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Planadorさんのジュエリー・ハーツ・アカデミア -We will wing wonder world-の長文感想

ユーザー
Planador
ゲーム
ジュエリー・ハーツ・アカデミア -We will wing wonder world-
ブランド
きゃべつそふと
得点
91
参照数
1241

一言コメント

超越する全てを力に変えて――隣人同士で衝突することもあるからこそ、いつか手を取り合えることを夢見る。そして人はその暁にあるものを「共存」または「融和」と呼ぶ。長文は最初の概説だけ微ネタバレ、全編で過去企画三作(彩頃・あめぐれ・さくレット)のネタバレあり。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 ――だってそれは、争わずに済むならば、生きることを脅かされずにいられるならば、それが一番いいのだから。

 冬茜トム先生が初めて挑んだ完全ファンタジー作品となった本作。結果的には、主義主張が過去作よりも強い、正にそれを伝えるための作品となりました。

 先に結論――の前にまずは簡単に概説。
 CGは攻略ヒロイン16枚ずつ(イベント10枚+シーン6枚)。他キャラ・ヒロイン同士らのその他枠が計31枚。
 揃ってる方――ではあるんですが、特に戦闘シーンで同じのを使いまわす結果になってしまい、一部でCGと文章の差異が出るとこがあったので、CGもですけど差分が追加であるとよかったですね。やはり文面と絵の差異があると没入感削がれる結果になってしまいますし。
 あとバシリスクとかゴーレムとか過去関係とか、それらがその他枠で見れないのはなと。あめぐれの時はその他枠は殆ど著作権の切れた絵画だったわけで、それと比べれば分量は申し分ないですが、でも小物とかはあめぐれやさくレットでは見れたわけで、小物ですらない各種絵も見れるようにしてくれなかったのはな、と。

 シーンは各キャラ3つずつ。彩頃やあめぐれ、さくレットからは減ってます。まぁあまショコ1+2では苺華とナナが4に対し残る三人が3(ハーレム除く)なので、シナリオ偏重と先に明言していたことを考えれば、というところでしょうか。
 全裸+制服完備なのは個人的に嬉しいですね。パジャマ姿でセッしたいという方には不満かもしれませんが、個人的にはシチュはだいぶ当たりでした。

 BGMは23曲、歌曲は5曲と、今回は特に歌曲が潤沢。BGMも過去作から3曲分量的には増えました。
 好きな曲は「Into Menace!」と「Emerald Letter」、歌曲では「Will of Adamant」ですかね。特に「Into Menace!」に関しては各場面で敵味方関係なくかっこいい場面でガンガン使用してくれていたのでそういう意味でも本当にお気に入り。
 楽曲面に関しては、2nd OPが入るようになるなど、過去作と比較すると本当に充実した感が出ました。BGMがあと2曲程あればよかったんですが。
 ただ、先述したその他絵同様、今作は過去作であったOP,EDムービーが何故か再生できません。設置する枠の余裕がないわけでもなく、特に再生に不都合があることもないはずなんですが、今作だけ何故かないのはどうにもなと。OP二つとED、どれもよかったのでこれは再生できるような形にパッチで……してくれないかなぁ。

 で、正直システムはそろそろ刷新してほしい感があるところで。
 エンジンを変える必要はないと思いますが、セーブロード数が80はあまりにも少ない。これあめぐれの時から言い続けてますからね、あまショコですら足りなくなるかもしれない数なのに、このシナリオ分量でそれなので、流石にそろそろ怠慢と言いたくもなるのが本音ではあるんですが。
 あめぐれ時の2018年ならいざ知らずですが、でも2018年時点でもCUBEとかは1000個はやってたんですし、最低200個は必要でしょう。恐らく本作の分量なら200でも足りないという声が上がるはずです。
 また、今回、特に欲しかったのは「次の選択肢に進む/次の未読パートまで飛ぶ」ですね。今回はルート的に分岐後の個別パートまで辿り着くのがかなーり時間がかかるので、ここをすっ飛ばせれば楽だったんですが。
 きゃべつそふと各作品は、大概選択肢が単純というのはあるため、次の選択肢というのが殆どないというのはありますが、選択肢があってから独自の未読パートまでが今回はあめぐれ時以上に長く、完読勢からするとかなり面倒でした。なので、完読勢からすれば、そういう細かくないシステム面は充実させてほしいと思うところです。フローチャート式とか、今作みたく選択肢少ないパターンならSORAHANE作品にあったシナリオプレイヤーとか。


