悩んで迷って、答えを出すのも青春だ。
舞台は、地方の美術学園。主人公の浅間真は、彫刻や工芸などの「立体」を専攻する2年生。学年末制作を前に、学園に申請した結果、制作に必要な(念願の)「貸し出しスペース」を手に入れた。期待に胸を膨らませながら部屋に入ると、そこには学内でも知らない人はいない、「天才」画家の星見月夜が絵を描いていて――。放課後の作業スペースで繰り広げられる交流の中で、何かがかわり始めようとしていた。
ゲーム内容は、約2年間(キャラによっては1年)の学園生活を通して女の子たちとの恋愛を楽しむ標準的なもの。選択肢も、目当てのキャラの名前を選び続けるだけで(ゲーム性のなさをどう扱うかはさておき)難しさは無い。付き合うまでだけでなく、付き合いだしてからの描写にも7:3くらいで分量を割いており、それなりにイチャラブを味わえる。テキストは日本語がしっかりしていて読みやすく、ウィットに富んでいてテンポも良い。CG・音楽・システムも一定以上のクオリティを保っており、最後まで安心してプレイできる。背景も豊富だし私服のデザインにバリエーションがあったり髪型が変わったりするなど、雰囲気作りにも余念がない。全体が丁寧に作られた良作だった。
本作を貫く特徴は、2つの「わからなさ」だと思う。
まず「わからなさ」は恋愛描写としてあらわれる。自分の気持ちは恋なのか、単なる好意なのか。いつから、どうして相手を好きになったのか。相手は自分をどう思っているのか。どうすれば意中の相手に振り向いて貰えるのか……。甘酸っぱさや切なさを描いたエロゲーは多いが、このあたりの過程部分に力を入れた作品というのは案外新鮮で面白みがあるし、その描き方も丁寧で好感が持てる。
その辺りに注目したときに、キーとなるヒロインは何と言っても有紗(CV:あじ秋刀魚)。フィンランド人とのクオーターでスタイル抜群とリア充待ったなしの素質を持ちながら、休みの日は部屋に引きこもって度数の高いアルコールをかっくらい時代劇やアニメのDVDを見ている残念系美少女の彼女は、真のはとこにあたる後輩で、私生活ではもっとも近い位置にいる。物語冒頭からかなりわかりやすく真を慕って秋波を送り続けているのだが、肝心の真はそれに気づく様子がない。
ただこれは、真が単なる鈍感系主人公だからではない(私は、最初そんな風に考えてしまった)。有紗自身や各ヒロインのルートを進めればわかるのだが、有紗は真への好意を自覚していないところがあるし、真のほうも有紗の想いに気づいているけれど敢えて見ないようにしているところがある。それは、お互いに自分や相手の気持ちに確信が持てないからだったり、はとこという関係のせいだったりするのだけれど、恋愛に関するこの微妙な距離感の揺れ動きが、本作の見どころだ。
真は、鈍感なわけではなく「相手の気持ち」にも「自分の気持ち」にも確信が持てないから敢えて慎重に振舞っている。有紗も同様で、自分の真への気持ちが恋愛なのか友人(あるいは肉親)としての好意なのか、また真が自分を「女」として見ているのかいないのか、そのあたりの探りあいをしているわけだ。だから、有紗が簡単に好意を悟らせないというのは、有紗がうまくやっているからだとも言える。じっくり読んでいると、セリフや態度の端々にその辺の駆け引きが顔をのぞかせて、なかなかニヤニヤできる。
このまま行けば、普通に有紗とひっついて終わるんじゃないか。そんな2人の関係の中に、天才芸術家にしてぽんこつ少女の月夜(CV:遠野そよぎ)、真と同じ目線でものを考える(しかも超巨乳の)梓(CV:ヒマリ)、ロリぺったんでチェシャ猫のような性格をしたまどか(CV:水霧けいと)という、3人の女の子たちが入り込んで来る。
