夏の大三角形の中でもはくちょう座のデネブは、絶対等級がベガとアルタイルの比ではなく、またその二つからも遠く離れている。ベガとアルタイルが七夕の夜逢瀬を楽しむ間も、デネブは混ざることが出来ない。さて、幼馴染三人の中で誰がデネブだったのだろう? これはデネブが、ベガやアルタイルと共に夏の大三角形であることを願ったお話。長文は誰がデネブであったかということとOPムービーのとある文言について。「私はあなたの星になれますか?」
(以下、本編=見上げてごらん、夜空の星を、FD=同FINE DAYS、IF・本作・夜空に輝く、真夏のトライアングル=同Interstellar Focus=本製品を指します)
本編レビューでも、FDレビューでも、散々「これはひかりと沙夜とのハーレムがあるべき」というように書いてたので、本作発表の時はそりゃもう嬉しかったですよ。
その本作ですが、一言の方にも書いた通り、「三人で付き合うお話」というよりかは、「三人でずっといっしょにいることを願うお話」であることの方に比重が置かれました。
さて、作中、殊更三人の関係として夏の大三角形がモチーフとされていましたが、夏の大三角形の内、ベガとアルタイルが七夕伝説の主役であり、一般的にデネブはその枠外の扱いとされます。いやデネブがどっちか寝取るとかあってもそりゃ困るけど、ギリシャ神話じゃあるまいし。
ともあれ、ハーレムであることを前提として、その上で夏の大三角形をモチーフにしてしまうと、ベガとアルタイルの関係性的に、ハーレムではなく誰かがあぶれてしまう、本編と同様の状況に陥りそうな感があります。
では先に軽く夏の大三角形を形成する星々のおさらい。
・こと座のベガ
七夕に於ける織女星/織姫星。名前の由来はアラビア語での「急降下する鷲」。約12000年後地球から見た北極星になる。絶対等級0.6。
・わし座のアルタイル
七夕に於ける彦星/牽牛星。名前の由来はアラビア語での「飛翔する鷲」。西洋占星術では爬虫類による危害を表す。絶対等級2.2。
・はくちょう座のデネブ
昴星。名前の由来はアラビア語での「めんどりの尾」。約10000年後地球から見た北極星になる。絶対等級-6.9。七夕にベガとアルタイルからは遅れて上ってくることから日本国内でも各地で「ふるたなばた」「あとたなばた」等の別称がある。
等級は、値が小さければ小さいほど明るいので、デネブの値がベガとアルタイルに比べて突出しているのがおわかりかと思いますが、そんな三つの星が地表から見て同じような明るさに見えるということは、すなわちデネブのみ異様に距離がはなれていることの裏返しでもあります。
ベガは25光年、アルタイルは17光年弱太陽系からは離れていますが、デネブは同様に1400光年と、アルタイルのそれの1000倍近くの距離があります。また七夕伝説でも一部地域の別称でわかる通り、あくまで七夕伝説からは「おまけ」のような扱いを受けています。
このように、実際の星の概要と七夕伝説を前提として夏の大三角形を見ると、明らかにデネブのみが浮いており、また仲間外れであるとも言えます。本作は、七夕と夏の大三角形を同時に扱った話であり、幼馴染三人の関係を描写する際にそこを通るなら、関係性も考察されてまた然りでしょう。
では本題。「幼馴染を夏の大三角形に当てはめると、誰がデネブになるのか」。これはデネブが、ベガやアルタイルと共に夏の大三角形であることを願ったお話。
先に言っておくと、本編等でひかりルートの際は沙夜が、沙夜ルートの際はひかりがデネブになります。まぁアルタイルが暁斗でベガの位置がどっちかという意味では当たり前というか言わずもがなだけど。
・デネブはひかりである
デネブという星は、兎角明るいからこそ、何かの目指す憧れみたいな節があります。
デネブの孤独性は上記で書いた通りですが、改めてまとめると「周りを明るく照らす」「しかし遠く離れているためその中には混ざれない」という風に見て取れます。「あとたなばた」の別名とかはもう完全に七夕伝説の後付け扱いですし。
これを踏まえてひかりを見た際に、幼馴染三人の関係の中で、「ひかりがいて初めて初期の三人が成り立った」「ひかりが一時期遠く離れていて独りであった」と、ひかりのみが本編最初の三人の出会い以降で暫くの間地元もとい関係性からの離脱をしています。
そもそも本編などでも、プロジェクト・スターライトの発案など、周りを導くという役回りであり、しかし暁斗や沙夜がいて初めて仲間内に入れるという立ち位置的にも、本編からの流れという点では、本来的にはデネブはひかり以外ありえないです。
