良くも悪くも音が凄いの一言で終わってしまう作品。
・バイノーラル音声の破壊力
古いエロゲーを今になってプレイしてみると、原画は個人の好みの部分が大きいとしても、塗りや解像度の面では現在のエロゲーが大きく進化していると感じることができる。
システム面も同様で、久しぶりに過去にプレイしたゲームをプレイすると「よくこのシステムに不満を抱かずにプレイしていたな!」と過去の自分に関心することもたまにある。
しかし”音”に関して考えてみると、古い作品と新しい作品で大きな差異を感じることは殆どなかった。
本作ではその”音”の部分の進化を明確に感じることができる作品で、映像面で例えるならば通常のモニターとVRヘッドセット程の違いを感じることができた。
VRのようにゲーム機(パソコン)以外にもヘッドホンという追加の機器が必要な点でもVRっぽいと言えるかもしれない。
音声だけでなくBGMを除く音全般が一線を画するクオリティで、環境音である虫の音や鳥の鳴き声、海の音は本物と区別がつかない(実際に録音したもの?)クオリティだった。
癒しのスペシャリストを養成する学園が舞台なので、マッサージや耳かきなどをしてもらう場面も多いのだが、それらの効果音も臨場感のあるものだった。
二次元美少女業界(?)のダウンロード販売サイトでは同人と商業という区分をされているのだが、ADVゲーム自体はシステム周りやグラフィックなどでは基本的に商業作品の方が同人作品よりもクオリティが上回っていることが多い。
反面、同人業界では音声のみの音声作品というジャンルが存在し、音声だけでなく効果音や環境も含めて音のクオリティが商業向けのエロゲーやドラマCDを上回る作品が数多く販売されている。
バイノーラルやハイレゾを前面に押し出した作品も多く、音に関して言うならば同人業界が商業の先を行っているのが現状となっている。
本作のプロデューサーでありメインヒロインの一人である幸枝の声を担当している伊ヶ崎綾香氏も「シロクマの嫁」というサークルの運営をしておられ、その人気も非常に高いものとなっている。
そのため、エロゲーとしては新たな試みをしているにも関わらずノウハウはしっかりしているようで、音に関しては荒削りな部分は殆どなく、細かい部分まで作り込まれていた。
単純なノウハウだけではなく、効果音などはサークルの作品で使用しているものを使えるだろうし(もしかしたら新規録りおろしかもしれない)、そういった点もプロデューサーの強みが活かせていたのではないかと思う。
また、サブキャラクターの蛍の声を担当しているかの仔氏やラナ役担当の藤川なつ氏、モブ役の天知遥氏も同人声優で、特にかの仔氏は「音撫屋」という有名なサークルを運営しておられるので、その辺りの知見も取り入れているのかもしれない。
・まさにエロゲー版の音声作品
同人音声作品にもジャンルは色々と存在するが、主流なジャンルの一つとして「癒し」というのものがある。
聞き手とヒロインの関係は彼女、妻、訪れた宿やリラクゼーション店の店員など様々だが、大体の傾向としては各種マッサージや耳かきなどの癒し+少々のエロという組み合わせになっている。
音質だけでなく、”癒し”を主題としている点やマッサージや耳かきなどのリラクゼーションを体験できるという点で、本作はまさにエロゲー版の音声作品みたいな内容で、オートモードにして目を閉じれば音声作品そのままだった。
他にも耳舐めや絵本の朗読シーンもあったので、癒しジャンルの音声作品の定番の内容は大体詰まっていた。
また、リラクゼーション系の音声作品では、色々とリラクゼーションに対する薀蓄を聞きながら施術をしてもらうという内容も多いのだが、本作の主人公はリラクゼーションに対する知識が皆無のため、最初はヒロインに色々と解説してもらいながら施術をしてもらうので、その辺も音声作品に近いと感じた。
勿論、音声作品ではなくエロゲーだという強みを活かせるようにも工夫されている部分もあり、リラクゼーションシーンのイベント絵は一人称に近いものが多く、イベント絵が無い場合でも立ち絵は台詞に合わせてしっかりと動くので、目でも楽しめるようにもなっていた。
音声作品では一般にヒロインが聞き手に語りかける構成が殆どとなっているため、主人公=聞き手ということを強く意識させる内容になっていて、癒しジャンルの主人公は仕事に疲れた社会人、もしくは主人公の設定がわかるような描写は一切無しというのが殆どで、ある程度感情移入しやすいようになっている。
本作の主人公も似たような設定で、始発出勤終電帰宅のブラック企業を何とか退職した主人公がアテもなくフラフラと彷徨っているところを学園長に拾ってもらい、学園で副講師(モルモット)としての仕事を得るという展開から物語が始まる。
疲れ果てた主人公が努力をしたわけではないのに幸運に恵まれて、女の子と出会うというのも音声作品では珍しくない展開だったりする。
果たして平均的なプレイヤーが疲れ果てた社畜かどうかは自分にはわからないが、少なくとも隣に住んでいる可愛い幼馴染が朝起こしに来てくれる主人公よりも感情移入しやすいのではないかと思う。何だか書いていて自分でも悲しくなってきた・・・。
