混沌と倒錯と狂気を描いた、変態の変態による変態のためのエロゲー。
一部に根強いファンを持つ、伊藤ヒロ氏による低価格作品。ただし氏は、知る人ぞ知る狂気のライター。手を出すには相当覚悟してかからないととんでもない目にあうことがあるが、本作も例に漏れずそんな内容。
パケ絵で「くびわ」をつけられているのは、主人公の島優太。気弱なショタ系の彼が放課後の教室、憧れのクラスメイト・出水ひなぎくのリコーダーをぺろぺろ舐めているところを、ひなぎくの年子の妹・のぎくに見つかってしまう。その場面を撮影した彼女は、自分を「イズミ様」と呼び、優太に奴隷となるよう脅すのだった。
物語は優太が、「これが自分を振り返る最後の機会かもしれませんので」と最後の理性を振り絞り、過去を振り返る手記のような形式になっている。(ただし、時々優太からは絶対に知りえない視点のエピソードも挿入される)
見所は、よくもわるくもエロシーン。
あらいぐま氏の絵柄は可愛らしく、甘酸っぱい恋愛も予感させる雰囲気漂う序盤の段階では、数時間後に立派なマゾ豚が一匹できあがっているんじゃないかと心配したものの、すぐにそれが杞憂であることを痛感した。
なにせ、ステージが高い。高すぎる。
殴る蹴る、叩く縛るは当たり前。女装で市中引き回し、首輪を付けて全裸で散歩(日中)はご褒美。クラスの女子に輪姦される、男子にだって輪姦される等々。ドン引きしたのは生理用ナプキンを食べさせられるシーン。それに喜びを感じる優太きゅんを見て、こりゃあもうついて行けないと絶望的な気分になった。フリーザ様に睨まれたベジータさんはこんな気分だったんだろうか。真のマゾ道とは実に恐るべきものであります。
ただし、単なるエロのみかというとそうでもない。物語に巧みなギミックを盛り込んで、起伏をつけてくる。
最大の仕掛けは中盤から登場して優太と絡ませられる、イズミ様の女奴隷・「豚」。彼女は設定上「ぶひー」しか喋らないうえ、顔をマスクで覆われており、「怪しいですよ」と大声で叫びながら歩いているようなキャラ。当然誰だって、彼女の正体が気になる。優太は自分の願望も手伝って、彼女が実はひなぎくなのではないか、と淡い期待をしているのだが果たしてどうだろうか。
この辺りは、テキストボックスに表示される名前などから「疑ってください」というオーラがぷんぷん出ているので割と予想がつきやすいかもしれないが、設定された謎を読み解く楽しみもあり、単純なエロの連鎖ゲームに比べると読み応えはある。
そして作品の白眉はエンディング。
最後に「豚」と交わりながらイズミ様から「幸せか?」と訊かれた優太はある答えを返すのだが、これが秀逸で、絶妙の余韻を与えながら物語をフェードアウトさせることに成功している。登場人物たちにとって幸せとは何か。それは何によって担保されるのか。人間と「豚」の違いとは何か。思わずそういうことを考えてしまう。
混沌や倒錯の極致を描いているといえばそれまでなのだが、テーマ作品として読めば、まさしくこれは一種の信仰批判。優太の幸せと「豚」の幸せが微妙にズレているのが急所で、これによって巧みに、理解不可能な絶対者の前でただ従うだけの「人間」の幸せを、意思をかろうじて発揮する「豚」の幸せと比較して皮肉っているようにも見える。単なるぶっ飛んだ設定のように見える中に、ちらりと現実への橋頭堡を残すあたりが実に伊東氏らしいところで、過去作の傾向なども踏まえると、『R.U.R.U.R.』のテーマを先鋭化させて凌辱色に染め上げるとこんな感じになるのかな、と腑に落ちる感じもした。
ストーリーは選択肢無しの一本道で、途中で前後運動に勤しまなければ2、3時間で完走できるボリューム。そのせいもあってか展開はやや性急で、キャラの内面描写に物足りなさを感じることがあった。もっとも、優太の語り口調とHシーンの属性補正が手伝って、マゾヒスティックな幸せの極限みたいなものを幻視することはできる……のかもしれない。
抜きゲーとして見ればかなり上級者M属性向け。低価格でとんがったことをやるのは合理的だし、価格を考えれば割かし楽しめる作品なのは確かなのだが、属性が無い人は回避したほうが無難。間違っても、素養のない人がこの作品をきっかけにマゾに目覚める……ということは無いだろう。他に適合する可能性がある人といえば、ショタ萌えの人か女装男子しゅきしゅきの人……? その路線から入るにしても、相当アブノーマルな内容であることは覚悟されたい。
シーン数17、CG23枚(差分無し)。Hシーンはほぼ優太による挿入が無い。イズミ様の性器を舐めるシーンも半ばフェラのような描写になっていて、完全に優太が女性的に扱われている(ディルドーを尻に突っ込まれたり、電車で痴漢されたり)。それが徹底されているので優太がほとんど男とは思えず、女の子がひたすら虐められているように見えなくもないのが唯一、われわれ一般人にもとっつけそうなところだろうか。
この作品に潜むのは、何か恐ろしいものではあるけれど、意味不明さや不気味さではない。また、リョナ系作品にあるような直接的な暴力の痛みでもない。鋭利な刃物で気付かないうちに精神をズタズタに切り裂かれ、奥底から素手で引きずり出された裸形の願望を見せられているような狂気。コストパフォーマンスが劇的に高くないとはいえ、しっかり筋がまとまっているし、独特の読後感も相俟って、好きな人にはたまらない内容だろうとは思う。ただ私には越えづらいハードルだった。