が経てばシナリオも丸くなりますよね、と。

この時点では。


・ギズモルート:「え?それでいいの?」
ギズモに期待していたのは3年間という時間を樹がどう過ごしてきたかという
樹にとっての観測者の意見でした。ですがそこには強く触れられず。
「樹の望みが叶うことはギズモの望みが叶う事だからギズモは消える」(意訳)という
論調そのものは不自然ではないのですが、ただ、共通ルートからギズモルートに
入るまでの流れの中で、それ(ギズモの望みは樹の望みが叶う事)が
強く表現されていたように思えなかった点で、唐突な印象を受けました。
エンディングについては、これを入れることで物語としての救いにはなりました。
ですが、このことがエンディングで起こる必然性はあったのでしょうか?
このルートでしか起こっていない事象なだけに、整合性に疑問が生じます。


・式子ルート:「ほーいいじゃないか こういうのでいいんだよこういうので」
どうでもいいですが、声の変化は声優さん一人でやってるんでしょうか?
正直共通ルートでは式子さんには若干引いていました。
うわあコレ絶対狙ってるよ、という感じで。
しかし、一旦ルートに入るとそういう見方はどこかへ行って、母さんの感覚を楽しめます。
このルートに入るにあたって、一番気になっていた点は「電卓の存在」なのですが、
呼び名と幾つかの思わせぶりな台詞以外ほとんどスルーされました。
これでいいのか。

12月31日からの展開は圧巻でした。薄々そんな感じじゃ無いかと思ってたのと
方向性は似ていましたが、斜め45度にぶっ飛んでました。これは間違いなく元長氏の担当。
しかし、これは現実的に考えて本当に幸福なんだろうか?という疑問は次のセクションで。


・柚ルート:「コレハゲームデスヨ?」
かなり「アンチ猫撫」的なシナリオに感じました。
路線としては正しいんです。夢のような重なり合った世界を観測するこのゲームですが、
それならば元の世界を続けるという選択肢は当然あってしかるべきですし、
柚はそのための外部のキャラクターだと思っていました。
ただ、これは少し違うような気がします。
柚は「現実」を見ろと言いますが、その現実とは、3年間を過ごした顔の見えない家族と
樹(ギズモもか?)の物語です。柚がそれに入っていく事はまだ判るのですが、
柚が主体として二人の世界を作ってしまっては、それは「元の世界」ではなく
「柚と樹の新しい世界」です。
そういう意味で、かなり疑問を感じるシナリオでした。
シナリオの内容としては式子の対となるものです。
式子ルートで「本当に幸福なんだろうか?」と先ほど書きましたが、逆のこのルートも
「本当に幸福なんだろうか?」と感じます。


琴子ルート:「圧倒的な楽園…じゃないよなぁこれ」
人間からクオリア(感じ)を抜いた物は、哲学的ゾンビと呼ばれます。
ですが、クオリアは単体で意味を為すものだろうか?
何も無いところにクオリアだけがあったとして、それは人間となるのだろうか?

このルートの後半はそういった事を考えていました。
シナリオ構成上琴子がロック対象になるほど重要な意義を持っていたでしょうか?
琴子はキャラクターとしては魅力的でしたが……
単体のシナリオとしては「回答編」「解決編」といった位置づけではないように思います。
キーとなるのは電卓だった筈なんですが、まともに話に絡みませんでしたしね。



総論。
ごく当たり前の事を別の(およそ恋愛SLGらしくない)切り口で言い換えたお話。

よくあるシュレーディンガーの猫という小話をベースにはしていますが、
物語そのもののテーマは多分認識論なので、実は理系じゃないかもしれません。

揺らいでいる状態を観測する事で定位させるというテーゼは、
選択肢によってプレイヤーがキャラクターに対して行っている事と、実際の所同じです。
ただキャラクターとプレイヤーで異なるのは、キャラクターが世界に変化を与える
(観測者って設定ですし、不確定性原理も踏まえて)のに対し、
プレイヤーは選択(観測)によってキャラクターに変化を与える事は出来ません。

家族は揺らがないという意味。
多分、世界は揺らがないと言い換えてもいい気がします。
家族の形が各ルートによって、進行によって、世界によって変わっても、
それは変わらず、揺らがず、家族という生命であり続ける。
樹が観測する限り。

点数について。
減点要素はいくつかあるのですが、ほぼ満足の数字です。
とりあえずFDや次回作も買ってみよう、と思わせる程度には。

その他雑感。
・数年ぶりのエロゲ。システム面に驚愕。キャラクター動きすぎ。ウィンドウ動きすぎ。
・全員もう少し服に気を使った方がいいと思います。特に式子、なに かんがえてんだ!
・ほぼ全てのルートで電卓さんがハブにされててがっかり。
・ぱっくんと聞いてジョニーが頭に浮かんだ人は握手。
・推奨ルートとして結衣を先にやった方が、とっかかりとして一番分かり易い気がします。