作品世界とキャラをうまく掘り下げた、魅力いっぱいのファンディスク。
本作(「バージンロード」)は、『辻堂さんの純愛ロード』のファンディスク。なので、基本は前作をプレイした人、しかもその「ファン」になった人が買うものだという前提で話を進める。FDから攻めてみようという命知らずな猛者は、悪いことは言わないのでまず前作を探すところから始めたほうが良いし、前作が肌に合わなかった人はおとなしく撤退をお勧めする。最近は娯楽も豊富だし、たとえば月末ガチャに投資してアイドルプロデュースに精を出すとか、ドックを増設して提督業に励むとかしたほうが建設的だ。たぶん。
さてFDとして見た本作は、高レベルにまとまった良作。とにかく丁寧に作ってあるのが好印象だ。
構成は、前作のメインヒロインである辻堂愛、片瀬恋奈、腰越マキの3人の後日談に、人気投票で上位になったサブヒロイン・乾梓、武孝田よい子ら2名の追加ストーリー。更に本作のタイトルに相応しい締めくくりのストーリーが加わり、合計6本立てとなっている。
3ヒロインのアフターでは、各ヒロインとのイチャラブが楽しめる。また、新ヒロイン2人のルートは、今回からの追加キャラである水戸角助らを中心として湘南の街に吹き荒れる新しい暴風に、主人公・大とヒロインが挑んでいく。甘~いアフターに対してこちらは、抗争が中心となる不良コース。ただし、ヒロインとの恋愛がおざなりにされているわけではなく、イチャラブしつつも硬派なバトルが挟まれる。前作の個別ヒロインルートと同程度のボリュームがあって、読み応えもたっぷり。期待された要素をきちんと押さえつつ、綺麗なまとめに持って行った手際は見事の一言に尽きる。
各ヒロインの見せる新しい魅力に、「三大天」をも脅かすような新しい実力者たちの登場。この辺りは、恋もバトルも楽しみたいという本編のファンの心を、存分に満たしてくれるだろう。特にラストで開放されるグランドルートは、締めくくりに相応しいスリルと各キャラの見せ場、「辻堂さん」らしいカタルシスが用意されている。結末には賛否あるかもしれないが、FDが本編以上に重たくなるのは本末転倒だし、私はこれでよかったと思う。
また今回は、本編で目立った活躍のあまりなかった大くんが、主人公の面目躍如。オーラのあるヒロインたちに負けず劣らずな存在感を発揮している。かといって、本編とは「別人」になっているわけでもなく、前回表現しきれなかった魅力を押し出している感じ。評判の悪かったところをうまくテコ入れしたと言えよう。
さかき傘氏のテキストは相変わらずキャラが生き生きして楽しい。軽妙洒脱は言い過ぎにしても、短いひとことでキャラの性格や想いを的確に表現していて非常に巧いと感じる。掛け合いのリズムや選ばれることばの歯切れ良さがかなり私好みで、ストレス無く文章を読めた。「声優さんへの無茶ぶり」という名のファンサービスも、厭味にならないいい具合に散りばめてあって笑いを誘う。『真剣恋』絡みのネタがやや多かったように思うが、その辺は姉妹ブランドのコマーシャルということで、笑って受け止めたい。
本作をプレイしていて思ったのは、「真剣恋Sとは逆路線かな」ということ。たとえば、今回明らかになったいろいろな事実は、本編(前作)では謎だった部分、語られなかった部分とうまくリンクしていて、なるほどと思う。FDをやってからもう一度本編に戻りたくなるくらいだ。新キャラも、基本的に本編のメインキャラをより深く理解するための仕掛けになっている。私は、『真剣恋S』の感想で「世界を更に拡張させようと試みた」と書いたけれど、それに対して「辻堂さん」の場合は、キャラや世界を掘り下げているという見立てだ。
キャラや世界をより鮮明に、そしてより魅力的に。そういうコンセプトで一貫した本作は、まさに正統派の「ファンディスク」である。
とはいえ、不満が無いわけでもない。以下はあくまで個人的な希望になるが、まず掘り下げ型FDとして見た場合、「偏り」が気になる。具体的には、メインキャラだけではなく他のキャラにももっと突っ込んでほしかった。たとえば久美子や花子・宝冠といった組織幹部や、大のクラスメイト軍団のバックグラウンドが語られれば、ますます面白くなっただろう。別途ルートを作れとまでは言わないまでも、イベントに彼女らの過去を絡める程度は期待していたのだが。これだけ魅力的な、しかも好き勝手動くキャラを多数そろえておきながら、豊富な素材を遊ばせてしまった感がある。
また、折角のオールスター感謝祭なのだから、本編では実現しなかったバトルがあっても良かった。たとえば冴子vs良子とか「夢のカード」は思いつくし、そのあたりのファンサービスがあると更に盛り上がったのではないか。
最後にあずにゃんファンとして、梓ルートにもひとことだけ言っておきたい。もう少し梓が素の性格を出して欲しかった。できればFD版恋奈ルートの、文化祭後くらいの関係から始まるのが理想だろうか。梓ルートはそれなりに満足行く内容だったとはいえ、ヒロインとして輝くにはやっぱり100%の彼女を大に受け止めてもらいたい。もちろん、ああいった姿もまた彼女らしいと言われればそれまでなのだが、展開を振り返ると全ヒロインの中で彼女だけ全てを大に包んでもらえなかったような気がして、少し寂しかった。
以上物足りない点はあるものの、客観的に見ればサービス旺盛で、既存のファンを一層深く作品に惹きつける要素に溢れている。お値段以上のお買い得感はあるに違いない。
などとあれこれ御託を並べてきたが、結局私にとっては「ああ、終わってほしくないな」と思ったのがすべて。「これで終わり」という綺麗なオチを用意しつつ、もっと続きを見たくなる。そして再度前作を振り返りたくなる。そんな、会心のFDだったと言って良いだろう。
ちなみに本作には、私のように「もうちょっとだけ……」という人のためにかどうか知らないが、面白い仕掛けがほどこされている。作中にもヒントが出てくるので、「終わった」と思っても埋まっていないCGなどがあれば、いろいろ試すと新たな発見があるかもしれない。