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Planadorさんのさくらにかげつの長文感想

ユーザー
Planador
ゲーム
さくらにかげつ
ブランド
ORANGE YELL
得点
83
参照数
401

一言コメント

一つ二つ増えてく宝あなたの慰めになりますように――ある楽曲のタイトルに全て表れているように、徹底的に「三ヶ月耶澄と夜久ころぶのための物語」でした。お風呂シーンなど温かい「裸の付き合い(物理」が多いのは、その後の別れの切なさを呼び起こすためのもの。その上で本作を一言で表すなら「ころぶとハコが耶澄に送るラブレター」です。各種設定面の関係で先にブランド前作「この世界の向こうで」のプレイは推奨。長文は各種観点からパート毎に。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 先に、各キャラの名前に関しては他の方からも解説が入ってますが、特に名が体を表すキャラを改めて一言でまとめると。

三ヶ月耶澄:「三ヶ月」「休んで」また前を向く
 一都ハコ:存在が一つの箱
白詰草詩舞:「白詰草」を「仕舞にさせる」(シロツメクサ=クローバーの花言葉の一つに「復讐」がある)

 あと、パートとは関係ない話ですが、個人的に共通のギャグは爆笑してました。パロディが消え「ポンコツがポンコツとしてしそうな会話」を体現出来てたんですよね。正直共通はギャグゲーとしてもかなり優秀です。
 それと守里はデレると強いですね。ルートに於いて、それまでの積み重ねがしっかりしてたので耶澄が好きと気付いてからの破壊力は歴代随一でしたよ。デレてくれてる尺があまり長くなかったのでもうちょっと見てたかったですけど。


 ひとまずそれを踏まえて以下パート毎。以下の章毎にお送りします。

・本作でこれあればよかったなと思う所もとい不満点
・ころぶと八子はコインの裏表~ハコルートのtrueルート感
・楽曲名で伏せきれてないころぶの想い
・実にメタな構造をする「耶澄ところぶの物語」~総括





・本作でこれあればよかったなと思う所もとい不満点
 真っ先に言いたいのは、大まかに五月~七月の物語なのに、聖リーネット学園の制服がずっと冬服なこと。
 家で守里がワンピース、詩舞に至っては裸Yシャツなわけですが、そんな中あそこまで制服着こんでたら間違いなく暑い。
 五月の時点で夏服にしてもそこまで不自然でもないので、これは初めから制服デザイン自体を夏服にしてしまうべきだったよなぁと。
 いや本音をいうとあの制服デザイン実は個人的制服デザインベストスリーに堂々ランクインするんですけど、それはそれとして気になってしまったので書き残しておきます。

 で、もう一点。本作、個別ルートが終わる際にED曲とスタッフロールが流れますが、これがだいぶ緩慢であること。
 一言の方にも書いた通り、序破急の急にシリアスパートを押し込んで、一気に終わらせるので割と余韻などは個別に関しては少ないです。なんですが、スタッフロール自体の表示が遅い且つセピア色した背景がゆっくり表示されるだけなのでかなり間延びしている印象が否めません。

 一方のサクラにかげつ。こちらは全個別終了後のオーラスという立場ですが、ED曲などは流れません。
 勿論、あれでもいいのですが、サクラにかげつはあくまでオーラスであって、全個別終了後のおまけではないわけです。ですが演出上はどうにもそうなってしまっています。

 あとは一言にも書きましたが、単純に個別ルートのシリアスパート(序破急の急)とサクラにかげつの尺ですね。序破がしっかり丁寧だっただけに急のみ短くてそこは残念極まりないといいますか。
 サクラにかげつも同様ですが、もう少し心情を重ねられるところがあったんじゃないかなぁと思いまして。これでもいいのですが、個人的にはEDムービーがないのと併せて思ってたのよりあっさりかなと感じてしまいました。
 この二つに関しては、尺もう少し長くてじっくり書いてくれれば神作だったろうになぁとも思うのもまた本音です。