まさにモテモテハーレム状態になるのだが、ぱっと見(CGは無いけど)冴えない真くんのどこにそんな魅力があるのか。その疑問には、まどか先輩のこの発言が、最も分かりやすい答えになるだろう。「彼が他の人に向けてる分、ボクだけを見て優しくしてくれたらきっと好きになれると思うんだよねえ」。優しく、誠実で、話がわかって、しかも料理がうまい。そんな相手に自分だけを見てもらえたら……。真が女の子なら、多くの人が「独り占め」したいと思わせるキャラクターではないだろうか。おそらくはそんなノリで、ヒロインたちにとっても真は、攻略したい男の子の位置を占めている。
しかし同時に、そんな打算的な感情を「恋」と呼んで良いのか、という異論が出るのもわかる。だからヒロインたちも自分の気持ちに自信が持てず悩む、というわけだ。そして彼女たちが恋心を確信する場面は、計算や打算と離れたところで描かれる。
あるヒロインのルートで恋人になった経緯を主人公から聞いた有紗が「おかしいデショウ!」とキレ気味に叫んだ通り、本人たちにとって違和感なく繋がっている心の変化も、よくよく考えてみるとちょっとおかしい。むしろきっかけというのは恋人になった後で振り返った時、後付の理由として語られるだけのものにすぎないのではないか、と思わせる。そんな、理屈で考えられていた恋が少しずつ離陸していく様子が本作の見所とも言える。
「恋は盲目」とはよく言ったもので、理(ことわり)によって「わりきれる」ようなものなら、恋とは呼ばない。悩んで迷って、理性では抑えの効かない感情の動きとしてあらわれるものだからこそ、恋には痛みもあるし悦びもあるのだろう。そんな、恋愛のオイシイところを巧みに拾い上げる構成になっている。
もう1つの「わからなさ」は、芸術の面から語られる。真は学内ではそこそこの力がある生徒だが、芸術のプロとして食べていけるかと言われると難しい。いっぽう、同じコミュニティ内にいる月夜やまどかは、方向性こそ違うものの「天才」と呼ばれるにふさわしい能力を持っている。本作ではこうした才能の格差がことあるごとにピックアップされるのだ。
真は言う。「星見さんの目には、色んな物がどう見えてるのかな、って思う時があってね。きっと説明も出来ないし、それを共有も出来ないと思う。例え同じ物を、同じ時に同じように一緒に見たとしても――俺と、君は。やっぱり、違う受け取り方をすると思うんだ」。「天才」と「凡人」。両者の間には高い壁がある。ひじりが投げかけてくる罵倒がグサグサ胸に刺さったのは、私だけではないハズだ。
芸術にかぎらず、才能というのは残酷だ。望んだからといってもたらされるものではないし、望まぬ才能を与えられることもある。また、どれだけ好きなことでも、才能ゆえに諦めねばならないこともある。悲しいかな、大多数の人間は「凡人」だし、私自身も才能のなさゆえの苦しみはいやというほど味わってきた。一方才能のある人の中でも、勝ち組になれるのはほんの一握りにすぎない。絶賛放送中のオリンピックを見ていれば、そのことが痛感できるのではないだろうか。
では、自分には大きな才能が無いと気づいた時、私たちはどうするのか。潔く諦めるのか、みっともなくあがき続けるのか、気づかないフリをするのか……。おそらく多くの「凡人」たちが抱える悩みがここにはある。
勝ち負けで判断するなら、世のほとんどの人は負け組だ。しかし、世の中は勝ち負けだけではない――それは一面の真実だし、才能より価値のあるものもあるのも間違いない。実際、飛び抜けた「天才」の月夜のような人間だけでは、世の中は回らない。彼女は、多くの「凡人」の支え無しでは生きていくことができない。「見えているものが違う」という真の悩みを聞いて、「わたしと、他の人が違う物を見てるのは当たり前だよ」とことわった後、違ったものが見えるのが「いい事なのか分からないよ?」と返した月夜のことばは、まさに正論だろう。
けれど、私が本作を評価したいのは、そんなものわかりのいい正論で、安易な「逃げ」に走らなかったところだ。
