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PlanadorさんのMaking*Loversの長文感想

ユーザー
Planador
ゲーム
Making*Lovers
ブランド
SMEE
得点
75
参照数
1967

一言コメント

水は方円の器に随う――幼少期の経験により捻じ曲げられた恋愛観を、各ヒロインが正してくれる。それでも、きっと、その捻じ曲がるきっかけを与えた彼女のルート以外では、どこかで和馬自身の中で一種のしこりが残っていそうでもあり。これは、少し臆病な主人公が、少し背伸びをする一夏の成長譚。ひとまず亜子と可憐目当ての人は買いに走りましょう。長文最初はネタバレなし。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 10周年記念作品と銘打ち、過去作要素を取り入れつつも、ギャグだけに依らない、今後のブランド方向性を見据えた作品でした。
 ギャグはそのままに、「ヒロイン同士の掛け合いが少ない」という前時代の作品にあったことを敢えて採用し、今後の方向性を打ち出そうとした試行錯誤の跡が随所に見え隠れします。良くも悪くも、一定の成果は出てたのではないかと。
 ちなみに当方SMEE作品はお初です。


 お先にネタバレなしで全体の所感。

 まず共通の長さ。あってないというか、ゆっくり読んでも15分程度でOPムービー=共通終了まで達します。
 コンセプト的には正解だったと思うし、個人的にも特に不満はありません。
 ですが、特に亜子ルート的には伏線がわんさか。完走後、じっくり読み返してみると色々と発見があると思います。短いから読み返しも苦にならないですし。

 ヒロイン同士の交流乃至接触が少ないことも、本作の特徴です。
 個人的な話、ヒロインとの恋愛をお話の基調とした「ギャルゲー」に初めて触れたのはkeyのCLANNADでしたが、あれもヒロインが一堂に会すシーンはありません。ルートによっては主人公朋也とルート内ヒロイン以外ほぼ出ずに終わるのもあります。
 今でこそ共通にある程度の尺を取り、その上で一旦はヒロイン全員になんらかの関係性を持たせる作品が多くなりましたが、本作ではそれを完全に排除。関係性の都合上亜子のみ各ヒロインとの関係性が出てきますが。他ヒロイン同士は一切ありません。あっても店の店員だとか。

 一枚絵は共通で各ヒロイン16枚(多少ヒロイン毎に通常のとエロのとで配分の差あり)、楽曲はOPEDを抜いて25曲。
 シーン数は亜子・咲が5、レイナ・可憐・ましろが4ですが、4つ組は各人内一つが通常かコスプレかを選択できるので実質状況は変わりません。尚どのパターン通っても勝手にシーンやCGは回収してくれます。但しルートをクリアしないとシーンそのものは全て解放されないのでその点注意。


 お次に欠点乃至個人的不満点。
 まず本作目玉のデートプラン。正直な所これがすんげぇタルい。何が駄目って、そこから後後の展開の発展性が全然ないこと。
 お陰で、各ルート中32通りのパターンの内4パターンを強制的に、それを五人分見せられることになる。
 そこから発展性なりえちシーンなり何か独自要素が色々入るならいいんですが、本作の選択肢は選ばせてその後に繋がる要素もほぼなく終了。これだと選ぶ楽しみってのが全然ないってもんです。
 まぁえちシーンはレイナ・可憐・ましろは一箇所着衣か全裸かという選択肢の条件があるにはありますが、それも結局片方通れば回想でしっかり回収出来ちゃってるので攻略的楽しみはないです。

 これは私自身が総当たりで全部読んでるからというのはあると思うんですが、確かに選択をしてそれしか読まず反応を楽しむ、というなら多少は違うかもしれません。
 とはいえ、それでもデート中の選択肢の扱いには疑問符が残ります。別にこれくらいならデート中でなくとも選択肢を置くことが出来たし、デート以外のふとしたところに「そんな選択肢ありなん!?」みたいな置き方をして面白おかしく出来たと思うんです。

