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OYOYOさんのWHITE ALBUMの長文感想

ユーザー
OYOYO
ゲーム
WHITE ALBUM
ブランド
Leaf
得点
90
参照数
3543

一言コメント

冬が来るとやりたくなるゲーム。『WA2CC』の発売を控えて、感想を書いておこうと思い立ち。やっぱり名作。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

大学生の主人公・藤井冬弥には、高校からつきあっている彼女・森川由綺がいた。ある時、アイドルとして活躍する由綺のCDデビューが決まる。由綺にも冬弥にも新しい生活が訪れる中、二人の恋は周囲を巻き込んで、少しずつ変化して行くのだった。

発売当時、本作は「問題作」だった。タイトでランダムな攻略フラグ管理に厄介なバグ。一番大きかったのは、彼女がいる状態でゲームがスタートするというシチュエーション。これは現在でも、珍しい部類に含まれると思う。

優柔不断な冬弥の態度。由綺に別れを切り出す際の言いようのない罪悪感。そうした要素を不快に感じ、嫌悪する声が上がる一方で、今なお名作に挙げる人も少なくない。かくいう私もその一人であるが、では、この作品の何がそれほど人を惹きつけるのだろうか。

冬弥は、家族や友人・恋人に囲まれた暖かい世界にいる。『WHITE ALBUM』は、そんなぬるま湯の世界に亀裂が入り、崩壊していく物語だ。それゆえこの作品には痛みが伴う。毀誉褒貶の激しい所以である。けれどなぜ、冬弥は楽園から追放されるのか。そして、後に残るのは何か。そこに、この物語の核心があるように思われる。

由綺ルートの終盤、由綺の部屋に入った冬弥は次のように漏らす。「ここは由綺の部屋のはずなのに、不思議と由綺の香りがしなかった。なに一つ由綺を感じさせなかった」。楽園だと思っていた場所は、実は空虚な空間だった。由綺だと思っていた彼女は、ただの偶像(アイドル)に過ぎなかった。けれど、由綺が「誰かを愛することで、初めて」そこは由綺の部屋になった。アイドルの由綺は姿を消し、「友達や恋人を超えた、一人の女性としての由綺」があらわれた。

次の場面は、もっと示唆的だ。「『英二さんのこと…好きなの…?』嫉妬からでも、由綺を責める気持ちからでもなかった。自分自身の、由綺への気持ちを確かめる為の(或いはとてもエゴイスティックな)問いかけだった。由綺は俺をじっと見ている。涙の粒は、心なしかずっと小さくなったような気がする。『判らない…』由綺は頷いた。」 この場面、冬弥の問いに由綺は判らないと答えながらも、「頷いて」(つまり英二が好きだと意思表示をして)いる。

もちろん、由綺の台詞が直接話法で書かれているのに対し、「頷いた」というのは冬弥の語り。描かれているのは冬弥の解釈だと考えるべきだ。つまり由綺は頷いたかもしれないし、首を振ったかもしれない。或いは、何の反応もしなかったのかもしれない。冬弥にとって由綺が頷いたように見えたというのが、この場面の意味であり、冬弥の不安な心が反映されているということなのだろう。

けれど、この場面はもう少し読み込むことができる。英二が好きかどうか、それは由綺には判らない。けれど、由綺は冬弥のところに戻ってきた。由綺を誰よりも理解し、不安を除こうとし、キスを奪ったのは英二だ。それでも由綺が最後に頼ったのが冬弥だったというそのことが、最も重要な事実である。由綺の、理屈では説明できない衝動が、ここには鮮やかに描き取られている。

他のキャラクターにも、程度の差はあれ同じことが言える。友人の、ライバルの、あるいは慕っていた「お姉ちゃん」の恋人を、ヒロインたちは寝取ることになる。冬弥は由綺に、(つきあうにせよ別れるにせよ)身勝手を押しつける。ユーザーに「痛み」を与えるその選択は、理性的な判断でなされるわけではない。クリスマスに美咲が呟く、「どうしてこんなことになっちゃったんだろうね」という台詞が、彼らの内心を雄弁に語ってくれる。

判っていても抑えきれない想い。冬弥が言うとおりならば、友情でも恋でもなく、それが愛なのだろう。愛が、他の何を棄ててでも相手と一緒に居たいという気持ちであるなら、その気持ちが愛か否かを確かめるには、他の全てを棄てるしかない。ヒロインたちがそれぞれに何かを棄てて冬弥を選んだところで、画面にはだめ押しのように選択肢が表示される。つまりこの作品は、ユーザーにこう問いかけてくるわけだ。「あなたは彼女を、本当に愛せますか?」と。

登場人物たちは皆臆病で、極力傷つくことから逃れようとする。その姿勢が、ある人には不快感を与えるだろう。けれど、冬弥たちは結局、傷つきながら何かを棄てて愛を選ぶ。見苦しく逃げれば逃げるほど、決断が持つ意味の大きさが際立つ。その意味では、冬弥たちを嫌う人もまた、この作品の狙いの中にいるかもしれない。本作に不快を感じる人は、ある意味キャラクターの本気を感じ取っているとも言えるからだ。

何かを棄てることでしか確かめられない。それを愛と呼ぶのか、私は知らない。けれど、そうしないと形を取らない想いがあるということは、何となく解るような気がする。本作はそういう想いを愛として描き取った、切ない物語である。

基本点90点、シナリオ+5、音楽+5、システム-7(パッチ改善+3)、CG-3(さすがに)。WinXPで動作可。今更と言う人はPS3版も。個人的にはPC版をお薦めする。

◆訂正
11/12/16 第八段落に、「由綺のファーストキスを奪ったのは英二」と書いておりましたが、minami06様のご指摘で、間違いと気づき、訂正いたしました。