 本作は、過去冬茜トム作品同様やはりネタバレが致命的に面白さを損ねる作品ですので、まだの方はとにかくまず体験版をやってください。体験版は歴代作品と比べても、体験版単体での面白さは過去随一ですので。



以下、ネタバレ全開で、要点毎の解説もどきになります。



・疑問点とか不満点とか

 まずは疑問点、というより未回収の伏線について。ざっくり以下の通り列挙。
・CHAPTER Ⅱでのメアのソーマへの解析不良
・トルマリンラッシュのトルマリンは誰のどういった遺志に依るものか
・ソーマ入学前からネスター軍曹と知り合ってたと思しき描写(トロイのスパイを探し当てた際に実はバレてた?
・ソーマが学園地下室の景色が脳裏に駆け巡る描写の意味
・カーラの所属する組織
・というより一部意志/遺志のきっかけ

 解析不良に関しては、ヴァンパイアの伏線が明かされてからのメアの発言より、人間という存在が絶滅したものと思われていたが故の未知の存在(データベースがない)であるという推測が成り立たなくもないですが、他は正直何もわからないですね。
 元々トム作品は、一部に置いて「こまけぇこたぁいいんだよ!」というところ自体はありましたが、どれも本筋には関係ない、それを突っ込むのは野暮というようなのが多かったです。しかし今作の場合、各種意志/遺志のきっかけはだいぶ重要です。特にあれだけの大立ち回りをやってのけたシャーロット先生の意志がどういったものかは、本来明かされるべき事象でした。シャーロット先生のエピソードだけ見てると、所持する石がラピスラズリになってそうにも見えますし。
 ですが、トルマリンの意志が元々どういうきっかけなのか、またシャーロット先生が何を想って遺志を残すまでに至ったのかの解説は、終ぞ本編ではありませんでした。トルマリン自体は実際に和名を電気石と呼ぶ、実際に(微細ですが)電気を帯びる石ですが、トルマリンラッシュが起こる程の遺志、シャーロット先生の意志の大きさは、何に依るものなのかがわからないと、何も掘り下げようがありません。
 なので、シャーロット先生の遺志が、悪く言えばただの便利道具になってしまっているんですよね。ここについては補完が欲しい、というより必須でしょう。

 それらとは別に、選択肢後の本編内に組み込まれている各ヒロイン毎の別パートですが、何故かメアだけ二つ共ありません。メア以外はヒロイン毎の蜜月のパートが二つあります(ベルカは加えてエピソードでデートシーンも)が、メアは完全にマスコットの趣なのか、「好きだから」の選択肢を経てちょっと進めてエピソードを開放すれば、後はエピソード(エロシーン三つ)を読む以外メア独自の新規エピソードはありません。
 メア奪還の絡みで、だいぶシナリオ的には優遇されていたと見ることも出来ます(その場合逆に冷遇されているのはベルカ)が、素直な蜜月シーンがこうもないのは、流石にメア狙いの購入層がかわいそうとはなるところで。私自身は過去別レビューでも書いた通り、微量の萌えで転がる人種なので駄目ではないんですが、としてもメアのこれは転がりようがないぐらいには少ないので、流石にもうちとなぁと。彩頃より少ないとは思わなんだ……。



・今作のテーマは共存共栄……もなんですが

 氏が今作も掲げた(というより何らかの実在の歴史をメインの下敷きとはしていない今作だからこそ)テーマとして、「他者を認める」というのがあります。そしてこれは、過去三作でも共通したテーマでありました。

 先に結論を言えば、本作の主張は二点、「他者を認めること」と「世代交代」です。とはいえ、その実主張自体は過去作からは全く変わっていないんですよね。
 まず、「他者を認めること」については、過去企画作品全てで行われています。彩頃で、鹿乃縁が縁陣に組み入れられたように。あめぐれで、ギドウが許されたように。さくレットで、罪を犯した雪葉が迎え入れられたように。
 「罪を赦す」というのが正確でしょうが、大枠で見れば「自分以外の他人を認めること」であり、トム作品流に言えば「誰とでも縁を結ぶ」というのが、一貫したテーマです。特に彩頃の鬼無水みさきは、それを体現したキャラとして描かれています。
 なので極論言ってしまうと、主義主張的には彩頃まずやってくれと大声で言いたいんだけどな! というより今作、一部に於いて彩頃のセルフリライトな節もあるので、まだの方は是非ともやり比べてみてほしいですね。

