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Planadorさんのアンラベル・トリガーの長文感想

ユーザー
Planador
ゲーム
アンラベル・トリガー
ブランド
Archive
得点
78
参照数
3023

一言コメント

君主制→専制→貴族制→寡頭制→民主制→衆愚制→君主制と巡るという政体循環論をまとめたのは古代ギリシャの歴史家ポリュビオスだった。他に試みられたあらゆる形態を除けば民主主義は最悪だと言ったのは英国首相ウィンストン・チャーチルだった。そして、政体が変わる時、一切の人死にがなく移り変わった事例は殆どない。長文は政治史観的から見た本作と個人的な感想。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 敢えて具体名は出しませんが、本作で出てくる三国は、何かしらの現実の国との共通項が諸々で多いんですよね。ニュースで流れる戦争の状況が執筆の参考になったのかなという想像が出来ます。
 とはいえ、豪華版の設定資料集曰く、最初の企画会議の開催が2022年3月とのことを考えると、結果的に現実側から近づいてきたという理解でいいのだとは思います。少なくとも、世界情勢がきな臭くとも企画会議に至るまでに練っていた内容としては、現実の世界の動きをそのままというわけではなかったでしょうし。

 話を戻して、本作は大統領制の共和制を敷くカージ合衆国、一族による王政を敷くヴァイカール帝国、一党独裁をする共産主義的(とりわけ現実で運用された民主集中制)なジーミイル共和国連邦と、生体循環論の中に則ればざっくり民主制、君主制、専制に区分できます。連邦は建前上民主制ですが、実質的に(現実同様)専制と呼んで差し支えないかと。
 生体循環論での論考通り、作中では圧政を敷いていたルーラー帝国が革命により倒され連邦が生まれています。ミリィルートに於いては革命ではなく侵攻により君主制だったヴァイカール帝国が倒されることとなりました。この流れを見れば、一見すれば王政による政治を否定しているようにも見えます。

 ですが本作、最終的にはどの制度が特別優れているということを定義していません。少なくともソフィアルートでは寧ろルーラー帝国を復権しようとしてますし、ミリィルートでのヴァイカール帝国解体後のヴァイカール自由共和国(西ヴァイカール)ではミリィだけは表舞台に立てる唯一の皇族として(処刑を望んだミリィの意志に反して)生き残らせています。
 一応、先進国とされる国家の間では、1947年に英国下院にてチャーチルによる「民主主義は他に試みられたあらゆる形態を除けば最悪」という演説の通り、消極的支持の形で民主主義が他政治形態と比較して最良、とされています。本作、明確に否定があるとするならば圧政、乃至強権的な政治でしょうか。これらは確かに民主制以外ではどこでも起こりえるものではありますが、かといって民主制下に於いて衆愚政治に陥る可能性がゼロであるとはとてもではないですが言えません。

 本作の平和を望もうとするという主張は、一言で言えば「バランスのよい政治がまずは必要」となるのでしょう。少数派を過度に優遇すればルワンダ虐殺みたいなことは起こりえますし、逆に多数派ばかり優遇で民族浄化的なことが起こることもありえます。国家や民族間の主義主張が全てに於いて重なるということはなく、その差異が大きいが故に争いが起こるというのは本作の流れを見てもわかる通りですが、結局のところ戦争を起こさせないためには、どこまで『相手に対し融通できるか』という一点につきます。
 そしてそれは、国家間、種族間というものではなく、マタイによる福音書22章39節にある「汝、隣人を愛せよ」のような、身近な人との融和も含まれます。本作で言うところの、若葉がヴァンプであることを知ったレイリ然り、レイの自身の母殺しのことを知ったミリィ然りです。

 そういう意味では、本作、思想的な融通が認められないキャラこそが悪と呼べるのかもしれません。具体的には紗衣奈やギローイですね。隣人すら愛せない、信じられなかった彼女らは、全ルートでカイに何らかの介錯をされた紗衣奈はともかく、ギローイについてはこの後もまともな死に方をできるように思えません。ソ連第二代最高指導者であったヨシフ・スターリンは寝室で脳卒中で倒れた際、常に暗殺を恐れ寝室に他人を絶対入れるなという厳命もあり、警備責任者が朝起床後の指示がないことを不審に思うも放置したのが原因という逸話がありますが、ギローイ自身もこのパターンか暗殺かとはなりそうです。
 そうならないためにも、というわけでもないですが、隣人が無害であるならば、まずは愛せよというのがひとまずの主張なんだろうなと。そういう意味では本作、難しく考えることもないように思うな、ということでここは一つ。