 ひとまず、デートプラン中とそれ以外で温度差がありすぎるんですよね。
 デートプラン中の選択肢は発展性がなさすぎて必要性を感じない、それ以外はルートのテーマに沿ったことを延々となぞるだけにしかなってない。いや延々となぞるのは駄目じゃないんですけど、だったらデートパートだけ十数行の反応の違いの為だけに選択肢を用意する必要もないなと。
 せめてここで選択肢毎に好感度があって通過四つの内三つ成功させればグッドエンド、行かなければノーマルエンドとかとでもするだけでもわくわくというか、一種の緊張感はあったと思います。
 しかし展開の変化がなかった結果、ただの作業と化してることは正直明らかな失敗でしょう。過去作での各種展開を実験してきた流れの一つではあるのでしょうが、バッドエンド込みでいいのでもう少し何らかの発展性が欲しかったです。

 もう一つ、記述に明らかな矛盾が発生してること。
 亜子ルートだったと思いますが、共通で「残業140時間で翌月にはやめた」と可憐に合コンで語ってたのが、別箇所で「三日でやめた」とあって「???」となってましたが、細かいとこの整合性が取れてないんですよね。
 流石に整合性取れてないのは没入感の阻害に直結するので、しっかり確認してもらいたいです。


 とりあえず気になる人は公式で配布しているプロモーション版をやりましょう。
 てかこのプロモーション版がとても秀逸。端的に各キャラの性格や方向性を表せており、手軽に本作がどういう話なのかを知るにはうってつけ。特に伏線を張ってることもないので、軽い気持ちで読んで大丈夫です。
 プロモーション版は全てのシーンが本編にはない完全オリジナルなので、既プレイ者であってもまだの方は改めてやってみるといいかもしれません。一応本編時間軸のTIPS的役割も果たせているので、本編補完としてもいいはず。


 と、全体の作りの所感を述べた所で以下各ルート雑感。亜子ルートのみ書きたい事多いんでめっちゃ長いのは仕様。いや可憐も少し長かった。
 ちなみに攻略順に書いてますがお勧め攻略順も以下の通りです。



月野ましろ
 壁穴破壊系スーパーヒロインうちゅうのコアラマン(嘘は言ってない

 不思議ちゃんという当初の設定通りのキャラ。実際行動もとい思考が少し一般的でない節はあります。駄目ではないんだけど、正直これ主人公でこれやったらほんと叩かれるだろうなぁ。
 とはいえ、バイトでの接客態度などは優秀なので、オンとオフの時の落差を楽しむルートと言えるでしょうね。

 洋服選びの時、単語出てこないのはよくあるからわかるけど、それでも馬子にも衣装は失礼過ぎるだろ! あとデート中の選択肢のママは笑いました。

 ただまぁ、正直言うと、メイラバという作品を作る際に、当初ヒロイン四人で、正味足りないから一人追加、ということで設定されたヒロインのように感じてしまったのは本音。
 なしてそういう事言うかっていうと、他ヒロイン、具体的には可憐辺りと被ってる要素がそこそこにあるからなんですよね。「対等な関係」というのも完全に可憐にお株奪われちゃってたし。
 ラストの展開的に咲と同じライターなんだとは思うんですけど、咲ルートと比べると片手間感が出ちゃってたのは事実。

 もう一点、ましろルートのみ唯一亜子との邂逅がない点。これも後付感を感じさせてしまいます。
 代わりにあるのが月野家の両親との邂逅ですが、立ち絵がない分どうにも動きが掴みずらい。そりゃ小鳥遊家だって両親の立ち絵はないですが、亜子が色々動いてくれるので視覚的な楽しみがあるんですよね。
 月野家の邂逅に足りないのはやはりそこだと思っていて、どうにも二人きりの世界になっているなと。合う人には合うんですが、個人的にはましろのキャラが特別好きというわけではなかったので少し辛い節がありました。

 ひとまず、正直他ルートでリヴァイアサン訪れた際に出てくる店員がみんなサブキャラで、ここがましろなら可能性が潰えた後の未来、とか想像できて楽しかったよなーと。というかリヴァイアサンは他ルートもう少し店員を絡ましてもよかったんじゃないかなとは。
 個人的には、最初に出てくるカニを掃除する一枚絵以上に可愛いと感じる場面や一枚絵がなかったのが残念な限り。