 少し話をずらして、これは別に本作に限った話ではないですが、正直な所、「人類が争わないようにするため」というテーマで、完璧にまとめきった作品を寡聞にして存じ上げません。最終的に起承転結の結までにどこかで歪みたいなものが生じています。
 とはいえ当たり前です。ノベルゲー、ひいては創作に於いて設定したそのテーマが完遂できるとするならば、それは言うなれば「世界がそれ程単純なだけ」であり、実際は現実はそう簡単なものではないからです。
 本作で言うならば、最終決戦の神と化したアリアンナと、その後の祝福ですね。これらは後述しますが、少なくとも人智の及ぶ範囲では人間だけによる解決策がまだないことを端的に表しています。トム先生でも駄目とかっていうより、これがファンタジー色とかも何もなく理詰めで人間の犯しそうな過ちも踏まえて完璧に解決出来る案が出せるなら、それは恐らくそれこそ「神」なので。
 とはいえラストも、あくまで大陸の石化が解除されただけで、人は元に戻ってないですからね、あれ。正確には「石化後も砕かれずにいた人だけが元に戻ることが出来た」だけなので、砕かれまくってたフリギア人とメデューサが張っててそんなに砕かれてるわけでもなさそうなトロイ人、という時点で、七年戦争同様のことが再び起こったら、恐らくフリギアは即陥落します。
 そもそも、戦争の火種自体は消えてないどころか、再燃して、トロイによる侵略の再口実を与えたようなものである点は留意する必要があります。
 ともあれ、「人類が争わないようにするため」というテーマを選んだ時点でのあの最終決戦は必然的なものではあります。個人的に存じている同様のテーマの作品も、何らかの形でファンタジー色が最後はどれも入りました。
 ちなみに、最終決戦にてアリアンナの「なんとなく」で色々強化されたのは、結局は「人間は完璧な生き物ではない」ということに終始するからなんですよね。本作のそれは特に突然起こったことのように感じますが、展開のさせ方自体は過去作からその実変わってはいません。彩頃でいうところのマス目の戒、あめぐれの黄金の林檎、さくレットの親殺しのパラドックス、何れも同じ系譜にあたるものです。
 アリアンナはエウリュアレを許せなかったのか、というのもありますが、それこそ「人間は完璧な生き物ではない」ということで、ノア殺しや他各種殺人の憤りの矛先として丁度エウリュアレがいたから、というのは留意する必要があります。なので聖人君子ではないんですよね。箱入り娘から黒い方向とはいえ人間味を感じたという意味では、ある種堕天使、段々と「こちら側」に近づいてきたヒロインだったようにも想います。

 話を元に戻して、というわけで、「他者を認めること」については、本作に限った主張ではありません。殊更本作では特に強い主張ではありましたが、内容自体は過去作でも同様に主張をし続けてきたことであり、そしてそれは、もう一つの主張である「世代交代」についても同様です。
 対ギメル戦で、ペガサス組らが殊更に主張したのは、世代交代の必要性でした。そしてこれ自体も、さくレットの時の方が主張が強かった感はあります。ただ、あちらはわかりやすく、どころか普通の人間が意志を繋ぐために、日本に住む者としての成し遂げたい意志の総意としての結末でした。
 ですが今作は、三世代以上間が空くようなものではなく、親子ぐらいの世代間に於ける世代交代を主張しています。日本に住む者としてというより、人としての有り体についての言及でした。それは生物としての根源的な有り体であり、そして不死身ではないからこそ、絶対的に死の運命から逃れられないからこそ、ともすれば他者を認めることより必要なことです。
 そしてそれに正反対のスタンスを取っていたのがエウリュアレです。後述しますが、エウリュアレ戦は、本作の主張的には必須でした。端的に言えば、本作の主張を決定づけるための戦いがエウリュアレ戦であり、アリアンナが神となり倒すことをも踏まえて、本作の主張は完成されます。

 なので、そういう意味では、その実いつか冬茜トムというシナリオライターが評価されなくなった時は潔く引くべきという、トム先生なりの背水の陣を今作では明確に敷いた――のかもしれません。



