故・菅野ひろゆき氏の遺した作品の中で、私はこの作品が一番好きです。氏の作品の中で最も、物語の続きを期待させるからです。
天城小次郎、私立探偵。凄腕。弱点は女。法条まりな、内閣情報調査室所属1級捜査官。任務達成及び検挙率、99%。趣味、恋愛。ひょんなことから別々の事件を追い掛けていた二人は、ある大きな一つの事件に繋がっていることに気づく。交互に視点を入れ替えながら物語を進める「ザッピングシステム」を導入した、ハードボイルドサスペンスADV。
息もつかせぬ展開という言葉があるが、サスペンスの一つの要はまさに、興味と緊張感によってストーリーを途切れさせないことにある。その意味で『EVE』という作品は、一流のサスペンスであると言って良い。さまざまな事件が繋がり、綺麗に一本の道となって昇華されるまでを見ることで、ユーザーはカタルシスを覚える。問題は熱中しすぎて止めどころが見つからないことだろうか。
しかも、物語のフックとなる「謎」を出すタイミングが抜群に巧い。何でもない事件から始まって、興味を惹きつけたあとは、少しずつ謎が深まり、中盤以降は誰を・何を信じれば良いのか解らないような複雑な状況に陥る。にもかかわらず、多くのユーザーは大した混乱もなく状況を理解できるだろう。的確なタイミングで提示される事件と、行き届いた情報の交通整理の賜物である。
ただし、本作は推理ゲームではない。もちろん伏線の張り方はそれなりにフェア。各場面を繋ぐロジックも破綻してはいない。けれど、整合性がとれていることと推理できるかどうかは別。本格的な推理ものを期待すると、肩すかしにあう。
作品の主要な魅力はもう一つ、キャラクターだ。
たとえば、小次郎。比類無い推理力と洞察力、抜群の行動力を備えた凄腕の探偵だったが、ある事件をきっかけに一線を退き、浮気調査やペット探しで細々と暮らす毎日を送っている。もちろん小次郎はそのことを後悔などしていない。けれど、事件がきっかけで別れた恋人・弥生に対しては責任を感じているし、戻って欲しいという弥生の誘いを頑なに断るのは、彼なりの義理だてであり、矜持である。
もの凄く早く回る頭脳を持っているけれどひけらかさず、大人の割り切りを知っているけれどどこか青臭い理想を信じていて、冷静なようで情にもろく、Sだけど女性に優しい。徳田新之助も真っ青の好青年。ちょっと抜けている可愛さがあるが故の、完璧なヒーロー。
ちなみに、これをまったく逆にした(バカだけど自慢しぃで、子供っぽいのに現実的に振る舞おうとして……)二階堂進というキャラが作中登場するが、これが絵に描いたように嫌な奴で、登場のたびにぶん殴りたくなる。二階堂との対比で一目瞭然、小次郎は男でも抱かれて良いくらい、魅力的な人物というわけだ。「小次郎みたいになりたい!」と思わされた人は、一人や二人ではないだろう。
そんな小次郎が、事件の過程で次第に昔の自分を取り戻し、冷ややかだった周囲の視線が変わっていくのは見ていて爽快。同時に、かつて彼が何をしたのか。そして今、そのこととどう向き合うのかという興味によって、ぐいぐい物語に引き込まれる。
物語が進むにつれてキャラがより深く掘り下げられ、明確な像を結ぶというのは簡単なようでなかなかできることではない。実際作品を離れても「小次郎ならこういうことを言うだろう」というのが容易にイメージできるし、しかも他のプレイヤーと話をしても大きくズレることがほとんど無いのだから、その完成度たるや推して知るべし。細かいセリフや描写のひとつひとつに気を遣った、制作側の丁寧な仕事がうかがわれる。
そんな風に、ストーリーがキャラクターの魅力を引き立て、キャラクターへの関心がストーリーをすすめる原動力になる好循環。最後のオチには不満が残るという人はいるかもしれないが、それも全体の魅力を損なうものでは無かっただろう。やりきれない思いを抱え、無理矢理それを飲み込んでみせる小次郎たちの態度に、渋い格好良さを感じることは十分可能である。
ひと昔前は、エロゲー初心者に薦めるといえばまっ先にこの作品の名前が挙がったものだ。泣きゲーなど無く、エロゲーは第一義的にポルノと目され、冷遇されていた時代である。一般人を引き入れるにはまず、エロだけではない面白さを存分に味わえる作品を、という思いが多分に作用していたのだろう。かくいう私も、多くの友人知人に薦め、彼らをこの道へ引きずり込んだ。
今なお語りぐさとなる人気の裏には、そういった事情もあるのだと思う。今もエロゲーを続けているユーザーが最初にプレイしたエロゲー。或いは他人に薦めてきた作品。思い出補正も手伝って、そういうものは評価が自ずから高くなりがちだ。今プレイすれば、確かにグラフィックやシステム等は、いかにも古くさい。音楽だって、雰囲気を活かす良質なものだが、現状のトップレベルと比べてどうかといわれると、そりゃあキビシイ。
だが思うに、この作品にはそんな些事ではびくともしない力がある。一言感想にも書いたが、とにかくこの作品を終えたあと、「小次郎たちの次の話」が気になって仕方がないと思わせる。想像したくなる。それこそが、私が伝えたい、この作品の一番の魅力だ。
すぐれた物語には、ほぼ例外なく完成された世界観と、そこに根を下ろした、しかも魅力的なキャラクターが備わっている。だが、シャーロック・ホームズや暴れん坊将軍など、シリーズ化して長く楽しまれる作品というのはそれに加え、自分でキャラを動かしたいという想像力を刺激するような自律性を、キャラが備えているものだ。
その後のシリーズ化に成功したとは言い難いが、それでもシリーズ化を望む声が後を絶たず、今なお作り続ける人びとがいるというそのことが、本作の素晴らしさを物語っているのではないだろうか。
基本点90点、構成+5、キャラ+5、テキスト+5、CG-5、エロ-5、システム-3、演出-3(音声なし等)。思い出補正は評価から外したつもりだが、怪しいと思う場合は5点、10点マイナスしたくらいが妥当かもしれない。ただそれでも、十分優れた作品と言える。