 個人的になんですが、個別終了時のEDムービーはED曲「Ring」のショートバージョンを用意して、サクラにかげつで「Ring」フルバージョンのオーラススタッフロールを流せばよかったと思うんですよね。
 とにかく本作、どうにも余韻を引き出す時間が短くてとても勿体ない。長さを筆頭にその辺りの演出がハマれば文句なしに推せるような作品であっただけに実に惜しいところ。



・ころぶと八子はコインの裏表~ハコルートのtrueルート感
 各攻略ヒロインですが、誤解を恐れず言えば、耶澄の動機付けとしての存在であり、ある種サブキャラです。
 なゆはある種原因の一つみたいなところもありますが、詩舞と守里は言ってしまえばあくまで耶澄が叩き直すために用意された舞台の一つに過ぎず、詩舞の呪いは詩舞シナリオを進めるための、藤咲家と三ヶ月家・一辻家の確執は守里シナリオを進めるための舞台仕掛け以外の存在価値がありません。
 いやまぁ二人ともキャラとしては普通に好きなんですけどね。詩舞は性格やにっこりとした笑顔は中々ドストライクでしたし、守里は甘いカフェオレのくだりが耶澄との密な関係性を示していて好感度高かったですし。シナリオ上の必然性が他より薄かったというだけの話なので。

 それら例外はハコです。ころぶを含めたポンコツ幼馴染三人衆とは別枠の幼馴染であり、許嫁であり、そしてハコルートに行かなければころぶ同様現世から立ち去らなければいけなくなるキャラです。いや正直守里エピローグで菓子屋で普通に働いてたのはよくわからなかったのですけど。
 ハコの実体は病床にあり、この三ヶ月間は危篤状態であることがエピローグで明かされます。要するに、本編期間中の三ヶ月間は実質幽体離脱している状態なわけですが、これらの帰結は八子にとっての三ヶ月間の「空白」です。

 で、ハコはころぶがサクラとしていた期間と併せて表裏一体の存在なんですよね。言い方を変えればころぶがバッドエンドを迎えるとするのなら、ハコはハッピーエンドを迎えるよう設計されたキャラです。
 ころぶはそもそもが元気だったのに事故で逝去し、サクラとして二ヶ月間ずっところぶであった時の記憶を全て保持した上で耶澄をサポートします。
 一方の八子は、耶澄にサポートをされた記憶が最終的に残らないものの、不治の病だったのが桜の枝の奇跡で快方に向かっています。
 また、本編中実体がほぼ登場しない、幼馴染で共に幼少期から(出会った際は)常に気に掛ける存在であることは二人の共通点です。

 その上で、サクラには、中身がころぶであると理解した上で、今更好きだと言えないからこそ、「好きじゃなかった」と強がりを言います。
 耶澄は、ころぶに恋愛感情は抱いてなかったと思われますが、それで尚「特別好きでも嫌いでもなかったけどずっと一緒に居たかった」というのは、あくまで「好きでも嫌いでもない」というのは建前で、それでいて本心です。
 そして、ハコルートに至り、全てを思い出した耶澄は尚のこと「一都ハコであった記憶がない」八子の手を取って、好きだと伝えるわけです。

 後述しますが、本作は「三ヶ月耶澄と夜久ころぶのための物語」で、ハコ以外の個別はあくまでED曲「Ring」にある「手と手繋ぎ輪になってゆく幸せが広がりますよう」な帰結ですが、ハコルートのみ「三ヶ月耶澄と一辻八子の物語」に帰着しています。
 特に記述はないですが、ころぶはハコに関しては他の三人とやはり同列には扱ってないとは思うんですよね。小箱を病院ではなく三ヶ月家に送るようにしたのはサクラですが、一つ間違えれば八子が死にますし、実際なゆルートと詩舞ルートでは帰らぬ人となっているようですし。
 ともあれ、これが、八子が身近にいて常に世話をするような立ち位置で、ころぶが遠いところに住んでおり長期休みの度に会いに行く程度の距離感であるとしたら、簡単にハコところぶの関係性は入れ替わっていたでしょう。なので、ころぶの最大の不幸は耶澄に近すぎたことであり、八子の最大の幸福は耶澄とあの距離感でいられたことです。