故に、本編でひかりが四年間離れている間、沙夜が三人の関係を優先させたのは、ひかりにとってはとてもよかったことなのだと思います。ここで沙夜がとにかく自身の暁斗との関係修復を優先させてたら、ベガとアルタイルは素直にくっついただけで終わったのでしょうけど。
まぁその際は暁斗祖父が亡くなった時点で付き合い始めからの無理やり天ノ川家への下宿とかさせてたでしょうけどね。そして本編は成り立たない。尚ここまで私の趣味。
話を戻して、それと、ひかりが望んでいたことに、「自身もお姫様扱いされたい」という欲求があります。ここでいうお姫様は何も特別扱いだとかそういう意味ではなく、あくまで女の子らしく見られたいという当たり前の願望です。
それが著しく現れるのが、「銀河帝国からの脱出!」初稿を見せてもらった時の反応ですね。いつもお姫様的立ち位置の扱いになる沙夜と、悪役や少し男っぽい役回りにされる、だけど本当は女の子扱いされたいひかりの心情が直接的に吐露されています。
そもそもIFでも、付き合い始めて以降、ひかりの乙女な一面を見て驚く事が何度もあったという暁斗の独白により、(家族かどうかはさておき)ひかりを女の子としてもですが、同時に男勝りな悪友としても見ていたことが示唆されています。
そしてこれらを解決する方法が、ひかりも沙夜同様通い妻認定されることでした。ここで沙夜がナチュラルに「わたし達」通い妻だもん、と言ってますが、実際沙夜は暁斗の通い妻であることを自認しつつも、自身の専売特許であるとは本編から通して一回も言ってないので、沙夜と一緒に通い妻になるのは実際理にかなっているんですよね。
そして、暁斗もここでそのことを嬉しいと思っています。勿論それは暁斗がひかりを彼女だと思っているからというのはありますが、それを踏まえてもそう思ってくれただけでも、ひかりにとっては報われただろうことは想像に難くありません。
これらのひかりの元々の扱いは、間違いなくベガではなく、ベガとアルタイルを見守る、そしてその二つの星と直線で結ばれて初めて輪に入れるデネブそのものです。何かと頼れる相手、だけど本人は意識的に振り向かないと主役にはなれない。無意識に脇役に徹しようとしているからこそ、手を差し出してやる必要がある。
本作と本編ひかりルート以外では、輪を作るものの、自身は輪に立ち入れず、ベガとアルタイルの協力があって初めてその輪に入れる。ひかりは正にデネブの立ち位置です。
そうそう、三年最後のむつら星の会の会合後、暁斗とひかりの二人乗り自転車をする場面に於ける、あたし一人を選んでよというひかりの腹の底から出るもかちょこさんの声は素晴らしかった。シリーズのひかりの声であそこまでぞくっとする日が来るとはなぁ。
・デネブは沙夜である
本編個別と苗字が表す通り、沙夜は自身が天の川であり、ベガとアルタイルの関係を分断してしまう役回りであると自認している節があります。まぁその思い込みと性格から「嘘から出た実」になってるとも言えるのですが。
沙夜は、結局の所暁斗とひかりの言い合える関係性に憧れを抱いています。それと同時、本編沙夜ルートのメインであった沙夜自身の内省的な描写も少々扱われてますが、本作では基本的にそれらは暁斗とひかりの関係性に遠慮している面が大きく、嫉妬深い面は三人で付き合っているからか鳴りを潜めています。
ひとまず一番わかりやすいのはここですね。
ひかり「いい天気だし。織姫様と彦星様も、今頃は天の川を越えてデートしてるのかな」
沙夜「……なんだか、わたしがふたりの仲を邪魔してるみたい」
ひかり「ほんとだ! 沙夜ってば、ひどいオンナだねぇ」
沙夜「もぉ」
――以上、夜空に輝く、真夏のトライアングルより
また、先述の通り、「三人」での関係性構築に一番執着していたのは沙夜です。
ひかり一人が一人が別の所いる時も、中学期暁斗は沙夜とは意識的に離れてて、ひかりが戻ってくる→海外行ってる際も結局全て意図的に「三人での思い出作り」に終始していたからこそ、恋人関係になったからこその沙夜の「二人での想い出が欲しい」という主張は、殆ど初めてに近いです。
沙夜が真にお姫様になりたいと願ったのは、なんだかんだFD沙夜ルートだけであり、それ以外では自身の欲望自体は殆ど主張しませんでした。
結局、小学生の時ひかりが去って、暁斗と沙夜が再び話すようになる四年間の空白は、暁斗にとっても沙夜にとっても限りなく大きい空白期間だったわけです。
