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OYOYOさんのハルキスの長文感想

ユーザー
OYOYO
ゲーム
ハルキス
ブランド
戯画
得点
74
参照数
9057

一言コメント

男前なヒロインたちが主人公を巡って争う話……かな? たぶん。

長文感想

全ルートを終えて、これはヒロインが主人公を攻略するゲームだったのかなと、そんなことを考えている。

本作は大略、主人公・修司の内面の問題を各ヒロインがそれぞれのやり方で解決する物語だ。ヒロインによって主人公の心が救われるというのが基本線であり、ヒロインの側の問題はほとんどクローズアップされない。主人公が頑張ってヒロインの問題を解決する、または相互に支えあって困難を乗り越える、という恋愛ADVのスタンダードから見ると少し変化球気味で、「ヒロインが主人公を攻略する」と言ったのはそういう意味。

ヒロインは、ひょんなことから「偽の恋人関係」を演じることになった学園のアイドル・伊月、従妹で同級生の葵、幼なじみで元カノの天音、義妹のこのみという4人。どのCVも雰囲気にあっているし演技力もバッチリだが、どちらかというとほわほわしたキャラの印象が強かったあじ秋刀魚さんに「こういうキャラも似合うなぁ」という驚きがあった。そして、伊月役の有栖川みや美さんが私の女神。凄い良かったデス。

前作『キスアト』は見えない未来に向かって不安を抱えながら進んでいく話だったが、本作は逆。主人公の過去を掘り起こし、乗り越えていく物語となっている。前作『キスアト』が有紗を除いて全員と初対面だったのに対して、本作は伊月を除いて全員顔なじみというかたちになったのはそのせいだろう。

『キスアト』と並ぶくらいのできと言ってもいいが、若干の不満もある。大きなところでは主にグラフィック面と演出面。原画家のお二人が悪いという話ではなくて、正直このタッグは最強クラスに良かったのだけど、一枚絵や立ち絵が若干不自然になったり崩れることがあったことや、BGMがあっていないところが多いこと、あと「俺の方なんて気にせず花火を見ていた」というテキストなのにヒロインがモロにこっちを見ている絵になっていたりというのがちょっと残念。特に後者は、やはり一枚絵が文章から想起される状況をイメージする助けとなりヒロインの心理やその場の雰囲気を味わうのに重要な要素となるだけに致命的な失敗だと思う。

テキストについても一悶着あるようで、一部が2012年にWEBで公開されていたショートストーリーの内容とテキストレベルで酷似していることが指摘されている。これについては元作者もツイッター上でそれについて冷静に言及するなどしているので今後の展開待ちだが、それは森崎氏の管理、あるいは倫理の問題であり(森崎氏が書いたとは限らないが、クリエイターとしてクレジットされているのが氏である以上、責任は氏に帰すると見なすべきであろう)作品の内容そのものには大きく関わらないと判断し、そういう事実があることを念頭に置くだけに留めここでの深入りは避ける。ただ、会話のテンポや掛け合のキレは非常に良くて質も高かっただけに、こういう問題が出てくるのはきわめて残念なことなのは間違いない。

話を戻そう。各ヒロインのルートに入るごとに少しずつ修司の過去が明らかになるようになっており、しかも伏線とは少し違うが、それぞれのルートが微妙に繋がりを持っている。複雑だが「読ませる」力をもったうまい構成だと思う。全体像を明らかにするには全ルートをクリアする必要があるし、ヒロインの攻略順によっては意味がわかりにくい箇所や印象が変わる箇所が出てくるかもしれない。実際各キャラ2周したところ、そんなところがパラパラあった。

攻略順を提案すると、あくまで個人的にだが、最初は天音。このみ→葵の順番は動かさないほうが楽しめる気がする。物語的には天音と伊月がやや関係が深いので、天音→伊月→このみ→葵あたりをお薦めしてみたい。

アウトラインを簡潔にまとめれば、天音は過去をやりなおし、主人公の後悔を拭い去る。葵は現状を維持して主人公の「いま」を全肯定する。このみは家族になって主人公のトラウマを克服させ、それぞれ彼の心を救おうとする。ただ他の3ヒロインと違って修司と過去の接点を持たない伊月だけは少し毛色が異なり、過去をリセット(忘却ではない)することで自分が新しい修司の居場所になろうとする話になっていると思った。

積み重ねられた過去を知らないというのがユーザーと近い立場で目線が揃いやすいということもあるのかもしれないが、伊月ルートは「偽の恋人」からほんとうの恋人へと関係が育まれ熟成されていく間の戸惑いや照れ、嫉妬といった心の機微が丁寧に描かれていて楽しめたし、また随所に見られる、修司いわく「男前」な伊月の態度は非常に好感がもてた。シナリオ的にもキャラクター的にも、お気に入りと言われたら迷わず伊月を選びたい。

なおフォーカスされるのは主人公の内面なので、外的なトラブルは「偽の恋人になる」という冒頭の事件以降ほとんど発生せず、たまに出てくる生活上の問題も、最終的には内面的な解決としてもたらされる。そういう意味でイベント的な意味での変化は乏しい。ただ、物語の起伏が少ないかというとそうではない。上述の通りヒロインや主人公の心理をしっかり描かれていて、ユーザーに感情の変化を起こさせる内容になっている。

内容についても書いておこう。修司はヘタレ系とでも言うのか、不器用で優柔不断。腕っ節以外の能力は容姿も成績もすべて低め。良いところといえば真面目なことと思いやりがあることくらいだが、それも空回りして周囲をやきもきさせるダメダメ人間である。