 それにしてもこんなフレンドリーもとい無礼講なバイト先ねーよ! あったらここで働きたいわ! けどまぁサービス業もとい飲食はね、うん、大変だよね、うん。



鳴瀬咲
 画面の向こうの相手を煽り煽られる系おねーさん(お姉さんに非ず 尚八割方咲のせいではない模様。

 社会人の恋愛、という根本設定そのものはこのルートが一番生かせてたんじゃないかなと。というより物語開始時点で定職に就いてるのって咲だけだし。ましろはバイトで可憐は一応決まったとこくらい。残る二人はJKやがな。

 とはいえ、気象予報士という特殊な職種故、社会人であることを前提とすると少し現実味がなかったのもまた事実。あくまでそこは好みの問題なだけなのですが、ただオフィスでは完全に秘密だったので、やはりばれるかもみたいな楽しみはなかったですね。
 ですが、特殊であることを逆手にとって丑三つ時の起床後の夏でも真っ暗な時間に朝食をとる二人というシチュエーションは他では中々出来なかったので新鮮でした。
 あとはやはりバーでの仕事後デートですかね。バーや酒という要素は可憐やましろルートでも入れられたと思いますが(寧ろ何故咲だけ)、仕事後という要素は咲が職業として安定してるからこその「今日も疲れた、さぁデートだ」みたいな落ち着きがあったなと。

 一番笑ったのはどこだろう、葵美久関連ですかねやはり。咲さん嫉妬心深すぎるでしょ。可能性感じなきゃ自由でしょ(ぇ

 なんだかんだルートに設定されたコンセプトそのものは殆ど外してなかったですね。だいぶ堅実な作りをしてるように思いました。それ故に発展性も少しばかり少なかったようには思うのですが。

 にしてもハムジロー、こんなの私が作ったキャラじゃないとか言っておきながら普通にスタンプ使ってんじゃねーか! 流石に作者の矜持かね。



鹿目レイナ
 とりあえず信頼を置ける相手には形振り構わず甘える子犬系ヒロイン。

 恐らく本作一根本設定に無理があったキャラじゃないかなと。いや無理があるといっても他作品に於けるアイドルやってるヒロインと同列なんでレイナだけが難しいってわけじゃないんですけど。
 とはいえ、どうしてレイナがそこまで和馬を気に入ったのかという説明がだいぶ省かれている節があるので、そこが気になるとレイナの行動全体に疑問符が付いてしまうことは否めません。いや別に裏があるわけじゃないんだけどさ。
 尽くしてくれるシチュがメイン且つレイナが和馬を攻略する構図になりますので先程形振り構わず甘えると書きましたがその点注意。
 一方、やればわかりますが、尽くすというのは自身が尽くして初めて相手に甘えられると思う、ある種相手と対等になるためのレイナなりの拘りですね。

 このルートで一番笑ったのはテレビで亜子が公開処刑されてたとこかなぁ。あそこはわかりやすいギャグではないんですが、無辜の一般市民が突然槍玉に持ちあげられるというありえなさが個人的にはツボでした。

 いつもの先輩好き好きオーラと、何かあって落ち込んだ際のギャップだとかはわかりやすく表現されていて、一番手軽に萌えられるルートかなと。わかりやすさという点では咲ルート同様実に堅実な作りです。

 ひとまず小森さんはすごい立ち絵見たかったんだけどなぁ。個人的には各ルート毎でしか出てこないサブキャラでは一番好みというか立ち位置が好きでした。
 ついでにハムスター騒動、このブランドはハムジローといいハムスターに親でも殺されたんだろうか……。


北大路可憐
 素直になれないというより甘えたいのに甘えられる相手が中々いない子猫系ヒロイン。
 結果的に言えば、一番当初の作品コンセプトを貫き通せたルートであり、且つ一番出来のいいルートです。

 いやほんとその上で進展05パートに於ける初えち前の告白は素晴らしかった。進展パート全体の流れを汲んだ上でここでそれまで積み重ねたものを一気に浴びせる「タメ」がうまく機能していた。
 実際、物語開始時点での感情の向き方などを除けば、一番切羽詰まったキャラであり、成り行きであっても二人が近づいてって、そしてラスト結婚するに至るまでの流れが見事でした。うまく行き過ぎて非現実感も感じるんだけど、少しばかりリアリティもあるという塩梅がすごくよかったんですよね。