また、主人公のデフォルト名が「主人公」なのも特徴的な部分で、感情移入のために(?)名前変更が可能なゲームでもデフォルトの名前が用意されているのが多数派なことを考えると、デフォルトネームが「主人公」というのは感情移入のために更に一歩踏み込んだ設定だと感じた。
主人公は”一応”は教師のため、基本的にはヒロインたちからは先生と呼ばれるので、二人称で呼びかけられることに違和感は無かった。
・音以外は残念な部分が多い
仮に本作を普通のエロゲーだと仮定した場合、純粋に面白くなく、かといってクソゲーでもない作品として自分の中に何の印象も残さないまま忘れてしまっただろう。
本作の不満点をいくつか挙げてみると、魅力のない主人公、場面の転換が雑、いつの間にか好感度が上がってハーレム状態、どのヒロインも展開が同じなどかなりの数になってしまう。
まず主人公についてだが、事ある毎にブラック時代を思い出して「あの頃に比べると・・・」みたなモノローグが入るのが鬱陶しいのと、今の仕事をありがたく感じている割には単にスペックが低いだけでなく、仕事に対するやる気や向上心が薄いと感じた。
特に彩音に説教されている場面なんかは完全に立場が入れ替わっており、色々と情けない主人公だった。
一応は副講師という扱いではあるものの、その辺を彷徨っているのを拾われただけなので、教師としての心構えができてない、講師(マッサージモデル)としてのイロハすら知らないというのは仕方がないとは思うのだが、純粋にスペックが低いのはもう少し何とかしてほしかった。
仮に主人公をダメダメなキャラクターにするのなら、いっそのことブラック務めの後遺症で精神的に病んでいる設定にして、それをヒロインが癒やそうと頑張るみたいな展開の方がマシなのではないかと感じた。
ただ、中盤以降は彩音を含めてハーレムを無自覚に築いている辺り、最初の方がダメダメだっただけで、そこまでスペックが低いわけではないのかもしれない。
場面の転換や話の展開が雑な点についてはそのままの意味で、いつの間にか日付が変わっており、気づいた時には次のエピソードへ進んでいるということが結構多かった。
酷い場合だと、文化祭&テストお疲れ様会で旅館に行く→それが終わった瞬間再び同じ旅館の背景のまま「あけましておめでとう」と登場人物たちが言ってて混乱するが、実は同じ旅館で新年会をやっているだけだったりと、話の変わり目に前振りが無くてわかりづらかった。
それぞれのエピソードがダイジェスト気味なのも残念な点で、夏合宿(実際には下見だが登場人物全員参加)や夏祭り、文化祭、テスト対策などの学園ジャンルではド定番のエピソードそれぞれが雑な扱いで、とりあえず入れておきましたといった印象が強かった。
また、物語中の時間の流れがわかりづらいのも問題で、プレイしている側は主人公が講師になってから1ヶ月しか経っていないのか、半年経ったのかが非常にわかりづらく、そのためヒロインと主人公が知らない間に仲良くなったように感じられ、特に最初は主人公に対して当たりのきつかった彩音なんかは豹変レベルの変化に感じてしまった。
また、選択肢次第でヒロインと付き合い出すタイミングが二つあるのだが、二人の関係に関わらず挿入されるシーンがいくつかある。
そのために早い段階で恋人になった場合、二人の関係に関わらず挿まれるシーンは、恋人同士にしては白々しい感じの会話となってしまうので違和感があった。
最初の内は音質の凄さが耳新しいことと、それを発揮するリラクゼーションシーンが多いことでプレイしていて楽しかったのだが、中盤以降でリラクゼーションシーンが少なくなってくると、本作のシナリオ面の残念さが目立つようになってしまい失速感が大きかった。
また、ヒロイン二人目のルートをプレイしてみると、どのヒロインでも物語の流れが同じだということにも気づいてしまい、ここでもガッカリすることになる。
大まかな流れとしては、彩音たち最高学年の生徒たちが卒業するまでの約一年を描く内容となっており、本編中のラストのシーンはルートに関わらず彩音たちの卒業イベントで、その後にヒロインと主人公の成長した姿をエピローグで見るという流れになっている。
本来なら個別ルートでメインとなるような部分、例えばまりもならシエスタ部を盛り上げて卒業するときには大きな部活動にまで発展する、をエピローグで顛末だけを教えられてエンディングというのは物足りなかった。
上述の残念とは違った意味の残念なこととして、サブキャラのルートが用意されていなかったことが挙げられるが、これはむしろサブキャラが魅力的だったという意味でもある。
特に本作は商業向けでは殆ど見かけない同人声優がサブキャラを演じていたので、そういった意味でもサブキャラにもっと活躍の場を持たせてほしかった。
サブキャラにもマッサージしてもらうシーンや、ちょっとエッチなイベントはあるのだが、それが却ってサブキャラを攻略したい欲求を煽る結果になっており、ファンディスクの数が今よりも多かった時代を思い出させる内容だった。