・本作の伏線に関して
 冬茜トム節とも呼べる伏線はご周知の通り本作も健在。中々大きな弾がバンバン打ち上がっていました。ただ、少し散逸しちゃった感も否めないんですよね。
 個人的には一位χの正体/セシリアの遺志、二位レイ先生の意志、三位ヴァンパイアの寿命でした。なので「ソーマが人間であったこと」は個人的な上位には入らなかったんですよね。それよりχは完全に未だに匿われているものだと思ってやられました。

 一番ババンと出そうとしたのは「ソーマが人間であること」ではあるのは間違いないでしょう。ソーマの発言から地の文が二行あってからのあのCGは、一気に意識を持っていかれるそれです。
 ですが、個人的には例のCGが出た段階で、驚きはしても過去作と比較してぐっと引き込まれるとまではいかなかったんですよね。固まりはしたんですが。
 過去作の伏線は、ずっと隠してたことを終盤近くでババンと出すものでした。故に隠す長さもあり、その破壊力は大きかったです。あめぐれの落書き、さくレットの元号共に終盤での種明かしであり、その情報を以て、流れを保ったまま一気にラストスパートへ向け突き進む感触がありました。
 ですが本作、一番と思しきヴァンパイアの伏線が明かされるのはCHAPTER Ⅹ。長短あるとはいえFINAL CHAPTERも含めて全15章であることを考えれば、全体で見れば後半とはいえ、よくて中盤終わりぐらいです。

 どうしてそうなったかって、本作の伏線は「物語且つキャラの前提条件」であるから、でしょう。あめぐれもさくレットも、前提条件としては舞台背景に依るもののみでしたが、本作は加えてキャラ設定にも関わってきます。ですので、伏線を明かしてクライマックスではなく、伏線を明かすことが始まりになります。
 ただ、タイミング的にここで一気に、とならずに、世界観設定が今作は小出しだったんですよね。そのため、正直読んでて緩急どこでつければいいというのがありました。
 勿論、あのタイミングで出すからこそのその後の展開のよさもありました。CHAPTER Ⅹ後半、ソーマの暴走と対ルビイ戦は個人的に本作一番熱くて盛り上がったところ。特にソーマの暴走は語られるまでもなくソーマの恐怖と脅えが伝わってくるからこその最大火力での魔眼だったので、本当にのめり込みました。こことその流れのルビイの兄ぃを返してよ! の絶叫が、本作での一番の引き込みポイントだったなと。

 ともあれ、ヴァンパイアの伏線は、驚きよりも「えっこのタイミング!?」という一種の困惑が先に来てしまったのは正直なところです。大きい伏線を明かすタイミングが終盤という思い込みがあったのはありますが、他感想を見る限りそうではないようですけど、ある意味では「前提条件がある思い込み」によって別の意味でやられたパターンになってしまいました。
 半面、ラストに向けて突っ走ってる最中のχの正体とレイ先生の意志は本当にやられました。χの正体は絶句して固まりましたしレイ先生の意志は本当に叫びましたね。物語に引き込む伏線回収、という点ではレイ先生が最強でした。

 あと、個人的になんですが、さくレット以降、一番メインの伏線をドンと回収するタームより、それに付随する内容を回収する方で鳥肌が立つんですよね。さくレットの時は万葉集の一節が映し出された時でしたが、今作ではアストゥリオスが賢者の石とわかった際に「地下で反応したのはその直下にいたから」というところでしたし、ヴァンパイアとわかったのも、CGが出た時よりヴァンパイアの平均寿命が出て、長すぎとしてもゲゼルマンの242歳という数字に騙されてたとわかったと気付いた時でしたし。
 なので、隙を生じぬ二段構えという点でも、とにかく強いよなぁとなります。さくレットの時からさらに強化されてたので、その点では本当に満足です。

 それはそれとして、やっぱり今回もさくレットに引き続き公式サイトのキャラ紹介段階で伏線があったなと。ヴァンパイアだけ好物欄が食べ物ではありません。
 これ、マークスの好物が紅茶なのが完全に騙しにかかってるんですよね。ベルカエピソード「指先を拝借」にて、えっちの合間に水分補給はしてる描写があるので、恐らくヴァンパイアも人間程ではないにせよ水は飲むんだろうと思います。「イヤなものはイヤ」では漏らしてさえいるので、恐らくトイレ自体は排尿だけはするのでしょう。神になったアリアンナがどうなってるのかは知らない。
 ちなみに、アリアンナが地元で木苺が名産、ジュースにするとおいしいという発言があるので、ヴァンパイアは大も小も排泄はあるのかと。エロシーンの一枚絵でお尻の穴は確認できなかったため、大をするかは不透明ではありますが、とはいえ木苺をそのまま食べることはある、ということでいいはずです。ただ、ジュースにした方が、というニュアンスではあったので、習性と相まって咀嚼機関はだいぶ衰えてはいるのでしょう。