 ……二年前に出た商業某作との一部類似性は書かなくていいよね? いやまぁ本作といいそちらといい、平成生まれ同士のライターとしての高め合いは個人的に期待してるところなんですが。ひとまず国ではなく人種としての生存競争の話はそちらの方が詳しかったのでそちらに任せるとして。
 あとはミリィの理想形はまたまた別の同人某作で完成形を見てしまってるとね、思うところはね。



 以下、本編ネタバレ全開の純粋な感想



・背景と立ち絵の演出
 正直、事ある毎に立ち絵と背景がある場面で斜度をつけるのはやめてほしかったなと。10°ぐらいあからさまなものならまだいいんですが、5°程度のものだとただ平衡感覚がおかしくなるような感触を覚えるだけで気持ち悪いんですよね。
 そして何より、演出面での意味があったとは全く以て思えません。これは次回作以降やめてもらいたいものです。
 他の戦闘場面などの演出は優れている方かと。確かに立ち絵を横に縦に動かすよりかは、ダイナミックに描くことを前提としている一枚絵を切り抜いてひょいひょい動かす方が見栄えはいいですよね。風圧や血しぶきなども、欲しいように表現出来ていて、ここは文句なしだったと思います。
 とはいえ、主人公のカイは銃を持った一枚絵以外にも何か別のイラストが欲しかったですね。お陰で銃を持ってなくとも顔を、というのがただ横長に切り抜くだけになってしまったので、他の一枚絵一枚犠牲にしてでも別の何かが欲しかったところです。他のキャラは頻度的にそこまで気にならなかった(レイリとシルビィはもう一枚という気もしますが)のですが、カイだけはヒロインと比較しても頻度が特に高かったので。


・ソフィアの足
 某作品を未プレイながらネタバレを知ってたからということもない気がしますが、ソフィアの杖はなんか怪しいなー妙に使ってる感ないよねーと思ってたら無事的中しました()何故ソフィアというキャラがアニマー「でいけないか」ということを考えれば一目瞭然なんですけどね。


・ミリィの作中内の行動
 ……流石に無茶がある!()
 いやまぁソフィアは秘密警察やってる且つボワノフ家唯一の生き残りということを明かしてないので、一般人の体をしてというのは不可能ではないと思いますが、帝国大使、且つ正当な皇位継承権を持つ皇女が少数精鋭でギャングのアジトに潜入したり修羅場を潜り抜けたりするのは流石にやり過ぎではと思うのも正直なところで。
 勿論、話の内容として必要な節もありますが、とはいえ皇位継承権七位といえば、日本で言うところの高円宮憲仁親王に当たるわけで、逐一メディアがどこを訪問なされたとかということをニュースにすることを考えると、幾ら大使とはいえ現実的ではありません。
 そういう意味では、(このタイミングではパーカー大統領との隠し子というのが判明してないとはいえ)レイリと抱き合う場面の写真を撮って、民衆と触れ合われたというキャプションをつけて報じようというのは何も間違ってないです。というより寧ろ翌日の新聞記事の社会面に載るようなもので。
 なので、そういう意味では、ミリィが最初から武闘派でもある、というような設定があれば違和感なかったのかなーとか。斬首されなければとりあえず生き延びやすいとはいえ、ミリィ自体も戦闘の痛みを知ってるからとすれば納得できたかなーという感がありました。


・サブキャラ
 各種展開途中での対峙する相手は、あくまで思想信条が違うからこその敵役であり、粛清を除けばギローイですら悪とは言い切れません。思想信条が違うことをテーマとする作品故、純然たる悪がいないことは一つの要素となります。
 ですが、杏野雲だけは本作キャラ中唯一純粋な悪と定義出来えます。雲だけは自分の興味本位だけでひたすらに災厄を振りまき続けるキャラでした。そしてその雲が作り出した人造兵器の名称こそディザスター。名付け親が誰というのは明かされてませんが、いずれにしても雲が作ったものに対してこの名前はあまりにも言いえて妙です。
 こうも無自覚に純粋な悪であるという点で、雲は割とお気に入りキャラですし、且つまたどこかで純粋な興味から来る無自覚な悪意をまき散らし続けるという〆方は好みですね。ミリィルートの表面上は解決したかもしれないけどこれからが大変だという時に、今度こそ一番の悪役としておいでますのでしょう。ミリィルートのアフターを書きたいという旨が設定資料集にありましたが、その時はラスボスとしての雲を見てみたいです。