・躍動感のある立ち絵
本作のCG枚数は72枚+SD9枚となっており、フルプライスとしては標準範囲内の枚数となっている。
CGのクオリティは強く印象に残る程ではなかったが、原画、塗り共に優れていた。
立ち絵の方はイベントCGよりも印象に残るもので、喋りながら頻繁に動くので、立ち絵に躍動感があった。
また、立ち絵がハートや音符、花などのエフェクトを飛ばすのは感情表現が豊かに感じられて良かった。
・バイノーラルを活用できていないHシーン
本作のHシーンは回想の枠数だけで見ると33回で、彩音が9回、幸枝と乃々香が8回、まりもが7回、夢オチの中途半端なハーレムが1回となっている。
しかし、シーンによっては初夜バージョンと通常バージョン、更にはバージョン2などがあって、同じCGを使ったシーンが2~3回ある。
告白タイミングが二種類(三種類?)あることによる影響なのだが、それらを同じシーンとして扱った場合、各ヒロイン6~7回となる。
尺は短くて物足りないものが多く、一回戦だけ描写して残りは暗転して終了するようなシーンが多かった。
特に酷いのは乃々香とまりものエピローグのHシーンで、前戯が終わってこれから本番というところで終了して、その後は特に会話も無くタイトル画面に戻ってしまった時は目を疑ってしまった。
本作の特徴であるバイノーラルを活かしたシーンが殆ど存在しないのも残念な点で、唯一記憶に残っているのが乃々香の耳舐め手コキくらいだった。
勿論、耳元で囁くような場面はあったが、どうせなら音声作品定番の耳舐め手コキのシーンくらいは全ヒロインにあってもよかったのではと思った。
音声作品のHシーンの特徴の一つとして、男(聞き手)が受け身になるということが挙げられる。
聞き手は喋ることができないために受け身の内容が多いのだと思われるが、純粋に奉仕してもらう作品は別として、同じ受け身にしても明確にM向けな作品と、少しイジワルされるだけの内容に区分することができる。
エロゲ版音声作品と言える本作にも主人公がイジワルされるシーンがあり、オネダリさせられたり、軽く焦らされるシーンなどがあった。
彩音や幸恵の二人はキャラクター的に違和感の無いものだったのだが、普段はそんな気配を全く感じさせない乃々香やまりもが、Hシーンではちょっとイジワルになるのは意外性があって良かった。
ちなみに、本作のHシーンでバイノーラルが一番活かされているシーンは、物語冒頭の夢オチハーレムシーンで、ヒロイン二人に左右から耳を舐められながら、残り二人にフェラをしてもらう内容だった。
バイノーラルを活かす意味でも、もう1シーンくらいハーレムHがほしいと感じた。
・音に関する設定項目はもう少し充実させてほしかった
本作のコンフィグはADVとして必要な項目は揃っており、それだけでなく、ウィンドウサイズが可変な点と、DLsite.comでゲームをダウンロード可能になるコードが付属しているのは便利だった。
また、システムボイスが充実しているのも嬉しいポイントだった。
逆に不便な点としてはテキストの文字とテキストウィンドウの色の組み合わせが悪い事で、クリーム色(?)のウィンドウに、茶色で縁取られたクリーム色の文字の組み合わせは読みづらかったので、テキストの色は変更できるようにしてほしかった。
音に関する設定はマスター、BGM、ボイス再生中のBGM、環境音、SE、システムSE、ループ音声(BGV)の項目があり、比較的細かく調整できるようにはなっているのだが、本作は音声だけでなく、環境音やSEにも拘った作品で、特にSEの種類は豊富だったので、モノによっては大きすぎたり小さすぎたりした。
施術内容によってはSEの音量が30%程度が丁度くらいなのに、次の施術シーンでは80%くらいが丁度だったりと、シーン毎に適切なボリューム設定が大きく違ったので、SEの種類をいくつかに分けるなどして、設定項目をもう少し充実してもらえるとありがたいと感じた。
他にも、施術シーンだけはBGMのボリュームを下げるなど、音にコダワリのある作品だからこそ、音に関する設定はもっと充実させてほしかった。
自分だけが遭遇した現象かは不明なのだがVer1.02時点での微妙な不具合として、ウィンドウモードとフルスクリーンモードを切り替えた時に一時的にEnterキーで読み進められなくなるという現象に遭遇した。
一度スペースバーを押してテキストウィンドウを消去してからだとEnterキーで読み進められるようになるので大した問題ではなかったが、Ver1.03では現象が発生しなかったので、気になるなら最新のパッチを当てた方がいいだろう。
・まとめ
良くも悪くも音が凄いの一言で説明できる作品で、単純なエロゲーとしては印象に残らない平凡な内容だった。
しかし、エロゲーにバイノーラル録音や同人の音声作品レベルの効果音を持ち込んだらどうなるかを示したという意味では、エポックメイキングな作品だったので、次回作では単純なエロゲー(萌えゲー)としても高品質な作品を作ることによって、真の融合を果たした作品となることを期待したい。