それはひかりがいないこと、暁斗と沙夜のお互いの遠慮とどれか一つに理由が絞れるわけでもないですが、一つだけ言えるのは、沙夜は暁斗でありひかりである、この二人の関係性に遠慮していたこと。
(暁斗の勘違いもありましたが)自身のラブレターが読まれず返事もくれない、暁斗はひかりのことが好きと根拠はなくとも思っている、寧ろ私はその二人を引き裂いた天の川そのもの――暁斗もひかりも大切だからこそ、自身は一歩引くべきだというのが本編に於ける沙夜の思考でした。
三人でいるからこその幼馴染の関係であり、また自身が外れ者であると理解しているからこそ、暁斗とひかりを同列に大事にする。その上で自身の性格と、相手を引き立てるために自身は一歩引いた位置にいようとする。
暁斗がアルタイルで、ひかりがベガかどうかはともかく、自身は絶対にベガでないと強く自認するからこそ、遠慮の上明るく輝いて二人を導こうとする。沙夜はデネブであることを自ら選ぶキャラです。
さて、話は変わりますが、OPムービーのキャラ紹介に於いて、二人の名前を出す前に"Can I be your star?"という文言が手を星に伸ばしながら出てきます。
直訳すれば「私はあなたの星になれますか?」といった訳になりますが、上記の二人のことを考えるに、正確ではないなと感じます。
本作での三人での初体験前、ひかりと沙夜が各々「暁斗が付き合うのは(自分ではない)お互いがいい」と言っています。
ひかりは暁斗と沙夜が付き合っても嫌に思わないといい、沙夜はひかりのファーストキスの相手乃至付き合う相手は暁斗がいいと言った。お互い、取られるのは嫌であると思いつつも、とにかく親友の恋が叶ってほしい、それは自身を差し置いてでも幸せになって欲しいからと。
つまるところ、ひかりも沙夜も、暁斗を含めたお互いに遠慮しているわけであり、これは暁斗に対して「あなたの恋人にしてください」と問いかけてる訳ではありません。
暁斗が同様に同じことを問いかけるかどうかは微妙な所(関係性を考えると同様にしていそうではあるが)ですが、ここで重要なのは「自分以外の二人に対して、自身が特別な存在でいられるか」という問いかけです。
FD各ルートにて、ひかり乃至沙夜以外のルートでは暁斗の彼女にお互いがなれなかったという傷の舐めあいがあっただろうと予想がつくとこはあるのですが、ひかり乃至沙夜ルートに於いて、あぶれたもう一人のそれに関するフォローは特段ないです。あくまで二人の世界に入って、FD沙夜ルートのひかり宜しくせいぜい引き立て役にされる程度。
ですが、本作では三人の関係性を描くからこそ、二人で何かしている際に、残るもう一人へのフォローが必要となりました。その結果があの問いかけです。
というわけで、ここは「私はあなたの星になれますか?」ではなく「私はあなた達の星になれますか?」と訳すのが妥当でしょう。ベガとアルタイルの関係に混ざれないデネブの憧れ。だけど、デネブはそれを理解した上で「あとたなばた」として二人のしんがりを務めることを選び、夏の大三角形として結ばれた。
OPムービーでのこの一文が出てくることは、そういう意味ではとても示唆的です。恐らく、三人での関係性が壊れそうになったら、お互いが相手の為を想って我先にと「二人から」身を引こうとするのでしょう。まぁその時は本作告白前のむつら星の会での喧嘩的な状況になりそうでもありますが。
・デネブは暁斗である~総括
ここまでひかりと沙夜がどちらが「ベガではない」かを見てきましたが、では肝心の暁斗はどうなのでしょう。
OP曲Summer Triangleでは「一番星見上げる彗星とアルビレオは二連星のヴィーナス アルタイル待ってて」と歌ってますし、暁斗=アルタイルであるという前提が大体あります。
ここ以外でもOP曲ではあそこまでアルタイル推しだし、男は一人なのだから暁斗がアルタイルだろ、と思う人も多そうですが、果たして実際はそうではありません。
さて、望遠鏡以外殆ど私物を持たなかった暁斗が一番欲していたものは「家」であると本作中で語られています。その記述の内訳を見る限り、誤解を恐れず言えばひかりと沙夜はその「付属品」です。
タイミング的にも、家があって、だからこそひかりと沙夜とのこの関係も構築できた、と思っている節はありそうですが、断言できるのは、「関係性の変化の象徴として家がある」ことです。
象徴的なのは、最初に家に下見に三人で訪れた際の言動がそれまでの関係性のままだったのが、ひかりが暁斗にキスして以降劇的に変化していることですね。