 そんなこんなで、ころぶが生存してるifがあったとしても、耶澄と結ばれるべきは八子なんじゃないかなぁと思うのも事実でして。その場合は桜の枝の奇跡がないので八子が逝去することにはなったでしょうし、八子ところぶの位置が真逆になるしかないのですが。
 まぁ、単にハコの設定が自分好みというのは否定しませんけどね! ただ耶澄が忘れさせられる前の八子は幼馴染三人衆と同等の、ともすればころぶ含めてそれ以上の存在だったように思うので。
 ちなみに、ハコは耶澄を尻に敷く形で浮気を許しませんでしたが、ころぶが彼女になった暁には耶澄を振り回して他の女子に目を向けさせる暇を与えない形で尻に敷いたことになったのかなと。

 そういや、ハコが出てくる守里エピローグに関しては解説がないので推測にしかならないのですが、守里ルートは藤咲家から勘当されてますので、故に自由に行動出来るようになったためにハコを救うために充てる時間が出来たのかなとかなんとか。



・「楽曲名」で伏せきれてないころぶの想い
 他の方も言及されてますが、本作の楽曲は使い方などに於いて中々独特です。
 ですが、個人的にはそれ以上に楽曲のタイトルがかなりの際物であるように思います。

 何はともあれ特筆したいのが「Miss You」という楽曲。タイトルからしてうら悲しいものですし、曲調もそれとなく寂寥感を覚えさせるものです。
 ですがこの曲、シリアスな場面などでは一切流れないどころか、実はそもそも各エロシーン時の曲なんですよね。

 では、「結ばれる場面の曲」なのに、どうしてそんなタイトルなのでしょう。簡単な話です。「ころぶが耶澄に対し真に失恋したということをころぶが受け入れる曲」であることに他なりません。
 そして、OP曲タイトルが「SAKURA ROUTE」=サクラ(ころぶ)ルートであることからも、堂々と「この作品は耶澄ところぶのための物語である」と宣言しています。
 極めつけはED曲「Ring」の歌詞であることに疑いようはないのですが、「SAKURA ROUTE」の歌詞と併せて読むと中々に破壊力が高いです。

 しかしとにかく「Miss You」という楽曲一曲こそが、ころぶから耶澄への心情なりなんなり全てを表しているというのがとにかく破壊力がでかい。あの世で耶澄を見守るころぶが、去り行く耶澄の背中に好きだったよと呼び掛けても尚執着していたことがわかるタイトルです。
 というかそもそもそんなのをエロシーン曲のタイトルに使うなよ! 馬鹿!



・実にメタな構造をする「耶澄ところぶの物語」~総括
 前作になかったものとして、ご都合主義とそうでないところの緩急が挙げられるように思います。
 正直、私は前作を、それなりだとは思いつつも、肝心のスズルートを割とご都合主義だと感じてしまったんですよね。で、本作の個別も、そういう意味では前作と同様の節はあるかもしれません。
 ですがそれらは、本作に関しては全てサクラにかげつのためなんですよね。サクラが渡した桜の枝は確かにデウス・エクス・マキナかもわかりませんが、確かにこの物語を〆るために必要なものです。

 そして、ハコルートに加え、内容面だけ見ればキャラゲーの域からは抜けきらない残る三人のルートをこなせば、待つのはサクラ視点での二ヶ月間を描いた「サクラにかげつ」です。
 正直、明かされるサクラの事情の内訳自体は本編読み解けばほぼ想像がつく通りです。前半はサクラ視点として、そうであることを明確にするだけとも言えます。

 ですが、やはりサクラ視点でないとわからないことも多いです。一番はポンコツを演じてて、ドジな子は本来振りだったのに本当によくころぶようになってしまったということはその筆頭。
 ポンコツであるという振りをし続け、耶澄の傍に居続けようとしたころぶは、その考えこそが一番のポンコツ足りえる要因でした。