・最終決戦の意義について~エウリュアレの意義について

エウリュアレ「くくく……どいつもこいつも、種などというあいまいなくくりを重視しすぎだ。尻尾を隠せば人間、耳を立てれば獣人、歯を見せれば吸血鬼……」
エウリュアレ「所詮その程度の違いでしかないというのに! ああも踊らされるとは哀れなものよ、ヒトというのは!」
――以上、CHAPTER ⅣⅩ TOTAL ECLIPSEより

 ざっくり500年前の歴史上で出てきたキャラの元ネタは以下の通り。全員ギリシャ神話が基です。

醜女帝パラス   :アテネ
英雄アストゥリオス:ペルセウス
宝石妃エウリュアレ:メデューサ

 別にアテネは醜女というわけではない等差異もありますが、先に結論から言えば、この三人の歴史はそれなりにギリシャ神話上での伝承をなぞっています。ただ、全部上げようとするとキリがない(当方が理解しきってない節もあり)ので、特に関係するところだけさらっとまとめるとして。ちなみに星座のペルセウス座は、ペルセウスの死後アテネにより天に上げられたものです。本作ではアストゥリオス像がそれに当たります。

 まず、エウリュアレの容姿的に、エウリュアレこそ元ネタがメデューサですが、ここでギリシャ神話に於けるメデューサを振り返ってみましょう。
 元々は美少女として生を成したメデューサは、ご承知の通り宝石の様に輝く眼と見た者を石化させる能力を持つ、髪の毛が蛇である怪物です。怪物となる前はアテネと美を競い合っていました。元々は海神ポセイドンの愛人でしたが、怪物とされた後ペルセウスにより退治をされ、その際にその血が海(=ポセイドン)へと滴り落ち、そこから天馬ペガサスと巨人クリュサオル(黄金の剣、の意)が生まれました。

 先に結論を言えば、本作の最終決戦や500年前の歴史関係は、ギリシャ神話での伝承そのものです。
 というより本作、全体的に世界史を逆になぞってるんですよね。フリギア王国の内情は実質神聖ローマ帝国ですし、その後の各種戦い等は古代ギリシャの各種戦いですし、当所メデューサを全滅させようとしていた内容はポエニ戦争ですし。フリギア=ガフ同盟は実質デロス同盟、七年戦争のきっかけはサラエボ事件でしたね。

 その上で、神となったアリアンナの元ネタは、意志の通りアンドロメダ――ではあるんですが、一部ヘラクレスの要素も混ざっています。アンドロメダはペルセウスのメデューサ退治の後、怪物の生贄にされようと鎖で岩に縛り付けられていたところ、怪物にメデューサの首を見せて石にし救出したエピソードがあるため、直接的なメデューサ退治には関わっていないどころか、寧ろ囚われの姫枠です。
 一方、ヘラクレスはペルセウスの孫であり、父ゼウスからすれば不義の子です。そのため、ゼウスの本妻ヘーラーには恨まれ、揺り籠にヘビを放ち殺そうとしましたが、赤ん坊のヘラクレスはこれを素手で絞殺しています。
 また、ヘラクレスの十二の功業の11番目に「ヘリペリデスの黄金の林檎」があります。伝説自体に諸説ありますが、結末だけ言えば、ヘラクレスがヘリペリデスの園より黄金の林檎を盗み出すことです。あめぐれをやれば存在自体は理解されているかと思いますが、黄金の林檎は不死の源であり、神の食べ物です。また、ヘリペリデスの園にメデューサが住んでいたとされることもあります。ラスト、神になったアリアンナが、黄金の林檎を齧って、飲まず食わずでも不老不死になったのかは不明です。

