不条理とセックスしよう。
菅野ひろゆき氏亡き後のアーベルの一作目。今後の試金石として満を持して送り込まれたのは、氏の遺産とも言うべき「アーベルミステリーシリーズ」の新作であった。新規性はないものの、同ブランドはこれまで探偵紳士シリーズや『十次元立方体サイファー』など独特の雰囲気と推理性を持ったミステリー(っぽい)作品を輩出してきただけに、妥当なチョイスという感じはする。
基本的にネタバレを避けつつのレビューをするが、作品の性質上ささいなことでも影響が出る可能性は高いし、若干踏み込んだ話もしている。これからプレイを予定していて、ネタバレが気になる方は引き返すことを推奨しておきたい。
記憶を失った青年、乾創志。大企業の娘にしてオナニーによって脳を活性化させ推理を行う探偵・白陽院麗花に拾われた彼は、彼女が所長をつとめる探偵事務所の助手として肉体労働に励む日々を送ることになる。
本作の特徴をひとことで言えば、タイトル通りの「不条理」。これに尽きる。
たとえば、主人公の物忘れぶりが凄い。冒頭1シーンからの引用をご覧いただきたい。
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特に今のようにジョギングしている時は、頭をからっぽにしていることが多い。
だから、突然、さっきのようなわけのわからないことを考えてしまったりする。
そんな事をとりとめもなく考えながら、朝の空気に包まれながらのジョギング。
(中略)
それに、まだこの街にやって来て日が浅い俺には、道を覚えたり、この街で生活するために必要な情報を集めることが出来る。
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ジョギングをしているときに「頭をからっぽ」にしていると言いながらあれこれ考えてモノローグを展開する時点で首を傾げたくなるのだが、それに加えて「わからないことを考えて」しまうだとか「必要な情報を集める」といった具合で、全然頭を空っぽにしていない。数クリック前の自分の発言をすっかり忘れているかのようである。
また、創志には同じことを何度も繰り返し語る癖がある。
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ふう・・・・やっぱり、病み上がりだときついな。まだ本調子じゃないんだな・・・・。
今の俺の状態は、病み上がりで完全ではない。
どれだけ回復しているかを実感するために、きつめのペースで走ってみたが軽く息が切れている。
もっと負荷がかかっても大丈夫だと思うんだけど・・・・。
どうやら、まだ完全に回復とは、いかないようだ。
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5クリックの間にことばを替えながら、「病み上がりである」という情報を4回も繰り返してくれるのだ。しつこいなんてものではない。この時点で私は、創志が記憶喪失ではなく実は単に忘れっぽいか、若年性健忘症なのではないかと少々心配になった。
とにかく最初から最後までこんな具合で、テキストの細かい矛盾や違和感は枚挙に暇がない。そもそも、行間をかなり補って読まなければ話の繋がりがわかりづらく、脳細胞をフル回転させる必要がある。さすが探偵もの。開始30分であれこれ考えすぎてヘトヘトになってしまった。ちっとも嬉しくないが。
また、登場人物たちの言動にも不条理さが溢れている。見ず知らずの怪しい人間にいきなり個人的な悩みを打ち明けようとするJKや、入院していたらいきなり(性的な意味で)襲ってくる肉食系ナース……。さすが不条理世界の住人。なかなか理解し難い思考回路をしている。作中登場するBクラスディテクティブ・蟹江と創志の会話など、こんな具合である。
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蟹江「はぁ・・・・素人には分からないだろうが、クラスBの地位にあるってことは、責任が伴うものなのさ」
創志「責任?」
蟹江「クラスBディテクティブは、どんな難事件でも必ず解決するものなんだ」
創志「・・・・え?」
確かに、クラスが高いディテクティブなら事件解決の期待が大きいのは分かる。
しかし・・・・。
創志「さすがに、どんな難事件でも解決出来るってわけじゃないだろ? そんなことが可能なら、数多く残っている未解決事件なんてものは存在しないはずだ」
蟹江「だから、素人には分からないんだ。それでも私は、どんな事件でも解決する事を期待されているんだ・・・・」
・・・・・・・・。
そんな悩みがあったということなのか・・・・。
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この会話は直後、あまり意味のないものとして破棄されるのだが、それにしても「どんな難事件でも必ず解決するものだ」と壊れたレコードのように繰り返すだけの蟹江のどこに深刻さを感じれば良いのか。それを「そんな悩みが」と納得してしまうのだから、創志の共感能力は大したものである。
不条理な行動といえば、芽衣をストーカーが脅すシーン。