月夜に向かって、真は切り返す。「そうかな――。いやさ、羨ましかったんだよ」。真や梓といった本作の「凡人」たちは、自分に才能が無いことを認め、受け入れながらも、簡単には割り切れない想いを抱き続けている。そのことだけでも、真たちの人柄や芸術にかける熱意が伝わってくるし、「凡人」としては、ある意味みっともないような「未練」にこそ共感を抱くこともできる。
自分には天才とは違う価値がある。そんな風に言うのは容易い。だが本当に好きなことについては、そう言われても簡単に納得できるものではない。好きなことだからこそ、神に愛された相手が羨ましいし、自分がその道で一番になれないことが悔しくて悲しいのだ。
真は、将来芸術の道で食べて行きたいと考えて、その道で行きていけるかどうかはわからないから不安を感じている。けれど月夜は、「そうしなければ生きて行けないという程に」芸術と関わっている。自分は芸術が無くても生きて行けてしまうが、月夜は芸術無しには生きていけない。それをして「幸か不幸かは別の話だ。それが羨ましい」と独白する真や梓の気持ちを、私はなんとなくわかる気がする。自分の好きなものに、自分以上にのめり込んでいる人がいる。そしてその人は、自分以上に「好きなもの」の側から愛されている――。そこには、ある種失恋に似た辛さや怖さがあるだろう。
加えて、このことは直接恋愛にも関わってくる。人によって見えているものが違うというのは、芸術に限らず、もっと普遍的な事態だからだ。本作では、その部分もきちんと織り込んでいる。たとえば月夜ルートで登場する三宅先生の、月夜の作品に対する「評価」は、生徒の立場、教師の立場、評価される本人の立場とそれぞれによって全く違ったものになるだろう。またそもそも、三宅女史の指摘も彼女のフィルターを通されたものに過ぎない。そして恋愛とは、「違うものを見ている」2人が一緒に歩いて行くことだ。そのとき、どんな歩き方を選ぶことができるのか。どんな風に振る舞えば、大切なことを「伝える」ことができるのか。
解決するヒントは、真たちの日常のなかにある。彼らは専攻のジャンルは違うし、考え方も、ものの見方も異なっているのを理解したうえで、お互いを信頼している。だが、天才と凡人の間に、あるいは他人同士の間に、信頼関係は成り立つのか。
結局本作がこれら一連の悩みに対しどんな答えを出したかは、実際にプレイして確かめてほしい。ヒロインそれぞれのルートで微妙に異なっているが、私としては、少しヌルさを感じるもののどれもそれなりに納得のできるものだった。もう少し影というか、嫉妬や羨望をドロドロとした形で描いたほうが真に迫ったとは思うが、全体の雰囲気を考えるとちょうど良いバランスだったかもしれない。いずれにせよ、こういうテーマにきちっと向き合ったところは、十分に鑑賞にたえる深みを持った作品であると言える。
システムがやけに重かったりだとか、ほしいと思っているシーンにCGが無かったりだとか(たとえばヒロインに対して「あーん」しているシーンや、キスをねだられて初キスをするシーンのような「見せ場」と思しきところにCGが無いのは残念)、共通がかぶりすぎて高性能スキップがあってもダレるだとか、美術の学園というわりにそれっぽい描写が少なかったりだとか、京子さんとひじりが攻略対象外だったりとか(これが一番キツい)、細かい不満も数えればたくさんあるのだが、全体としてはかなり満足度が高かった。ストーリー的には有紗と梓という「凡人」コンビがお気に入り。特に有紗は見せ場が多く優遇されているというか、完全にキャラ勝ちしているところがあって、本当にかわいい。案の定、先日始まった公式人気投票では(途中経過だが)2位の梓に倍近い差をつけてトップを独走中だ。
ストレートに楽しい恋愛を描きながら、その奥には現実的なテーマが隠されている。こういう奥行きをもった作品はプレイしていて面白いし、個人的にも好み。普通に気持よく恋愛要素を楽しむこともできるし、その上でプラスアルファの魅力も備えた、おすすめの一本である。