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Planadorさんの亡国のクルティザンヌの長文感想

ユーザー
Planador
ゲーム
亡国のクルティザンヌ
ブランド
Cosmillica
得点
81
参照数
376

一言コメント

全くもって史実通りのフランスの歴史に滑り込ませるある高級娼婦――クルティザンヌの濃密な物語。真に見事なのは、史実にフィクションを滑り込ませ、それが全く違和感がないこと。そして世界史の知識が一切なくとも、作中で全て解説してくれるため楽しめる作りになっているのも特筆に値します。長文前半はネタバレなし。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 19世紀フランス、第二帝政期の激動の時代に高級娼婦として社交界に名を馳せるニナ。ある日、養親に捨てられたコレットという娘を拾う――。


 この粗筋だけ見れば、ニナとコレットによる百合モノだと思うでしょう。サークル他作がほぼ全てレズ作品でありますし。
 ですが、このニナには秘密がありました。なんと娼婦に見せかけた女装の少年娼婦だったのですななんだってー(AA略
 本当の名前はニコラ。己が生きる意味は、全て復讐のために。


 というわけで中世フランスでの愛憎劇の体で進む本作ですが、特筆すべきことは「主人公二人にまつわる物事以外は全てフランス第二帝政期の史実通りの物語」であることに尽きます。
 この頃の人物で本作に出てこないのはせいぜいパリ改造を行ったオスマンぐらいでしょうかね。この辺りはもっと造詣が深い人が解説してくれるはず。

 そして本作は19世紀フランスの雰囲気を出すためのしかけがすごい。サークル過去作である「Dahlia」でもやっていたことを踏襲し、素直に進化させています。
 BGMはドビュッシーやラヴェルなどフランスの作曲家であることは勿論、今作では史実を説明するためのモノローグとしてフランス語での語りが入っています。
 背景絵も、一部はDahliaで使用した背景の使いまわしはありますが、アイキャッチなどで当時の写真を使用するなど、極力その時代がわかるような資料を所々に持ってきています。

 こう書いて思ったのは、雰囲気を出すというよりも、雰囲気と併せ当時の様子をとにかくわかりやすく教えてくれる、ニコラとコレットという架空の人物を用いた第二帝政期の世界史の教科書なんですよね。
 立ち絵が付き、且つサブキャラは全て史実通りの人物像をしているため、大まかな流れが歴史漫画みたいにするする入ってくる。
 勿論ニコラとコレットが活躍することによる物事は史実と違うことになるため、歴史の勉強としては完全には使えないですが、大まかな世界史の流れとしてみるだけでも十二分にわかりやすい教科書となっています。

 ですので、世界史の知識があればさらに理解が深まるのもそうなのですが、本作はしっかりバックボーンなどを解説してくれるため、世界史の知識が一切なくともしっかり楽しめるような作りなのがミソです。寧ろ、あまり世界史の知識がない方が、先の展開を殆ど予想できなくて楽しめるかもしれません。
 そういう意味では、プレイ後にフランスの歴史への興味関心を持ってもらえることを最終目標にしている感はあります。Dahliaも併せ、フランス歴史研究家の鹿島茂氏の著書を楽しめたなら読んでほしいという作者のツイッターコメントからもそれは明らかです。

 第二帝政期での駆け引き、その中で行われる一人の少年娼婦の策略。
 ニコラとコレットに関すること以外は全て史実通りの話ですので、世界史の知識が必要だとかと思って躊躇せず、まずは手に取ってみてほしいお話です。



それらを踏まえて以下少しですがネタバレ。Dahliaのネタバレもあります。





「祈りはいらない、願いがあれば」

 作者曰く過去作Dahliaからの進化形と語る本作。確かに作中の時期は両作共に19世紀末のフランスですが繋がりや関係性は全くありません。ちなみに本作の方が少しだけ時期が早い。
 Dahliaでは、途中からファンタジー色が入るところが、どうしても唐突に感じてしまったんですよね。どうしてもそれのお陰で中世フランスの「あったかもしれない史実」からは遠ざかってしまった。
 本作は、そういったファンタジー色を完全に排し、それでいてDahliaで用いられた心理描写が進化したことにより、「歴史が身を持って迫ってくる」という実感がありました。
 だからウージェニー皇后のラストでの叫びはそうなる流れだとわかっていても中々くるものがあります。

 いやーしかしニコラが死ぬとは思わなかった。ニコラとコレットのエロがあると思ってたからびっくりだよ。
 それが見たかった感は本音あるのですが、作者アイラーさんの「この二人はプラトニックだからいい」との言にもまたしっくりきたり。

 ぶっちゃけるとネタバレを含めて語りたい事って地味にあんまないのよね。少なくとも、世界史齧ってる人から見ればある程度の流れは予想つくだろうし、ネタバレが致命的というわけではないけど、ニコラとコレットの話は語らないからこそ、というのはあります。
 まぁがっつり世界史やってる人が見れば下手に語ると学の無さが露呈するだけなんだけどね! ともあれ、上ではああは語ってるものの、勿論世界史なりその辺りに精通している方にも楽しめるのは間違いないです。

 で、終わってみれば、すんごいこれ生の演劇で見たい欲が半端じゃなくなっていたんですよね。
 Novectacleの「ファタモルガーナの館」を演劇で見たいとは常々言っていますが、あちらはプレイ時間20時間超の作品で、どうしても最初から最後までぶっ通しでやるということが出来ない作品です。まぁ章ごとにある程度区切ればいいのですが、それでもぶつ切りにはなってしまいます。
 本作は「ファタモル」宜しくそう長い作品でもないから、わずかに削るだけで普通に全編やれてしまう。四~五時間の公演なら一切削らずに楽しめそうなので、どこかやりませんかね? 具体的には劇団クラシックスとか。宝塚でもいいですよ←
 原作人気があるとはいえ、ベルばらが演劇化されてあれだけの好評があるわけですし、「中世」「純愛」「愛憎劇」「インモラル」のワードだけでも十二分に売れる要素が揃ってるので、これは是非ともどこかの劇団でやってみて欲しいですね。


 以上、「第二帝政期フランスを揺るがす、あったかもしれないささやかな愛と憎しみのお話」が総評。「帝国を焼き尽くす、純愛。」のキャッチコピーが全てを物語る素晴らしい作品でした。
 世界史の知識があれば殊更楽しめますが、それを抜きにしても愛憎劇として実に秀逸。知識も何も用意してなくとも、愛憎劇を楽しむ頭の容量だけ用意してくれればいい、そんな作品です。