 このルートの上手な所は、和馬とプレイヤーの保護欲が可憐の状況と相まってちゃんとリンク出来てることかなと。ですが、ベクトルは逆です。
 幼少期の和馬は引き取られるもまだ慣れず亜子ともギクシャク=家族の一員になりたいといった状況ですが、ここでの可憐は実家に戻りたくない=独り立ちしていると理解してほしいということなんですよね。
 和馬と可憐が凸凹というのはそこにもあって、境遇そのものもこの時点でも逆だったというのがあります。

 とはいえ、当初の設定面を考慮すると、可憐ルートが一番お似合いのように見えるのは至極当然だったのかもしれません。というのも、可憐ルートの各種条件って、実際に結婚に至った条件をかなり満たしている節があります。
 具体的には、
・大学時代の同期(大学時代の交友関係は一番結婚に繋がりやすい)
・当初凸凹な関係(自分にないものを持つ人に惹かれるという習性)
・後々支える関係(お互いを補いつつ助け合う状況)
 辺りが挙げられます。

 亜子ルートをやればわかりますが、ここまでの可憐の流れってそこそこに和馬が施設に保護されていた前後と似ているんですよ。
 だからこそ、可憐ルートに関しては共通で追っかける選択肢を選ぶことへの説得力が出る。和馬の境遇的には、ほっとけないという心情が働いても全くおかしくないと思っています。

 まとめると、ぱっと見の感触和馬とは一番お似合いのヒロインでしたね。それは和馬が一番男らしくしてるのもですが、凸凹ヒロインという、「お互いにないものを持っている」という噛み合わせの良さ故。
 加えて、可憐自身の少し気が強いけど心の居場所を求めているという境遇と性格が庇護欲を掻き立てられる、和馬と精神的に同一になれるバックボーンがしっかり成立しているのもポイントとして高いです。
 結果的に、ひとまずましろ以上に対等な関係と化したこのルートは、言ってしまえば現代における恋愛から結婚に至るまでの見本に近いかもしれません(女子がホームレスやってることには目を瞑る

 そうそう、一番笑ったのはあれですね、上を向いて歩こう。それとオナホ翔に着払いで送り付けたは普通に翔がとばっちり喰らってて爆笑。
 あと亜子との浮気現場(風)写真撮られて可憐に見せられた後の可憐の対応が色仕掛けだったのは想定外すぎたよ!

 難点は、大学時代の回想がある程度あれば当初設定の関係性が100%生かせたと思うので、そこだけですね。
 いや正直そこむっちゃ見たかったんだけどな! ここは二次創作で妄想するしかないかねぇ。ちょっと思うとこもあるので下で少し追加で書いてます。
 個人的には亜子関係はちゃんと小鳥遊家訪れて亜子と可憐が邂逅するの見たかったのもあるんですけどね。あの二人がどういう掛け合いをするかは普通に見て見たかったなぁ。

 あとあれだよね、よく不遇と言われる緑髪ヒロインの中では歴代全作品でトップクラスの勝ち馬だよね。作品中に於ける人気という意味では緑髪ヒロインベスト3は確実でしょうこれ。ひぐらし園崎姉妹も入るとして、もう一人は誰なんだろう。


 ところで、可憐は当初設定として「ツンデレ」という属性を付与されているように感じます。プロモーション版では「天然物のツンデレ」と和馬に言われてますし、本編でも可憐を一言で、と言われた際にツンデレと返しています。
 では本編をやった上で、可憐はツンデレであると言えるのか? 答えはNOであるように思います。

 さながら可憐のキャラは言うなれば「ポストツンデレ」です。早い段階でデレ分多目のツンデレとも言われそうですが、個人的にはそれも違うなと。
 ツンデレというキャラ設定は、古典的作品だと「(主人公のクソ行為に対して)暴力をふるう、素直になれない、段々と心を開くにつれデレ分が増える」辺りが特徴として該当するかと思います。勿論全部じゃないですし他にもありますが、まぁそこはどこかにいるツンデレのプロ(?)にお任せするとして。ひとまず「外部要因も一定要素関係する」のがツンデレであると個人的には思っています。
 可憐の場合真っ先に来るのは承認欲求、続いて承認されたことによる同等の好意をそのまま返す欲求です。可憐が素直になれないのは自信がないのと同時、拒絶に怯えるか弱さなわけですが、それを認めてやれば、与えて貰えたものを律義に返そうとする一つの強さが生まれます。ツンデレ要件として該当するのはせいぜい「素直になれないこと」くらいしかありません。近いこととしては他にもあるのですが、それはあくまで副次的要素としてのみ。性格面が完全に内部要素で完結しているんですよね。