また、本編やFD等で、散々暁斗はひかりと沙夜の関係を羨ましいと言います。勿論それは同性であるからこそのものでもありますし、暁斗と武一の関係もそれに近いものではあるのですが、ひかりと沙夜の二人が何かしているのから疎外感を感じる、という所が大きいです。
ただ、暁斗にとって人間関係の質や量は然程重要ではありません。本作の暁斗の根源の感情であるため散々言われてることではありますが、暁斗が唯一欲する人間関係は「家族」です。
「家」が持つ象徴性はもう一つここにあります。すなわち(泊まってはいかないが)常に暁斗とひかりと沙夜とで家族ごっこが出来た、という点です。
暁斗が父親、沙夜が母親、ひかりが娘みたい、という雑感が作中ありましたが、すなわちこれは暁斗が家族を失った幼少期の憧憬の再現だったわけです。
この夏の三人の関係性の変化は、常にこの家と共にありました。だからこそ、家から退去してしまえば、夏の間築いた三人の関係性ごと消えてしまいそうな錯覚に囚われている。
わかりやすいのは花火をしている最中の独白で、ひかりや沙夜の関係性を無視し「俺がこの家で暮らせる時間は夏休みの間だけなのだから」と言うところですね。暁斗が、持っている形あるものを「有限だと認識の上で」所有することは、暁斗にとって初めてでありました。
ひかりと沙夜と、家族「のような」存在だった二人と、「この家」で疑似的にでも「家族になれた」という幻想。それらの夏の総括と、暁斗自身の想いはED曲後のここに端的に表れています。
1ヶ月という短い間だったけど、まるで両親と過ごしていた頃のような、幸せな時間だった。
でも、ここは俺の家じゃない。
暁斗「ありがとう、ひと夏の幻想を見させてくれて」
幻は消えてしまうけど、想いは残る。
今はまだ、それだけで充分だった。
――以上、夜空に輝く、真夏のトライアングルより
結局は、私物を殆ど持たないからこそ、暁斗が真に憧れていたのは家という「形あるもの」であったと見ることも可能です。ですが、さをとめの前で待っていたひかりと沙夜「との関係性」宜しく、暁斗が最後に手に入れるのは「形のないもの」でした。
独りぼっちのデネブが、「家」を二重の意味で借りることによって家族を手に入れた。それは夏の大三角形の如く、ベガとアルタイルと、子供のようなデネブという一つの核家族的な姿。
というわけで、暁斗自身もデネブであると言い切っていいでしょう。"Can I be your star?"という問いかけをして、ひかりと沙夜に認められた星が、そこにはいました。
「三人での関係を維持しながら」「三人がお互いに望んでいたものを」「各々が付き合うことを切っ掛けに手に入れる」という今回の構図は、本編~FDにかけて続いた流れを一方では壊しながらも、一方ではとても大切にした稀有な作品です。
結局は、三人ともデネブでした。デネブ自体はベガやアルタイルにはなれない。誰もが彼彼女をベガとアルタイルであると夢想し、しかし実際は三人ともが残る二人にとっての輝く星であり、だけど一人きりでは輪に入れないから、三人で手を繋いだ、夏の大三角形のような関係。
周りからは兎角変な人扱いされて、それでも周りを巻き込んでお互いがお互いのためになることをしようとする。そういう意味では、本作の方向性や結末は限りなく三人の自己満足です。
ですが、本編やFDを経た上で見たかった関係性という点では、個人的には非常に満足。本編で周りを巻き込み、自分の幸せを追いたいとなった時に、二人ではなく三人でいたいと願った。
「三人が真に大切にしていたものだけは守り切った一夏のアルバム」が総評ですが、それ以上にこの締め方であるからこそ、この関係性が永劫続くことを願わずにはいられない。星の輝きが変わらない内は、ずっとそれを保てるよう。
だからこそ、ラストで、三人が揃い、その上で暁斗が真に言いたかった一言が最後に言えた、それだけでもこの夏は、三人にとってこれ以上ない特別なものであった、そう言っていいと思うのです。
暁斗「ただいま」
ひと夏の幻の中に見た、確かな未来へ向かって。(夜空に輝く、真夏のトライアングル
三人のデネブが、寄り添うことを選んだ結末。どうか安寧であってほしいものです。
ひかり「将来、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、こうやって三人で花火したり、星を観たりしてたいね」
ひかりが満ち足りた顔で言う。
沙夜「うん、そうだね」
沙夜が答える。それが心からの願いだ。
――以上、夜空に輝く、真夏のトライアングルより
"Can I be your star?"
"Yes, you can be our star."