そんな「持たざるもの」の修司に、高い能力とすばらしい容姿をもち、器用で賢く、あちこちから言い寄られている恋愛ブルジョワのヒロインたちが惹かれる。これは別にエロゲーにありがちな童貞幻想ではなく、現実でもよく聞く話である。しかし、どうしてそんなことになるのか。葵いわく「酷く不器用でどうしようもない所は、どうにかしてあげないと、って思う」そうだが、つまりはよくある「ダメ男フェチ」なのか。それともボランティア精神のたまものなのか。

プレイ後の私なりの結論は、彼女たちが修司に構う理由は皆同じで、彼から必要とされたいから、である。


葵「どうしてあんなのが気になっちゃってるのか、聞いてもいい?」
伊月「色々あるけど、一番の理由はなんだかんだでほっとけないから」


「ほっとけない」とか「そのまま消えてしまいそう」とか、それに類することをヒロインたちはことあるごとに繰り返す。いっぽう修司は「たいていのことは一人でこなすことができる」人間だ。おそらく生きていくだけなら一人でも何とかなる。だからヒロインたちが危ぶんでいるのは修司の生き死にではなくて、修司と社会とのつながりとか、そういう方面のことだろう。ヒロインたちから見た修司の抱える問題というのは、彼が自分の孤独な世界で完結してしまえるということなのだ。

何故そんなことを気にするのか。修司の常識的な意味での幸せのためだというのはほんとうだろう。ただ、それだけなら友情の延長と言えなくもない。実際修司と結ばれなくても、彼女らは修司の幸せのために協力を惜しまないのだから。けれど、そこから一歩踏み込んで個別ルートに入ったときに見えてくるのは、自分だけが修司に必要とされたい、というヒロインたちの欲望である。


その彼を、支えたい、助けたい。そう思っていたのは確かだ。
けれども、だ。
――それは、私で無くてもいいのではないか。


伊月は修司への想いを自覚し始めた当初、そんな風に独白する。自分が、自分だけが彼の「特別」でありたいと願う。

言い方を変えるならば、修司は「誰かに必要とされたい」という想いをこれ以上ないほどしっかりと満たしてくれる存在なのだ。ただの「ダメ男」は基本的に一人では生きていけないので、誰かに頼らざるをえない。逆に言えばその「誰か」は近くにいる相手なら誰でもいいのである。そのダメ男は、決して自分だけを見てはくれない。

しかし、修司は根本の部分で誰も必要としない人間として描かれている。もしそんな人間から必要とされたなら――。私は女性ではないのでヒロインの視点に立つことはできないが、恋愛一般論として、それがとても甘い誘惑なのは理解できる。一人で完結した世界を抱え、それを完結させたままでいられる力もある。そんな修司の世界に入り込むことができたら、修司は自分なしでは生きていけなくなるだろう。そこまで自分を必要としてくれる可能性をもった男は、たぶん修司しかいないのだ。

もっとも、その恋心のでどころがややはっきりしないというのが、若干の不満点というかすっきりしないところでもある。エロゲー的恋愛に限らず、物語というのは何かしらドラマチックなきっかけや強い理由があって恋に落ちるものだと思うのだが、本作ではことごとくそれが状況依存的で、このみにいたっては「えぇ……?」と思わなくもない内容である。正直ひきつった笑いを禁じ得なかった。

ただ、彼女たちが修司に惚れるのはわからないでもない気がする。これは多分に想像が含まれるが、彼女たちもまた修司と同じような人間なのだ。だから、きっかけは何でも良かった。ただ相手に向かって一歩踏み出す理由だけが必要だったのである。

ヒロインたちと修司が同じ穴のムジナだというところには少し説明が必要だろうか。もちろんスペックは修司を圧倒しているが、彼女たちはやはり、基本的に周りに理解されていない。ごく少数の気を許せる家族や友人しかおらず、しかもそこに埋没することもできていない。天音の浮世離れした性格やこのみの方向音痴、葵の偽装といった特徴は、ある意味でそうした状況の象徴でもある。

簡単に言ってしまえば彼女たちもまた孤独なのではないか。そして、彼女たちの孤独を突き詰めた先にいるというか成れの果てが修司なのだ。だからこそ、彼女たちには修司の気持ちがおぼろげに理解できるし、手を差し伸べることもできる。それがわからない人間には、修司はただの自堕落・ダメ人間としか映らないであろう。

これはおそらくユーザーの側にも言えることで、一人が寂しいのではなく周囲に誰もいないことをそもそも寂しいと思えなかったり、内心どうでもいいと思っている社会常識のようなものを破る気にもなれず外面だけそこにあわせて生きているうちにすっかり「うわべ」だけが定着してしまったような、そういう種類の孤独を抱えている人のほうが、より内容に共感できるのではないかと思う。

一人で完結した世界で孤独に生きている男を、同じ孤独を抱えるヒロインが引っ張り上げる。そう書くと、同病相哀れむというか共依存のようなイメージがあるかもしれないが、社会性とかコミュニケーションを軸とすることで健全なおつきあい感を出すことに成功している。これが「2人だけの世界で良い」という方向に走っていたら、途端にただれた雰囲気になっていただろう。それはそれで、アリな恋愛描写だと思うのだが。

誰かにとことんまで必要とされたい。そう思ってくれる相手に全力で関わっていく。それはとてもエゴイスティックだけど、きっと恋と呼ぶことが許される感情ではないだろうか。

本作は、そういう「恋」をはじめからおわりまで、丁寧に描いた良作である。