 にしても、ほんと雲含め創作彼女同様サブキャラが魅力的ですね。今回は主人公と年齢が近い(≒立場上の関係性が近い)キャラも多かったので、攻略抜きにしてもルートが見たいというキャラが多かったなと。
 強いて言うなら、思想の関係上、特に連邦勢で前面に押し出しきれなかったキャラもいたなぁとは思いますが、そもそも創作彼女同様アペンドは考えてるんですかね……? 仮にあるならメインもですがサブキャラのそういう面を掘り下げてほしいなぁと思うばかり。

 あとエステルについてはそっちかー! とはなり。いやというのも、エステルは絶対誰かへの変装があると疑って、ミリィルート最初ぐらいまでは両者一回も一緒にいなかったこともありエステル=雲だと考えてたんですが、そっちだったかと。まぁ確かに着物着てるとか長い付き合いとかの要素は散りばめられてましたしね。

 ……ところで、創作彼女の時以上に直接的に百合を持ってきたなぁとか。いや創作彼女では匂わせの上で豪華版の設定資料集で明記という形でしたけど、今回は本編組み込みだったので、割と素直に驚きでした。


・で、付き合うなら誰がいい?
 基本的にノベルゲーは余程がない限り箱推しCP推しになる私ですが、今回は中々難しいなと思うところで。
 で、初見イメージや終わった上でもレイリ派ではあるんですが、展開諸々込みとしてはソフィアもいいよな、とはなります。あぁいうバディ展開からの急に意識させられるのはいいものだ。ソフィアは性格面がだいぶ好きというのはあるんですけど。
 実際問題、カイの立場だとミリィかレイリになるとは思います。シルヴィ、アリーシャ、若葉は実際問題導線的にもないよなぁと……。
 尚個人的には見た目と性格も諸々込みだと紗衣奈トップですね()展開上仕方なかったけどシーンなしは結構悲しかったよ……。

 ……ところでナトレのシーンをどこに隠した! 言え! 紗衣奈のをよこせと言ってるわけじゃないだろ現実的に突っ込めただろオイ!!!


・ミリィルートの楪紗衣奈
 自他共に認める本作のラスボスである紗衣奈は、ミリィルートラストでカイの血を飲まされ、名前以外の全てを失いました。
 正直、紗衣奈に関しては相当残酷なラストでしたね。事故によりという偽の理由を取ってつけた、記憶喪失を人為的に行うというのは精神的な拷問に等しく、これを提案したミリィに対し、紗衣奈は悪魔と言い、その上でどんな最後よりも惨たらしいとしています。
 人は、誰の記憶からも忘れ去られた時に本当の死を迎えるとはよく言ったものですが、少なくとも生きて幼少期の紗衣奈を知る人物はもうカイとナトレ(関わり具合によっては雲も?)しかおらず、ある意味では絶命寸前です。
 故にカイが「亡くなった幼馴染」と言ったのはあながち間違いではありません。間違いなく精神的には殺された幼馴染が楪紗衣奈です。

 ただ、結果的に紗衣奈にとっても救いであったことは間違いではありません。カイとの死闘の後、ミリィもいる前での紗衣奈の確保は、ギローイと個人的に友好関係を結んでいた連邦の手に渡ることは考えづらく、となると合衆国の手に渡り、厳罰は免れなかったものと思われます。
 紗衣奈に対し惨い仕打ちにはなっており、カイも過去と決別出来という提案は、本作は異能が入るファンタジーだからこそであると思うので、多方面に円満で終わらせる本作の〆方はデウス・エクス・マキナのそれではありますが、とはいえその道筋に用いる道具がそれまでにも使ったものであったがために、抵抗感は少なかったなと。

 結局、本作はカイ視点で言えば、どのルートに於いても初恋の幼馴染を殺し、別れを告げる物語でした。生きていれば殺すしかなく、殺せば好きだったと泣ける相手を、介錯するための物語です。
 極悪殺人鬼は消え、今流れるものは無辜の血そのものとなり、記憶の中の幼馴染は死して尚記憶の中で生き続ける。そして、記憶の中の幼馴染は記憶の中で生きていてくれるために、目の前の彼女に振り返らず別れを告げる。

 ですから、それはミリィルートだけでしたが、カイの血を飲まされて全てを失った紗衣奈が、ラストのカイとの会話こそ、本当は知らずして全てを手に入れられたその瞬間であり、カイは孤児院までの思い出全てを失った瞬間であったのだと、そう思うのです。