 とにかく自身を認めてくれる存在を捕まえられれば可憐は様々な意味で強い。
 故にルート突入後認めてくれる存在を視認した可憐はすぐデレる。恋愛編に至るまで支えてくれるという確証を得た可憐は尽くそうとしてくれる。和馬とお互いを認め合った可憐はラストで作品テーマと共に将来を見据えようとする。
 ましろ+レイナ+咲ルートの要素同士が喧嘩せず同居して、あわよくばそれが昇華出来てるという点で、実に素晴らしいルートでした。ポストツンデレという概念は他作品でも真似してほしいなぁ。現状ポストツンデレと言わないとこの概念はうまく説明できない……。



小鳥遊亜子
 しっかり者妹系年下幼馴染。正直義妹でありつつ幼馴染というのがルート上の実質的なキャラ設定かなと。異論は認める。

 正に義妹というか、妹でもあり幼馴染でもあるようなギリギリのラインを突っ走りつつバランスが崩れないという点で中々稀有なルートかと。
 最後の展開は正直ある程度の想像は付いていました。あの二人再婚なんて一言も言ってなかったしな。
 正直可憐ルートには劣りますが、それでもこのルート単体では十分良作の域です。実は本編の流れや各種イベントそのものに言及することはあまりないのだけど。

 さて、最初の一言に書いたことわざですが、亜子ルートはその言葉が示す通りのルート、いや作品であったといえるでしょう。以下解説。


「水は方円の器に随う」
人は環境や友人によって、良くも悪くも変わるというたとえ。
孔子の言葉で、『韓非子』に「人君為る者は猶盂のごときなり。民は猶水のごときなり。盂方なれば水方に、盂圜なれば水圜なり(君主たる者は水をいれる鉢のようなものである。人民は、その鉢の中の水のようなもの。鉢が四角なら水も四角い形となり、鉢が丸ければ水も丸い形を作る)」とあるのに基づく。
――出展:故事ことわざ辞典


 物語開始時点での和馬の全ての行動原理は、両親を土砂災害で亡くし、小鳥遊家に引き取られ、亜子との生活が始まって以降に形成されていったものです。
 和馬の「恋愛への強いこだわり」というのは、亜子ルートやればわかりますが完全に亜子が初恋だったからなんですよね。ここで公式にあるイントロを見てみましょう。


「運命的な出会いを果たし、何度も偶然顔を合わせて連絡先を交換」:結果論とは言え、亜子との運命的な出会い
「休日は一緒に遊びに行って、さらに仲良くなって本格的なデート」:仲良く遊ぶし、デート紛いのことは(兄妹の戯れ的な意味で)幾らでも
「交際に至るまでの『過程』そこにこそロマンがなくてはならない」:出会って仲良くなって亜子は好き好きオーラ滲み出てて妹みたいな関係でなければ交際一歩手前


 ――亜子との出会いから今に至るまでロマンありすぎだよ! その上でしっかり者でどんな時も気にかけてくれる義妹とか惚れて当然やでぇ。
 結論から言うと、幼少期から思春期手前に至るまでの思考乃至経験は思春期以降の思考に大きく影響を及ぼすということですね。
 端的に言うならば、和馬の恋愛観は完全に亜子によって捻じ曲げられました。そりゃ、公式イントロにあるようなことになってても仕方ないわけで。
 これ、正直自分には頭抱えたくなるくらい滅茶苦茶リアリティあったんですよ。いやまぁ私自身もほんと(以下自分語り長くなるため略

 先程と言うことが少し矛盾しますが、そういう点では亜子ルート以外の展開を殆ど許してくれません。故に亜子ルートはラストを推奨ではあるのですが。
 ではどうして亜子ルート以外の展開が作品として許容されているのでしょう。簡単な話です、物語冒頭、「恋愛への強いこだわり」を崩す切っ掛けを作ったのも、また亜子だったからです。
 ここで公式イントロの続きを。