 本作のエウリュアレ戦は、端的に言えば「ヘリペリデスの園に住むメデューサを、メデューサの首を括りつけた盾を持ち挑む話」とも言えます。
 その上で、先に、本作の主張の一つとして「世代交代」を上げましたが、このエウリュアレ戦も論拠になります。ペガサス組とギメルの死闘然り、エウリュアレ戦然り、要約すると「子世代が親世代に勝つ話」です。強いて言えばその直前のレイ先生とメイナートの戦いはレイ先生が勝ちますが、あれは「育てきれなかった子を再教育し直す」という形ですので、世代交代にはまだ早い、という話ですね。

 ともあれ、メデューサ、もといエウリュアレの退治は、メデューサの子である「ペガサス(組)」とクリュサオル(ギメルの剣)にて行われました。先に世代交代とは言いましたが、本質としては「子孫/種を次世代へ繋げる」ということです。エウリュアレの願望はそれに真っ向から歯向かう意志であり、そして直前の対ギメル戦からの連戦であることによってその主張を確固たるものにしています。
 これこそ、世代交代の主張の根拠です。強者必衰であるという観点が本作には必須ですが、エウリュアレの自分一人さえいればいいという思考は究極的には強者であり、また弱者です。
 意志は強者である内でないと貫き通し辛く、弱者になってからは非常に難しいです。人間が生きるに当たり、長すぎる生は弱者への転落がいつか訪れるということでもあります。「種」を永続的に続けさせるためには、そうやって世代交代を行い、「強者」であり続けること――そうすればいつか敵対してた相手も手を取り合える日がくるかもしれないと、さくレットから続く本作の主張の一つです。

 ラスト、結果的にノヴァ大陸全土の石化は、デウス・エクス・マキナ――もとい、ヘスペリデスの果樹園にある黄金の林檎としての女神アリアンナの力により全て元通りになります。アリアンナが女神として覚醒するまでに失われた人の命は戻りませんが、それでも生活圏としての人々の暮らしは元に戻すことが出来るようになりました。
 現実ではこうはいきません。現実では、それこそトロイ帝国が大陸統一の大義名分を掲げ侵略を開始したように、限りある土地を自分のものとする侵略戦争は、それこそたった今現実で起こっていることです。本作の発表は昨年末であり、件の本格的な侵略が始まったのが今年二月なので、こればかりは本当にたまたまではありますが、さくレットは確実に狙っていて、今回も世界情勢バッチシ当てはまったのは運がいいのか悪いのか。
 で、件の侵略の大義名分を曲解すれば、エウリュアレが言うことにも近いです。というより、なんだかんだ、さらっと本作の主義主張という観点からは、エウリュアレも本質を語っているんですよね。上にて引用した通りですが、本作の主張を再度に渡り的確に示しています。それも含めて本作、ひたすらに主張を繰り返すという点では、本当に意志レベルでそれが激しい作品でした。
 ですが、本作は「意志」を前面に押し出した作品だからこそ、主張を繰り返すことで、いつかトム先生が寿命とかで亡くなられた時に、この作品が「遺志」になるように、ここまで強く強く、「意志」を示したのでしょう。



まとめ

 確かに気になるとこが過去作以上に多かったのも頷けはしますし、それ故に減点法だとだいぶ下がる、という感想も致し方ないかな、とは思います。ただ個人的には、兎角ぐいぐい先が気になるという感情を常に抱かせてくれたという点で、減点法だとしても下限は90点かなというとこです。70点が偏差値50としてるので相当高い部類。
 まぁ文句なしにおすすめ出来るとしてる85点を下回ったことないですけどねトム先生作品は。一部場面の瞬間最大風速的には100点もありえたかなというのもあります。
 確かに最終盤失速気味だったかなとは思いはするのですが、氏の作品はどれも何らかの解釈が必須であるといういつものことを念頭に置いておき、そこから足りないところを自己補完して行けば、自ずから必然性は見いだせるかなと。
 まぁ、それはそれとして、戦闘がワンパターンすぎた感が否めないのも事実。なのでエウリュアレ戦辺りはまだ続くんかい! とは、正直なりました。あれだけやらないと主張に説得力が出ないのは、まぁわかるんですけどね。