CGで、芽衣をナイフで脅しながら足コキをさせるシーンがあるのだが……。CGのシーンを横から見ると下AAのように男と芽衣は身体を逆向きにして座っているはずで(ここまで身体が伸びてはいないと思うが)、男の側がフルに身体を起き上がらせても芽衣を刺すことは難しい。だからナイフで脅すのは相当無理があるというか、ぶっちゃけ彼女が股間を思い切り踏んで逃げたら終わりのような気がするのだが……。まあきっと、恐怖でそんなところまで頭が回らなかったのだろうと納得しておく。
○ ○(芽衣)
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システムをはじめとした作品設計にも見どころが多い。
まずコンフィグは、画面モード、エフェクトのON/OFF、メッセージの既読判定、メッセージ速度、オートモード速度、BGM・SE・ボイスの各音量とフォントという9項目しか存在しない。フルプライス作品とは思えない簡素さだ。同日発売の『ハルキス』や『夏の色のノスタルジア』だと画面表示関連のコンフィグだけで9項目以上の設定がある。数が多ければ良いというものではないにせよ、物足りなさは禁じ得ない。せめてキャラの個別音声の調整くらいはさせてほしい。
次に立ち絵。これが恐ろしいほど動かない。表情差分しかないとかそういう話ではなく、表情すら動かないのである。ほんとうにごく稀に、ごくごく一部のキャラがアクションを起こすが、それ以外は同じポーズ・同じ表情のキャラが使いまわされている。たまに服装が変わるのがせめてもの救いだろう。
主人公のバトルシーンも、今どきどうやったらこれほど迫力をなくすことができるのかという躍動感のなさ。ここまでくるともはやギャグである。
きわめつけはCGモード。差分もすべて1枚として登録されるため、9枚X38ページ-2で335枚ものCGを閲覧できる。それは良いのだが、ショートカットも最初のページから最後のページに戻るループ機能もない。ED近くのCGを見ようと思ったら、カチカチ37回もページ送りをしないといけないのである。忍耐力を試されているのだろうか。
この不条理に輪をかけてプレイを苦しくするのが、ミステリーとしての魅力がさっぱりないというところ。
たとえば作中、アナフィラキシーショックに偽装して殺人が行われるシーンがあるのだが、そのときに犯人がトリックにつかったのは一匹のミツバチである。
大事なことなのでもう一度言う。ミツバチである。一匹の。よりによって。
たしかにミツバチでもアナフィラキシーショックは起こるが、一度に大量に刺されたならまだしも、一匹の被害で人が死ぬかというとかなり怪しい。せめてスズメバチくらい用意してほしい。しかもそのときの主人公たちの推理は、「ミツバチは刺したら腹がちぎれて死ぬから、被害者はミツバチに刺されて死んだわけではない!」みたいな感じである。ハッキリ言おう。ンなもん、言われんでも分かる。このトリックを見破ることのどこに、爽快感や達成感を見い出せば良いのか……。
他の事件についても五十歩百歩で、証拠物件の万年筆が「役職もちの国家公務員の給料数カ月分相当」(どんだけ高いねん)だったり、現実性は小学生レベルの適当さ。麗花嬢がオナニーをして天才的ヒラメキによって事実の間に隠れている見えない真実を暴き出す必要性をまるで感じないし、最後はだいたい主人公による肉弾戦で解決。ということはユーザーが謎を解こうという気にも正直あまりならないわけで、物語の推進力がさっぱり感じられない。はたから見れば当たり前の結論を前に、勝手に謎を作り出してウンウン唸っている登場人物たちを冷めた目で眺めるばかりである。
事件そのものの魅力のなさも問題で、まあ人が死んだり傷ついたりはするのだが、ほとんど危機感がない。一部例外はあるものの、基本的にあっさり死ぬ相手は主人公たちと縁もゆかりもない相手だから死んだと言われても「あ、そう」以上の感想を持てないし、身近な関係者はピンチになっても速攻助かるので緊張感が持続しない。ユーザーが事件解決を目指すモチベーションを高める要素が致命的に乏しいのだ。
それでも我慢して物語をすすめると、いよいよ本作最大の「不条理」が待ち構えている。
EDである。
EDは2種類しかなく(キャラ個別などはなし)、通常のEDかBADEND。ただし通常のEDは、真相が分かってラスボスらしき人物とと対峙したところで唐突に暗転。「THE END」の文字が浮かび上がる。スタッフロールもなし。男坂を登るかの如き展開である。
続きは予約特典のアフターストーリードラマCD「探偵令嬢の憂鬱」に収められているのかとも思いきや、ちょっと調べてみたところどうやらそういうわけでもないらしい。私は予約しなかったので残念ながら真偽のほどを確かめられていないが、いずれにしてもこの終わり方はアーベルの伝統芸が炸裂した感じで、しみじみと趣深いものがあった。
ことほど左様に本作は、作品全体で不条理を表現した、タイトルに忠実な意欲作。金と時間を奪われた不条理など些細なことと割りきって、作品中に怒涛のごとく押し寄せる不条理を前にオナニーしながら脳細胞を活性化させ、自分の把握した全ての情報を緻密に分析してみよう。そうすればあなたも、探偵令嬢の気分が味わえるかもしれない。