「みんなが器用に恋が出来るわけじゃない」
「強引にでも誘われないとなかなか踏み出せない人」


 これらは全て共通の早い段階で亜子が口にしていることです。プレイしていればわかりますが、これは亜子が和馬に向けて言っていると同時、亜子自身が義兄をどうにかして諦めようと自分に言い聞かせている場面でもあります。
 この後合コン行ってきなよと言う声に後押しされ出向き、可憐と再会するわけですが、和馬としては、どんなに和馬の背中を追いたくても、和馬が避けるようにしていた亜子から直接言われたものだったからこそ、自身も姿勢を見直さざるを得なかったのでしょう。
 故に、亜子ルート以外の展開も、この段階では十二分にあり得ると思いますし、共通の構成はびっくりするほど理にかなっています。あくまで初恋相手、だけど意識的に遠ざけようとしていた亜子から言われなければ、こうも動くこともなかったはずで。最初が可憐や翔じゃ駄目なわけです。
 ちなみに、この時点では逆に、「お兄ちゃんから可能性を狭めるようなことはしてほしくない」とは言ってる亜子は、これらのことを言うことによって自身の可能性を狭めているわけで。この時やルート外の亜子の気持ちを考えるとそれはそれで中々に辛いものがあります。

 まぁ正直可憐ルート以外は殆ど亜子以外の可能性なさそうな気がするんだけどな! 特に咲さんはあの流れでまたお誘いに行くようには中々思えなくて。
 可憐は合コン直後に(自身の行く末がこの時一切見えない中)応援の言葉もらってるので、普通にあってもおかしくなさそうというか、可憐の窮状を瞬間的にでも見てはいるので、あそこは追っかけてもおかしくはなさそうです。
 他三人の可能性に関しては正直低いと思うんですが、後程解説。

 結果的にですが、ルート単体で見れば一番作品コンセプトから外れていますが、作品全体で見ると一番コンセプト通りのルートという、なんとも不思議な話です。
 和馬の過去回想がガンガン絡み、その上で和馬の行動原理が最後に全て明かされるという点で、ある種実質的なtrueルートにもなっている亜子ルートでした。

 けどさ、最後そういう関係性だったからこそ二人の子供が見たかったよ! 十年内縁の関係って和馬三十路とうに過ぎて亜子も近いやん!
 というか、両親への筋の通し方ってそれでいいのかいなっていう。いや母親があれだけ「亜子の代で血が途絶える」みたいなことを言ってたんだから、孫の顔がやっぱり見たかったんじゃないかと思って。

 とまぁここまで発奮してるのも、常々本編内で「妹ではなく一人の女性として見て欲しい」と散々言われてたからで、ラストまで内縁の妻状態でお兄ちゃん呼びだと色々と矛盾するんですよね。
 勿論、恋愛07パートで「兄妹の繋がりの方が強い」という言及はあって、それ以外にもちょくちょく「兄妹であること」を強調するようなシーン(そもそも兄妹強調させないと『秘密の恋愛』にならない)があるので不自然というわけでもないのですが。
 それでも、母親が早い段階で「この子たちが末代になるんだわ」というのから恋愛09パートの「私お嫁に行けない」という亜子に至るまで、この流れだと最終着地点として望ましいのは結婚であると、まぁ本音思うわけで。

 ただまぁ、その上で「普通のカップルではない」と母親は言うわけですが、そもそも別に少し普通からはずれるかもわかりませんがおかしくはないだろと思うんですよね。
 エロゲ―マーならご存知の方も多いとなんとなく思うんですけど、血縁関係がない兄弟は結婚が可能です。但し血縁なくとも結婚不可なのは養子関係結んでる親子ですね。だから和馬と母親、みたいなのは駄目ですけど、せいぜいそれだけ。

 故に、両親が認めてるという前提に於いて、「普通なら勘当されても」とか言ったところで説得力がないんですよ。
 ここまで言うのって、散々ここまで「義」兄妹であって血縁がないということを喋って周りも知ってるからなんですよね。故に彩夏含む亜子の同級生は(要約すれば)素直に祝福し、別に(一般論として)障害なんて特にない状況で、わざわざ兄妹に拘る理由ってなんだろうとなると、ないんですよねそんなの。

