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OYOYOさんのVermilion -Bind of Blood-の長文感想

ユーザー
OYOYO
ゲーム
Vermilion -Bind of Blood-
ブランド
light
得点
85
参照数
1756

一言コメント

メインヒロインなのに、発売後の人気投票で余裕のランキング圏外にかっ飛んでいったアンヌ嬢に捧げます。目覚めよ、幻獣顕身(フィーヴァードリーム)!

長文感想

巷では厨二だとかB級だとかメインヒロインが男だとか色々言われている本作。どれもあながち間違っていないのでご安心あれ。同年9月に出た『神咒神威神楽』の影に隠れてしまったが、こちらのほうが好き、という人も多いだろう。私もその中の1人である。

舞台は現代のアメリカ西部。人間から不老長寿の怪物「縛血者(ブラインド)」(※吸血鬼の自称)となった主人公・トシロー=カシマは、フォギィボトムの街で相棒のシェリルとしがない探偵稼業を送る毎日。だが夜になると、若き女領主・ニナの懐刀として縛血者たちのコミュニティ・「鎖輪(ディアスポラ)」の治安を守る「夜警」の任務に就いていた。物語は、彼らの鎖輪にヨーロッパの王・バイロンが単身乗り込んで来たことで動き出す。バイロンは、ヨーロッパの半分を600年もの間統治してきた最古参にして最強の縛血者。彼女の狙いは何か……。訝るニナたちの前に、今度は教会の刺客・吸血鬼狩人のアリヤがあらわれる。フォギィボトムの街に、嵐が訪れようとしていた。

某週刊少年雑誌に影響された中学二年生が、若気の至りで作ってしまった文化祭用アクションムービーのような設定が目白押し。笑いをこらえるのも一苦労……と思いきや、ゴテゴテした用語とは裏腹に、物語は相当スッキリとまとまっている。スタ○ドや斬○刀を彷彿とさせる個別能力を駆使したバトルを軸にサスペンスやらラブロマンスの要素をぶち込んで、ぎりぎり破綻させずにまとめきった上質なエンタメ作品だ。

まとめきれた原因は、さまざまな要素を繋ぐ紐帯としてのキャラが綺麗にはまったことだろう。メインは勿論サブ軍団も非常に個性豊かで骨太。特にトシローの親友・アイザック(♂)のポイントは高く、「実はこいつが真ヒロインなんじゃ……」と噂が立ったのも頷ける。

キャラを支える声優陣の演技も良い。アリヤのヤンデレ台詞が青山ゆかりのカリスマボイスで垂れ流しにされて、それだけで昇天してしまった紳士諸君も多いとか。おっぱい星人ことニナを担当した岩田由貴もかなりのハマり役。終盤の見せ場を迎える頃には、芝居がかった彼女の台詞が自然なものに聞こえるのだから大したもの。

ルートはメインヒロイン4人とトゥルーの合計5つ。トゥルーを見ないと説明不足を感じるところもあるのがネックだが、単発でも十分に力がある。ニナルートでは彼女の足を引っ張ろうとする守旧派の面々との抗争を、アリヤルートでは狩る者と狩られる者との間の奇妙な愛憎を、シェリルルートでは二人の過去との訣別を中心に、それぞれスリリングな物語が展開される。ストーリーの面白さとキャラクターの掘り下げが両輪の推進力となり、一気に世界へ引き込まれた。

しかし今回、そういう主流派のヒロインは敢えてスルー。とりあげるのは不人気ヒロイン・犬娘ことアンヌ=ポートマン嬢。ルートによっては扱いが余りに不遇、発売後の人気投票ではTOP5落ちと踏んだり蹴ったりの彼女だが、私の見る限り本作で最もストーリーに恵まれた。

普通の学生だったアンヌは、縛血者になった友人・ケイトを心配してトシローの探偵事務所を訪れ、とばっちりを食らう形で縛血者となってしまう。人間に戻るには、一定の期間内に「親」(洗礼を与えた縛血者)を倒さなくてはならない。責任を感じたトシローたちは死に物狂いでアンヌの「親」を追跡し、彼女自身もまた戦いの中に身を投じていく。

やがてトシローとアンヌは惹かれ合うが、ここで問題が発生する。人間に戻る際、トシローはアンヌから縛血者の記憶を奪わねばならないと言うのだ。平穏な日常に戻るか、それとも縛血者として闇に生きるか。アンヌは決断を迫られることになる。

交わらない世界に生きる二人が出会い惹かれ合う物語というのは「ロミオとジュリエット」の頃から切ない話と相場が決まっているが、本作もその例に漏れず、中盤からひしひしと別れの予感がユーザーに襲いかかる。

アンヌがトシローに惹かれたのに、最初深い理由は無かったかもしれない。そこそこ裕福な生活と暖かな家族に恵まれながらもその中で自分の居場所を実感できないでいた彼女は、そんな自分を「ここではないどこか」へ連れ出してくれる存在にただ憧れていたにすぎない。ところが人間からも縛血者からも距離をおいて生きるトシローの深い孤独に触れ、アンヌは本気で彼に惹かれてしまう。トシローの孤独を癒し、必要な存在になりたいと思うようになった。トシローもまた、そんなアンヌの気持ちを一瞬で理解する。なぜならその道は、かつてトシローが恋人の美影と共に歩んだ道だからだ。

だが同時にアンヌは、自分には帰るべき場所があることも意識する。彼女はまだ人間に戻ることができるし、家族も友人もいる。決してトシローのように孤独なわけではない。戦いの中、今のままでは本当の意味でトシローの理解者になれないことをアンヌは悟るのだ。二人の間には乗り越え難い溝が横たわっている。

人間と縛血者という壁がクローズアップされるが、これは何も、異なる種族同士の関係に特有の話ではない。私たち人間同士にも通用する普遍的な問題だ。私たちは誰かの本当の意味の理解者になることなどできるのか。もしできないのだとすれば、決して届かない存在を想い続けることができるのか。誰かを想い解りあいたいと願う程、かえって孤独を味わったという人は少なくないのではなかろうか。

日本では万葉の昔、恋を「孤悲」とも書き、孤独な悲しみを表現したのだという。ただしそれは、単に悲しいと言うだけではなく、眼前に相手がいない時にこそその相手を想う気持ちが最も高まるのだという意味合いを含んでいる。だとすれば恋とは、非在の相手を想い続けることによってのみ証立てられるものかもしれない。アンヌの物語はその意味で、一途な恋の物語だ。

彼女の恋の結末は、静かで穏やかなエピローグで余すところ無く語られる。

この結末には賛否両論あるだろう。だが私は、ひとりの少女恋の成就を描いたエンディングとして、文句なく良いデキだったと思う。アンヌが自分の人生をどのように考えていたかは、最後の最後、彼女が行った決断を見れば明らかだ。こんな風に思える人生が、不幸であろうはずがない。

相手がいないときにこそ恋心が高まるということが納得できないといまいちピンとこないかもしれないが、身を焦がすような恋に共感できるというプラトニックな人にとっては、本作アンヌルート、一見の価値がある物語だと思う。

……で、どうしてこんな良い娘のアンヌちゃんが人気薄(泣)。アイザックに負けるのは仕方ないにしても、コメディー担当完全脇役のルーシーにまで完敗って……。やっぱアレか。乳か。乳なんか。