 本作は「不慮の事故で亡くなったころぶに耶澄が囚われることのないようころぶが背中を押す物語」ですが、この中に「ころぶ自身が耶澄を決別を付ける」というもう一つの目的があります。
 まずは耶澄がころぶに囚われることがなくなっていくか、個別を見てころぶ共々安心する。そのままだとバッドエンド直行(=耶澄の自死)なのがわかっていたので、運命を改変し、「一つ二つ増えてく宝」を呼び寄せた上で、サクラに取ってのある種ゲームが始まります。
 攻略ヒロイン四人はサクラが集めた「耶澄の許嫁候補」であり(八子が元々耶澄の許嫁であったことは、ころぶは把握してなかったものと思われる)、二ヶ月間サクラが「耶澄を主人公とした、『ぼくのかんがえたさいきょうのれんあいシュミレーション』」を行うもので、そういう意味ではここまでプレイヤー=サクラというメタ的な話です。
 そして、『ぼくのかんがえたry』を完走し、サクラにかげつでサクラに視点が向けられるんですよね。お前はどうなのかと。サクラがプレーするゲームの主人公に設定していた耶澄に、お前はどう思っていたのかと尋ねられます。

 ここで、プレイヤー=サクラであるなら、すぐにでも耶澄の傍にいたいと答えられたでしょう。しかしプレイヤーは各個別ルートを見てきて、その女子と添い遂げるルートを見てきていて、そして尚耶澄が自分の気持ちに素直になっているのを知っています。なので、耶澄の気持ちに立てば、プレイヤーがサクラに対して首を縦に振るということはまずありません。
 ここに来てプレイヤーとサクラとの間の決定的な断絶が発生します。勿論、サクラは耶澄が自身を思い遺さないよう仕向けるために行動していたわけですが、そこにころぶ自身の元々の想いは考慮されていませんでした。
 だけど、その想いを耶澄が理解して尚、ころぶにその想いを発露させることを許さない。そして耶澄は名残惜しそうに一度だけ振り返り、選んだ「彼女」と進む道を歩み始めます。
 ここに本作の寂寥感たる所以全てが押し込まれています。ころぶが死んだということを認めたくない耶澄と、その耶澄に気持ちを伝えることを禁じられたころぶと、そして伝えるべき事・伝えたい事を二人が飲み込んで尚もそれを理解した上で描かれる別れと。

 結局本作は、耶澄ところぶの、ある種の純愛なんですよね。耶澄→ころぶはそうでなくとも、少なくともころぶ→耶澄はそうでした。
 その上で、本作は八子⇔耶澄の純愛話でもあります。耶澄→八子にもなるにはハコルートに入らないと再開しないですが、それ以上に八子が常に耶澄のことを想い続けていたのは、耶澄の記憶を改変して耶澄が悲しまないようにとしてまで耶澄を守りたかったものであり、ころぶのそれよりも限りなく重いんですよね。
 そういう意味で、本作はころぶと八子による耶澄への幼馴染純愛モノ、と解釈します。本作の攻略対象は耶澄で、本作の主人公はころぶであり、サクラであり、コインの表にくる八子は裏主人公。本作はそういう関係性です。

 生き永らえることが出来ない二人による、耶澄に送るラブレター。八子は選ばれれば寄り添って生き永らえますが、ころぶは選ばれることはなく、そして本作はそのころぶの想いを主題にしました。
 だからこそ、サクラにかげつが際立つ。というより本作の構成自体がサクラにかげつでの耶澄ところぶの別れのために全てを演出しているようなものですが、同時に「耶澄と八子が改めて結ばれるための物語」でもあるんですよね。

 なので、せめて、あの後ころぶが天使として誰かの役に立ち、耶澄は耶澄が選んだ相手、具体的には一辻八子と添い遂げられるようであればそれでいいと、そう思うのです。