 その上であの結論もとい〆方は、控えめに言って中途半端。初めから妹と割り切るか、妹だったけどやっぱり昔から慕ってくれた大切な一人の女性として見るか、ルート内の展開のさせ方がそのどっちでも通せるギリギリのラインを突っ走ってただけにあまりにも惜しい。
 いやまぁ結婚エンドが大好きという個人的好みはあった上でだとは思うんですよ。だけど、他ルートが全て結婚エンドをしている中一人だけこれは良くも悪くも浮いています。で、ルート展開の上でこれだと浮き方が悪い意味で、となっちゃうんですよね。
 「ある種の新しい兄妹の形」を希望すると言っても、「一人の女性として意識してほしい」としてルートを進めて、その上で二人の気持ちを再確認とは言ってますが、「兄妹であることを再確認した」とは言ってないので、兄妹云々が後付になってしまっているのは頂けません。「難しいことを考えるのはやめにしよう」と言って出た結論が「新しい兄妹の形」って結局難しいこと考えてるよねと。
 「どんな形であれ一緒にいたい」とは言ってますが、両親からの目が~というのがどうにも世間体のことを指してるようにしか見えなくて、だったらはよ結婚せいと。

 ということで、二人でとかいいつつあの直後に避妊失敗してやっぱり子供が出来て二人きりの生活じゃなくなっちゃいましたとでも妄想しておきます。
 というか二人で暮らすとは言ったけど子供は欲しくないとは言ってないしそれくらいはいいよね、うん。



総括
 ルート別の出来は『可憐>亜子>>レイナ=咲>ましろ』でしょう。他の方も仰られてますが、やはり共通の短い構成とテーマの兼ね合い上、既に何らかの関係を持っているキャラの方が出来が頭一つ二つ抜ける結果となりました。

 身も蓋もないことを言えば、「ヒロイン同士の接触が少ない」という構成は、ぶっちゃけピュアコネ辺り同様DLサイトでルート単体で売りやすくするためなんじゃないかと思うんですよ。
 ですが、共通ほぼなし、すぐ個別という構成は、主人公が他のヒロインに未練などを残さない、残しようがないという点でわかりやすくていいと思います。

 ただ、ご自慢のギャグは、その構成によって足枷ともなったようには思いますね。というのも、共通のいじられ役がほぼいないので、作品通してのギャグの傾向がてんでバラバラになっているんですよ。
 ギャグの方向性が正直迷子かなと思う所はあり、ルート毎全てが別作品として販売されてもおかしくなかった、寧ろその方がまだわかるとなっていたのは頂けないなと。

 あと不満だったのは、亜子・咲・レイナルート恋愛09パートで明かされる各人初めての事情ですね。
 亜子ルートは伏線としてだいぶ散りばめてたんで不満というわけでもないんですが、咲とレイナの事情はだいぶ唐突。後付というわけでもないんですが、そういう思い出話はもう少し早めに、且つ伏線くらい欲しかった。
 実際行動原理としての説明はそれで納得する節も多かったんですけどね。まぁ咲さんはあまり関係ないんじゃないかと思いつつ、やはり匂わせる位はしてほしかったです。


 ところで、本作主人公の小鳥遊和馬ですが、一言の方にもちらっと書いた通り、性格は「臆病」の一言に集約されます。
 あの性格で臆病か? という人はいそうですが、彼の行動原理は、亜子と仲良くなる前までにほぼほぼ決まっています。

 これらは共通ルートを見て頂ければわかるかと思うのですが、彼の大まかな行動原理として、

・一定以上信頼できる人がいないところには特攻しない
・一定以上の関係性を確実に築けたところで甘えにも似た素を出すようになる
・甘えられるような人がいない状況では一人でいることを選び、一人で全て立ち回る
・だけど内心特定の誰かには甘えられればと無意識ながら思っている

 などが上がります。言ってしまえば一つのコミュ障なんですよね。可憐ルートで「根はコミュ障」と自ら言ってるのは一切間違いではありません。
 夏休み子供電話相談等のバイトのツテ辺りがあるだけコミュ力はあるもとい外交的ではあるのでしょうが、恐らく「仕事以上の関係は一切結んでない」と思われます。
 性格と関係性の構築の仕方を見るに、多分余程の事がない限り年の離れた年上=大人は信用出来ないといった状況なんでしょうね。恐らく咲ルートに於けるオッサンは例外中の例外なのかなと。小森さんは年上ながら経緯上少しだけ優位に立てるのでノーカン。
 ちなみに、各ルートでお世話になる大人で後々身内になるのは咲ルートのオッサンだけで、他ルートの大人は基本あくまで「ヒロインを介して初めて繋がる乃至先にヒロインとは面識がある存在」なんですよね。バイト先店長含め、それを前提にすると和馬の人付き合いが見えてきます。