 ともあれ、そんな神話のことまでも全部把握してろ、というのはどだい無理な話です。よくよく読めば神話だ世界史だとはなりましたが、完全な空想世界が舞台のため、割とそういった元ネタと地続きな話という認識を私も途中からしたところがありますし。
 なので本作、ここまで書いた内容をもガン無視して、「一大スペクタクルファンタジー」として終わりまで楽しむのが吉とも言えます。本作はそれだけシナリオが骨太であるので、それだけでも十二分に楽しめる作品です。ただ、そうすると最終決戦が置いてきぼりになりそうなので、それはそれとして難しいところでもあり。
 まぁ、本音を言えば、トム先生のシナリオは、現実世界に即しているからこそ光るものがある、という思いを新たにしたのも正直な所です。「資料の深い関連付け」が強い御方、とは過去作レビューでも書いておりますが、本作はファンタジー世界という関係上、それがどうしても薄くなってしまい、それが故に少しあれっと思うところが増えちゃったと感じることもあったんですよね。
 ですので、次回作は、出来れば彩頃レベルに、現実世界に即しつつ、舞台の土地を骨の髄までしゃぶりつくす話を書いてほしいな、とは思うところで。彩頃から和洋の繰り返しで来ているので次回は和のターンだと思いますが、例えば土着信仰と地縛霊ががっつり絡むような話だと嬉しいなーとか。

 ちなみに、あまりそういう感じはしませんが、本作の分岐自体はキリエ→コトハ→ユネ/サクヤの二択と進んだあめぐれと全く同じです。本作ではルビイを引き留めるか引き留めないかという二択で、アリアンナかルビイに分岐するという構造は、あめぐれの例の選択肢と構造は同一です。
 ちなみにあめぐれ時は真ルートはユネだとレビューでは書きましたが、本作はどちらともとれるかなと。まぁ個人的心情としては今回はルビイなんですが、片方だけにクソデカ感情が乗っかってるわけでもな……いや普通に乗ってるな、うん。

 ――しかし終わってみると、ヒロイン全部種族が違ってすげぇことになってますなぁ! いやだって。

 アリアンナ:神
 ベルカ  :ヴァンパイア
 メア   :獣人
 ルビイ  :人間

 まぁ、アリアンナは神というのは結果論ではありますが、どの道元々ヴァンパイアなので、何れにしても本作で出た三つの種の人間全てが攻略対象です。
 そういう意味では、こう、攻略ヒロインの「種」がてんでばらばらであることこそ、その実本作の主張の一つである「多様性を認める」こと他なりません。寧ろ、その結末こそが主義主張であるが故に、本作の構成は彩頃と全く同様の、エウリュアレを倒してからの各ヒロインに分岐、というのが主義主張に一番則った形でよかったのかな、とも。
 なので本作、恋愛要素は必須です。構成的に最終的はCS化は考えていると思うのですが、それはそれとして、たとえエピソードにシーンが全部押しやられていようと、エロゲである必要性自体もあるかな、とは思います。
 別にシーンそのものが必須とはいいませんけどね。要は最終的に二人蜜月の時を、「子供が欲しい」という形のシーンがどこかにあればいいので。

 過去作よりもひたすらに主義主張を声高に叫ぶことをした本作。結果的にドストレートな形でぶつけられた形になりました。
 他の方もだいぶ仰ってますが、正直、私も最終決戦は蛇足気味だなとは思いましたし、今でも見せ方が悪いよなとは思うところです。ですが、調べて確認して、絶対的にいらない、ということはなくなりました。
 これは私がレビューを書く際のスタンスの一つでもありますが、まずはいらないと思ったところは、本当にいらないのか、何か理由があってそれをしているのではないか、ということを考えるようにしています。何もなければ取り越し苦労なだけですが、実際に主義主張に大きく絡む例もあり、実際今回はそのパターンであったように思います。

 なので、結局、本作、ひいては過去作を通じての主張に対して、プレイヤーが作品に、現実に対し取るべきスタンスは、メアのたった二言に集約されるのだと、そう思うのです。

メア「大事なのは」
メア「知ること」
――以上、CHAPTER Ⅱ LAPIS PHILOSOPHORUMより

アリアンナ「ほら――怖くない」(CHAPTER Ⅹ BLOODY HEARTS VAMPIRE


追記:体験版パートでの二次創作を本編発売前に書いていますのでこちらからどうぞ。「狩りの分け前は平等に」https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17696375


 ――二月にあったジュエハカフェのドリンク「ルビイちゃんしゅわしゅわパンチ」ネタ回収されるとは思ってなかったんですけど!?
 あと、メアで18禁の何か書くか描くかする人、絶対誰かどこかで「恐れ知らずはエッチの姫」って題付けるでしょ俺は詳しいんだ。

(後日キャラ別感想を大幅加筆するかもしれないし、しないかもしれません)