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RIGHT EYEさんのタペストリー -you will meet yourself-の長文感想

ユーザー
RIGHT EYE
ゲーム
タペストリー -you will meet yourself-
ブランド
light
得点
90
参照数
840

一言コメント

自分は死んではいないけれど。終わったことには変わりない時が過ぎた自分と自分の周りの青春時代を懐かしんでみた。暖かい気持ちになる学園物だったんだ。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

死生観を謳う内容。
ではあるが、作中でそれに明確な答えが語られることがない。
というのは、主人公が死に主体的に向き合うことが少なく
常に受動的に死の意味を受け入れていくからだ。

だから--
この作品では、健速作品のように
老若男女を問わず誰もが自らを鑑みて
主人公らの生のあり方の是非を問えるつくりをしていない。
普遍的な死や生の意味を叙事的に問うのではなく
主人公周辺の、限られた範囲で限られた生の、
とても閉鎖的な他人からは是非のないコミュニティでの日常を
叙情的に描くことを趣旨としている。

主人公は主人公の閉鎖的コミュニティ(家族・親友など)を持ち、
私たちは私たちの閉鎖的コミュニティを持っている。
だから自分は、似ているはずのない自分のコミュニティの在り様や理想から
どこか共通点を探しながら、主人公らのコミュニティの在り様を眺めつつ読み進めた。

ちょっと前置きが長くなったけれど
それらを踏まえたところで気になったところを挙げる。

-あり得ない病名・深刻なPTSD・超人的飛び級進学。
 → はじめ達の日常は私たちの日常や日常の理想に
   近ければ近いほど共感を得られる。
   上記のように日常を描くことが趣旨ならば
   とんでもなく興ざめさせられる。
-主人公の衰弱が急激過ぎる。
 → 個人差、では埋められないほど急激な衰弱。
   徐々に衰弱が進めば主人公が死に主体的に向き合わざるを得なく
   なるので意図的ではあるけど、やはり主人公とその周辺の心理変化は
   丁寧に描いて欲しい、というのが本音。
-ひかりと恋愛関係を持った後の描写がほとんどない。
 → 終わってみればひかりが輝くのは共通シナリオでの仲良しぶりと
   他人シナリオでの妬きっぷり。
   シナリオ自体悪くはなかったのだけど、ひかりは最後に、と
   考えていた人の少なからずが落胆したのでは。
-主人公の受け身。ヘタレっぷり。
 → 際だつほどではないが。
   特に気になったのはひかりシナリオでの鈍感さ。
   特徴的なヒロインを5人も受け入れるならば
   主人公は鈍感・受身のオールラウンダー主人公にならざるを得ないのだけど
   ならば、ヒロインの特徴を少しおさえる方向でなんとかならなかったものか。
   
-動作が重い。
 → AWBSとかいうシステムに由来するのか、立ち絵が動くたびにコンマ数秒停止。
   最大6人表示では度々数秒停止するのでかなりストレスになった。

その他、細かな事柄は割愛。
されど終わってみれば、それでも良い作品だったと思える。

-主人公の死
 → いろいろ目をつぶる所はあるけれど
   これこそが、この作品を滅多につけない80点超の評価にしたところ。
   どのシナリオにも最後には主人公の死が確実に待っていたし
   実際に4/5のシナリオで死後をきっちり描いていたこと。
   このおかげでしっかりと主人公らのコミュニティでの日常を大切に受け取ることが出来た。
   「死」で悲劇を描くのに抵抗感を持つ人もいるかも知れないけれど
   これこそ古代から悲劇の基本。
   オジチャンは死と記憶喪失にとびきり弱いお年頃なのです。
   特に、期待していなかった遥海シナリオが一番良く
   先輩の常人を超えた孤独と最後の継接ぎのタペストリーの対比には涙が出た。
   ただし、その上でどのヒロインのシナリオにも大きな影響力を持っていたのは…
   やはり、ひかり。
   彼女の愛らしさといじらしさがなければ
   こんなに日常を大切に受け取ることが出来なかったと思う。

-AWBS
 → 主人公らの日常に共感できた上ならば
   AWBシステムと立ち絵造形の豊富さはかなり楽しい!
   こしあん魔神の頬を膨らませる姿がかなりカワイイんですが。
   このシステムは改良を進めて欲しい。

-「ピースワーク」
 → 奥華子的主題歌。かなり好き。
   切なくて暖かくて気取らない。作品の世界観にぴったりな歌。
   ムービーもきちんと歌のリズムに合わせて懐古的に作ってあって秀逸。
   その他「Happy Nowadays」「遥海のせかい」「いのち在るかぎり」などBGMも良い。
   「紗希突撃!」「月詩」は悪くないけど極端な曲だけに使いどころが…。
   曲ではないけれど「前向きになんて進めない」ほかジングル3本も必聴。

-あくまで日常を描こうとした
 → この物語の核は「死」ではなくて日常。
   勿論、死があってこそ引き立っているのだけど
   はじめが夭折せずとも彼らの人生は似たものになっていたと思う。
   物語は安易に死に価値を置いて泣かせることを主眼にしているものではなく
   日常の会話と雰囲気が主眼であったと思う。
   この日常が何とも暖かくて楽しかった。
   ウクレレ抱えた部長の人形(ハリボテ)は笑った。

この作品は、死に向かう人間とか、人生の希望とか、固く構えずに、
自分のあり得べきだった青春を愉しむ、ひとつの学園物としてプレイして欲しい。