平凡だけど、それだけに多くの人に受け入れられる「幸せ」を描いた、爽やかな読後感を与えてくれる作品。作中のショートケーキのように、甘く優しい物語をどうぞ。
菓子職人の主人公・神田純が、「人を幸せにする魔法」のかかった菓子を作って活躍するというあらすじだけ見れば、ヤマもオチも曖昧で、はっきり言って全く面白そうでない。OHPの概要で敬遠していた人も多かったのではないだろうか。だが、発売後の評価は上々。思い切って挑んでみたところ、これはアタリだと納得した。とはいえこのアタリ感、説明するとなると難しい。
なるほど見所は多い。まず、キャラが生き生きしている。それを支える可愛らしい絵柄。特徴ある薄いグリッタ系塗りのCG。ウィットが光るテキスト。実力派の声優陣による妥協の無い演技。素材が良いだけでなく、どれも「見せ方」を意識している点が好印象だ。
たとえばギャグ。常にツッコミとセットで勢いをつけつつ、元ネタなどを自然にアピール。ユーザーを置き去りにしない配慮が見える。音声も、各声優さんの魅力を抽き出せるフリを振ったり、声優さんにユーザーが求めているイメージを増幅させつつ、それを良い意味で裏切るような工夫がある。独りよがりにならないよう注意を払いながら、ユーザーを楽しませようという丁寧な姿勢が伝わってくる。
しかし他方、飛び抜けたウリが無い。「素材の魅力を活かす」と言えば聞こえは良いが、悪く捉えれば素材以上の味を出しにくいということでもある。そして残念ながら、ギャグやCVといった素材自体は、それ単体を目的に作品を買うモチベーションになるほど強い要素ではない。また、特殊な設定の割に、設定的な深みで魅せる力も無い。作品の根幹をなす「魔法」のシステムや、チョコレートが影響する理由など細部の構造は、一切明らかにならないままだ。
では、それでも面白いと思わせる本作のポイントは結局何か。読後感の良さ。これに尽きると私は思う。
本作は、最初から最後までとにかく平凡な幸せを描こうとする。「僕は自分の身の丈にあった範囲で人を幸せにしていきたい」という純の言葉が、物語を展開させる軸だ。作中、純は「客にとってのケーキ」と「職人にとってのケーキ」という対立で悩む。お客にとって美味しい「魔法」を使ったケーキは、職人にとっては「ズル」をしたように思えるし、まして店のスタッフに黙って「魔法」を使うなんて、卑怯ではないか……というわけだ。具体的にこの問題がどう解消されるかについては作品をプレイしていただきたいが、あるキャラの語る「この店には幸せな人しかいないの」という台詞が、上記の問いに潜む作品の理念だ。客もスタッフも、誰もが幸せに。単純だがそれゆえに力強い、多くの人が納得できる直球をズドンと投げ込んできて心地良い。
先ほど本作の根幹といった「魔法」も、平凡からかけ離れたファンタジーを想像させるがそうではない。本が喋ったり、ものの過去が見えたり、表現としてはファンタジーだが、実際に魔法で実現していることは、手間はかかるけれど現実で代用できるような些細なことでしかない。事実、イザベルは魔法なしで魔法に匹敵する力を出せるし、麻里の思い出を深いところまで探ったのは、過去と向き合う勇気と、地道な調査であって魔法ではない。魔法でしかできないことは、基本的に存在しない。ということは、日常生活のほんのちょっとした勇気や愛情を、魔法と呼んだって構わない、ということだ。ほんのちょっと日常を変える、些細で見つけにくい力。それが、この作品の「魔法」なのだ。実に地味な、けれど地に足のついた設定である。
また、物語が「終わり」ではなく「続き」を感じさせるのも、読後感に一役買っている。この作品では、よくある恋愛ADVのようにヒロインと恋人になって二人の関係が完成された形になることが、それほど重要な意味を持たない。むしろ、「ロワゾ・ブリュ」という彼らの店こそが中心と言っても良い。
母親と食べた思い出のケーキ。水の都の人たちの心に根付いた、優しく暖かい味。それらを甦らせようという純たちの試みは、旧き良き「過去」を「現在」と繋ぎ、道を造る作業である。そして、物語は「現在」で完成されない。作品が描くのは、過去と現在を繋ぐところまで。そしてそれは、店にとっては「始まり」にすぎない。
本作に関して結末が呆気ない等の評が散見されるが、ある意味それは当然だろう。本作は、いわばプロローグ。物語を始めるための物語だ。ロワゾ・ブリュという店が「水の都」に根付いた瞬間、それは純たちにとって「未来」へ続く道に踏み出した第一歩。その一歩目で物語を閉じることで、ユーザーはこのあとも続いていくであろう彼らの物語に思いを馳せながら終了ボタンを押すことができる。物足りなさは、「その先」を見たいという気持ちの裏返しと言えるかも知れない。
ストーリー自体はご都合主義的で、細かい心理の変遷や事態の推移は大胆にカットされている。それだけにテンポは良いのだが、良すぎて端折りすぎ、という場面もしばしば。物語の核心となる技術の「発見」や、関係の変化、過去の判明といった、普通なら大イベントになりそうな部分もサックリ終わる。さすがに物足りなさを感じる人も多いだろう。だが、深刻さを売りとしないエンタメ作品として、こういうストレスを感じさせない作りもアリだとは思う。
この作品には大上段に構えたテーマも、あっと驚く新奇さも、深みのある物語も無い。描かれているのは、どうみても平凡で、実に地味な内容。けれど結末は、さりげなくも前向きな希望に彩られている。それこそは、この物語が描こうとした等身大の「幸せ」の形ではなかったか。そうやって見ると本作には、劇的な要素に頼らずとも、言うべきことは言いきった、そんな味わい深さがある。そして、思うにそれは、純たちが目指した「ショートケーキ」に宿っていた味なのだ。
作中エレーヌは、ショートケーキを批判して言っていた。「ジェノワーズに生クリーム塗って、苺乗っけただけの菓子に、どうやってやりがいを見いだすの?」、と。たしかに、創意工夫をこらした作品がずらり並ぶ中、ありきたりなものは劣って見えるかもしれない。けれど、その後彼女自身が気づいたように、「舌が肥えている人も、そうでない人も、ショートケーキは注文していく」。
本作も同じことだろう。本命にはなれないかもしれないが、多くの人が気軽に楽しめるエンターテインメント。高級菓子に飽きた人にも、これからケーキを食べる人にも、誰にでも等しく楽しめる優しい味。この作品は、そんな味を楽しめる魅力的なデザートブッフェへの招待状である。
基本点90点、雰囲気総合+5、演出+3、テキスト+5、システム-10、ボリューム(主に共通の重複)-5、エロ-3、細部描写-5、サブキャラ放置罪-3。蓮と香恵はHシーンとまではいかなくても、せめてイベント絵でもう少し絡ませても良かっただろうか。非常にMOTTAINAI。なお、物語全体に関わる重大な秘密があるので、攻略手順として麻里は一番最初か一番最後が良いかもしれない。