 ひとえに、これらは小鳥遊家に迎え入れられるまでの施設生活の中で育まれたものなんじゃないか、とは思うのですが、言及がないのでそこは不明。ですが、性格を考えると小鳥遊家に引き取られるまでは、中々精神的にきつい生活だったんじゃないかと言うことは容易に察することが出来ます。
 親を失い、恐らく施設と言っても大舎制の施設(20人以上を保護する施設、一括で子供を管理出来るがどうしてもプライバシーや個々のフォローは薄くなりがち、日本の児童養護施設はこのタイプが多い)で甘えたくても甘えられない環境だったのでしょう。
 小学校の頃も孤高でいたのは、やはりその生い立ちと、後は引き取られるという環境の激変で素直になれなかったというのはあるのかなと。

 そしてそれらを崩していったのが亜子だったわけですが、言ってることが二転三転なのは承知の上で、生い立ちを考えるとあれは亜子以外に靡きようがないかなとは思います。
 「兄妹揃ってどうしてここまで似てしまったのか」とは母親段ですが、それを踏まえると、和馬も亜子同様『家族や仲の良い友達に対してだけは表面上子供っぽいイメージだが、本来は非常に包容力のあるしっかりとした性格』であると想定出来ます。まぁ亜子が性格臆病なのはルート見てれば一発でわかることですが。

 ――ここまで書くとほんと亜子ルート以外見えなくなってくるから不思議だね! けど一歩踏み出すタイミングが早ければ可憐ルートは普通にありえるとも思うので、なんとも。
 その可憐はどうなのよ、と言われそうなんですが、ほんとここは描写が欲しかったの一言で、きっと偶然とはいえ何らかの形でどちらかが、あるいは両方が血の滲むような努力をしているように思うんですよね。翔は翔の方からガンガン来たんでしょう。
 ちなみに和馬が持ってるもので、可憐にあって亜子にないもののとして一番大きいのは承認欲求の有無です。正直可憐ルートに分岐するかは可憐の姿見た時の和馬自身の承認欲求の有無が一番の要因なんじゃないかと思います。

 ともあれ、ヒロインどころか登場人物の中でも、物語開始時点で亜子と可憐は彼のこれまでの人生の中でもトップクラスにかなり信頼できる相手だった、ということが伺えます。
 可憐も、それだけ下ネタが言えて死ねと言われても平気だった、というのは、恐らく和馬の中ではかなり信頼度合いが高かったのではと。同じ学部同じサークルならあまり言及してないだけで恐らく記述以上に話もしているでしょうし。

 まぁけど他はね、うん、その臆病な性格を考えると一歩引く=踏み出さない可能性の方が高そうなのでね、うん。
 実際のルート突入可能性を考慮すると『亜子六割、可憐三割五分、他三人で残る五分』といった具合になるんじゃないんでしょうか。女子寮にレイナが来ることわかってた上でならレイナはもう少し可能性高かったかもしれない。
 てか他ルートでは攻略出来るヒロインとすれ違った際に「俺も、あんな女性と恋する機会があったんだろうか」とか亜子ルート辺りで言わせてたら80点以上付けたけどな! 水は方円の器に随うという故事通りの場面ももう少しあったら一種の無常感を感じられてよかったんですけど、まぁそこ気にするのは私だけですね、はい。


 長ったらしく本筋とは関係ないことを語ってましたが、「キャラのバックボーンをもう少し生かして欲しかったギャグ寄りのイチャラブゲー佳作」が総評。
 10周年を迎え、ご自慢のギャグを生かしつつ、新旧の作品を参考にしながら次の時代のルート構成を考えようとするSMEEなりの実験が見えた作品だったと思います。繰り返しますが私自身はSMEE作品はお初でした。

 ――このルート構成なら次出すのって恐らくルート一つずつの単体で買う分には問題ない分割作品だよね、恐らく。